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りっつぁ
2025-04-05 02:11:51
5502文字
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その他(CPなし)
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月の裏側
ルガーがケヴィンを憎たらしく思っていない世界線を、ケヴィンが憎たらしい世界線のルガーがちょっと覗いてみたような話。
獣人王が早死にしちゃってたらifのような感じです。
パパからの圧がなくのびのび育ったケヴィンを盛り盛りに盛りました。
空っぽの玉座を前に確信した。やはりここは、ルガーの国ではない。
扉を開けたときの埃っぽいにおいがまだ鼻につく。王のための御座は何一つ欠けるところなく佇んでいたが、長い間誰も座らせることなく古びていったのだろうと推しはかれた。獣人王が空位なんてあり得ない。それどころか、ルガーの知る絶対的なあの王が、存在していた気配すら感じられないなんて。思わず一、二歩後退り、踵を返した。森の中から城に辿り着くまで、どうしても拭いきれなかった違和感をここで決定的なものにしたからといって、この後どうするか当てがあるわけでもない。ふらりと歩き出した背後で、大扉が軋みながら閉じていく。
城の内部は見たところほぼ変わらないが、出払ってでもいるのか獣人兵の数が少ない。来たるべき何かを待ち構えているような、浮ついた空気が漂っているような気がする。それに。
「よぉ、ルガー」
「また探されてるぜ」
たむろっていた奴らに親しげに声をかけられ、また無視して通り過ぎた。また、だ。コイツらだけでなく、顔見知りから一度も口をきいたことがない奴まで、いやに馴れ馴れしい。ついさっきは小さい子供にまで絡まれそうになって閉口した。
「あ、いたいた。ルガーお前どこ行ってたんだよ」
呼ばわれて振り返ると、階段を上がってきた男がばたばたと駆け寄ってくる。
「もー、アイツ手が付けらんないんだって。何とかしてやってくれよぉ」
この騒々しい男
——
フレディとは、一応互いに顔と名前を知っている程度の間柄だったはず。肩に腕を回されそうになってゾッとした。振り払って少し距離を取る。
「なんだよ、機嫌悪ぃのか?」
「
……
何の用だ」
「だから、アイツが止まんねぇんだよ。あの場にいたヤツほぼ全員ぶちのめしたのにまだ足んねぇからルガー呼んでこいとさ。体動かしといた方がいいのはそりゃそうだけど、やりすぎだろ。いつ向こうにカチ込むかもわかんねぇのに」
ルガーは眉を顰めた。抗争を仕掛ける直前のような言い振りだ。〝向こう〟とは何か確かめようと思ったはずだが、口が勝手なことを喋り始める。
「いつかわからんのなら、いつも通りにしていればいい」
「お前もおんなじこと言うのな
……
それで体力使い果たしてたら世話ねぇっての。頼むから来てくれって、アイツの相手まともに出来んのなんてお前しかいねぇんだからよ」
こんな頼みをきいてやる義理もない。しかし、フレディにせっつかれて歩き出した。ルガーはろくに相槌を打ってもいないのに、この男のお喋りは綿々と続く。
「向こうさんは誰がトップ張るかってんでまだ内輪揉めしてるらしいぜ。強ぇヤツ何人もいるけど、急ごしらえで手ぇ組んでも上手くいかねーもんだな」
外に連れ出されそうだが、森に通じる門ではなく城の内庭に出る気らしい。フレディがあげた何人かの名前は、確かに腕が立つ奴として覚えているものだった。
「ほら、オッサン達が昔っからよく言ってただろ、神輿担ぐなら軽い方がいいってさ。意味わかんねぇって思ってたけど今ならちょっとわかる気するもんな。うちがあんま揉めないのもそのおかげみたいなとこあるだろ、きっと」
嫌な予感がする。この男の言っている〝アイツ〟が、王がいない自分たちが担ぎ上げている人物のことだとしたら。
「まだまだ軽いまんまでいけるかもなぁ。ケヴィン、いつまで経っても小っちぇーし」
冗談じゃない。へらへらとこちらに笑いかけてきたフレディの顔が、怯えたように引き攣った。
「なにお前、今日変じゃね?」
それはこっちの台詞だ。
内庭は城の外壁に沿うようにいくつも篝火が焚かれ、ほぼ真円に近い月の明るさをもかき消すようだった。どうやらここでは、この場所が練兵場として使われているらしい。フレディがべらべら喋り散らかした内容から、ルガーの国ではないこの国がどういう状況にあるのか大まかに掴めていた。
獣人王は存在し、獣人達をまとめあげ城を築いたがその後程なく命を落とした。獣人達はまたいくつかの集団に分かれ、くっついたり離れたりを繰り返し今はおおむね二つの勢力としてまとまっている。ルガーの属する側は、早くから獣人王の息子のケヴィンを首領と定めて城を守ってきた小集団が母体となり、仲間を増やしてきたらしい。
信じられない。例えちっぽけな寄せ集めだって、あんな奴についていく連中がいるとは思えない。あんな、腑抜けた奴に。半ば苛つきながら、ルガーは練兵場の中央に進む。壁際にさがっていた男達がガヤガヤと喋り始めた。
「お、やっと来たな」
「ケヴィーン、ルガー来たぞー」
「いねーのか?」
「いやさっきまでそのへんに
……
」
呼びつけておいて姿が見えないとはどういうことだ。ルガーはぐるりと辺りを見渡す。知った顔も知らない顔もいるが、なんだこの、無駄な和やかさは。
「上!」
誰かが叫んだ。ほぼ同時に、両腕を顔の前にかざして斜め上から降ってきた一撃を受けた。庇ったはずの頭が揺れるような衝撃。踏ん張った足が地面をにじる。ルガーに不意打ちを見舞ったソイツは着地した直後に地面を蹴り、こっちに突っ込んでくる。
「ルガー、遅い!」
腹を狙ってきた拳も腕で防ぎ、続く連打も受けきった。相手はルガーよりゆうに頭一つは小さく、身が軽い。目の前から消えたと思った瞬間、死角からきた蹴りをまた防ぐ。その勢いのままもう一発、首を刈るような回し蹴り。腕が痺れ始める。跳びすさって間合いをとった。
顔も声も姿も、ルガーの知るソイツと変わらない。でも、これが?
