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溶けかけ。
2025-04-07 21:49:43
2380文字
Public
ほぼ日刊
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歯車は回らない
現パロ
姉弟設定のフリーナとヌヴィレットの前世のお話。
友情出演:フォカロルス
「フリーナ!」
ヌヴィレットの声が遠ざかる。手を伸ばすキミの姿に前世のキミが重なった。
「フリーナ」
目を覚ましたら、ヌヴィレットが心配そうに僕を覗き込んでいた。
「ヌヴィレット
…………
っ!」
身体を起こそうとした僕の額をヌヴィレットの手が押し戻す。
「じきに迎えが来る。頭を打ったのだ。養護教諭によれば安静にしていろ、とのことだ」
ヌヴィレットの手に従って僕の頭は枕へと戻る。よく見れば、彼の座する椅子の隣には僕と彼の荷物が置かれていた。視界を塞ぐように頭に氷嚢がのせられる。冷たくて気持ちがいい。
「うん。ありがとう
……
」
氷越しにヌヴィレットを盗み見る。彼は僕から離れる気はないようで、椅子に座ったまま文庫本を開くと黙読を始めた。
「ヌヴィレット」
彼の視界に映りたい。そんな浅ましい想いが記憶とともに蘇ってしまって、気づかないうちに名前を呼んでいた。
「なにか用か、フリーナ?」
ヌヴィレットは本から顔を上げるとゆっくりと微笑んだ。ああ、思い出さなければ良かった。
だって、僕と彼は
姉
・
弟
・
なのだから。
僕には二つの記憶がある。
一つは今の高校三年生である僕の記憶だ。平凡
……
というには贅沢な暮らしをしていると思う。通っているのも裕福な家の子どもしか通えない私立高校だし、欲しいものを我慢しろ、と言われたこともない。まあ、いわゆるお嬢様と言って良いだろう。
もう一つは前世。どこか──ここではない世界で神様であった記憶。神として生きて五百年。人として生きて五十年。実に五百五十年分の記憶が僕の中にはある。とはいえ、全部を鮮明に思い出せるわけではなく、虫に食べられた青葉のように忘れてしまっていたり、抜け落ちてしまっている所も多い。
「だが、例外もあるみたいだ」
フリーナは独り言ちる。抜け落ちて、色褪せてしまった記憶のなかでも鮮明に思い出せる想い。
ヌヴィレット──前世は最高審判官であり、終ぞ想いを伝えられなかった友人が現世は実の弟だなんて、なんの冗談だと思う。神様はなんて残酷なんだ。僕も神だったけど。
「とにかく。思い出したところで僕はヌヴィレットと結ばれることはないんだから
……
」
口にした言葉は鋭い刃となって襲いかかる。
フリーナはベッドに身体を預けるとそのまま深く沈み込んだ。
「こんなことなら思い出さない方が良かった
……
」
──思い出さなければただの姉弟で終われたのに。
痛む胸を撫でさする。
──殺してしまおう。
フリーナがハサミを取り出す。長い髪をハサミで挟めばしゃきん、しゃんきん、と音がする。
長い髪はおまじない。恋をしたときに成就しますように、と同じクラスの友人と始めたものだった。
「もういらないか」
フリーナは切った髪の束をゴミ箱に投げ捨てる。白い髪は積もる雪のようにキラキラと光を反射していた。
「ごめんね」
友人の顔が浮かぶ。フリーナにも好きな人が出来るといいね、と髪を梳いてくれたのに。
「ごめん
……
ごめんね
……
」
口から次々とこぼれ落ちる謝罪の言葉はいったい、誰のためなのだろう?
「フリーナ
……
?」
ヌヴィレットがゴミ箱に入っていた髪を拾い上げる。
──そういえば、今朝はまだ彼女と会っていない。
「フリーナならもう出たよ」
ジャムをたっぷりと塗ったふかふかのパンを頬張りながらフォカロルスが口を開いた。
「なんだと?」
「おや? おかしいね。フリーナはキミには言ってあると言っていたんだけれど──その様子では聞いていないみたいだね」
フォカロルスが演技じみた仕草で首を傾げる。この反応をするときの彼女は何かを知っていても教えてくれることはない。
「
……
フリーナに」
「やめておいたほうが良いんじゃないかな?」
ヌヴィレットの提案は口にするより早く切り捨てられた。フォカロルスは残っていたカフェオレを飲み干すと食器を集めてキッチンへと向かう。
「今はまだ、ね」
キュッ、と蛇口を捻る音が聞こえ、ついで、水が流れる音が聞こえてくる。
「じゃあ、お先に」
洗い物を終えたフォカロルスは手をタオルで拭うと立ち尽くすヌヴィレットを置いてその場を後にした。
「フリーナ」
「ヌヴィレット
……
」
フリーナに避けられて一ヶ月。やっと話す機会が巡ってきた。ヌヴィレットの逃がさない、という心情を表すかのように手首が強く握られる。
「ごめん
……
僕、今日も忙し
……
」
「──婚約者、とは何のことだ?」
フリーナの肩が大きく跳ねた。絶対に合わない視線はヌヴィレットの足元を右往左往している。
「その名の通り
……
だけど
……
それ以外に何かある?」
フリーナの家は身分こそ由緒正しいが近年は落ちぶれる一方であった。そのために組まれたのが今回の縁談だ。相手の家は資産こそ潤沢だが新進気鋭の家ということもあり、フリーナの家の身分を欲しがっていた。──つまりは政略結婚。元より、この家の跡継ぎはヌヴィレットかフォカロルスでフリーナは必要ない。それ故、声がかかったのだ。
「君はそれで納得しているのかね?」
ヌヴィレットの質問に失笑が返ってきた。
「ふっ
……
フフフ
……
おかしなことを言うね、ヌヴィレット」
フリーナが顔を上げる。
「僕らの歳で婚約者がいる人も珍しくないのに」
くすくす、くすくす。
おかしくもないのに笑いがもれる。
そんな顔をしないでくれ、と笑顔の仮面の向こうで思う。
どうせ、叶わぬ恋なのだ。
だったら、徹底的に殺してしまえばいい。いっそ、一縷の希望すら与えずに壊して、砕いて、直すことなんて出来ないほどに。──他ならぬキミの手で。
フリーナが息を吸い込む。
──さあ、道化を演じよう。
──この浅ましい心に幕を引くために。
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