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happy happy birthday
四月もすでにも二週目。すっかり春だと思っていたら、不意に底冷えした夜のこと、シャチはペンギンの部屋の前で立ち往生していた。
この春から一人暮らしを始めたペンギンに電車を乗り継いで一時間かけて会いにきた。本当は明日のシャチの誕生日に会うはずだった。しかし、週末の夜、その一晩がシャチは待てなかった。春休み、塾からの帰路すぐにペンギンに「やっぱり今から行く」とLINEを送った。そんなに遠くないはずなのに。ペンギンとふたりで来た時は感じなかったけど、一人で来てみたらやっぱり遠くて。会えなかったのはたったの一週間。ペンギンはまだ帰宅していないようだった。生活リズムが完全に変わったんだすれ違う可能性は考慮に入れている。「ちょっと待たすかも」と、あらかじめLINEが来ていたので大人しく時間を潰すつもりだった。ここで携帯用ゲーム機でも取り出して待っていても構わない。ただし。寒い。思いの外、冷える。
現在の気温は九度である。昼間は二十度以上もあったので、シャチは半袖に薄いジャージを羽織っただけだった。寒暖差が尋常ではない。自分の両腕を抱くようにし、腕を擦る。外で待つのは厳しそうだ。ペンギンにはコンビニにでもいると連絡しておけばいいだろう。スマホを取り出したところで、ちょうどペンギンからの着信があった。
「ごめん、シャチ。もう少し掛かりそうなんだ」
駅に着いた時点で一報は入れている。慌てたペンギンの声に「勝手に来てごめん、」って小さな声で返事をした。
「いいよ、駅前のコンビニにいるから」
「いや、大丈夫だ。部屋入ってていいぞ」
ペンギンの返答は予想外のものだった。
シャチは瞬きをする。
「鍵がなきゃ無理だろ」
ペンギン鍵閉めないで出たの?
そう思って念のためドアノブを回してみるが、もちろん扉は開かない。
「届けてやるよ、今」
「はあ?」
「ほら。もう届けた」
「はああ?」
混乱するシャチよそに、ペンギンそんなことを言ってのける。声しか聞こえないけど、その声は僅かに笑みを含んでいる。
「わけがわかんねー」
「キーホルダー、シャチ鍵つけてるやつ。持ってるだろ」
「
……? 持ってるけど」
シャチには常用している鍵がいくつかある。自宅、ペンギンの実家、自転車の鍵、アルバイト先で使うロッカーの鍵などだ。それらを黄色い潜水艦のキーホルダーに付け、普段から持ち歩いている。
「そこに見覚えのない鍵は?」
「
……まさか」
半信半疑でキーホルダーを引っ張り出し、シャチは息を呑む。
あった。
銀色の、新品らしくぴかぴかした鍵が一本増えている。
「え、ペンギン
……いつ付けたんだよコレ
……」
「案外と気付かれないものだなァ」
ペンギンがあっさり言うので、シャチは脱力する。機会があったとすれば恐らく、ペンギンが家族と引っ越し手続きをした次の日。シャチが遊びに来るときに迷わないようにって、地元からペンギンがこの部屋まで連れてきてくれた。そのままペンギンの大学も連れていってもらって一泊二日この部屋に泊まった。
シャチが気付かなかった理由は単純で、ペンギンの実家には単純に行かなくなったし、日々使う自宅の鍵は都度見なくても感触でどれか分かるからだ。まじまじと鍵束を確認するような機会がないまま、ずっと一週間以上も持たされていたらしい。
「誕生日プレゼント。俺の独りよがりかもしれないけど」
シャチは見慣れぬ鍵をキーホルダーから選び出す。真鍮のひんやりとした感触が指に触れる。鍵穴に差し込んで、そっと回した。かしゃん、と静かな音を立てて錠が開いた。スニーカーを玄関に揃えて上がり込み、明かりを点ける。ペンギンの部屋は相変わらずで。特徴がないのが特徴だ。
「ペンギンが俺に隠し事してたなんて思わなかった」
「サプライズってやつ」
「ペンギンがサプライズなんて言葉知っているとも思わなかった
……大学デビュー怖っわ」
シャチは思わず喉を鳴らして笑った。
「誕生日まではあと何時間かあるけどな」
「明日会ったらネタばらししようとしてたんだよ」
「ネタばらしって、あははっ、サプライズだろ!」
スマホの向こうでシャチにつられて響くペンギンの笑い声。それを心地よく聞き、通話を終えた。
「待ってるな」と言えば「準備体操でもしとけよ」っと耳がくすぐったい様な応えが帰ってくる。
新しい鍵。そろりと持ち上げ、LEDの光にかざす。銀色が後光を背負ってきらめいている。ペンギンのベッドに腰を下ろし、シャチはその目映さをじっと見つめた。どれだけ観察しても鍵は消えない。重みがはっきりと手の中にある。
ペンギンの新たな暮らしの一部にも、シャチが含まれている。ごく自然に。その事実がことんと胸に落ちてくる。なぜだか泣きたいような衝動に襲われて、シャチは束の間瞳を閉じた。涙は零れてこなかった。
ただ、早く逢いたいなって。手の中でぴかぷかに輝く鍵に想いを馳せた。
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