「オイラ、まだ疲れてない。そっちからも、来い!」
構えをとるその表情は、まるで見覚えがない。勝ち気そうに笑う目は鋭く、ルガーがのってこないなんて少しも考えていないとわかる。これが、ケヴィンか? ルガーが見たことがあるのは、作り物のような無表情か、心細げに辺りを窺う情けない顔か。動かないルガーに、ケヴィンは更に口角を上げ尖った牙を剥き出しにする。
「じゃあ、こっちから行く!」
ケヴィンは強く踏み込み、跳んだ。顔面に打ち込まれた拳を受け、腕を取ろうとしたが抜けられた。地面に足がついた一瞬の隙に叩き込んだ裏拳は、退がって威力を殺しながら防がれた。ちょこまかと鬱陶しい。回り込まれないように近づき、続けざまに拳を振るう。ケヴィンはそのほとんどをかわしたが、顎に目掛けて振り抜いた一撃だけは避けきれずに受け、その背丈分ほど吹っ飛ばされた。しかし体勢を崩すことなくまた向かってくる。見物していた奴らがわっと歓声を上げたとき。
「ケヴィン、少しいいか」
落ち着いた声が、盛り上がる場を鎮めた。城の中から出てきたのは、ルガーの記憶では獣人王の側近の一人だった男だ。
「聞いてるから、続けていい?」
意気高いケヴィンを前に、ルガーは先に構えを解いた。
「聞け」
「
……
わかった」
「邪魔をしたな。すぐ終わらせる」
男が苦笑しながら進み出る。
「先程上がった報告だ。あちらに目立った動きはない。十分な人数が集まるにはまだ時間がかかるだろうとのことだ」
「そんなに、かかる?」
「ああ。彼らは我々のような拠点があるわけではないからな。それと、少し気にかけておいてほしいことがある」
「なに?」
言葉を選ぶような間を置いて、男は今のところ相手方の首領に収まっているという奴の名前を出した。
「
……
彼の側に、不審な人物がいるらしい」
「フシン?」
「派手な道化師の格好をして、仮面を被っているから人相はわからない。獣人ではないが、だからと言って人間だとも言い切れないそうだ」
「ソイツ、何かした?」
「
……
彼らが聖都ウェンデルに侵攻するつもりだとわかった。その人物が唆したのかもしれない。人間達への復讐という考え自体、そいつが誘導した可能性もある」
ケヴィンはわずかに眉を顰め、黙り込んだ。あちらこちらから聞こえてきた話し声も止み、篝火が爆ぜる音が耳につく。
「わかった。オイラ達がすること、変わらない」
「参集を待ち、戦力が集中したところを叩く、と」
「うん。その、ウェンデル、どういうところ?」
「マナの女神信仰の中心地だ。光の司祭を慕う者は数多く、世界のどこからでも巡礼にやってくる」
また、沈黙。その中で、獣人兵の一人が遠慮がちに口火を切る。
「なぁ、やっぱりこれって放っておいたらまずいのか? 行き先がどこだって、人間達の国に攻め込むってんなら好きにさせとけばいいじゃないか。成功すりゃそれでいいし、失敗したってオレ達にゃ関係ないだろ」
ざわめきが広がり、同調する奴もいそうだった。しかし、ケヴィンはきっぱりと首を振る。
「それは、ダメ。負けるから」
さっきまでの血気盛んな少年のものとは思えない、冷淡な声だった。楽天的だった奴らも気圧されたようにケヴィンを見る。
「人間、獣人よりずっとたくさんいる。ウェンデル、に、攻め込んだら、
……
オイラ達、みんな人間の敵になる」
たどたどしいながらそこまで話して、ケヴィンは側近の男に振り返った。
「大っきい蜂の巣、つつかない方がいい。でしょ?」
「そうだな。
……
ウェンデルへの侵攻の結果がどうなるにせよ、人間達が獣人を共通の敵として結託するきっかけを与えることになるだろう。獣人が一枚岩でないことなど、人間達の知ったことではないからな。攻め込まれてもしばらくは追い払えもするだろうが、長引けばそれだけ、補給も増援も望めないこちらが不利になる」
「うん。だから、人間達攻めるの、やめさせる。いつになるかわからないけど、多分、もうすぐ。みんな、そのつもりでいて」
