基線◯号
2025-04-08 14:43:18
818文字
Public エッセイ
 

意図せず在野研究者になりそう


 本が読めなくなったことへの危機感がある。

 学生の頃は浴びるように読んでいたはずなのに、最近は一冊読むのに一ヶ月以上かかっている。
 別に本が読めなくなっても生きてはいけるのだが、文章を書くにあたっては大問題である。最近はアウトプットを重視する風潮ももちろんのこと、ゴミ入れゴミ出しという言葉に代表されるように、インプットが弱いと生み出されるアウトプットの質は担保されないのである。
 なので、冒頭の本が読めない危機感は質が担保された文章が書けない危機感と地続きとなる。

 ならば、どうやってインプットを増やすように自分に仕向けさせればいいのかという話になってくる。
 現在においてインプットの方法は様々ある。本を読む以外にもYouTubeの映像からインプットを得ることだって可能である。外に出て散策することでもインプットは得られる。
 なのでインプットの種類を増やすことに力を入れるなら別に本にこだわる必要はない。

 ならばなぜ本にこだわっているのか、ということになる。これは、個人的な価値観として、インプットの質が担保されているのが本だと考えているからである。
 様々あるインプットのやり方のうちどれを選ぶかは個々人の価値観により変わってくるだろう。私が重視しているのが質の部分であったために本を選んでいるだけに過ぎない。
 もちろん、すべての本に質が担保されているわけではないが、本読みならある程度は質の部分を探知できる特殊能力が備わっているので問題がない。

 と、ここまで書いてきたが、特に学術書は本になる前段階として論文という形をとることが大いにある。本に比べると少々探しづらく、また、質の部分の探知も難しいのだが、活用する手はないと思っている。
 新しい知見を得ながらエッセイを書いてみたい。どのような形のエッセイになるのか分からなくて楽しみになってきた。
 自分の書きたいテーマの論文を漁ってみようと思う。