えぬを
Public MCU
 

バキサム_20250329

TFATWS→BNW間、なにがあったの…詳しく教えて…デキてるようでデキてないくせに距離近くて存外甘いバキサム

大型モニタに映し出された容貌は、百年前と変わらず。本人が語るよりも雄弁に記録されたスミソニアン博物館に飾られている、当時の写真の数々。モノクロのそれらと変わらないままの姿形を、この国で知らぬ者はいない──というのはつい数年前までのことだ。
モニタに大きく映し出された〝バーンズ候補〟が優しい語り口調でインタビューを受ける。その映像を観た、サムの隣の若い女性がうっとりとため息を吐いた。
年若い若者たちは、彼の過去を詳しく知らない者もいる。知っていたとしても反応は同じかもしれない。ルース・バット=セラフが、バッキーの過去をよくよくに知りながらも、彼を〝ハンサム〟と称したように。
サムとてその意見に否やはない。ジェームズ・ブキャナン・バーンズという青年は、美の基準が、過去から現在の多様性という認識に至る変遷を経ても、全ての時代において〝ハンサム〟と称されるに相応しい容貌をしている。美の基準は曖昧だけれど、好ましいかそうでないかで捉えるならば、圧倒的に前者だ。スミソニアン博物館に飾られた、親友や仲間と会話を交わす時の穏やかな表情から、世界的に有名な暗殺者として暗躍していた時代のウェブニュースに残る険しい顔。そうして今の、これまでのいずれとも異なる表情──穏やかな笑顔でインタビューを受ける完璧なまでの〝ハンサム〟は、サムからすれば、貼り付けた笑顔が鳥肌が立つほどに胡散臭いのだが、隣のレディは頬を染めて大型モニタに見入っている。胡散臭さに加えて、サムが眉を顰めるのはそのインタビューの内容だ。
『バーンズ候補、先日のキャップの活躍はご覧になりました?』
『えぇ、勿論。一般の方がライブ配信していたのをウェブでね』
『ヴィブラニウムの羽を纏ってはいても、生身のお身体ですものね。高層ビルからの落下は、私、ハラハラしてしまいました』
『私もですよ。幾度かキャップと共闘したことはありますが、私はいつだってキャップが心配なんです。彼は優しすぎるから』
バッキーが沈鬱な表情で物憂げに顔を伏せる。落ちたまつ毛の影に、隣のレディは話しの内容よりもなお一層感嘆のため息を漏らしたし、インタビュアーは『まぁ……』とバッキーの心に寄り添う風情を見せる。サムは鳥肌が収まらない腕を両手でさすった。
カウンター越し、パブのオーナーがビアのジョッキを二つ差し出し、サムの前に置いた。サムが礼を言って受け取ろうとすれば、オーナーはチーズとナッツが乗せられた皿を追加でカウンターに置く。頼んだ覚えはない。ビアだけだった。
訝しんでサムが顔を上げれば、店主が下手くそなウィンクで自らの頬を突いた後に、サムズアップで返してくる。サムがバンドエイドを貼り付けたのと同じ頬。サムは苦笑して謝意を述べ、並々注がれたビアのジョッキ二つと、アペタイザーを遠慮なく受け取り、テーブルに戻った。
薄暗いパブの奥まった場所、酔客達は自分達の会話に夢中で、そこに座る人物には特段気を配っていない。先程大型モニタに映し出されていたハンサムが、眼鏡をかけて書類に目を通している。サムはバッキーの対面に腰を下ろした。
「なんだ?腹減ってたのか?サム。なにか食いに行こうか?」
矢継ぎ早の質問は、サムがテーブルに置いたアペタイザーの皿に対してだ。
「いや、別に腹は減っていない。オーナーのサービスだよ」
サムが答えれば、バッキーは眼鏡を外して悪戯げに笑いながら、〝さすがはキャプテン〟と嘯いた。
