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吾妻
2025-04-05 00:01:26
7014文字
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アークナイツ
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Stroke me
棘博♀です! フォロワーさんのお誕生日お祝いに!
「ほら見てよ」
そう言って、隣の席に座るクランタの女性スタッフは、自身の膝の上に立派な尻尾を乗せ、更に向こう側に座る同僚に笑いかけた。
「えっ、ヤバ。めちゃくちゃツヤツヤじゃん。どうしたの?」
「新発売のトリートメントを試したんだ~! 高かったから迷ったんだけど、想像以上でびっくりだよ~」
ロドス本艦内では、不定期に懇親会という名の飲み会が開催される。
大規模作戦のあとや年末年始、繁忙期を乗り切ったあとなど、名目は様々だが、基本的にオペレーターやスタッフたちを労い、互いの仲を深めてもらおうという目的だ。
正直なところ、ロドスに〝暇な時期〟というものは存在しない。常時繁忙期のような状態だ。しかし、これも一つの社内行事。常日頃デスクにかじりついているドクターも、できる限り顔を出すようにしている。
一、二杯飲んで、普段は話さないようなスタッフたちとの会話を楽しみ、最終的には執務室に戻るのだが、これはこれでいい息抜きになる。
「ほら! ドクターも触ってみてくださいよ~!」
表情にあどけなさを残した女性スタッフは、確か今年になって入社した新人だったはずだ。まだ社会人としての自覚に欠け、ミスも多いものの、持ち前の明るさと人懐っこさが評価に値すると教育担当者が漏らしていた。
面と向かって話すのは今日が初めてだが、なるほど、確かに人と打ち解けるのが得意なタイプに見える。
とはいえ。
持ち主の両腕に抱えられ、目の前に差し出された立派な尻尾。
クランタ特有の、つやつやでふさふさの毛並み。
大変魅力的ではあるものの
……
。
「
……
私が触っていいものなのかな?」
「え?」
「いや、誤解しないでもらいたいんだけど、嫌なわけじゃないんだ。とっても綺麗だと思うし。ただ、私にはないものだから、一般的なマナーとして、気軽に触っていいものかどうか」
「ああ、なるほど!」
一瞬きょとんと目を丸くした女性スタッフは、上司の返答に得心がいった様子で朗らかに笑った。
「大丈夫ですよ~! 髪の毛とかと同じ感じですから。まぁ確かに、あんまり親しくない人に触らせるものじゃないですけど、ドクターは女の人だし、何より信頼してますから! ってことで」
「うわっ」
よいしょ、という掛け声と共に、膝の上に尻尾が乗せられ、ドクターは思わず身を引きかけた。が、それはそれで失礼だろうと考え直し、まかり間違っても濡らさぬように飲みかけのグラスをテーブルに置いてから、彼女の尾に触れてみた。
滑らかな指通り、照明を跳ね返す毛艶。弾力とボリューム
――
確かにこれは。
「綺麗だな」
「でしょ~!」
思わず零れた感嘆の声に、女性スタッフも自慢げだ。
(しかし、改めて触れてみると不思議なものだな)
心地よい肌触りを堪能しながら、ドクターはふと思考する。
先民たちと自分は、やはり大きく異なっている。
身体能力の差もさることながら、特に目立つのは角や尾といった部位の違いだ。
もはや見慣れたと思っていたが、改めて向き合うと様々な疑問が湧いてくる。
やはり、自分と彼女らは異なる生き物なのでは
――
「ドクターにも尻尾があったら、トリートメントお手伝いするのにな~。クランタの尻尾、絶対似合うと思う~」
「え~、そこはヴァルポじゃない? ドクターのイメージ的にも
……
」
「自分の種族を贔屓しないでよ~」
「そっちこそ!」
物思いに耽っている間に、何やら言い合いが発生していた。
お互い酒が入っているので、多少の話題でもすぐにヒートアップしてしまいそうだ。
「まぁまぁ
――
」
本格的な言い争いに発展する前に止めに入ろうとしたところで、
