koto
5331文字
Public れめしし😈🦁
 

無期限シャングリラ

約束していた二人だけの花見に今年も行く予定の二人だったが……?
2024年春に書いた花見テーマのれめしし話「桃源郷にて」(https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=21982510)の一年後の話です。

 昼メシを平らげ、後片付けも終えた日曜午後は、どこかまったりとした空気に包まれがちだ。窓から差し込む春うららかな光は平和そのものといった具合にも関わらず、オレはといえばどうだろう。目に映るもの全てを呪いかねない不機嫌さを滲ませた恋人のもとへ足を向けてるのが現状だ。平穏とはかけ離れた雰囲気に、思わず小さく肩をすくめてしまう。もちろん、この動作もしっかりと観測されていることは織り込み済みだ。
 
 ダイニングの椅子に座り、面白くなさそうに頬杖をついている叶の隣に腰を下ろす。至近距離から恨みがましく見つめられたところで、生憎オレがしてやれることはたかが知れている。横顔に注がれていた視線を、体の向きを変え真正面から受け止める。 
「もう諦めて認めろよ」
「まだ決まったわけじゃないし」
「いやほぼほぼクロだろ、それ」 
 オレの言葉に一瞬押し黙った叶は、そのまま少し口を尖らせて見せた。これは、多分、確信犯だ。最近コイツが見せるこういう少し子供じみた仕草にオレが満更でもないのを知った上でやってる節がある。見透かされてるのが分かっていつつも、心の底の優越感や独占欲に似たあまりキレイではない部分をくすぐられてグッときてしまうのは止められない。大概だとは思うが制御できないものは仕方ないだろ。普段の余裕綽々な年上然とした男が見せてくるギャップに弱いなんて自分のベタさを突きつけられ気恥ずかしくはあるが。 
「寒暖差あったし風邪の可能性も……」 
「ねぇーよ。一番分かってんのオメーだろうが。初めての奴は大抵そう言うんだよ」 
 こんなものは意味の無い問答だと、たぶん叶本人も分かっちゃいるのだろう。それでも不平不満を口に出さないとやってられないらしい。恨めしそうにこちらを見つめていたかと思えば、不意に顔が逸らされる。そうして数秒後、叶は体が跳ねるほどの勢いで大きくくしゃみをした。
 多分、間違いなく花粉症だろう、これは。
「あー、もう最悪。せっかく敬一君お花見に連れてってあげようと思ってたのに」 
「だから連れてってもらおうの間違いだろ」 
 車を出すのはオレだというのに、どうにも使い方がおかしい叶の日本語を訂正する。 
 本当なら今日は叶と二人、昼前くらいから花見に少し遠出をする予定だった。花見と言っても都内での桜の見頃は過ぎていて、そっちの花見は少し前にいつものメンバーでやっていた。

§

 桜の木の下に敷いたデカいブルーシートに作っていった弁当と道中で買った飲み物、あとは公園の一角に並んだキッチンカーで買ったものも並べて。やれケバブだトルネードポテトだと買い出したときには、張り切って作っちまった重箱の中身が残るかもしんねーな、なんてチラリと頭をよぎったが、そんな心配は無用とばかりに見事に全て空になった。これに関しては村雨と天堂の働きが大きく見る間に平らげていったが、そもそもキッチンカーであれやこれやと買ってきたのもコイツらだった。
 
 ウロウロと食後のデザートを探しに行った奴らを後目に、ブルーシートの上を片付け、ごろりと寝そべる。満開の桜を下からぼんやりと眺めていたら、視界に真経津の顔が突然現れた。なんだなんだと思っているうちに、何かを包み込むようにして合わせられた真経津の両手がにゅっと目の前に差し出される。桜からの連想でふと毛虫が頭に思い浮かんだが、いくらクソガキな振る舞いをするコイツでも流石にそこまではな、と思い直す。が、どうにも否定しきれずに避けようと背中を浮かせかけた瞬間、真経津がニヤリと笑いパッと手を開いた。中から降ってきたのは毛虫ではなく桜の花びらだった。 
「はい、獅子神さんにプレゼント」 
 拍子抜けしたオレに花びらを降らせきった真経津はそう言うと満足したのかその場を去っていった。集中豪雨とまではいかないが風情もなにもあったもんじゃない花吹雪を軽く払い落としながら身体を起こす。 
「まだついてるぞ?」 
 すぐ後ろから聞こえた声に振り向けば、一部始終を眺めていたらしい叶がちょいちょいと人差し指を曲げて呼び寄せていた。大人しく近付けば、その指が顔に伸びてくる。額、こめかみ、頬。どうやら思ったよりもくっついていたようで、叶の指が一枚一枚剥がしていくのが少しくすぐったい。 
「敬一君」 
「あ? なんだ?」 
「楽しい?」 
 唐突な質問に意図を探ってしまいそうになったが、叶の表情からは特に含みやネガティブな感情は読み取れない。そもそもこの集まりを言い出したのは叶だから、単純に感想を知りたいだけなのだろう。 
「そーだな。なんだかんだ、こういうのあんまやったことねぇから楽しいな。ずっと座ってたからケツいてぇけど」
「そっか。今年は来れてよかったな」 
 そうだった。去年は行きたいなと思っているうちに天気に恵まれず、桜の時期は終わり、みんなで花見をすることはできなかった。念願叶ってというほどに強い思い入れがあったわけでもないが、それでもやってみたかったことができたのは単純に嬉しいかもしれない。
 