その場にいた獣人兵達は皆、ケヴィンの言うことに耳を傾けていた。どこからも異議の声は上がらない。
なんなんだ。誰だ、これは。ルガーは言い知れぬ不快を覚えていた。こんな奴は知らない。担ぐ神輿は軽い方がいいなんてよく言えたものだ。コイツは紛れもなく、ここの支配者だ。ここにいる誰からも認められ、いずれは全ての獣人を再び一つに束ねるのだろうと期待されるような。
「
……
争いごとは好かないんじゃなかったか」
不意に口をついて出た。ケヴィンはすっとこちらに視線を戻す。
「好きじゃない。もし勝てそうだとしても、人間と戦うの、やらない方がいい。やられたらやり返すのって、いつまでたっても終わらない。だから、やめろってずっと言ってるのに
……
聞いてくれないから、こうするしか、ない!」
地を蹴る軽い音と共に、ケヴィンが猛烈な勢いで間合いを詰めてくる。鳩尾を突き上げるような一撃を防ぎ、側頭にとんできた回し蹴りを片腕で受けた。痛みが指先まで痺れさせる。頭を割る気か、コイツ。ルガーが受け損ねるなんて微塵も思っていないから出来ることだ。じり、と胸の奥が焦げつく。首根を掴んで地面に叩きつけようとして、すっぽ抜けた。ルガーの手を抜け出し地面を転がったケヴィンが、全身のバネを使って蹴り上げてくる。ギリギリのところで背後に飛んでかわした。二人がやり合い始めると神妙にしていた連中も活気づき、無責任な野次や世間話でざわめきだす。
「ケヴィンも頭良さげなこと言うようになったよなぁ。ちょっと前まで、ひとつふたつみっつでそっから先は全部たくさんみたいな感じだったのに」
「フレディ、うるさい!」
呑気な男に怒鳴り返し、ケヴィンはまた真正面から突っ込んでくる。立て続けに浴びせられる殴打を防ぎ、時に身を捩って受け流す。まだ荒削りだ。身軽さに任せて速さだけはあるが、こうなると威力が乗ってこない。だけど。
体を巡る血が急に熱くなったような感覚。コイツはきっと、まだまだ強くなる。興奮する頭はそんなことを思って尚昂り、体が自分でも追いつかないような速さで動いた。ケヴィンの腕を掴み、捻り上げる。
「っ!」
息を呑んだケヴィンは、今にも噛みついてきそうな顔で睨みつけてくる。この顔は、知っている。知らないはずなのに、知っていると思う。誰かの、コイツが幼い頃から共にいた誰かの記憶が蘇ってくる。
「
……
見せてみろ、ケヴィン」
「え?」
「オレ達がこれまでお前を守ってきた意味を、見せてみろ」
見開かれた金色の瞳が、炎を映して燃え上がる。
「
……
望むところ!」
ケヴィンは体ごと腕を捩じり、ルガーの胴を蹴って跳んだ。力技で拘束を振り解いて、また懐に飛び込んでくる。足から崩そうとしてくるのを跳んでかわし、頭上から叩きつけた拳はコイツの頬を掠めた。修練の一環にしては綱渡りが過ぎる、命のやり取りにも近い。高揚する、多分浮かれてすらいる。誰かと拳を交える中でこんな感情を持ったことなどなかった。これを知らないなんて、今まで随分損をしてきた。
渾身の力を込めた一撃を受けきり、ケヴィンは笑っていた。目を剥いた、獲物を前にした肉食獣のような笑み。多分こっちも似たような顔をしていたんだろう。
強く吹いた風が木々を揺らす音で、目が開いた。
寝そべっていた体を起こし、ルガーは素早く周囲の気配を探った。月が隠れて闇が濃いとは言え、こんな開けたところで寝入るなんてどうかしている。
奇妙な夢を見ていたような気がする。清々しいような、けれど目覚めてしまったことが惜しいような、なんとも言い難い感覚が残っている。胸で燻るむず痒さを振り払うように立ち上がり、森に入った。
きっと悪い夢ではなかったんだろう。だとしても、夢の続きを見たいと思うなんて、馬鹿げた話だ。
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