nenne000
2025-04-04 14:08:34
1112文字
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アイソトープ


 「きみはどうする?」と、頭の中でいつかの日和の言葉が反響する。口を酸っぱくして言われ続けたその教えはすっかりジュンに馴染んでいて、とっくのとうに自身の人生の手綱は自分で握れるようになっていた。
 荒んだ路地裏で日和に拾われ、彼の隣にぴったり合うよう生まれ直したのが今のジュンだ。ならばどうするか。
 寂しがりなあのひとの傍にいること。
 最後まで同じいきものであること。
 ジュンの存在理由は、果たすべき責任はきっとこれなのだ。誰かのために身を投げ出せるくせに、大層な返礼は求めていないひと。だからこれは紛れもなく自分の意志であり、日和に拒絶されようが勝手に差し出したいものだ。受け取ってくれなくても構わないから、せめていつでも手に取れる場所にあるのだと信じてほしかった。この声も、この命もそのために存在するものでありたい。
 ジャージに縫い付けられた自分の名前をなぞる。「漣ジュン」がなにものにも損なわれないようそのままでいさせてくれたのは日和だ。それが彼の愛だと明確に気付いたのは存外最近のことだった。
 彼の指先だけでも掴もうとして、触れたかと思えば空を切る。底から見上げれば影すら見えないほどずっと頂上にいて、それでも途方もない距離を介して降ってくる声や熱がジュンを放っておかないのだ。口では突き放していてもジュンを置いてはいけない。ものを捨てるのが下手くそなひとだから、きっと「遅いね!」と文句を言うために待っていてくれる。日和を孤独でいさせないことが今の自分の至上命題だとすると、この選択は必然だった。
 更衣室を出たその瞬間から、ジュンは挑戦者となる。太陽に手を伸ばし、己の身体が蝋でできていないのだと証明しなければならない。ロッカーの鏡に笑いかける。一昨年の夏頃と比べたら見違えるほど自然で、腑抜けた顔だなあと自分でも思うが、日和に言わせれば「アイドルらしくなった」のだろう。どんな時でも笑顔を作れるのが人間であり、アイドルである。いつだって忘れたことはない。
 ジュンにとって日和は、銀河の中心で遍く愛を振りまく恒星そのものだった。そんな彼から見た自分もまた同じだという。あのひとにそれを疑わせたくない。同じいきものであると胸を張って宣言するために、今自分はここにいるのだ。
 やけに静かだと思って辺りを見回しても誰もいない。いつの間にか更衣室に残っているのは自分だけになっていた。壁にかけられた時計を見ると、着替え始めてからかなりの時間が経っている。必要なものは特に何も無かった。身軽で結構、余計な重荷や屈託なんてない方がいいに決まっている。私物をロッカーに詰め、ジュンは足早に更衣室を後にした。