「なになに? なんの話?」
背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あっ、ブレイズさんどう思います!? ドクターに似合う尻尾の話なんですけど!」
頭の上に乗せられた腕。
顔の側にぶら下げられているビールの缶。
そしてそれを上部から覆うように持っている手。
(厄介なのが出てきたな)
……
というのがドクターの本音だった。
他人の頭を腕置きにしてもたれかかってきているのは、豪快という概念の擬人化。
彼女は非常に有能なエリートオペレーターだ。高い戦闘力と作戦遂行能力を有し、状況判断能力にも優れている。
しかしそれも全て、〝酒が入っていなければ〟、という注釈がつく。
実際に目の当たりにしたことはないが、伝え聞くだけでも酒の席での武勇伝に事欠かないのだ。まさか今日の飲み会に顔を出していたとは。
とはいえ開会からまだそんなに時間も経っていないし、バーでの本格的な飲み会ではなく、食堂を貸し切っての食事会のようなものだから、そこまで酔っ払ってはいないはずだ。おそらく、たぶん、きっと。
「え〜、絶対フェリーンじゃない? ほらドクター、触ってみなよ私の尻尾」
……
ダメだったか
――
後方から首の辺りに「ほら」とばかりに差し出されるのは、濡羽色をした艶やかな毛並みの尻尾だった。
いかにもフェリーンらしい細くしなやかなそれは、照明を受けて青みがかった光を放っている。
「ブレイズ
……
」
「こういうのって実際に触ってみないとわかんないって。今日は相互理解を深めるための懇親会なんでしょ? 上に立つ人間が率先してお手本を見せないと!」
自分で掴んだ尻尾の先を、ブレイズはドクターの頬に猫じゃらしのように擦り寄せてくる。
飲食をする関係上、フェイスマスクを外していたドクターは、生身の頬で直属の部下の尻尾の感触を味わう羽目になった。
「ほら、早くフェリーン陣営に加わるって言いなさい」
「そういう話だったかな
……
」
「え〜、やだ〜! ドクタークランタ陣営に戻ってきて〜!」
「ヴァルポだって言ってるでしょ!」
「言い争いは良くない
――
」
「あっ! ドクターになでなでしてもらってる! おいらも! ヴァルカンおねえちゃんに昨日、しっぽふわふわにしてもらった!」
「お、ペッロー代表も登場だね。ここまで来たら、ぜーんぶ触って比べてみるしかないんじゃない?」
「ブレイズ
……
尻尾で顔をくすぐるのをやめて
……
」
「いい加減覚悟決めちゃいなよ? いろんな種族の造詣を深めるいいチャンスってことで!」
「見て見てドクター! おいらのしっぽ!」
「わっ、ぷ
……
」
鼻先をくすぐるブレイズの尾先に加えて、反対側から差し出されるケオベの尻尾。
四方八方からもみくちゃにされているうちに、なんだなんだと集まる酔っ払いたち。
ふわふわ尻尾族以外からも尻尾や耳、角などを差し出されること数十分。
やがて、酒で決着をつけようと言い出した酔っ払いたちが、騒動の発端を放り出し、飲酒そのものに夢中になるタイミングを見計らって、ドクターは人だかりからこっそり脱出した。
先民パワーで振り回され、へろへろとなったドクターは、会場を抜け出す自分の背をじっと見つめる者がいたことに、結局気づくことはなかった。
*
「
……
大変な目に遭った」
ほうほうの体で食堂を抜け出したドクターは、ひと気のない艦内通路の片隅まで辿り着くと、ようやく安堵の吐息を漏らした。
飲み会自体は楽しいのだが、如何せん体力に自信がないので、パワフルな面々に囲まれるとへろへろになってしまう。
さて、このあとはどうしようか。アルコールが入ってはいるものの、そこまで酩酊しているわけでもない。執務室に戻って仕事の続きをしようか
――
「ドクター」
このあとの身の振り方に悩んでいたら、背後から声がかかった。
しっとりと落ち着いた男の声。その声音には覚えがある。
「ソーンズ?」
肩越しに振り返った先には、想定通りの人物が立っていた。
物静かな佇まいと、それに反して少し跳ねた髪。今日も実験室に籠もっていたのだろうか?
