らい
2025-04-08 21:00:24
3329文字
Public レオいず
 

レオいず30days⑧「ながれぼし鉄道」

学院編⑧ お題「電車」 ※高3


 冬空を照らす月を仰ぎながら、待つこと五分。十二月の風が吹き抜ける駅のホームが、電車のライトに照らされる。
 やっと来た! レオはぶるぶると身震いする。寒がりのレオにとって、冬の待ち時間は厳しい修行のようなものだった。ブレザーのポケットに手を突っ込んで、くしゃみを一発。入口の扉がスライドするなり、まるで避難シェルターに駆け込むかのように、先頭車両に乗り込んだ。
 車内の暖房にあやかりながら、レオは指先を擦り合わせる。身体の芯まで温まるまで、まだまだ時間が掛かりそうだ。

「う~っ、さむさむさむっ」
「最低気温だってのに、ブレザーの中にパーカーしか着てこないからでしょ」
「いけると思ったんだよ~」
「王さまは、見通しが甘いの」

 呆れる泉に「がるるるる!」と威嚇して、レオは入口近くの座席を陣取り───降車ドアのすきま風が染みたので、やはり真ん中を選ぶことにした。急に移動したせいで、レオの隣に座ろうとしていた泉の膝が接触する。いささか迷惑そうに「ねえ。危ない」と叱られた。
 吊り上がった眉に、引き結んだ薄いくちびる。怒ってもなお美人なのだから、レオの口元は自然にとろけてしまう。

「ったく。……チョ~寒い」
「ごめんってば。ほら、座れ座れ」

 隣のスペースをぽんぽんと叩くと、泉が文句を垂れながら腰を下ろす。コートを着ていてもさすがに寒いのか、上半身を震わせた。鼻頭は赤く染まり、頬はうっすら紅潮している。雪の妖精みたいに白い肌をしているせいで、冷えるとりんご色が目立つのだ。ちなみに、かんかんに怒っているときは沸騰したやかんのように真っ赤に茹であがる。
 意外と赤に縁があるのかもしれない。懐かしく、それでいて興味をそそる発見に目を丸くしていると、仏頂面の泉がぼそっと呟いた。

「ねえ、足開きすぎ。俺の膝にぶつかってる」
「バルタン星人! ムフォフォンフォン」

 男座りの大股を俊敏に開け閉めすれば、泉は「あんたって、本当に……」と口元を緩めた。しかしながら、それ以上の言葉は続かない。どうせ「バカ」もしくは「アホ」の二択なのだろうけれど、かつての軽々しいやりとりはそこにはなくて、ただただ沈黙が横たわる。
 秋にやっと復学して、泉との会話もそれなりに増えてきた。けれども、ふとした瞬間にどちらからともなく石につまづいて、奇妙な空気が生まれる瞬間がある。
 夢ノ咲学院経由、〇〇駅行き、発車いたします。
 車掌のアナウンスにかき消されて、電車がごとんごとんと動きだす。定刻通りに出発した電車が後戻りできないように、置き去りにした時間は戻らない。あの頃のかがやきは何駅も通り過ぎて、遥か彼方にあるのかもしれなかった。
 帰宅ラッシュも過ぎ去った時間帯には、乗り込んでくる利用者もまばらである。夢ノ咲学院に近づけば多少は増えるだろうが、車両にはレオ、泉、残業にくたびれた会社勤めの社会人が対角線上に座っているだけだ。
 夢ノ咲学院から電車にて五十分。運行ルートに問題はないが、気軽に赴くには遠い街───ライブ会場の手続きには、直接リーダーが足を運ぶ必要がある。「王さまが下手こいたら困るからねえ」という不名誉な理由で泉も同行したけれど、当の本人はその決断を後悔しているのかもしれない。Knightsのファンであるらしい陽気なオーナーのおしゃべりに付き合わされて、すっかり遅くなってしまったのだから。

……キャパとしては、ちょうどよかったね」

 最初の駅から三分ほど経って、泉はぼそっと呟いた。窓の外に流れるように飛んでいく雪景色を眺めていたレオは、なんでもない会話さえも嬉しくなって、両脚をばたつかせる。

「うんうん、おれもそう思う! ……あっ」

 身を乗り出して喋っていると、泉のコートからiPodが飛び出しているのが見えた。レオはとっさに思い出して、使い古したかばんのチャックを開ける。

「言うの忘れてた! 次のライブに向けて、新曲こしらえてきたんだった!」
「早く言ってよ。……でもまぁ、やるじゃん。音源あるんだ?」
「あるある、待って」

 母親が丹精を込めて作ってくれたお弁当の箱、三日前にもらったまま開封していない同級生のおみやげ、通りすがりの骨董品店で衝動買いしたランプ。散らかり尽くしているかばんの底から、幾重にもこんがらがった有線イヤフォンを引っこ抜く。