 花びらを払うためか叶の手が髪の間に差し入れられパサパサと毛先を散らすように動く。軽く頭を掠める指の感触が心地好くて、うっかり目を細めてしまうとフフッと機嫌の良さそうな笑い声が叶の口から漏れる。
「ねえ、敬一君」 
「ん?」 
「次はオレと二人きりのほうね」 
 次、とはこれとは別に二人で行く花見を指していることはすぐに分かった。去年の花見は桜こそ無理だったが、叶と二人で桃の花見をした。到着するまでそれとは知らずに言われるがままに運転をして行ったことを思い出す。あの時に叶から提案された「みんなとは別枠で」の二人での花見の約束はもちろん覚えていた。あれからもう一年近く経つというのだから本当にあっという間だ。 

§
 
 みんなで行ったあのときの花見以降、なかなか合わなかった予定がようやく合ったのが今日だったが、どうやら会っていない間に叶は花粉症デビューを果たしてしまったらしい。
 最初の何日かはみんな風邪って思うんだよな。で、薬を飲むのが遅れる。飲み始めてすぐに効くもんでもないので、アレルギー症状のオンパレードになっているのが今現在といったところか。症状の不快さと叶なりに楽しみにしていた予定がダメになったことでこの不機嫌さなんだが、どちらも諦めてもらうほかない。 
「仕方ねーだろ? 花見じゃなくても別の日に二人ででかけりゃいいし、花見もまた来年行こうぜ?」
 そんなんで納得するなら、端からこうも不機嫌にはならないだろう。分かっていながらも目新しさもなにもない無難な提案しかできなかったのだが、叶はなぜだか目に見えて機嫌を良くし始めた。今のどこに機嫌よくなる要素があった? 自分の発言を振り返るがまったく見当がつかない。 
「なんだよ、急に」 
 分からないことは本人に聞く。これは多分自分で頭を悩ませなきゃいけない類のものじゃないはずだ。 
「ん? 敬一君の中で来年が当たり前にあるんだなーって」 
「あ? ……あ」 
 言われるまで全く意識していなかった。今年ダメなら来年に。それもダメならまたその次。そんな風にここから先で繰り返す季節がオレの中で当たり前に今と地続きになって叶が存在していることに気付かされる。 
「んだよっ、悪かったな」 
「悪くないよ。むしろ逆。嬉しくなっちゃった」
 からかうわけでもなく、本当に嬉しそうに笑うものだから余計にムズムズと居心地が悪くなる。 
「お手軽なヤツだな」 
「あれ? 知らなかった? 敬一君に関して言えば結構チョロいよオレ」 
 苦し紛れに吐いた悪態も暖簾に腕押しってやつだ。余裕綽々に笑みを浮かべるこの男のどこがチョロいと言うんだか。結局手のひらの上に載せられてるのはオレの方なんだろう。 
「ほんとだって。チョロいからダメ押しで敬一君がキスしてくれたら完璧に機嫌直っちゃうかも」 
 そんなことを言いながらテーブルに載せていた手に指を絡ませてきたかと思えば、楽しげな叶の顔面がどんどんと間近に迫ってくる。キスするまでもなく機嫌直ってんだろ。
 
