□□□□(本編 ○年前)□□□□
呼び出された会議室に丹生谷班長と竹田副班長が揃っているのを見たときから面倒そうな予感はしていた。
「
……米国●●宇宙科学大学最年少入学、主席卒業。欧州●●留学後、帰国して地球防衛隊宇宙科学局に入局。で、祖父があの石堂博士、と。
……なんですか、この盛々の経歴は」
渡されたファイルに目を通して、木内は首を傾げる。
「今度うちの班に配属される新人だ」
「え!? こんな有望そうなヤツが、なんでうちの班なんかに!? もっと花形の部署はいくらでもあるでしょ?」
「
……なんか、とは」
淡々とした丹生谷の声に失言を悟り木内は口を閉じた。
「うちの班の前に、他の部署を三つほど回っている。君の言うとおり大きな部署だったが、どこも短期間で異動している」
「大きいところでは、規格外の有望株の扱いに困ったみたいだね」
「なるほど。変わり者は変わり者の班に入れておけ、ということですね」
「
……木内。君は私に含むことでもあるのか?」
「失礼しました!」
びしっと姿勢を正す木内に苦笑を向けながら、先ほど補足してくれた竹田が続きを引き取った。
「それで、木内に来てもらったのは他でもない。この新人の面倒をお前に頼みたいんだ」
「
……予想はしてましたけどね。俺ですかぁ」
「お前なら大丈夫だろ。来週までに机や機器類は手配しておくから、よろしくな」
それだけ言うと、丹生谷と竹田は会議室を出ていく。残された木内は手元の端末に表示されている新人の経歴ファイルを改めて見直した。
ID用の顔写真は、眼鏡姿の若い青年。硬い表情は入局したてで緊張しているのか、あるいは。
「石堂シュウ、ね
……どんなヤツかねえ」
□□□□□□□□
話題の新人がなぜ短期間でいくつも部署を変わったのか、木内が理解するまでにそれほど時間はかからなかった。
「
……はい、はい。お騒がせしてすみませんでした。そちらの部署の事情はよくわかります。うちの新人にもよく言っておきますんで。ええ、ええ、次もまたよろしくお願いしますね」
内線電話を切って、木内ははあ、と大きく息を吐き出す。
「
……ありがとうございます」
「これくらいは教育係の役目だからいいが。石堂、お前、もうちょっとちゃんと説明してから動け。特に他部署が絡む案件は」
「この程度のこと、説明するまでもないと思ったので」
「
…………」
何を説明したらいいかわからない、と本心から考えていそうな表情に木内は内心で頭を抱える。
(悪いヤツじゃないんだ。真面目だし悪気もないし、めちゃくちゃ優秀。優秀すぎて、周りがこいつの思考についていけてない。これはデカい部署じゃ無理だ)
「あーー、わかった。石堂、誰かと仕事する時は、これから全部喋れ。説明が必要かどうかいったん考えなくていい。なぜそういう結論になるのか全部喋るくらいじゃないと、みんな追いつけない」
「全部、ですか?」
「もちろん機密事項とかはダメだが。できるだけゆっくり丁寧にな」
「ゆっくり丁寧に
……努力してみます」
戸惑いつつも納得したような顔を見て、木内の頬が緩む。
(硬そうに見えるけど、素直なんだよな。コミュニケーションがもうちょい上手ければスムーズになると思うんだけど)
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木内が一人で外出先から戻ってきたところで、竹田副班長と行き合った。
「新人の様子はどんな感じだ?」
「だいぶ馴染んできたんじゃないですかね。班の若手の連中とも会話するようになってきたし」
「お前のおかげだな」
「いや、たぶん、うちみたいに小回りのきく班の方があいつに合ってただけじゃないかと」
そんなことを話しながら執務室に近付くと、中からざわついた空気が感じられる。
「
……私は、そんなつもりで言ったわけでは
……!」
「言ってるだろ! なんだかんだ言い回しを変えて取り繕ってるけど、本心が漏れ出てるんだよ!」
「そんなことは! 私は皆さんを尊重して
……」
「そういうところ! そういうのが鼻につくんだ!」
石堂と班の若手メンバーが言い合いになっていた。室内にはその二人しかいないので経緯を尋ねられる者はいないが、なんとなく状況は察せられる。
木内と竹田が入ってきたのを見て、若手メンバーは気まずそうな顔になると、そのまま身を翻して執務室を出ていく。竹田が軽く首を振って木内を見てから、その後を追う。
(俺はこっちの担当ね)
ちら、と石堂を見ると、無言で立ち尽くしている。
木内は休憩コーナーで缶コーヒーを買ってから石堂の隣まで行った。