ここのところ彼には外勤任務を任せていなかったから、艦内にいるのは把握していたのだが。
「君も懇親会に参加していたんだな」
彼が歩いてきた方向から察するに、どうやら食堂から追いかけてきたらしい。
「なにか用かな?」
わざわざ追いかけてきたぐらいだ。何か用事があるに違いない。
散々酔っ払いに絡まれてきたからか、彼の落ち着いた物腰には安心感を覚える。
見たところ、顔色も普通だし、目も据わっているわけではない。まっすぐ立っている。
先程の酔っ払い連中に比べれば、よっぽど冷静に話ができそうだ。
「さっきは随分と大勢に囲まれていたな」
「ん? ああ、見られてたのか。恥ずかしいな
……
。飲み会は楽しいものだけど、ああいった騒ぎがネックで
――
」
「不公平だろう」
「
……
ん?」
ソーンズが一歩踏み出し、気圧されたドクターは一歩下がる。
「尻尾や角がついていなければお前に撫でてもらえないのか?」
「ソーンズ、急に何を
……
」
更に一歩ソーンズが踏み出し、ドクターは一歩下がり。
「異なる種族への理解を深めると言いながら、尾や角がない者を除外するのはナンセンスだろう」
気づけば、ドクターの背は艦内通路の壁にぴったりついており、追いかけるように伸ばされたソーンズの右手はドクターの頭の横の壁に置かれ
――
「さあドクター、思う存分撫でるといい」
作戦中も斯くやという真剣さで、青年はそう言った。
「
…………
君、酔ってるだろう?」
見た目からはわからなかったが、これは相当酔っているに違いない。
これまで彼が飲酒する機会になかなか立ち会わなかったのでわからなかったが、もしかしたら厄介な酔い方をするのかもしれない。
普段から歯に衣着せぬ物言いが目立つ男だが、そこまで突拍子もない振る舞いをするわけではないだけに、この状況は想定外だ。
何が彼をこのような行動に駆り立てたのかはわからないが、素面に戻った時に禍根を残さぬためにも、ここは穏便に事を済ませたい。
ドクターは動揺を押し殺し、できる限り平静を装ってソーンズに笑いかけてみた、ものの。
「それが今、何か関係があるのか?」
「あるだろ! 一番関係ある」
「俺にはない。それともお前は、俺に触れるのが嫌なのか」
「う、ぐ
……
」
吐息が触れるほどに顔を近づけ、ソーンズは琥珀のような瞳を細めてみせる。
「嫌なのか」
「嫌、ではないが
……
」
問いを繰り返される。言い逃れを許さぬ圧で迫られれば、ドクターはそう返すしかない。
嫌ではない。嫌ではないのだ。
彼と自分との間には、確固たる信頼関係が築かれている。
時として甲板から吊るされるような騒ぎを起こすことはあるものの、彼の探究心や物事への真摯な姿勢は尊敬もしている。
だからこそ、酔った勢いで変な踏み外し方をしたくはないのだ。妙な噂が立って困るのは、どう考えても彼のほうなのだし。
それでも。
「だったら何の問題もないな」
普段はまるで穏やかな凪の海の如くほとんど表情を動かさない青年の顔に、ゆっくりと笑みが広がる。それを目の当たりにしては、さすがのドクターも動揺した。何しろ彼女も多少なりとも酔っているので。
「そ、ソーンズ
……
」
「手を」
ソーンズは壁に突いているのとは逆の手でドクターの手に触れた。
女の手を覆う黒いグローブを片手だけで器用にずらし、弛んだ先端を掴んで引き抜く。
そして、素肌のぬくもりを確かめるように、細い指先を自身の頬へと導いた。
「お前の手は、思っていたよりも温かいな」
掌に唇を押し当てるように首を傾け、ソーンズは感慨深げに呟く。
「
……
酒が入っているからだろう」
とは言ったものの、酒自体はだいぶ抜けてきているはずだった。
それなのに、奇妙な酩酊感で足元がふらつく。
思考が緩み、目眩がする。
ドクターは誘われるように、青年の頬に押し当てた掌を上部に滑らせて、彼の髪に指先を差し込んだ。
ソーンズは心地よさそうに目を細める。その仕草にどこかあどけなさを見出して、ドクターは小さく笑ってしまった。
「
……
なんだ」
笑い声を耳にして、ソーンズは僅かに拗ねたような声を発する。それもまた子供っぽい仕草に見え、ドクターは口元を緩めた。
「他の者たちが撫でられているのを見て、羨ましくなったのか?」
愛らしい仕草に絆されて、ついついからかいの言葉が口から零れた。
少しくらいはやり返せるかと思ったのだが、ソーンズは閉じていた瞳をゆっくりと開いて、
「そうだと言ったら?」
と、切り返してくる。
