雪成はす子
2025-04-06 00:01:11
4314文字
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エインヘリヤル行進曲

🎸🐬くんと🐬くんの誕生日の話(過去再掲)
🐬誕&ジャンバール誕として書いたものですがジャンバールさんメインなのでジャンバール誕として再放送します
ジャンバールさんお誕生日おめでとう~✨✨
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 乾杯の合図と共に、俺は樽を傾け一気に煽る。
 ここは新世界のとある春島。気候も良く、治安も悪くなく、何より海軍ともあまり関わりが無いようだ。
 俺たち海賊が滞在し、こうしてのんびり宴が出来るのも、この島の大らかさのお陰とも言える。
 平和だなと独り言ち、それからまた樽を煽る。

 ジャン、と聴きなれたギターの音と同時にヒュウと歓声が上がり、俺はそちらに目をやった。

 鯱を模したキャスケットの赤毛の男が、樽に座り愛用のギターをかき鳴らして仲間たちに応える。楽しそうに歌う様は、いつもの宴の光景と同じだ。
 ――ただひとつ、違うのは。
……なあ、今日はシャチの誕生日を祝う宴だよな?」
「ん? ああ、あれはいいんだよ。他の宴の時と同じで、あくまでシャチがやりたいようにやらせてるだけなんだからさ。自分の誕生日だろうと関係無ェんだ。シャチがギター弾きたいから弾いてるだけ」
「そうなのか……だが、何だか悪い気もするな。昨夜だって、俺の為にギターを弾いてくれたのに」
「いいのいいの。シャチがやりたいって言うならさ。シャチの誕生日だからこそ、シャチのやりたいようにやらせてるんだから」
 仲間のクルーにそう言われたが、俺は少し納得いかなかった。
 改めてシャチを見れば、やはりシャチは楽しそうにギターをかき鳴らしている。やりたいようにしている、というのは間違いないんだろう。
 そもそも俺たちは海賊なのだと、改めて思い出す。自分たちのやりたいように酔い、騒ぎ、時には戦い、海の中を気ままに航海し、また騒ぐ。
 かつての仲間たちを喪って以来、そういった自由に憧れすら持てなかったあの頃とは違うのだ。
 体に刻まれた忌々しい蹄の痕はキャプテンが消し、代わりに俺は彼らと同じジョリーロジャーを背中に刻んだ。
 俺はもう奴隷ではない。俺は、自由なのだ。
 ――ならば。

 曲が終わる頃を見計らって、俺はシャチの傍らに座る。
「リクエストしていいか、シャチ」
「いいよ! ジャンバールからのリクエストって珍しいな。何がいい?」
「エインヘリヤル行進曲。知ってるか?」
「いいねえ。俺らに相応しい、勇ましい曲じゃん。それじゃ、あともう少し待ってて」
 俺と会話しながらも、シャチはギターを弾く手を止めない。シャチが今弾いてたのは、少し前に滞在していた島で教えて貰った曲だと言っていたか。素朴だが賑やかな、その島の祭囃子の曲だ。
 最後の一音を爪弾くと、宴の喧騒がほんの一瞬だけしぃんと静まる。ギターの余韻が潮騒のように引いて、それからまた誰かがヒュウと口笛を吹いた。
 へへ、とシャチが照れくさそうに笑いながら鼻の下を擦る。さて次は、とまたギターを構えた所で、俺はシャチの肩をちょいちょいと指で叩いた。
「シャチ、お前はこの曲歌えるか?」
「勿論。戦場を駆ける戦士を讃える歌だろ?」
「俺も共に歌っていいか?」
 俺がそう問うと、シャチは驚いたような顔で俺を見上げた。
「ジャンバールも歌うの?」
「嫌か?」
「ううん、びっくりしただけ。ジャンバールも歌えるとは思わなかったから」
「海賊は皆歌うものだろう? それに、今日はお前の誕生日なんだ。だからお前の為に、お前と共に歌いたい」
 俺を見上げていたシャチの顔が、みるみる赤くなっていく。唇をむずむずと動かしたかと思えば、へにゃ、と子供のような無邪気な顔で笑った。
……っへへ、何だろ、凄く嬉しい。ありがと、ジャンバール」
「礼には及ばん。今日はお前が祝われる日なのだからな」
「それもそうか。じゃあ、一緒に歌おうぜ」
 シャチは嬉しそうに八重歯を見せ、それからひとつの旋律を紡ぎ始めた。
 今にも鎧をがちゃつかせる音が聞こえてきそうな、勇ましい旋律。俺は咳ばらいをして、すう、と大きく息を吸った。

