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Originalk312
2025-04-05 11:07:43
5353文字
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💎親子
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SS|💎親子 - 春の雨
ンスくんHPBネタ。父視点。飲み明けに二人でショッピングに行く話
花冷えの朝。
ぱたぱたと雨風が窓を叩く音で目が覚める。目の前に広がるのはローテーブルの上で空になったいくつかの空き瓶。と、つられて痛む頭。昨夜の記憶が呼び起こされる。
──ああ、昨日は倅の手土産をアテに酒盛りをしたんだったか。
昨晩の記憶を辿る。自分のペースに追いつこうと耳の内側や項を赤くしてグラスを煽る姿が思い浮かぶ。何度か酒瓶を取り上げようとしたが、存外強い力で押し返されて、結局潰れた愚息をベッドに放り投げた。
時が経つのは早い。昨夜の記憶を塗りあげるように、数年前の自分を見上げる小さな子供の姿が映る。
あいつと酒を酌み交すようになるとは。ふ、と失笑が出る。まぁ、悪くない夜だった。
一度冴えてしまった頭は二度寝を拒み、身を起こして自然と煙草を手に取った。トンと叩いて飛び出た一本を口に咥え、ジッポを切る。ふぅと息を吐くと紫煙のグレーが黒い天井にゆっくりと立ち上った。
一本目の煙草が燃え尽きる前に立ち上がり、寝室に足を運ぶ。扉をくぐり、ベッドに近づいて近くの壁に肩を預けた。
「
……
」
そして、斜め下の気配に視線を落とす。冷えきった視界に映る我が子、焔の子。
今は閉じられた瞼から覗く、生意気で大人びた視線は記憶に新しいのに、微睡む横顔はまだまだ幼さが勝っていて。まるで恐れを知らぬような安心しきった寝顔。
この私の隣で、よくもまぁ。或いは俺の隣だからこそ、か。
は、と嘲笑めいた笑いを一つ吐き出して手にしていた煙草を、近くの灰皿に押し付ける。手持ち無沙汰になってしまったな。そんな言い訳を考えつつ、目下の黒い頭に手のひらを伸ばした。
さらりと梳けば懐くように絡まる、黒檀のような黒い髪。その先に冬の残り香のような白が映る。
何度も目にしているはずなのに、眩しいその色が視界に入る度、誰との子だったか、まるで忘れるなとでも言われているような気分になる。勿論、この子にそんな意図があるはずは無い。分かっている。
分かっているからこそ、まったくどこまで天を味方にしているのかと関心さえする。あの女が神と寝たんだと、そう笑ったとして。きっと、俺は違いないと頷くんだろう。神も人も、すでに死んだものを裁くことはできない。
そこまで考えて、そうと瞳を閉じ、くだらない妄想に終止符を打つ。
再び目を開けた視線の先には変わらず寝息を立てる子がいて、指先を頬に沿って滑らせれば甘える仔猫のように擦り寄ってくる。無意識か。
瞳を眇めれば、ある記憶が呼び起こされる。
あの日も、春の雨がアスファルトを叩いていたのを覚えている。
この子の誕生を包み隠すように霧雨が街を覆い、傘もささずにその中を歩いた。腕の中にあるあたたかいそれを、何度放り投げてしまおうかと思ったか分からない。こんなもの、俺には眩しすぎる。
しかし、その度に消えまいと泣き声をあげる幼子は、何度踏みつけられてなお鮮やかな花のようで。頬を伝う雨はあたたかく、ほろ苦い味がした。
──そういえば、今日は、こいつの。
「
……
う、さん?」
は、と顔を上げる。同時にぱちんと弾ける旧い記憶。
春の陽気のように軽い声音が響いて、現実に引き戻される。暗がりの赤と目が合う。
「とうさん」
今朝ははやいですね、珍しい。
まだ眠気の抜けきらない眼で俺を映しながら、ふあと欠伸を溢す子ども。
それが余りにも平和すぎて、先程までセンチになっていた自分が馬鹿らしくて、思わず吹き出した。まだガキだな。そんな風にからかってやれば、すぐにム、と口を尖らせるから、機嫌を取るように指先で撫でそやす。
「ん、わ」
「ふ、ふ
……
、なんですか?」
薄桃色に染った頬をふやりふやりと撫でていれば、最初こそ困惑の表情を浮かべるものの、眉を八の字に下げたまま、雪が溶けるようにふわりと笑う。ああ、幼い時からちっとも変わらない、無邪気なそれ。
俺の目には眩しすぎるのに、いつまでも眺めていたくて、逸らすことを拒む。それと同時にじくりと胸が痛み、手を離す。