おかげでドクターは、再び口ごもる結果となった。
やられっぱなしは性に合わないが、かといって即座に言い返す言葉も見つからない。
苦肉の策で青年の髪を掻き乱せば、最初から少し跳ねていたソーンズの髪は、更に四方八方に跳ねる結果となった。
髪を掻き乱し、頬を撫でて、首筋まで掌を滑らせる。
無人の通路に、かすかな物音ばかりが響く。
(想像よりも熱いな)
ソーンズの肌に触れ、ドクターは漠然とそんなことを思った。
酒が入っているから当然といえば当然だが、しっとりと掌に吸い付いてくる肌の質感からは、もっと別の、生命の熱のようなものを感じた。
もっと、さらりと乾いているかと思っていたのに。
彼が身のうちに秘めている生命力の一端に触れたような気がして、何故か急に神聖な心地になった。
「
……
ほら、もう気は済んだだろ。君も水を飲んで早めに休みなさい」
どれくらい時間が経っただろうか。
僅かに背に流れた長めの毛束を指ですくってから、ドクターはソーンズの胸を向こうへと押しやった。
流石に満足してくれただろう。これ以上は互いのために良くない気がする。
しかし。
「
――
いや」
押し戻そうとした体はびくともしない。
むしろソーンズは、ドクターの抵抗を封じ込めるかのように覆いかぶさってくる。
「まだ公平じゃない」
「何を言ってるんだ、他の皆よりもしっかりと撫でただろ」
「俺ばかり撫でられるのは公平じゃないだろう」
「
………………
は?」
一体何を言っているんだ? そして彼はどれだけ酒を飲んだのだろう?
動揺しているうちに、今度は大きな掌がドクターの頬に触れてくる。
人差し指が目元を。親指が唇を。壊れ物を扱うように撫でていく。
琥珀色の双眸が、視界を覆うように近づいてくる。
「ずっと」
「ソーンズ
……
、ちょっ
……
」
「こうやってお前に、触れ、たかっ
……
」
「ちょっ、と待っ
――
……
た
……
?」
近づいてきた唇は、しかし、ドクターのそれに触れることはなく。
頬をかすめ、首筋をなぞるように滑り落ち、それから。
「ん
……
?」
ソーンズの頭が、ドクターの肩にごとりと落ちた。
「
……
ソーンズ?」
呼びかけても返事はない。
返ってくるのは、深く穏やかな寝息ばかりだ。
寝落ちした? まさか、この状況で?
「
……
なんだったんだ、一体?」
容赦なく全身の重みを預けてくる男をなんとか抱き留めながら、ドクターは呆然と呟いた。
*
「ドクター」
懇親会から一夜明けた、昼下がりの執務室。
訪ねてきたのは、やや気だるげな表情をしたエーギルの青年だった。
「やぁ、ソーンズ。調子が悪そうだけど大丈夫かな?」
「問題ない」
受け答えもしっかりしているので、酒が残っているわけではないようだ。
やはり訪ねてきたか、とドクターは思った。
この来訪は予期できるものだった。
「ドクター、昨日のことだが
――
」
デスクの前まで歩み出て、ソーンズは静かに切り出した。
これも予想通り。実直な彼のこと、酔った勢いでの失態を気に病んでいるに違いない。
「ああ、そのことなら気にしなくてもいいよ。懇親会は楽しかった?」
つとめて冷静に、フレンドリーに。
今後の禍根にならぬように。綺麗に水に流せるように。
これも、できる大人の嗜みだろう。
確かに昨日の出来事は、多大なる混乱をドクターにもたらした。しかしそれも酒の席での出来事だ。意識しすぎて互いの関係性がぎくしゃくするのは本意ではない。
これで一件落着。これまで通り。
――
と、思ったものの。
「
……
ドクターは、それでいいのか?」
「ん
……
?」
ソーンズの反応は想定外だった。
彼は眉根を寄せて、怪訝そうな顔をする。
それでいい、とは? てっきりここで昨日の話は終わりになるものとばかり思っていたのに。
「確かに俺は酔っていたかもしれないが
――
」
一歩、ソーンズが踏み出してくる。昨晩と同じように。
デスクチェアに座ったままのドクターは、咄嗟に後ずさることもできなかった。
「昨日の言動は、すべて俺の本心だ。今日は、それを伝えに来た」
青年の掌が、デスクの上にそっと置かれる。
頭上から覆いかぶさる影。近づいてくる琥珀色の双眸。
射すくめられて、動くことができない。
「これでもお前は、俺を〝気にしない〟と
――
?」
硬直しているドクターの耳元に唇を寄せて、ソーンズは息を吹き込むように囁いた。
【おわり】
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