「ほら、とりあえずこれでも飲め」
石堂は缶を受け取ったものの、それ以上は動こうとしない。
「まあ、なんだ。言葉を重ねれば重ねるほど、かえって気まずくなるときもあるわな。お前だけじゃなくて、あいつも今ごろ同じような気持ちになってると思うぞ」
「
…………ですか」
「ん?」
「木内さんが、全部話せって言ったんじゃないですか
……」
いつもの彼とは違う弱々しい声音。幼く聞こえる口調を聞いたのは初めてで、そこで木内は思い出した。
(そういえば、こいつは飛び級してるから普通の新人よりも若いんだった)
若者らしい不器用さが微笑ましくなってくる。
「石堂は小説は読むか?」
「え
……読むのは専門書ばかりで、物語はあまり
……」
急な話題の切り替えに戸惑いつつもきちんと答えてくる。
「たまには小説も読め。人の心の動きが少しはわかるようになるかもだ」
木内はそう言いながら自分の鞄を漁って、読みかけだった文庫本を石堂に渡す。
「
……探偵?」
「いきなり海外ミステリーは敷居が高いかもしれんが、俺の手元に今あるのはそれだけだ。読んでみて、後は自分で好みのやつを探せ」
「
……はい」
疑わしそうながらも、文庫本を受け取ってぱらりと確認する石堂の肩をぽんと叩く。
「ところでお前、そのコーヒーは飲まないの?」
「僕はコーヒーはブラック以外飲みません」
「
……ふっ」
いつもの彼の調子が戻ってきたようで、もう一度、今度は強めに肩を叩いてやる。迷惑そうな顔になったのを見て、木内は声を上げて笑う。
(一人称が“僕”になってるのも初めて聞いたな)
ようやく相手が懐いてきた感じがして、先が明るくなったと思った。
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その案件は、複数の班にまたがる規模の大きなものだった。
各担当が慎重に進めているが、相手もかなり巧妙に立ち回っていて決定的な証拠を掴ませてくれない。核心に迫ったはずが翻弄されて失敗することも重なり、防衛隊内の焦りも色濃くなっていた。
木内たちの班も、丹生谷が陣頭に立って指揮をし総員で対応している。が、調査すべき対象が多くて班員たちも手が回り切っていない。
「この状況で、木内さんが一人で向かうのは危険です!」
「とはいえ人手も足りないからな。お前だって△△方面に一人で行ってるし」
「私のところは単なる状況調査です。木内さんとは比べられません。宇宙人の可能性がある相手との接触を一人でするなんて」
「まだそうと決まったわけじゃない。まずは相手の言い分も聞いてみないと」
「しかし」
「俺だって警戒はしてる。だが危険だからって見逃すわけにもいかないだろ。万が一の事態を考えて動く。それが俺たちの仕事だ」
それには反論できなかったのだろう。石堂がぐっと言葉を飲み込んで、拳を握った。
「丹生谷班長たちがバックアップしてくれるんだ。それで十分心強い。GPSもある。お前ともそれで繋がってるから、何かあれば俺を追えるだろ。大丈夫さ」
「
……でも、やっぱり危ないです」
きっと石堂もこれしか方法がないとわかっているはずだ。それでも隠しきれない不安が、眼鏡越しの揺れる眼差しから伺える。それを拭ってやりたくて、木内は石堂の頭に手を伸ばし、いつもきちんと分けられている髪をわしゃっと撫でた。
「っちょ、木内さん
……!?」
「お前は自分の担当をきちんと調査して、局に戻って待ってろ。俺もすぐに終わらせて戻ってくる。そしたらこないだ見つけた『ボン・ヘボン』の稀覯本の話をしてやるよ」
「
……わかりました。私は可能な限り手早く終わらせてきますから、木内さんも早く戻ってきてくださいね」
「おう、もちろんな」
その答えに嘘はなかった。
戻ったら、一緒に飯でも食いながらお気に入りのミステリーの話をしよう。いつもの任務後と同じように。
木内自身、そのつもりだったのだ
――――――
■■■■■■■■
■■■■■■■■
手を合わせていた時間は、丹生谷も竹田も同じくらい長かった。
遺影はいつの写真なのだろう。証明写真か何かのような表情は、彼らが親しんだ木内よりもいくらか若く、ずいぶんかしこまっている。
この仕事に就いている者たちは単独での任務も多いからか写真が少ない。そのことに気付かされるこんな機会は、何度立ち会っても慣れなかった。
「
……石堂のことは、私たちの班が責任を持つから、任せろ」
去り際、遺影に向かって丹生谷が静かに告げる。
それに竹田も深く頷く。
おそらく、木内本人が最も悔やんでいるのではないだろうか。あんな形で後輩を巻き込んでしまったことを。後輩を深く傷付けてしまったことを。