 椅子から腰を浮かせた叶の前髪が額に触れた次の瞬間、視界を覆っていた叶の顔が消え失せた。 
「っっくしゅっ!!」 
 続けて足元で大きなくしゃみが聞こえ、つられて視線を落とせば、とっさに下を向いたらしい叶の後頭部があった。むくりと体を起こした叶と目が合ったらもうダメだった。 
「っ、くっ、ダハハハハ! かっこつかねぇーな、おい!」 
 さっきまでの雰囲気ぶち壊しな叶に思わず指を差して笑ってしまう。叶はきまり悪そうにムッとしている。 
「あー、もう、関東圏内の杉撲滅したい」 
「関東圏内の杉を根絶やしにするよりオマエが場所移ったほうが早いだろ。なんか北海道とか沖縄とか」 
 たしか北海道や沖縄は杉が無いだか少ないだかと聞いた覚えがある。花粉症の時期は実際に長期滞在して仕事をするリモートワーカーも居るとか。 
「じゃー、移住しちゃおっか。敬一くんはどっちがいい?」 
 当たり前のように一緒に行く前提で話すのはオレが喜ぶと分かっていてのリップサービスも込みなのか。与太話でしかない言葉遊びでも、嬉しく思ってしまうんだから始末に負えない。 
「オマエってなんだかんだ優しいよな」 
 そう言えば、叶はうんざりとした顔をしてみせる。 
「優しさなわけないだろ? 嫌がったって無理やり連れてくって話」 
 そうやってわざわざ否定するあたりは充分優しいだろ。チラリと見せられた執着に喜んでるあたりイカレてる自覚はある。
 
 話の合間にも、少し苦しそうにしながらテーブルの上の箱ティッシュに手を伸ばすと叶は顔を背けて鼻をかむ。 
「あー……ツラっ」 
 思わずボヤいてしまうくらいには大分きているらしい。目の前の叶は鼻のかみすぎか小鼻の皮膚が少し荒れてカサつき赤みを帯びている。コンタクトはいよいよダメなようで今日は一日中裸眼だ。その目もいつもみたいに大きくは開けられないらしく、うっすらと瞼をこじ開けた叶の瞳は潤んでいた。 
 真正面からマジマジとそんな様子を見ると、なんつーか……。 
……イイ趣味してんじゃん、敬一君」 
 鼻が塞がり少し苦しそうに口呼吸を繰り返す叶に思わず出来心で向けてしまった邪な感情が即バレしてしまう。仕方ねーだろ。いつも余裕たっぷりな奴の弱ってる姿にちょっとだけ色気感じて煽られちまっても。 
 ぐちゃぐちゃと頭に浮かんだ言い訳を口にするよりも早く、あっ、と思った時には叶の鼻先がオレのに触れ、今度こそ口を塞がれた。タイミング分かんねー奴だな。そう思っている間にも、チュッ、チュッと音を立て少し捲れるくらいに唇を押し付けられる。入り込んできた舌が歯列をゆっくりと辿っていくのが気持ちいい。そのまま中へと引き込もうと少し口を開けたのに、お目当ての舌は引っ込められ、唇が離れると叶の顔が遠ざかっていく。鼻の通りが悪いせいか息が上がるのが早かったらしい。オレが物足りないと思ってるのは伝わってんだろう。 
「花見の予定もなくなっちゃったし、どうしようか?」 
 どうしたくなったのか分かってて白々しくこういう聞き方をしてくるコイツもなかなかイイ趣味してんな、おい。 
「花粉症に悩まされてるオマエにおあつらえ向きな場所、当てがあんだけどよ」 
「えー、どこどこ?」 
 答えに察しがついてるのかニヤニヤと笑いつつもわざとらしく訊ねる叶の前で人差し指を立てると天井、つまりは二階を指差す。数時間前から空気清浄機をフル稼働させ、リネン類を全て替えた寝室。今のオマエにとっては悪くない場所じゃねーの? 
「もちろん敬一君も付き合ってくれるんだよな?」 
「今日はオマエ以外に予定ねぇからな」 
 返した言葉に満足そうな叶は椅子から立ち上がると、オレの手を引き立ち上がらせる。
「オレ今日息苦しくていつもよりもあんま動けないからさ、敬一君がんばってね?」 
 からかい半分にバカみたいなことを言って手の甲にキスをして見せてるが、オマエ後悔しても知らねぇぞ。 
「搾り取ってやるから覚悟しとけよ」 
 わざとそんな言葉を選べば、叶は可笑しそうにクスクスと笑う。 
「そんなこと言われたら期待しちゃうな。じゃあ、まずは一緒にシャワー行こっか?」
 握っていた手をそのままに叶は機嫌良くそう言うと風呂場へと向かい始める。
 
 去り際にちらりと見た窓からは変わらずに燦々と陽の光が差し込んでいる。行楽日和なこんな日だが、今のオレらにとったらどんな絶景よりもベッドの上のほうが魅力的だろう。 
 幸い予定がダメになり時間制限は特に無い。せいぜい良い天気の無駄遣いを贅沢に楽しんでやるとしよう。なんて、そんなことを考えながら握られた手に力を込める。振り返った叶の顔は一緒にイタズラをするガキみたいな顔をしていて、多分、オレも同じような顔をしているんだろう。





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マシュマロ
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