決して。父親として、今までこいつに真っ当な愛情を与えられたことはない。この役目はおれのではない。
そう思う度に胸の深いところが痛んで煩わしくなる。この痛みが、きっと俺は人の親になる資格など無かったのだと突きつける。
しかしそんなのは、今更のことだ。俺の人生なんてものは正解と不正解でいえば、ずっと間違っている。
それでも、こいつがおれを望むなら、受け入れるなら、きっと。
「
……
ハ、」
随分都合いいことだ。わかっている。こんなのは滑稽だと。
踵を返して出ていこうとする。が、袖を引かれて。
「あ?」
「
……
あの、
……
今日、予定は空いてますか?」
「空いているが、なんだ」
「ショッピングに付き合ってもらいたくて」
馬鹿を言え。誘う相手を間違えるなよ。
そう思いながらも甘い声でこの俺を父と呼ぶ子を、振り払うことは難しい。
「今日は、ホリデーですから」
僕も、貴方も。
返答をしないままでいるとそんな言い訳が飛び出る。強情に、腕まで絡ませて。
「お前
……
」
貴重な祝日を潰すつもりか。
言っておくが、俺はお前の我儘に付き合ってやるつもりはないし、甘やかすつもりもない。
温度を無くした瞳で見下ろす。我ながらに意地が悪い、安易な脅し。
だが、目の前のはねっ返りは怯むどころか、口元を手で隠してころころと鈴が転がるように笑うだけで。
「ええ、望むところです。僕は、あなたがいい」
こいつ。
場違いな、強気に上がる口角に呆れの滲む溜息を吐く。しかし、どれだけ冷えきった視線を向けたところで、暗闇に潜む焔を絶えず燃やす、可愛くなくて可愛い、俺の子ども。
どうやら、これ以上は無駄な労力なようだ。ああ、今回は俺の負けということにしておいてやろう。
貸一つ、頭の中で数字を刻みながら、小憎たらしい顔の中心を指を弾く。うう
……
と鳴いて額を抑える愚息をせせら笑ってその重なる手の甲にキスを落とした。
すると、素っ頓狂な顔を晒すものだから、思わずふっと吹き出して口角を上げた。白く霞んでいく脳内に、聞きなれない言葉が浮かぶ。
──愛おしい。
そう感じるのは、きっと、春の陽気のせい。
◆
ひっくり返ったグラスの水は、元に戻すことは出来ない。所詮、突き放してその手を離してやれば終わるだけの関係だ。
そんなものに、こいつの特別な日を使うのはやはり間違っている。こいつにはもっと、過ごすべき相手がいるはずなのだから。
「
……
父さん?」
不意に立ち止まる俺に、目を丸くした息子がこちらを見上げる。
いつまでも幼い横顔。ころころと表情を変える様子に、ちり、とまるで古傷が痛むように胸が軋むのが煩わしく眉根を寄せた。
「もう終いだ。帰る」
「は?」
「気分じゃなくなった」
「
……
」
突然の宣告を受けた子は不満そうに瞳を眇め、唇を尖らせる。だが知ったことか。
足を止めて腕を下ろし、逃げ道を作る。
すると、この生意気なガキは離れるどころか腕に絡みついて引っ張ってきて。それほど力を入れてなかった腕に青筋を浮かせ、肩を掴む。
「おい」
「馬鹿にしてるんですか?」
「今貴方がどんなことを考えてることくらい分かる」
暗がりの紅焔は、まるでこちらを見透かすようにじっと覗き込む。こいつのこの瞳は、嫌いだ。
「逃げるな、僕から」
「
……
逃げてねェよ」
「じゃあなんですか、今の」
「どうせ貴方のことだから、面倒なことをまたうだうだと考えてるんでしょう」
「それとも、急に怖気付いたんですか?」
言わせておけば。
苛立ちをそのままに、掴んでいた肩を押さえ込んで壁に押し付ける。閑散とした路地に暴行を咎める者はなく、砂利の音だけが転がった。
受身を取り損ねて打ち付けられ、うっと短い呻きを漏らした喉をすかさず押さえつける。あくまで冷静に、呼吸はできる程度に。すると、反抗的にもその腕を剥がそうと爪を食い込ませてくるから、その隙にと股の間に脚を差し込んで逃げ場を封じる。
そうしてやれば、ぐっと悔しそうに奥歯を噛むのを鼻で笑い、首を伸ばして顔を近づけ。
「ハ、なんだその顔は。本望だろう」
「っ
……
ちが、う」
「じゃあなんだ、テメーの誕生日だからって?甘やかしてもらえるとでも。おめでたい頭だな」
「それとも、望むところだなんだと宣ったのは嘘だったか?」
「──嘘つきは貴方だろ!」
つんざくような声量のある声に、思わず手を弛めてしまった。
