饂飩粉
2025-04-07 09:18:58
5710文字
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恋のワンツーフィニッシュ!

ブルーロック國神錬介の夢小説です。
pixivその他SNSに投稿したものと内容は同じです。

夢主の名前は呼ばれません。
ていうかほぼ会話しません。
急接近しません。
ブルーロック入寮前という設定のお話です。

 私がスポーツドリンクの完璧な配分を探し当てるまでに、そう時間はかからなかった。
 スポーツドリンクに必要なのは水分と、塩分と、糖分だ。水分と塩分は汗をかくことで失われるし、糖分はエネルギー補給のためだけでなく、吸収率を高める助けにもなる。スポーツドリンクがほんのり甘く作られているのは飲みやすくしている以外にちゃんと理由があるのだ。もしかしたらスポーツマンにとっては当たり前のことなのかもしれない。
 ちなみに配分はネットで調べたらすぐに出てきた。食塩相当量は一〇〇ml中〇.一から〇.二パーセント、糖質は四から八パーセント、温度は冷たければいいモノではなく五℃から一五℃が望ましい。
 食塩は天然塩を使う。詳しくはわからないが天然塩だとミネラルが含まれているとかでそっちの方がいいらしい。天然塩じゃない塩がなんなのかはよくわからない。
 糖分は一般的な砂糖でいいらしい。とりあえず家にあるものを使わせてもらった。
 水は氷も含めて分量を計算しなくてはならない。硬度については悩んだけど軟水にした。硬水は、飲み慣れていない人によってはお腹の調子が悪くなるらしい。私のせいで途中退場なんてさせられない。
 そう、このスポーツドリンクは私が飲むものではない。國神君に飲んでもらうためのものだ。
 最初は内申点稼ぎと推薦入試の願書に書くための材料として参加を決めたボランティアだった。夏休み中に開催される地元ハーフマラソン大会の給水係。「私はこのボランティア活動を通して頑張る人を応援するだけでなく支えることにも喜びを感じましたなんちゃらこーちゃら」みたいなことが書ければ良しのはずだった。
 でも國神君が出場するらしいという噂を聞き、それを本人に直接確認したことから私の目的は変わった。
 國神君に最高のパフォーマンスを発揮してもらうための、最高のスポーツドリンクを"手渡し"する。そして入学願書に「私はボランティア活動を通して密かに思いを寄せる男子生徒にスポーツドリンクを手渡してライバルを出し抜きました」と書くのだ。さすがにそれは冗談だけど。
 とにかく私は前日の夜まで調整に調整を重ね、黄金比とも言えるレシピを完成させた。明日の朝、レシピ通りにスポーツドリンクを作ったらお気に入りのボトルに入れるだけだ。
 あとはどの給水箇所で國神君を待つかだが、私は一番最初の給水所に立候補した。給水箇所はスタートから大体五キロくらいのところに最初にあって、あとは二〜三キロ毎に計六箇所だと事前に聞かされている。長く走れば走るほど水分補給が必要になるばずなので、最初の給水所で國神君が給水する確率は非常に高くなる見込みだ。それは他のランナーも同じだろうが、國神君は去年も終始独走状態で優勝したらしいから、給水所にも一番最初にやってくるはずだ。
 やれることは全てやった。
 あとはもう、國神君に手渡せることを神に祈るだけだ。

———

「はい、まだスタートまでは時間ありますが、給水所の皆さんは各自コップにお水を入れて準備をお願いします。参加者二〇〇〇名いらっしゃいますので、お水を入れたコップが尽きないようにしてください。お水が切れそうになったらすぐに補充してください」

 …………なんですと?

 夏にマラソンするにはちょうどいい曇り空が広がる中、リーダー格の人が拡声器で私達ボランティア参加者に呼びかけている。その内容に耳を疑った。確かに走者から見れば、何が入っているかわからない飲み物を渡されるのは恐怖でしかない。運営団体だって怪我ではなく病気を訴える走者が出るようなリスクを避けたいのは当然だ。
 ストラップで肩に下げた可愛いキャラクターと花の柄がプリントされたボトルの中で、スポーツドリンクが泣いている。塩分濃度が濃くなっちゃう。もちろん私も泣きそうだ。自分の努力が無駄になることの虚無感。テストに向けて勉強してたのに、成績評価は授業中の態度で決めますとテスト当日に言われたようなものだ。