  おお 我等猛きエインヘリヤル
  今こそ戦斧を振え 今こそ悪鬼の首を獲れ
  我等は選ばれしヴァルハラの戦士
  死をも恐れぬ勇敢なる戦士よ

 シャチのギターの音色に、戦場へと向かう戦士たちを鼓舞し、賛美する歌を紡ぎ上げる。
 少し高いシャチの歌声が、俺のだみ声と重なった。俺の歌に合わせ、シャチは一音ずらした歌をその上に乗せる。
 調和した歌と、ギターの旋律。勇ましくも誇り高き戦士たちを讃える歌を、共に歌う。
 かつて、まだ俺がキャプテン・ジャンバールと呼ばれていた頃に仲間たちと歌った歌。自分たちこそエインヘリヤルであると信じて疑わなかったかつての仲間たちと共に、宴の最中に何度も歌った懐かしい旋律。

  おお 我等勇ましきエインヘリヤル
  今こそ戦場を駆けろ あの山を谷を越え
  我等は選ばれしヴァルハラの戦士
  死をも乗り越えた勇敢なる戦士よ

 仲間たちの死を、俺は乗り越えられなかった。
 かつて共に楽しく歌い、飲み、航海した仲間たちはもう何処にも居ない。
 たったひとり生き残り、果てには忌々しい蹄に踏みつけられ、ただ失意のまま無為に過ごす日々。
 ――あの日、ヒューマンショップで彼らに居合わせたのも、ほんの偶然でしかなかった。
 たまたまあの日俺が連れ出され、乗り物にされた――ただそれだけの偶然が、これほどの幸福に繋がるなど、一体誰が思うだろう?
 あの日、キャプテンの目に留まり、首輪を外されなければ。
 あの日、麦わらの一味があの騒動を起こさなければ。
 あの日。

「ジャンバール、中々いい声してんじゃん。お前の歌、もっと早く聴いてみたかったかも」
……もう、歌うつもりなんか無かったがな」

 あの日、あの首輪が外されたあの時。
 俺の後ろで、かつての仲間たちが「まだ来るな」と言っていたような気がしたのだ。
 まだ俺が死ぬ時ではない、だからまだこちら側に来るなと。
 ヴァルハラの門は、また俺の為には決して開いてはくれないだろうと――そう言われているような、そんな気がしたのだ。
 俺の道は、まだ続いているのだと。
 そして、その道を開けてくれたのは――俺を導いたのは、その手に『死』を刻んだ男。
 その道を繋ぎ、温かく迎え入れてくれたこの艦の新たな仲間たちと。
 彼らと同じジョリーロジャーを掲げ、新たな道を歩む事を赦してくれたかつての仲間たちに報いるために、俺はここに居る。
 ここで、彼らと生き抜くために。

「それにさっきも言ったが、今日はお前の誕生日だろう? 昨日も俺を楽しませてくれた旋律に、少しは報いようと思ったのだが――どうした?」
「あ、いや……もしかして、俺の為?」
「そうだが? それもさっき言ったばかりだろう」
「え? あ……そっか……そうだったのかぁ」

