らい
2025-04-05 21:00:24
4389文字
Public レオいず
 

レオいず30days⑤「菜の花畑で会いたかった」

学院編⑤ お題「蝶」 ※高2
(注)攻めの夢精描写あり(十八禁相当の描写なし)



「ずうっと前からわかってたよ。れおくんは、俺とこういうことがしたかったんでしょ」

 白いシャツがはらりと落ちて、チェック柄のスラックスが足元から抜けた。枝にくっついていたか弱いさなぎが、美しい蝶に脱皮するみたいに───生まれたての姿になった泉が、レオの視界を覆い尽くしている。放課後の教室に射している夕陽は柔肌を照らし、艶めかしい影が床に揺らめいた。
 白く透き通った肌が、ぴたりと密着する。レオは何度もかぶりを振った。

……おれは、おまえのことが大好きだ」
「うん。出会ったときから知ってるよ」
「でも、おれはセナとこんなふうにえっちしたいわけじゃ……なくて」

 拒絶すれば、レオの股間に薄桃のくちびるが寄ってきた。泉は柔らかな耳たぶに髪を掛けると、淫らな腰を高々と持ち上げる。
 そそり立つ先端を撫でながら、愉しげに言い放った。

「うそつき♪」
「うそじゃない!」

 レオが、鼓膜が破れるぐらいの声量で言い返したところで───眼下に広がる夕焼けの教室は、風船のごとく破裂する。
 よかった。夢だった。
 寝ぼけ眼をくすぐると、机の傍らに人影が映りこむ。初老の教師が、呆れた様子で腕を組んでいた。

「月永、授業はもう終わったぞ」
……へ」
「寝言で減点。これは『うそ』じゃないからな」

 先生って授業つまんないくせに、厳しすぎぃ~!
 帰宅の準備を進めている生徒がげらげら笑って、周囲がどっと湧きあがる。未だに覚醒しきらない脳を回転させながら、レオは状況を整理した。
 どうやら居眠りをして、健全な教育現場にあるまじき夢を見ていたらしい。最近になって、何度も苦しまされている夢だ。戦友であるはずの泉があられもない姿で、レオに奉仕しようとするのである。
 夢の世界で完結するならまだいいが、現実世界にも影響を及ぼしているのだから手に負えない。家では夢精して、下着を汚してしまうときもあった。おい何してる、ひげを剃りたいんだから早くしろ、と父親に急かされながら洗面台に立てこもった日は、朝から「うるさいな!」と喧嘩した。母親には咎められるわ、妹のルカには怖がられるわで、要するにろくなことがない。
 レオはハッと我に返って、机の下を見やる。淫らな夢を満喫した男子高校生の身体は、正直である。スラックス越しの下半身は濡れていて、あまつさえ膨れていた。思春期ゆえの勃起はいくらでもあるけれど、学院内で射精したのは初めてのことだった。
 さすがのレオも青ざめて、机に「わっ!」と突っ伏した。幸いにも教師は気づいていないのか、偉そうにぼやき続けている。

「それにしても、授業ちゅうに居眠りとはけしからん。罰として、月永には課題を与えます。あとで職員室に来るように……
「先生っ、あそこでタバコを吸ってるやつがいる!」
「何!?」

 もぬけの殻となっている方角を指さして、レオは教室を飛びだした。「月永!」と制止する教師を振り払い、一目散に駆けていく。

「トイレ! トイレ! トイレ!」

 寝覚めにも関わらず覚醒しきった意識には、もうそれしかなかった。下半身の事情ならなんでも大喜びの小学生じゃあるまいに、トイレを連呼する奴がいるか。レオは前屈みになりながら、男子便所を目掛けて走る。やっと視界に入ったWCの扉に安堵して、速度も緩めず突っ込んだ。
 ところがドアを開けたその瞬間、ちょうど用を済ませた生徒にぶつかりそうになる。全速力のアクセルと唐突なブレーキのバランスを崩したレオの身体は、床にひっくり返った。
 不幸は重なるものである。泣きっ面に蜂とは、正真正銘このことだ。よりによって、清潔なハンカチをブレザーにしまいこみ───泉が、怪訝そうに見下ろしていたのだから。

「ちょっとぉ、れおくん。廊下は走らないでよねえ、危ないでしょ?」
「わ! わ! わ!」
「ったく……。美しいこの俺に怪我でもさせるつもりぃ? これが学院内だからいいけど、外では気を付けなよねえ。例えば赤信号でよそ見して、交通事故にでも遭ったらどうすんの? ご両親と妹ちゃんが悲しむでしょ。取返しがつかないことになったら困るんだから、ちゃんと周囲を確認して……

 泉の視線が、緩やかに降りてくる。尻もちをついた拍子に開帳した大股の真ん中。膨らんだスラックスに、泉の眉根がぴくりと動いた。性知識に疎いわけでもあるまいし、さすがの泉も認識しているだろう。夢の世界では、前のめりになって慰めようとしてくれたぐらいだし───ありもしない光景が現実と入り乱れて、レオは激しく首を振った。

「セナ!」

 レオはとっさに正座して、ぐすんと涙を浮かびながら泉を仰ぐ。レオは下世話なトークは好かないが、泉だって低俗な男は大嫌いだった。食堂で遭遇したクラスメイトが恋人とのセックスをひけらかしていたとき、「あいつら、アイドルの自覚ないわけ?」と露骨に眉をひそめていたことがある。校内で勃起していたとなれば、きっと幻滅されるに決まっていた。
 どうせ軽蔑されるなら、早めに謝っておいたほうがいい。レオは目尻に水滴を溜めながら、違う、違うんだよ、とやけくそ気味に訴えた。輝かしいアイドルを育成する夢ノ咲学院で、盛大に勃起する男子高校生。文字に起こすまでもなく情けなくて、つらい。羞恥心で消滅しそうだ。レオは掠れた声で泉に弁明しようとする。
 ところが泉の反応は、レオの予想とはうらはらに穏やかだった。