「えー、ボランティアの皆様方も、くれぐれも熱中症に気をつけて適時水分補給をするようにしてください」

 拡声器からの声が、私の耳に虚しく響く。自分で飲めってか。はは。涙味のスポーツドリンク。あまじょっぱいだろうなあ。
 それからは悲しむ余裕もないほど忙しくなった。簡易テントやテーブルの設営、コップを並べて供給を絶やさないように動くシミュレーション(水をとりにきた走者の手とぶつからないようにしなければならない)、ウォーターサーバーが切れた時の補充方法、給水用スポンジ(スポンジって何かと思ったら本当にスポンジだった。頭から水をかぶる為に使うらしい。どゆこと?)用意の仕方などなど……
 そこでまた今更のように思い至ったのだが、給水所で水分を手渡しするなんてことは基本的にない。どんな方向に転ぼうと私が願書に"手渡しした"と書くことはできなかったのだ。

 だとしたら、私が今給水所に立っている意味とは? 本当の本当にボランティアのためだけに、私はここにいる。今更「やっぱりやめます」とは言えない。まだ私には「ボランティアに参加したことを願書に書いて進学先にアピールする」という動機が残っている。
 そして、走者が一斉にスタートする時間がやってきた。
 曇り空とはいえ、気温は高い。湿度も言わずもがな。肌にまとわりつく水分が汗なのか湿気なのかわからない。空気だけは一丁前に張り詰めていて、先頭集団が来るのを今か今かと待ち構えている。嵐の前の静けさという言葉がこれほどしっくり来る状況もないだろう。
 最初の給水所が一番大変だと言われる所以は、集団の塊の母数が大きいからだ。同じタイミングでスタートした走者は、走っているうちにどんどんバラけていくが、最初の五キロ地点では、そこまで走者同士の差がつかない。走者は一匹の巨大な蛇のように給水所を通過していくと想定されるし、その大部分が最初の給水所で水分補給を行う可能性がある。電車の改札に無限に人が並ぶようなものだ。流れを止めてしまうような行為は、許されない。
 スタート開始から一〇分ほど経って、遥か前方に先頭集団と思しき一団の姿が見え始めた。それに合わせて周囲が騒がしくなり始める。給水所のテーブルは決して大きくはないし、隙間もないほどコップを置けば今度は走者から取りづらくなる。走者の流れに対しコップを絶やさないようにしなくてはならない。緊張感が喉をカラカラにしていく。
 私は肩からストラップで下げていたボトルを手に取る。蓋を開けて直接飲めるタイプだが、ストラップをかけたままだと非常に飲みづらい。仕方なく私はストラップを肩から外し、涙味のスポーツドリンクを一口。ほのかな甘味とそれよりもさらにほのかな塩気が口内を潤し、喉をいたわるように伝って体の中に溶けていく。さすがに調整を重ねてきただけのことはある。これならブランド商品として出せるんじゃないか? このまま起業して高校生社長なんてのもアリかもしれない。そんでもって有名なサッカーチームのスポンサーになって、コマーシャルや宣材ポスターにはプロサッカー選手になった國神君がいて——

 パシッ。

 そう、今まさに私の前を通過した國神君が——え、國神君⁉︎
 私が一瞬遅れて我に返ると、目の前のマラソンコースにランナー達が押しかけてきていた。國神君はその先頭集団からラさらに頭一つ抜け出して、トップを独走していたのだ。
 そこからの数分間は、水入りコップの供給に追われた。中には自分専用のドリンクを提げて走るランナーもいたが、やはり大抵の参加者は給水所のコップを減速することなく手に取り、飲み干し、捨てていった。指定のゴミ袋も用意していたが、その場にポイ捨てする者も多かった。
 全てのランナーが通過した頃には、給水所付近のコースには踏み潰された紙コップが散乱していた。ボランティアとしての最後の仕事は、この後片付けである。それらを終えたタイミングで、どっと疲れが押し寄せてくる。結構ハードだったが、これでボランティアとしての仕事は完了した。胸を張って願書に今日のことを書ける。そしてリーダー格の人の挨拶をもって各自解散。お疲れ様でした。晴れて自由の身になり、私は自分のスポーツドリンクを飲もうと提げていたボトルに手をやり——無い。
 ボトルが無い。
 どこかに落としたなら気づくはずだ。つまり落としてはいない。給水所のテーブルやテントの片付けに巻き込まれた可能性も低い。他のボランティアの方々にも私が可愛いボトルを提げていたことは知っているはずだ。邪な気持ちで盗みを働こうとしていない限り、私に教えてくれるだろう。
 ボトルを提げていたストラップだけは肩にかかったままだ。ということは私が水分補給した時、どこかに置きっぱなしにして——そこまで考えを巡らせた時、私の前を通過した國神君のことを思い出した。あの時、パシッと私が持っていたボトルはリレーバトンのように……

 國神君に手渡された?

