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ぷの
2025-04-07 12:05:55
3433文字
Public
レイチュリ
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レイチュリワンウィーク - 夜ばかり
夜桜見物をする二人の話。
※付き合ってません。
桜という花があることは知っていた。けれど、咲いている木を見たのはこれが初めてだ。アベンチュリンは目の前の光景に胸を打たれた。
ピアポイントにも桜の名所がいくつかあり、毎年部下たちから花見に誘われる。残念ながらいつも花の時季は忙しくて、一度も参加できていない。花が咲いていないなら見に行くこともないかと、暇ができても現地に足を運んだことはなかった。
夜の川辺をアベンチュリンとレイシオはそぞろ歩いている。仕事で滞在しているこの都市は昔から江戸星の桜の名所と友好都市提携を結んでいて、記念に贈られた桜の木から増やした子株があちこちに植えられているのだそうだ。道に、公園に、学校に、果ては会社の敷地内や、個人の家の庭にも。今がちょうど見頃だとホテルで案内されたので、せっかくだからとレイシオを誘って夜の散歩と洒落こんだ。
ぼこぼこといびつで大きくて太い幹から、がっしりした枝が曲がりながら横に広く伸びている。そこからさらに細い枝が無数に伸びて、小さな花の塊が全ての枝の至るところで咲いている。果実ではないけれど、鈴なりという言葉がぴったりだ。薄桃色の花の影になって、枝も幹も黒く見えるほど。その木が川沿いに何本も植えられていて、さほど広くない水面は半分くらい落ちた花びらで覆われている。江戸星では花筏と呼ぶのだと、博識な友人が教えてくれた。
「これが桜
……
綺麗だね」
桜の開花は十日ほど前。もう満開を過ぎていて、風が吹くたびにたくさんの花びらが散る。花吹雪と呼ぶのだと、追加で教えられた。風に舞う花びらを掴もうとして、ひらりと逃げられてしまった。
街灯とは別に提灯が点々と吊るされ、土手の下に垂れ下がって川に庇を作る枝の先まで仄かに見える。夜桜見物の客は二人の他にもちらほらおり、カップルはみんな寒さにかこつけて寄り添っている。昨日までは暖かかったのに、今日は一日を通して冷たい風が吹いて寒かった。花冷えと呼ぶのだと、これも追加で教わった。
「江戸星では、花といえば桜なのかい?」
「古い文献ではそうらしい。江戸星に入植した最初の一団は、新しい住処を選ぶときに桜の木が定着することを絶対条件にしていたという。どんなに便利で住みやすい星であろうと、桜が育たなければ故郷にできないと蹴ったそうだ。人から聞いた話で、作り話かもしれないが」
その情熱の対象は友好都市をもすっかり魅了している。これはたしかに印象的で忘れがたい光景だ。花の命が短いからなおさら、より近くにあってほしいと思わせるのだろう。
「桜を愛してるんだねえ」
「それを疑う余地はないな」
同意する声が思いの外優しかったので、アベンチュリンは隣を歩く男を見上げた。そんな優しい気持ちを乗せて、どこを見ているのか気になったのだ。葡萄酒色の瞳はこちらを見下ろしていて、目が合った。ああ、目線の先を見逃してしまった、残念だ。
「どうした?」
ところが、そう尋ねる声もまた同じ優しさを含んでいた。レイシオはアベンチュリンの髪に手をやり、触れた指先が髪をすいて離れた。
「さすが君の幸運、掴めなくても向こうから来たな」
そう言って渡されたのは、花びらだった。小さくて薄くてほんのり温かい色で、極めつけにふっくらと可愛らしい形をしている。愛されるために生まれてきたような姿だ。今ここに無数にある花のたった一枚がアベンチュリンの上に舞い降りただけで、レイシオがこんなに柔らかい態度を見せるなんて。
もしや奇物かなにかじゃないのかと、アベンチュリンは手の中の花びらをじっと見つめた。摘まんでもっと近くで見ようと思ったら、風がさらっていってしまった。逃げ足が早い。やっぱり奇物だったのかもしれない。
「そういえば、いつだか桜に例えられたことがあったよ」
「ほう?」
それで、花を見たことがないのに名前だけ印象に残っていたのだ。レイシオはそれを単純に良いことだとは受け取らなかったようだ。戦略的パートナーに対する世間の目をよくわかっている。