「ねえ、かばんの整理ぐらいしなよ。っていうか、なんでそんなにタコ足配線になるわけ? せめて無線にしたら?」
「おれもそう思って無線にしてた時期があったけど、なくしすぎて諦めた! あいつらは生きてるな、しょっちゅう家出する!」
…………まぁ、あんたみたいなのは、確かに有線のほうがまだマシかもね」
「ほぉら、はんぶんこっ」

 イヤフォンの片方を、泉に握らせる。次は〇〇駅、〇〇駅───車掌のアナウンスとともに、冬空の下を走る車体はふたたび減速した。曇った車窓の向こうには、夜空に覆い尽くされた黒染めの木々が並んでいる。学院までは、まだまだ遠い。
 あと何曲ぐらい再生すれば、夢ノ咲学院に着くんだろう。レオは曲の秒数を数えながら、泉を見やる。薄桃の唇を上品に引き結び、ぼんやりと床を眺めていた。おしゃべりなオーナーに付き合わされたうえに、片道五十分の帰路を辿っているのだ。よほど疲れているんだろう。
 それにしたって、美しい横顔だった。気の抜けている顔というのは大抵いびつであることが多いのに、長く伏せられたまつ毛、すらっと伸びた鼻、唇のくぼみ。どのパーツを切り取っても、精巧な芸術品が並ぶだろう。
 やっぱり綺麗だな。出会ったころはこの顔に惚れたんだった。それから中身もどんどん好きになって、いつしか唇も欲しくなった。
 それも今となっては昔のことだ。なんてことない会話さえもぎこちない、ただの友達。

「ねえ。俺、さっきから待ってるんだけど。とっとと再生ボタン押してくれない?」

 レオが見惚れていると、きゅっと吊りあがった眉が攻めたてる。「はいはい」と投げやりに返事すれば、予想どおりに「はいは、一回」と釘を刺された。命令されるがままに再生ボタンを押せば、愛しのメロディーが流れはじめる。
 冬の冷気が忍び寄る真夜中、布団を被りながら書いた。不登校になってから、いちどは離してしまった手。けれども夢ノ咲学院に戻ってきたら、もういちど繋ぎたくなった。黙っていれば美人なのに、気が強くてせっかちで。くちが悪いくせに寂しんぼうで、おれのだぁい好きなセナ。溢れる想いを、楽譜にしたためた。
 もう二度とは戻らない青春。
 だから高望みはしない。今こうしてふたりで過ごせるだけでいい。

「ふぅん。いいんじゃない……?」
「わはは。だろ~?」
「うん。……好き」

 次は〇〇駅、〇〇駅。徐々に遅くなる電車に揺られて、レオの肩に心地よい重みが寄り掛かった。ふんわりと甘い香りを漂わせながら、泉がうとうと眠りかけている。

「王さま。……好き」
「え」
「俺……やっぱり好き。王さまの、曲……

 ほんの一瞬、告白されたのかと思った。レオはどぎまぎしながら、背もたれに身をゆだねる。

「ん~。……そっか。うれしい」
「ごめん……ちょっと寝る。……駅についたら、起こして」
……うん。……わかった」

 くっきりと浮かぶ二重まぶた。均整なふちに伸びるまつ毛が、美しい影をつくる。静かに漏れる寝息に耳を澄ましながら、レオは肩に寄り掛かる泉を起こさないように、こっそりと小指をくっつけた。触れているのはごく僅かな面積であるのに、熱い。指先に灯る温もりが、全身に火を放っていた。
 やっぱり今でも好きなのだ。環状運転の鉄道がぐるりと一周するように、何度目になるかもわからない初恋のときめきを、ひたすらに繰り返している。
 次は△△駅前、△△駅前。
 車掌のアナウンスが反響する。夢ノ咲まであと何駅あるだろうか。願わくばずっとずうっと、今という一瞬の永遠が続いてほしい。ふたりにしか聴こえない曲を閉じ込めて、冬の夜空をどこまでも駆けていたかった。