……ついてきなよ」
「えっ」
「いいから、早く」

 レオはてっきり「チョ~最悪!」と立ち去られる未来を想像していたから、泉が手首をぎゅっと握り締めてきたことに驚いた。放課後のレッスンや、ジャージに着替えて部活に向かう生徒たち。あらゆる人波を突っ切って、階段を下りていく。やがて保健室の前に辿り着くと、泉は「待ってて」とレオの背中を押すのだった。

      
 薬品のにおいが充満する保健室。レオは「そ~っ」と声を出す。ベッドのカーテンを開けると、仏頂面の泉が立ち尽くしていた。

「ちゃんと着替えた?」

 ブレザー越しでもわかる細い腰。呆れる母親のように手を当てながら、泉が問いかけてくる。レオはベルトを締めて、「うん」と弱々しく返事した。

「ったく。野郎の替えパンツを、レジに持っていく俺の気持ち。ちょっとは考えてよねえ」

 面倒なことに巻き込まれたくないなら、最初から放っておけばいいのに。無視するどころか、わざわざ購買で予備の下着を買ってきてくれたのだから頭が上がらない。レオが消え入るような声で「ありがと……」と礼を告げると、泉はしょんぼりと猫背になるレオの隣に腰を下ろした。
 いいにおいがする……
 すんと鳴らした鼻呼吸がいやに響き渡ったような気がして、レオはスラックス越しの太腿をつねった。痛みで誤魔化していなければ、あの忌まわしい夢の世界に没入してしまいそうになる。
 れおくんは、俺とこういうことがしたかったんでしょ。
 白い太腿をあらわにして、熱く昂ぶる性器にくちびるを寄せる泉───レオは頭を掻きむしった。隣に座っている泉は、制服に身を包んでいるというのに。
 ここは現実、ここは現実。必死に言い聞かせているレオをよそに、泉は不機嫌そうにぼやいた。

「保健室の先生、いっつも不在だよねえ。ほんとに仕事してんの? あいつ」
「居ないひとの悪口は、言うなよ……
「事実じゃん。……とりあえず、その辺にあったビニール袋は適当に拝借しちゃったけど。家に帰ったら、そこから汚れたパンツ出すの忘れないでよ。お弁当箱とは訳が違うんだからね。……それもそれで大概だけど」
「さすがのおれも、そこは忘れない」
「はい、言質取った。ちゃんと洗わなかったら、俺れおくんのこと嫌いになるよ」

 それじゃあ、俺は帰るから。焦げ茶の学生鞄を揺らしながら、泉が立ち去ろうとする。俯いていたレオは、泉の手首をとっさに引き寄せた。
 ちゃんと洗わなかったら嫌いになるよって、なんだ。
 ぶっきらぼうに「何?」と返す泉を再びベッドに座らせて、レオは上目遣いで尋ねる。

……ぱんつを洗わなかったら、嫌いになるの?」
「当たり前でしょ、普通にキモいし。なに言ってんの?」
「だっておれ。授業ちゅうに昼寝して、ちんちん勃っちゃったんだぞ。……とっくの昔に嫌いになっただろ」
「はあ?」
「おれ、えっちなこと考えるのが好きなわけじゃないのに」
……あ~」
……おれの身体、最近ちょっとおかしくて」
……うん」
「セナに、きらわれるの、いやだから……

 太腿の上で拳を握り締めながら、レオは喉の奥から声を絞りだす。友達のセナとえっちする夢を見るから毎日苦しいんです、と打ち明けるわけにもいかなくて、無言で鼻をすすった。
 出会ったばかりのころは、だぁい好きと告げるだけでしあわせの花が咲いたはずだった。それなのに、こころを置き去りにして、からだは大人になっていく。
 愛といえば、肉体のつながり。世間一般に蔓延している共通認識がきらいだった。しかしながら、男の本能がそうはさせてくれない。美しい蝶を罠にはめる蜘蛛の糸みたいに、醜い願望でがんじがらめになってしまうのだ。
 好きで、だぁい好きでたまらない。きっとそれは性欲なんかじゃないはずで、けれども熱を帯びた身体は執拗に求め続けてしまう。こころと、からだの矛盾。校内で発情するとか気持ち悪いとか、勃起なんて有り得ないとか、いっそのこと冷たく突き放してくれたらよかったのに。肝心なところで優しく接してくれるから、何度でも好きになる。
 つらくて仕方がなくて、男のくせに涙がでちゃうよ。
 目尻からぽろりと垂れた水滴は、頬に流れ落ちるまえにせき止められる。泉の親指が拭ってくれたから。

「男なら、よくあることでしょ。……普通だよ」
「ふつう……
「嫌でもそうなっちゃうのは……まぁ仕方ないことだし」
「セナぁ……
「だったら、俺はもうなにも言わないから。……れおくんのこと、嫌いになんかならないよ」

 ほぉら、帰るよ。
 野の花に囁く妖精のような、ひどく穏やかな声だった。泉はレオの手を引っ張り起こして、すっと立ち上がらせる。繋がれた手の平は雪の結晶みたいに冷たいのに、それでいて優しく握り締めるものだから、レオは泣きそうになる。
 純粋なままでいられたあの頃には、もう戻れないだろうけれど。こうして手を繋いでいるあいだは、無邪気な少年に後戻りできるような気がするから。できることなら、この一瞬が永遠に続いてほしい。たとえ身体だけが大人になったって、なんの穢れも付与されない、ふたりきりの花畑に連れていってほしかった。