「
……石堂は戻ってくるでしょうかね」
竹田も丹生谷も、無理に戻らせようとは思っていない。別の道を選ぶのであれば、その手助けをしてやろうという気持ちだ。
だが。
「きっと戻ってくる。木内が育てた特別調査員なのだから」
「そうですね」
淡々としつつも確信をもった丹生谷の言葉に、竹田は心から同意した。
■■■■(本編第1話 ラスト直前)■■■■
「星元市への常駐の件、石堂に行かせる」
丹生谷にそう言われて、竹田はしばし首を傾げた。
「あいつ一人で行かせるのは、正直なところ不安がありますが。うちの班に来たばかりの頃と比べたらだいぶ人当たり良くなりましたけど、やることはわりと無茶ですよ。というか、穏やかそうなフリして無茶するから、かえってタチが悪いというか
……」
日頃のあれこれを思い出して、竹田はこめかみを押さえる。
「だからこそだ。SKIPと我々防衛隊は組織の性格が大きく異なる。違う組織を体験することで、石堂も何か得るものがあるだろう」
「それもそうですが
……」
自分よりもよほどあの規格外の若者の後始末をしているはずの丹生谷だが、苛立ちを表に出さないところに器の違いを感じる。
竹田はまだそこまで達観できない。
「それに、先日の事件で謎の巨人、いや、ウルトラマンアークを目の当たりにしてから、石堂が少し変わった」
「ああ、そういえばあいつが名前を提案したんでしたっけ」
「そんな積極性を見せたのは、ずいぶん久しぶりだ」
確かに、例の件以降の石堂は、与えられた任務を全力で遂行する姿勢はあるものの、正体不明の巨人の名前のように、任務に直接関係しなさそうな事柄に興味を持つタイプではなかった。
「何か、あいつの感性に触れるものでもあったんですかね」
丹生谷はそれに同意も反対も表さなかった。
「それで竹田。君は確かSKIP星元市分所の所長と面識があっただろう」
「ああ、はい、伴さんですね。いくつかの案件で一緒になりましたが」
「正式な要請は私から組織を通じて出すが、前もって君からも伴所長に話を通しておいてくれないか」
それでようやく自分が呼ばれた意味がわかった。
石堂を派遣することが決まっているなら、副班長の自分を通さずに直接本人に通達するので構わないのだから。
こうやって事前の根回しに気を遣うあたり、丹生谷も石堂のことを心配しているのは変わらないようだ。
「わかりました。この後で電話入れときます。『詳細は言えないけど、うちのワケあり新人を伴さんのところでしばらく様子見てくれないか』って感じで」
「必要であれば、私からも個別に連絡する」
「たぶん大丈夫だと思いますよ。伴さん、話が早いから」
「そうか。では君に頼む」
丹生谷との話はそれで終わる。班長室を出ると、竹田はさっそくスマホの電話帳から番号を探し始めた。
■■■■(本編第15話後)■■■■
予想していたよりもかなり穏当な処置だな、というのが竹田の印象だった。
この程度で済ますために丹生谷はかなり粘ったはずだ。
おそらく石堂自身もそのことを察したのだろう。
「始末書の提出期限は一週間後だ」
「いっし
……いえ、了解しました」
期日の短さに顔を引き攣らせたものの、素直に受け入れて退出していった。
石堂の気配が去ったのを確認してから竹田は口を開く。
「あいつの耳に入れておかなくて良かったんですか? 上層部ではけっこう厳しい意見も出てたっていうことを」
「この班の班員の処遇は私の裁量の範囲だ。他からどうこう言われる筋合いはない」
「それはそうですが」
「わざわざ私が言わなくても、石堂のことだから把握しているだろう」
それに、と丹生谷が続ける。
「あの現場にSKIPのメンバーとAIロボットを連れてきてくれたおかげで、あの怪獣を退ける手助けができたのも事実だ。この功績は無視できない」
職務違反ではあるがな、と苦々しげに付け足されたところに、丹生谷の苦労が推し測られる。
「とにかく、オニキスの案件がようやく落ち着いた。班内の案件の割り振りを調整し直すタイミングだ」
「
……石堂もこちらに呼び戻しますか?」
「君は彼の常駐に反対してただろう」
「反対というか、心配してたのは本当です。ただ、最近のあいつを見ていると、行かせて良かったと思ってます」
「そうか」
「班長だって、それを確認するために先日わざわざ星元市まで出向いたんじゃないですか? この局内じゃなく、あの街であいつがどんな顔でいるかを」
「機密資料を手渡す目的もあった」
否定しないということは、竹田の推測も間違いではないということだ。