久しぶりに会って、アルコールを飲み交わす。忙しない日常を送る中で、いつしか恒例となった。互いしか知らないシークレットナンバーで、どちらかが不意に連絡をする。時間が空いていれば、会って食事をしたり、ただ、アルコールを嗜んだり。双方共にプライベート時に声を掛けられるのはそれほど得意ではないから、こうしてパブの奥まった場所で静かに時間を過ごす。その時間をバッキーはひどく大切にしているようだったし、サムも居心地の良さを感じていた。尻の据わりが悪くなるのは、先ほどの大型モニタに映し出された、インタビューに答える外面のバッキーに遭遇した時だ。
「さっき」
「うん?」
「カウンターで酒来るの待ってる間に映像が流れてた。〝バーンズ候補〟のインタビュー」
バッキーはサムの言葉に無言で肩をすくめ、ビアを煽る。
「きれいな女の子がうっとり眺めてたぞ」
「〝キャプテンを心配する物憂げなバーンズ候補〟を、だろう?」
どのインタビューか、バッキーは予測がつくらしい。サムは返答に詰まった。
「どうだった?」
……なにが」
「インタビューん時に着けてた俺のタイの色」
「タイの色?」
質問の意図がわからないまま、サムはインタビューの動画を思い出す。
──タイの色なんて覚えてねぇよ。
サムが答える前に、バッキーは笑って種明かしをした。
「うちの秘書に教えてもらってすぐ買いに行ったんだ。あれ、キャップのイメージカラーを模したタイなんだと」
……イメージカラー」
「そう。お前の。俺に似合うだろう?」
バッキーは口元をビアのグラスで隠したまま、サムに流し目を寄越した。アルコールに酔うはずがないのに、バッキーはひどく酩酊したような瞳でサムを見る。
バッキーと二人で会うのはいい。互いに相棒と呼んで差し支えないまでに距離は近づいたのだから。そこからさらに踏み込まれた時、サムはそれを受けるべきか流すべきかの距離を測りかねている。
思い起こせば、溶けたアイスクリームケーキを持参した行為は、わざとではないかと思うのだ。意中の相手の関心を引く、色男の常套手段。
哀れとろけたクリームとクッキーに成り果てたアイスケーキを、サラはため息と苦笑で自宅のフリッジに仕舞ったし、AJとキャスは、『凍ったら一緒に食べようね、ジェームズおじさん』と、バッキーに強請った。それは暗黙の裡にウィルソン家への宿泊と相成るのではというサムの言葉は、甥達のキラキラとした嬉しげな顔を前に、口中に消えた。
いつの間にか甥達から、自分と同じ呼称で呼ばれるに至った件のハンサムは、ウィルソンファミリー相手だと愛想がいい上に、翻って評判もいい。
纏わりつくAJとキャスをいなしながら、サラは溶けたアイスケーキをフリッジに持っていく。
その後ろ姿を眺めながら、バッキーはとっておきの秘密を打ち明けるように、『来てもいいか迷ってたら、いつのまにか溶けちまった』と、サムにだけ伝えてきた。
その自嘲が混じる弱気な言葉に、『遠慮しないでいつでも来ればいいだろう』とサムは返答した。
今思えば、あれは作戦ではないだろうか。一連の流れが計算づくなら、色に名高い男として名を馳せたバーンズ軍曹の手腕は現役だ。
比喩ではなく、ジェームズ・ブキャナン・バーンズという青年は古い人間だ。
友人はことごとく天に昇り、彼の当時を知る者や、アルコールを酌み交わす友が現代に居ないことを知っている。だからこそ、節介を自認するサムばかりがバッキーをあれこれと連れ出した。バッキーの贖罪の旅の終わりをサムは知らないし、干渉するつもりはなかったけれど、そばで支えていけたら良い、と思っていた。友として。
けれど、バッキーからの矢印は、サムが思う方向とは些か異なっていた。
……バック、だから、それは刷り込みだと思うんだよ」
「ふぅん?」
サムの言葉を聞いたバッキーは、動揺するでもなく、寧ろ楽しげに、言葉の続きを待っている。その余裕のていに、サムは、これはまた存外長くなりそうだ、と内心の焦りを表に出さず、つとめて冷静に言葉を紡いだ。
