haru_haru0704
2025-04-07 18:29:58
2589文字
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将軍が見た亡霊

哥舒臨&忌炎 CPなし

亡霊を見た将軍の話

雨が降っている。
俺の行く手を阻む、陰鬱で忌々しい雨が。
俺は得物を握りしめた。今日もまた、あの亡霊が現れるかもしれない。

──その予想通り、背後に『それ』は現れた。
少しだけ言葉を交わした後、どちらともなく得物を掲げる。
数度の切り結び。だが今までの経験から、『それ』が俺に傷を与えることはできないと知っている。
ゆえに、あまり気が乗らない。本気で戦っても、無駄に体力を消耗するだけだ。
俺には、こんなまやかしと遊んでいる暇はない。今日も勝ちを譲ってやるとしよう。
わざと隙を晒してやれば、『それ』の得物が俺の心臓を貫く。
だが、それは見た目だけの話だ。俺の体には何のダメージもない。
勝利を得て満足したのか、『それ』はすうっと消えていった。
しんと静まり返った基地に、雨の降りしきる音だけが響いている。
そろそろ、出陣の時間だ。


隊の先頭に立ち、北落野原を駆ける。
残像を斬り捨てて、前へ。前へ。北落野原の最奥へ。
やがて、俺は辿り着く。
ここは、北落野原の最奥。鳴式のねぐら。
女のような見た目をした巨大な敵が、鎌を振りかぶる。
それを大剣で受け止め──思い出す。少しずつ。
そうだ。俺は以前にも、こいつと戦った。
戦って、そして。
俺は、敗けた。

「ッ・・・!」
哥舒臨は完全なる暗闇の中で、びくりと体を震わせた。
そう。彼がいるのは破陣基地でも、北落野原でもない。
ここは、鳴式によって作られた空間の中。
彼はずっと、鳴式が見せる夢の中で戦い、そして最後にはこの暗闇へと戻る・・・そんなことを繰り返し続けているのだ。
「はぁ・・・くそったれ。相変わらず悪趣味な奴だ」
哥舒臨は独り言ちた。
ここには、彼の言葉を聞き届ける者は誰もいない。彼を閉じ込めた鳴式ですら、おそらく聞いていないのだろう。
彼は黒炎で闇を照らし、あてもなく歩き出した。
しかし、行けども行けども先にあるのは暗闇ばかり。誰もいないし、何もない。
歩きながら、彼は先ほどまで見ていた夢の内容を思い返した。
夢の中の哥舒臨は毎回毎回、呆れるほどに寸分違わぬ行動を繰り返している。
次こそは違う行動をしてやる、といつも思うのだが・・・いったん夢の中に入ってしまうと記憶がリセットされ、自分が夢の中にいるという認識ができなくなってしまうのだ。

夢は、基本的には哥舒臨の過去をなぞっている。
雨が降り、北落野原へ出陣し、鳴式の元に辿り着き、そして敗れる。しかし、実際に起こった過去とは違うところがひとつだけあった。
それは、あの亡霊だ。
哥舒臨は、あんな亡霊は見たことがない。それなのに、夢の中ではよく見知っているという風に記憶が改竄されている。
まったく、妙な話だ。不気味と言ってもいい。
「誰なんだろうな、あいつ・・・」
亡霊の姿はいつも朧げで、顔もよく見えない。
髪はなんとなく花浅葱色のように見えるのだが・・・見覚えがあるような、ないような。
「・・・駄目だ。また眠くなってきた・・・」
強烈な睡魔が哥舒臨を襲う。
眠ればまた、あの夢を見るのだろう。
癪ではあるが、彼に抵抗の術はない。
彼はその場に腰を下ろし、ゆっくりと目を閉じた。


夢から醒め、また暗闇の中を歩く。
ずっとその繰り返しだ。
「はぁ・・・疲れたな」
哥舒臨がそう呟いた時、不意に背後から形容しがたい破壊音のようなものが聞こえた。
「!」
彼は驚き、後ろを振り返る。すると、そこには──
暗闇に開いた穴と、差し込む光。
それから、花浅葱色の槍先があった。
「哥舒臨さん!」
穴の向こうから、誰かが哥舒臨を呼ぶ。
そして差し伸べられた手。哥舒臨はその手を掴んだ。
そのまま、ぐいっと引き上げられる。
暗闇の世界を抜け出して、光あふれる世界へ。哥舒臨はとうとう、あの忌々しい空間からの脱出を果たしたのだ。

「哥舒臨さん、大丈夫ですか」
「眩しい・・・目がちかちかする」
哥舒臨はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
次第に目が慣れ、目の前の人物の姿が鮮明になっていく。
ふわふわと揺れる花浅葱色の髪には、見覚えがある。いや見覚えしかない。
何度も何度も繰り返される夢の中で見た、あの亡霊のものと同じ色だ。
「・・・お前、名は?」
哥舒臨が尋ねると、花浅葱色のその男は緊張した面持ちで名乗った。
「忌炎です。あなたの後任として、将軍を務めています」
「忌炎、か。・・・悪いが、よく覚えていない。こんなに目立つ兵がいたら、覚えているはずなんだがな」
「あなたの在任中は、軍医でしたので・・・」
「ああ、軍医だったのか。俺が医務室にいる時は、大抵寝ていたからな」
だから、よく覚えていなかったのか。なるほど腑に落ちた。
忌炎は苦笑しながら、「寝ていたんじゃなくて、気絶していたんですよ」と訂正する。
「・・・ともあれ、助かった。礼を言うぞ」
哥舒臨が軽く笑みを浮かべつつそう言うと、忌炎は目を丸くした。
なんだ?何か変なことを言っただろうか?
助けてもらったのだから、礼を言うのは当然だと思うが。
「・・・俺を、責めないんですか」
「はは、責められると思っていたのか?俺はそこまで心の狭い男ではないぞ」
「あ・・・そう、ですよね、すみません」
何故だかはわからないが、忌炎はおどおどしている。兵はともかく、軍医にはあまり厳しくした覚えはないのだが。
哥舒臨は忌炎の胸をドンと拳で突いた。さすがに将軍を務めているだけあり、忌炎はふらついたりしない。いい体幹だ。
「自信を持て。今はお前が将軍なんだろう」
「・・・!はい、ありがとうございます・・・!」

「ひとまず、破陣基地に帰りましょうか」
「ああ」
忌炎に促され、哥舒臨は歩き出す。
──くん、と不意に髪を引っ張られたような気がして、彼は後ろを振り返った。
そこには、昔と比べて随分と明るい雰囲気になった北落の地が広がっている。
「哥舒臨さん?どうかしましたか?」
「・・・いや。なんでもない」
今のは鳴式だろうか。この身はもう将軍でも何でもないというのに、しつこい奴だ。
哥舒臨は心の中でこっそりと悪態をつくと、再び破陣基地に向けて歩き出した。髪を引っ張られる感覚は、もう無い。
帰る道中、忌炎にあの夢の話でもしてやろう。案外、こいつも似たような経験をしていたりするかもな──。