「順当に考えたら、常駐は終了させて別の任務にあてるのが最適だ」
「まあ、あいつの有能さが欲しい現場は他にも複数ありますが。
……ただ、伴さんからも相談もらってるんですよね。『もう少し常駐していた方が、石堂くんのプラスになるんじゃないか』って」
それを聞いて、丹生谷が口許を緩める。
「君の方が先に手を打ってるじゃないか」
「まだ伴さんに状況を軽く話しただけですよ」
「なるほど、君が言ったとおり、話が早い人だな」
丹生谷は手元の端末を操作して、班員の案件リストを開く。
「まだ調整を始めたばかりだ。考慮する余地は十分にあるが、あとは本人の意思次第だ」
「命じられた任務を断ったことはないから、常駐を終わらせて戻ってこいと言えば従うんじゃないでしょうかね」
「任務の要望を出してきたこともないな。だが、もし彼が自分から希望を出すようであれば
……」
その時は、最大限に配慮をしてやろう。
丹生谷の方針に竹田も深く頷いた。
■■■■(本編 最終回直後)■■■■
この三ヶ月の変化は防衛隊内でも大きかった。
あれだけ頻発していた怪獣災害が、がくんと減少したのだ。連日の激務から解放されて隊内の空気にかなり余裕が生まれてきていた。
「昨日、常駐の終了を石堂にも伝えた」
「そうですか。そろそろ頃合いですかね。伴さんとも『いったん区切りを付けた方がいいだろう』という話はしてましたし」
「伴所長にも礼を言わないとな」
あの最後の戦いの後、石堂にどんなことがあったか丹生谷も竹田も知らない。
彼から提出された報告書にはウルトラマンアークの戦いについて詳しく記載されていた。報告書としてはそれで十分だ。
その戦いの背景として彼が何を経験し、何を思ったのか。
何を得たのか。
それを知りたいと思うが、彼はけっして言わないだろう。
きっとそれが、彼の大切な何かを守ることに繋がるのだ。
「
……もう、石堂も新人ではないな」
「そうですねえ。なかなか新しいメンバーが入ってこなかったので、ついつい新人扱いしちゃってましたが、もうしっかり育ちました」
(だから、もう安心していいぞ、木内)
言葉には出さなかったが、竹田の中に浮かんだそれは、きっと丹生谷も思っていることだ。
「じゃあ、次はどの案件に就けましょうか」
「新人ではないとはいえ、自由にやらせすぎるのも考えものだが」
「班長の眉間の皺が増えない案件にしないとですね」
案件リストを開いて検討を始めようとしたとき、竹田のスマホが震えた。
「? 伴さん
……? ちょっと失礼します」
丹生谷のデスクから少し離れて、着信を受ける。
「伴さん、常駐の件ではお世話に
……え? いや、それはまだ
……は? そんなまた急な
……ちょ、待ってくださいよ! もっと詳しく、って切れた!」
珍しく慌てた様子の竹田と、うっすら漏れ聞こえた電話向こうの興奮した雰囲気に、丹生谷は眉を寄せた。
「どうした?」
「なんか、もうちょっとだけ石堂に猶予をくれって」
「猶予?」
「常駐をずっと続けるというわけではなく、防衛隊に戻るのにもう少しだけ時間をくれないかって言われました。そうすれば、あいつが待ち焦がれていたことが起こるって」
「どういうことだ?」
「俺にもわかりませんよ。伴さんには珍しくやたらテンション高かったし」
事情はまったくわからない。
が、伴所長の様子から悪い事態でないことだけは察せられる。
それは丹生谷も同感だったのだろう。
「まあ、差しあたって急ぎの案件があるわけではない。常駐先が落ち着いてから戻ってくるので構わない」
「わかりました。後で改めて伴さんにも伝えておきますよ」
「石堂には私から連絡しよう」
「伴さんがあの様子だと、きっと石堂も今は電話に出ないんじゃないですかね」
「彼が私の連絡を放置するのはいつものことだ」
呆れ気味な丹生谷の声に、竹田は肩をすくめた。
手はかかったものの彼らが大切に育ててきた新人に、望ましい未来が訪れるようなのだ。
それは彼らにとっても祝福すべき未来だ
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《参考資料》
▼【ウルトラマンアーク】新春スペシャル! SKIPメンバーの極秘情報を大公開! - TELEMAGA.net
https://cocreco.kodansha.co.jp/telemaga/news/feature/arc/7Y5TR
▼石堂シュウの日記
1話、3話、6話-1、6話-2、8話、11話、15話-1、16話、22話、25話
《初出:2025/03/09》
https://fse.tw/Mxx0DCU5