「あんた今、あの頃の友人たちや仲間がいないから、」
「うん」
「だから俺に、」
──大丈夫、大丈夫。説得できる。俺は退役軍人のカウンセラーなんだから。『あの頃の友人を喪っているから、近くにいた俺をその代わりにしたいだけなんだよ、バッキー』そうだ、そう言えばいい。最近のニューズウィークじゃあ〝キャップテン・アメリカが答えてくれそうなカウンセリングテーマ〟なんてコーナーができたってトレスが言ってたし。
『誰になんの相談してんのかわからなくね?これ』というトレスの声が、サムの脳裏に響く。
「サム?」
「え、あ、うん、」
──現実逃避をしていた。
サムは脳裏に浮かぶサイドウィングの悟り切った笑顔を消去して、再度バッキーに向き直った。
「いや、だから、以前は相棒とか友人とかあんたとそんな風になれると思ってなかったけど今はこうして色々話せるようになったし、スティーブやハウリング・コマンドーズの仲間まではいかないとしても、相棒として」
「あの頃の仲間に愛の告白はしていないんだが?」
「あいのこくはく」
「あぁ」
……愛の告白なんて、俺にもしてないだろ」
「していいのか?」
サムは混乱した。
「俺、別に隠してるつもりはないんだが。明確に伝えたら、お前、逃げるだろ、サム」
先程から、サムのビアのジョッキは全く減っていなくて、泡も消えた。纏わりついていた水滴の水溜まりが、テーブルに広がっている。
ひどく喉が渇いている気がして、サムはぬるくなったそれを一気に煽った。
バッキーは苦笑しながら、『明日行くんだろう?飲みすぎるなよ』と、前段の会話などなかったかのように、サムを嗜める。
──そうだ、そうやって、なんでもないことのように、いつだって俺のそばにいるのはあんたの方だ。
犯罪者である彼女の墓は、一般的には公になっていない。立場を行使してそのありかを聞き出したものの、未だ彼女を慕う残存する仲間達は、サムが彼女の墓を訪うことを快く思っていない。
けれど、サムは度々彼女に会いに行く。花を抱えて。日取りは不確定。なのに、こうしてバッキーは、それを予測して、黙って同行してくるのが常だった。
一度、なぜ共に来るのか、とバッキーに尋ねたことがある。なにがしか、憂慮しているのかと。その内止められるのではないかとサムは思っていた。
『止めやしないが。お前がいろんな人間に心を砕いてるの見てたら不安になるだろ。だから同行してる。させて。俺の入る隙間がなくならないように』
ゴン!と音を立てて、サムは空になったビアのジョッキをテーブルに叩きつけた。
……したら」
「え?」
「色々なものが、終わって、済んで、それこそ引退したら、」
「うん」
……聞いてやってもいいぞ、あいのこくはく」
サムの言葉に、バッキーはぽかんと口を開けた。次いで、爆笑した。貴重である。バーンズ軍曹、ウィンター・ソルジャー、ホワイトウルフにバーンズ候補を経て、バーンズ下院議員になるかもしれない色男の爆笑だ。
サムは程よく酩酊した脳で、なおも現実逃避をしていないと言えないことをようやく言葉にしたのだ。
「わかった、わかったよ、サミュエル」
──なら俺はもっと頑張らないとな。
バッキーが独りごちた言葉がなにに係るのか、サムは政治が絡む話しを極力避けているため、そのまま流した。
サムが好むのは、この空気だった。バッキーとの間にしか流れないこの空気感を、サムは大事にしたいと思っている。それだけは、嘘偽りない今の気持ちだった。
「とりあえず、明日持っていく花は何色がいいか。いつもみたいにアドバイスしてくれ、ブルックリンの色男」
「オーケィ、キャップ、任せてくれ」
空のビアジョッキをぶつけ合った音が、賑やかなパブに静かに響いて消えた。