「桜に例えて自己アピールが上手いって褒められたんだ。いやあ、照れちゃった」
「文脈を正確に」
「目立つだけで仕事をしてるつもりとは楽なもんだ。調子に乗るなよ、すぐに化けの皮が剥がれて奴隷に逆戻りだ。あっという間に散る桜みたいにな
――
うろ覚えだけど、だいたいこんな感じ。貶してるのに花に例えるなんて、お上品で悪いことできなそうだよね」
レイシオは呆れた様子で鼻を鳴らした。
「君はなんと答えた?」
「どうでもいいから忘れちゃった。お礼でも言ったんじゃないかな」
ひときわ強い風が吹いて枝がしなり、花々がざわめいた。そのせいで、レイシオが何か呟いていたけれど、アベンチュリンの耳には届かなかった。おびただしい花びらが散って、足を止めた二人の目の前でつむじを巻く。くるくると回って、ほどけて、ひらひらと降りそそいだ。レイシオの夜色の髪に。
「ははっ、映えるね。君の運も相当なものじゃないか」
レイシオはアベンチュリンが風に飛ばされないよう手に持っていた帽子を取り上げると、その中に頭についた花びらをばさばさと落とした。
「ちょっと、人の物をゴミ箱にしないでくれる?」
「土産だ」
「そう言われたら捨てられないだろ
……
あっ」
軽く頭を振って髪を撫でつけたレイシオに大切なものが足りない。帽子の中を覗き込むと、トレードマークの月桂樹の髪飾りまで落ちていた。
「これもお土産?」
「それは
……
いや、欲しければ持っていけ」
冗談だ。髪がくしゃくしゃになったから、花びらを落とすついでに直そうと外したんだろう。髪飾りを手にとって、ちょいちょいと指で呼ぶ。レイシオは体をアベンチュリンの方に傾けた。髪の間に残っている花びらをすべて取り除き、乱れた髪を整えて、髪飾りを元の位置につけた。
「君の髪を飾るのはやっぱりこれに限るね。それに、お土産っていうのは、お返しがいらないくらい気楽でなくちゃ」
アベンチュリンの頭にも花びらが落ちていたらしく、レイシオが払ってくれた。髪まで整えてくれる指先が心地よくて、目を閉じた。遠くで風が鳴る音と、川のせせらぎが聞こえる。桜の花の香りはわからなかった。水の匂いの方が強い。
「ピアポイントにも桜があるなら、花が散った後の姿を見てみるといい。青葉も見事だ」
帽子を手に返されて、目を開けた。レイシオはそばにある一本の枝を見つめている。揺れる枝をよく見てみると、花に隠れてちらほら若葉が顔を出していた。
「ふうん、それはいいね」
絶対に見に行こう。できたら、レイシオを誘って。アベンチュリンはレイシオの胸元の鎖を握って引き、背伸びをした。俯いて流れてきた髪に触れるか触れないかのキスをする。花びらを真似て、髪の一筋も揺らさないほどに軽く。
アベンチュリンが桜なら、戦略的パートナーのレイシオが一番近くで花びらを浴びるだろう。派手に咲いて派手に散る様を見届けてくれないだろうか。そのあと若葉が萌え揃うところを見せられるかはわからないけれど、隣にレイシオがいるのなら、最期まで見応えのある姿であるよう気を張ろう。
「ありがとう、僕からもお土産。寒いからそろそろ戻ろうよ。ホテルの近くで売ってた甘酒が飲みたいな」
踵を下ろして鎖から手を離し、呆けているレイシオの腕を叩いて促した。
ホテルに戻ってから、宿泊している部屋の窓から桜並木が見えることに気づいた。窓辺にある書き物机でお土産の花びらを一枚一枚なくさないように紙に挟んでいて、ふと顔を上げたら見えたのだ。室内の照明の反射が邪魔で、明かりを落とした。
強い風にざわざわと波打つ花の塊は、あんなに散らされているのに一向に嵩が減った様子がない。長く伸びて重そうにしなる枝も、案外折れない。綺麗なだけじゃなく、それなりにたくましい。やっぱり褒め言葉みたいなものだったな。レイシオに慰められるまでもなかった。
でも、彼の気持ちが嬉しかったことは間違いない。
こんな良い夜に寝てしまうのがもったいなくて、作業を終えてもぼんやりと窓の外を見ていた。やがて風は止み、空が白み始めた。そろそろ休まなければ。寝不足をレイシオに気取られれば、お小言をくらう。
ベッドに潜って目を閉じたら、舞い散る花の光景が目蓋の裏に映った。きっと何度も思い返すだろう。しばらくは、この夜ばかり。
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