———

 表彰式は、ゴール会場となっていた陸上競技場で実施された。オリンピックや陸上の全国大会のような派手さはなく、学校の新聞部と思しき学生服姿の生徒やローカル局のカメラが何台かある程度だ。四〇〇メートルトラックの内側には、関係者以外も参加できる余地が大いにある。私はそんな中に紛れている。ボランティアが終わったあとは帰る予定だったのだが、そういうわけにはいかなくなった。
 國神君にスポーツドリンクを手渡したものの、ボトル丸ごと渡すつもりはなかった。コップに注いで手渡す的なものを想定していたからだ。私はボランティアが解散した後急いで交通機関を駆使してこのゴール会場に辿り着いたのだが、ちょうど表彰式が開催された頃合いだった。
 表彰台の付近だけは人だかりができていて、私は既に集まっていた人達の隙間から覗き見るようにして式の様子を眺めた。
 中心に立っていたのは、國神君だった。上はジャージを肩に羽織っているが、その上からでもがっしりした体つきなのがわかる。半袖のスポーツウェア越しに筋肉が盛り上がっているのがわかる。
 長距離走が得意な人って細身な印象がある。左右にいる二位と三位の人はまさにそのイメージ通りなので、筋肉でただでさえ大きい体が余計に大きく見える國神君は異質だったけど、輝いて見えた。表情は落ち着き払った様子で、さっきまでハーフマラソンを走っていたのが嘘のような静けさをもって、向かいで表彰状を読み上げてる人——多分偉い人——の話を聞いている。
 読み上げが終わると、偉い人が表彰状を逆さに持ち替えて國神君に渡した。周りが拍手するのに合わせて、私も精一杯手を叩いた。やっぱり國神君はすごい。サッカーも上手くて、マラソンでも一位だなんて。
 國神君が表彰状を受け取ろうとしたその手にピンクの可愛いボトルが握られているのが目に入って、私は思わず「あっ」と声を上げた。
 その声は大勢の拍手に掻き消されたはずだった。
 それなのに國神君は、まるで私のその声に気づいたかのようだった。
 私がいることに気がつくと、表彰式の流れをぶった切ってこちらに向かってボトルを持ったまま大きく手を振ってきた。
「これ、サンキューな!」

———

 あの時の國神君の大きな声は、今でも耳に焼きついたままだ。
 人生で一番恥ずかしかった瞬間と、人生で一番嬉しかった瞬間だった。
 そのあと國神君から無事にボトルを返してもらって少し会話をしたのだが、秘伝のスポドリレシピを伝えたこと以外に何を話したか覚えていない。國神君とまともに会話したのはあの時が最初で最後だった。
 これからお近づきになれそうだというところで、國神君は日本フットボール協会の強化指定選手に選ばれたとかなんとかで東京の方に行ってしまった。すぐ戻ってくるという噂もあったが、年が明けても、進級が近づいても、國神君は学校に帰って来なかった。
 三月も半ばを過ぎた頃、BLUE LOCK TV(通称BLTV)というサッカーの配信番組に國神君が出ているらしいという噂が学校で出回った。ワールドカップの日本代表を決めるための選考会?みたいなものに國神君が参加しているというのだ。居ても立っても居られず私は親に頼み込んでBLTVに登録してもらった。
 そこでは選考も兼ねた試合だけでなく、参加している選手(海外の選手もたくさんいた)達のトレーニングや控え室でのやり取り、食事中の姿まで配信されていた。
 果たして、國神君は確かにそこにいた。ドイツのチームだ。なぜ日本代表を決める選考に海外のチームが関わっているのか、そこはよくわからなかったが、スマホの画面越しに久しぶりに見た國神君は、何か様子が違っていた。
 まず、体はさらに一回り大きくなっていた。半年も経たない間に、ここまで鍛え上げられるものなのだろうか。その肉体的な成長だけで國神君がどれだけの努力をしてきたのかが窺える。
 しかしそれ以上に気にかかったのは、その表情だ。瞳は落ち窪んでいて、見るもの全てを威圧させる獣のような雰囲気を漂わせている。学校にいた頃の國神君は、もっと人当たりがよかったはずなのに、BLTV内の國神君は他のチームメイト達ともあまり話さず、突き放すような物言いばかりしていた。学校でもそれは話題になっていて「なんか怖い」「別人みたい」「ヒールキャラで通してるのか?」「あれ本当に國神?」などと言われていた。

 私は、彼が國神君だと断言できる。
 確かに雰囲気は変わっているけど、間違いなく彼だ。私だけが確信している。
 理由は一目瞭然。國神君が試合前やトレーニングを始める前にスポーツドリンクを作っている様子が配信に映ったとき、塩や砂糖の配分が私のレシピ通りだったから。
 それに気づいた瞬間が、私の人生で二番目に嬉しいことになった。