その際に空気が肺に戻ってきたのだろう、目下の倅はかはっと咳き込むと、生理的な涙を滲ませてこちらを睨み上げる。
「
……
ッは、っ
……
あなたは」
「そうやって、暴力を振り翳せば何でも思い通りにいくと思ってるんでしょうが
……
いや、実際そうだったんでしょうね」
「でも、僕は違う。私は、お前の子だ」
「何でも思い通りになるなんて思うな」
強く言い切る。
ふと、鬼子の話を思い出した。
親の言う通りにならない子は鬼子と呼ぶと聞いた。だが初めから人間の子でないなら、それは、もはや鬼の子は鬼だな。と思った。
長い睫毛が滴を弾いて、こちらを見る。
「僕は」
「貴方のその、どうしようもなく傲慢なところが嫌いで、放っておけなくて
……
愛してしまって」
「だから、傍にいようと決めた」
「これは僕の意志だ。あなたにも覆させはしない」
生意気な口の動きを目で追う。いつもならとっくにそれを塞いで、煩いと黙らせているところなのに。今日は体が動かなかった。
俺は今どんな表情をしているのだろう。分からない、分からないが。
冷たく、燃えるような瞳は次第に緩んで、頬に手が伸びてきた。から、それを受け入れる。
「心配せずとも。いずれ、離れる覚悟はできています」
「でも、その時までは
……
」
「
……
」
緩やかに微笑む口元。それに相反するように口を引き結んだまま、そいつの冷たい指先へ甘えるように擦り寄せる。すると、肩を揺らしてあはっ、と高い声をあげた。
「貴方が僕の体重を支えられないくらい、お爺さんになったら、とか?」
「舐めやがって、その前に死んでやるよ」
「ふふ、殺しても死ななそうなのに」
「お前がボスの器になるまではな」
「ああほら、また心配してる」
「
……
テメェのじゃねえ、グループの」
「黙って」
俺が言い切る前に腕を伸び、唇に白い指が押し付けられる。決して、強引でも性急でもない、緩慢な動き。簡単に止められる。
それを良しとしたのは、己。
「僕、貴方に祝ってなんて言ってません。だけど、その身体を半日貰うくらいはいいでしょ」
「
……
」
「お父様」
おねがい。音もなく、唇だけが動く。
ああ──、また。
手放せないのはこいつが、いつまでもひっ着いてきてへらへらと笑うから。何度踏み付けて汚しても立ち上がってくるから。
面倒そうに舌を打つ。それでも強気に笑むだけでちっとも怯えやしない。生意気で強情で、俺の言う事などちっとも聞きやしない。
それでも、甘やかしてしまう。何故なら、この子は他でもない、俺の血縁なのだから。
本日二度目の負けに釈然としないまま顔を顰めていると、再び腕を引かれる。
返事はしない。だがもう抵抗もしてなかった。
「そういえば」
「ん」
「ショッピングの目的は」
「ああ」
暗がりの炎を称えた瞳が、愉しそうに弧を描いた。俺が眉を潜めると、三日月のような瞳が、より一層くうと歪んで、美しく微笑む。
◆
「僕の誕生日、覚えてたんだなぁ」
青空の下でアイスコーヒーを片手にベンチに座るその人は、何気なく呟いた。
それから、頬杖をついて口を尖らせる。
「別にね」
「終わってしまってもいいんですよ。あの人が苦しむくらいなら」
ただ、その口調にはそれほど刺々しくはない。そう、まるでちょっとした惚気を零すようなくすぐったいものだ。
「でも、それはきっと本心じゃない。だから、終わらせてなんかやりません」
「迷惑じゃないかって、そりゃあ僕だって思うこともあるけど。でもあの人って、たぶん」
「僕の我儘を聞くこと、そんなに嫌いでは──」
「ああ、すみません。ふふ、拗ねないでください」
「もちろん、貴方も愛してますよ」
顎を撫でるその人の手は意外にもあたたかくて、擦りよってつい目を細める。とってつけたのようなその言葉は、普通なら軽口だと流して怒ってしまえるのに。花の蜜のような甘い声に乗せられると、どうも特別なように思えてしまう。
たとえ、その目がここに無いものを見つめていても。許せてしまう。本当に食えない男。
恋多きこの人に恋をしてしまったこちらの負け。心地よい春の風が吹いて、ゆらりと尾が揺れた。
私を撫でていた手は自然とはなれて、軽い音を鳴らしながら靴音が遠ざかる。それがひどく楽しそうで。
その後ろ姿すら絵になるなと思って、寂しさが塗りつぶされる。
春の雨のように少し冷たくて美しいその人は、そのまま、花が降る道に消えていった。
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