十市
2025-04-06 23:56:18
2539文字
Public オリ骨・イメ骨
 

便利屋出動

『嘘を願った日』の続き。


 元々人通りの無い場所とは言え、見通しの良い場所で話をするには、この世界は危険すぎる。保護したマツリカと共に、落ち着いて話ができる物陰へと移動する。拠点へ戻っている余裕は無い。とにかく今は時間が惜しかった。
 聴取はハカセに任せる。その方がマツリカも安心して話ができるだろう。
 曖昧で不確かな情報は出来るだけ排除しつつ、状況を整理した内容を、ハカセが要約してジョシュに伝える。
 マツリカは兄に連れられて、ジョシュとハカセの拠点に向かっていた。その道中、倒れている人を見かけた。マツリカの性格上、見てしまったからには捨ておけない。助けなければならないと、倒れている人物に声を掛けた。その直後、周りを見知らぬ男達に囲まれたのだ。マツリカの体は頑丈で、ちょっとやそっとでは傷一つ付かないが、戦う術は持っていない。そんなマツリカを守るために、過保護な兄が取る行動など、一つしかなかった。自らが囮になり、マツリカを逃したのだ。追手が無かったのは流石と言うべきなのだろうが、それは彼がたった一人で全員を相手にしているという証しでもある。
 話を聞く間にも、ジョシュには沸々と苛立ちと焦燥感が湧き上がってくる。表情に出てしまったらしく、心配そうなハカセと、また泣き出しそうなマツリカの顔が目に入った。

「ごめんなさい、ボクが……ボク……
「別に、アンタのせいじゃない」

 そうは言いつつも、ジョシュの険しい表情は崩れない。

(だから、あれだけ何度も言って聞かせたのに)

 何度忠告しても聞く耳を持たなかった頑固な恋人の姿が思い起こされる。この世界が危険である事は再三言って聞かせてはいたが、偵察と身を隠す事に長けたマツリカの兄は、大丈夫だと言って聞かなかった。子供の頃から二人きりで暮らしてきたこの兄弟は、良くも悪くも人の悪意というものに鈍いのだ。武器を振り翳すような明らかな敵意には反応できても、甘言や騙し討ちには弱い節がある。それはこの世界を生きるには致命的な弱点だったが、そもそも誰とも出会わないという方法によって、今までその危険を回避し続けていたのだ。ジョシュもその能力を評価していたのだが、その考えは甘かったと思い知る。
 離れるべきではなかった。彼が拒否しようと、何を言おうと、彼から目を離すべきではなかった。地下に監禁してでも、外に出すべきではなかったのだ。今更後悔しても、もう遅い。ギリ、と噛み締めた奥歯が鳴った。
 ジョシュは目を閉じて深呼吸を繰り返す。今は、後悔に苛まれて足を止めている場合では無い。不安と焦りに駆られて不用意な行動を取るわけにはいかない。1秒でも早く、やるべきことをやるしかない。

「最後に姿を確認できるデータとマツリカくんの話から推察するに、二人を襲ったのはこのグループの可能性が高いな」

 携帯用のタブレットを操作し、ハカセが情報を提示してくる。密かに設置している監視カメラのデータから、犯行グループを割り出したらしい。
 ジョシュとハカセの仕事上、裏社会の情報は常に調査、熟知している。マツリカ達を襲った集団は、大きな闇の組織というわけではなく、どちらかと言えば小物に近い。チンピラという表現が一番合うだろうか。暴行、詐欺、恐喝、誘拐、売春斡旋……悪事は多岐に渡るが、残念な事に、このスラム街でその程度の悪事は日常に過ぎない。優先的に依頼が入るような悪党ではないが故に、今まで捨て置かれていた連中だ。だが、とにかく構成員の数が多い。一人で相手をするには分が悪いだろう。

……ヨモギは無事?」
「カメラに映っている時点では、としか……

 口惜しそうに緩く首を振るハカセの隣で、マツリカの表情が陰る。それに気がついたハカセが、そっとマツリカの手を握って励ます。
 集団の今までの行動を踏まえて考えるに、ジョシュの恋人であり、マツリカの兄であるヨモギが殺されている可能性は低いと見て良いだろう。しかし、それは無事であると同義ではない。捕えられていれば、何をされているかわからない。数の少ないスケルトンともなれば、更に大きい組織に引き渡される可能性も少なくはない。……正に、あの時の、自分たちのように。

「場所は?」

 ハカセのタブレットを覗き込み、アジトの場所を確認する。殆ど土地勘の無いマツリカが歩いて辿り着けるくらいだ、遠くはない。

「行くよ」

 ハカセを腕に抱き、すぐに目的地に向かおうとするが、ハカセの様子がおかしい。狼狽える彼の視線の先には、マツリカがいる。ジョシュは小さく舌を打つ。安全な拠点で待たせるのが最良だが、拠点に入るにはハカセが一緒に戻る必要がある。ジョシュ一人でもアジトに向かう事はできるが、失敗は許されない。ハカセが同行できないのは大きな痛手だ。

「ボクも、行っていい?」

 ジョシュとハカセがどうしたものかと思案していると、マツリカがそう切り出してきた。許可を求めているような口振りだが、その表情から察するに、断られてもついてくるつもりだろう。どちらにせよ、マツリカを拠点に送り届ける時間が惜しい。マツリカは戦う事こそできないものの、とにかく頑丈で力も強い。ハカセを護衛に付けておけば、連れて行っても大きな問題は無いだろう。移動の際にジョシュの走る速度と動きについて来れるかの方が問題だ。

……あー、もう!」
「わっ!」

 ジョシュは自分の武器であるデッキブラシをマツリカに持たせると、ハカセを抱える腕と逆の腕でマツリカを俵担ぎで持ち上げる。長身とは言え肉の無いスケルトンだ、見た目ほど重量はない。多少速度と動きは鈍るだろうが、マツリカに合わせて走るよりは速いだろう。恋人の弟、弟の恋人とは言え、汚れてもいるし、やはり他人の体に触れるのは嫌悪感が拭えないが、今はそんな事よりもヨモギの救出が最優先だ。抱きかかえているハカセが、少し嬉しそうに口角を上げた。

「大人しくしてなかったら捨てて行くから!」

 抱き上げられて固まっているマツリカに一言釘を刺して、ジョシュは目的地に全力で走り出した。
 あの悪夢を、二度と繰り返したりはしない。今度は、絶対に、間に合ってみせる。