 サングラスの奥で目をぱちぱちと瞬かせていたシャチが、顔を赤くしてへへ、とまた子供のように笑った。
 三十も近い年の男だが、シャチは時折子供のような無邪気な表情を見せる。
 梯子を使って俺の髪を切ってくれた時や、キャプテンに褒められた時、ペンギンがシャチの好物を作ってくれた時など。
 ころころと表情が変わる様は、見ていて飽きないものだと思う。
 だからこそ、シャチは皆に愛されるのだ。
 キャプテンのようにカリスマがある訳でもなく、ペンギンのように規律でしっかりと皆を纏め上げる訳でも、ベポのように艦の指針となって皆を導く訳でもない。
 この艦の最古参のひとりでありながら、上に立つ事も下に立つ事も無く、皆と肩を並べてさりげなく寄り添う――その絶妙な距離感を、誰もが心地良いと感じる。
 周囲の空気を読むのに長け、丁度良いタイミングでするりとその位置に入り込む。そんな事を意図せずに出来てしまう人間が、この世にどれだけ居る事か。
 シャチが居なければ、俺がこれだけ早くこの艦に馴染む事など出来なかっただろう。
 俺がこの艦に、仲間として受け入れられるまで、シャチの存在にどれだけ助けられたか知れないのだ。

「お前は皆の為に頑張ってくれているが、偶には素直に皆の祝福を受けるのもいいだろう。この歌は俺からの祝福だ。大したものではないかもしれないが」
「いや、すげー嬉しいよ、ジャンバール……お前が、そんな風に言ってくれるなんてさ」
「俺が初めてこの艦に来た時も、お前は俺の為にギターを弾いてくれていただろう? あの時から、お前が弾くギターの楽しそうな旋律が好きでな。何なら、いつも聴いていたいくらいだ。だから、少しくらいはお前に報いたかった。それだけだ」
「いや、それだけって……ジャンバール、お前さっきからすげえ口説いてくるじゃん。そんなに俺のギターが好き?」
「ああ、好きだ。だから次のリクエストがしたい。いいか?」

 俺がそう問うと、成り行きを見守っていたらしい他の仲間たちからブーブーと野次が飛んだ。
「抜け駆けすんなジャンバール!! 次はおれがソウルキングの曲リクエストするんだからな!!」
「違うよ次はおれ!! シャチ、ウタちゃんの『新時代』弾いてよ!! おれ一生懸命歌うから!!」
 仲間たちからの野次に、俺はシャチを顔を見合わせた後シャチの肩を指で叩く。
「俺は満足した。次は他の奴らのリクエストを聞いてやれ」
「ん、分かった。ジャンバール、後でまた一緒に歌おうな!!」
 俺に手を振り、それから仲間たちと向き合って「次は何がいい?」と聞く。
 するとあちこちから次々にリクエストが上がった。順番にな、とシャチは手を振り、それからまたギターを鳴らす。
 激しく魂を震わせるような旋律は、ソウルキングの曲のようだ。シャチのギターから響くそれは、ソウルキングのものとはまた違う。どちらも素晴らしく、どちらも優劣を付けられるものではない。
 ただ、もうすっかり耳に馴染んだこの音が好きだ。
 シャチが居て、キャプテンが居て、仲間が居て。この艦に居てもいいのだと、この場に居る全ての者がそう赦してくれる。
 だからこそ、このギターの音色は心地良いのだ。


……悪いな、俺はまだ、そちら側に行けそうもない」
 樽を傾けながら、俺は誰にともなく呟く。
 俺の為のヴァルハラの門はまだ開かない。
 昔はその事を嘆いたりもした。だが、今は。
「だからその時が来るまで待っていてくれ。――俺のエインヘリヤル」

 ざわ、と心地好い風が通り抜ける。春島の春の、柔らかな風。
 そこに、ひとひらの花びらが舞った。

 ――まだ、こちら側には来ないで下さいね。キャプテン。

 その風に乗って、ふと懐かしい声が聞こえたような――そんな気がした。