40_umanira
2025-04-03 00:54:59
1998文字
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いやなゆめ

特に何でもないアベンシオ

 ふと目を開ける。薄暗い視界と、背中から感じる体温で自分がベッドの中にいることを思い出す。腕を伸ばしてサイドテーブルに置かれた端末を手に取り、背後にいる恋人を起こさないよう気を遣いながら画面を点ける。3時半過ぎだ。なんだってこんな微妙すぎる時間に目が覚めるかな、と小さくため息をつきながら端末を戻して目を瞑る。
 いや、一旦レイシオの顔が見たいな。そう思ったのに何となく以外の理由なんてない。目を開けて、できるだけ静かに体をよじって恋人の方に顔を向ける。普段仰向けで寝ている彼にしては珍しく、こちら側にその顔を晒して寝息をたてている。光のささない部屋の中でもその端正さは伺えた。
 本来ならここで満足して寝直すところなのだけど、しかしレイシオの眉間がピクピクと動いているのに気づいて凝視する。呼吸も表情もさほど普段と変わりないけど、眉元だけは居心地が悪そうに寄せられていた。

 もしや悪い夢でも見てる?

 もぞ、と温かな布団から左手を出して、レイシオの肩にそっと置く。どうしよう。彼の睡眠の邪魔をしたくはないけど、悪い夢ならストレスになるだろうし、かといってこれが魘されている状態かどうかも自信がない。
 ごめん、レイシオ。
 僕がこんな時間に起きたのは君を起こすためだったんだ、と無理やり幸運と結びつけながらレイシオの肩においていた手を優しくトントンと鳴らした。躊躇いがあったからか控えめな動きになってしまって、レイシオは起きる気配がない。意を決してもう一度、けれどさっきよりは強く、肩を叩く。目の前にあった眉が大きく寄せられ、次いでゆっくりと瞳が開いた。
…………?」
 レイシオがぼんやりとした視界の中で、僕の顔を見つけて思考しているのがわかる。思わず笑いをこぼしながら、レイシオの肩においていた手で彼の頬を摩った。
「ごめん、起こして
………夢か」
 状況整理が終わったらしいレイシオがそう呟く。
「やっぱり悪い夢でも見てた? 君ってば魘さされ方までスマートで痺れるね」
「ここ数年で一番不快な夢だった」
 そんなに!? だったら本当にわかりづらすぎる。起こせたから良かったものの、あのまま見続けていたらと心配してしまう。その気持ちが顔に出ていたんだろう、レイシオがいつものように鼻を鳴らして目を閉じた。
「君が思っているような内容ではない」
どんな夢か聞いても?」
……
 レイシオの眉間に再び皺が寄る。そして、「思い出すのすら不快なんだが」を枕詞に話を続ける。
「僕が風呂に浮かべているアヒルがあるだろう」
「え? うん」
「あれがキッチンの排水溝に落ちて、救出せねばならないという夢だった。最高なことに排水溝には生ゴミや得体の知れない汚い何かが溜まっていて、しかも周りに道具は一切ない。つまり、素手を突っ込んで取るしかなかった」
「うわ
 それはたしかに、全然、思ってたのと違った。
 けどレイシオにとって最悪な夢であろうことはわかる。僕だってそんな状況は嫌だ。
「そもそもアヒルくんはなんでそんなとこに落ちちゃったんだい?」
「僕が聞きたい。けれど夢とはそういうものだ」
 たしかに。僕も君がカンパニー幹部として出勤してくる夢を見たことがあるけど、起きてから「せめて夢の中でくらい天才クラブに入れてやれよ」って自分に呆れたものだ。レイシオが話を続ける。
「しかもそのアヒルが喋るんだ。よく知った声で教授、と」
………まさか僕?」
「いや違う」
 違うのかよ!
「開拓者だ」
「あぁ〜……。たしかにマイフレンドはゴミ箱に並々ならぬ執着があるみたいだから、まあ筋は通るね
「あんな夢に筋なんてあってたまるか」
「で? 助けられたの?」
排水溝に手を入れる寸前で目が覚めた」
「良いタイミングで起こせたみたいで良かったよ」
 夢の中のマイフレンドには悪いけど、ゴミと暮らしてもらうか、頑張って脱出してもらうしかない。レイシオの心の安寧のほうが僕には遥かに大事だ。
うるさかったか」
 レイシオのその言葉は、問いかけにしてはほとんど呟きみたいな響きだった。目を閉じている間にまた半分夢の世界に戻ってしまったんだろう。そんなことないよ、と声をかけてから伸ばしていた手をしまって僕も目を閉じる。
「次は僕の夢でもみてくれよ」
「きゃっかだ……うるさくて……脳が休まら……ぃ」
「じゃあ僕が君の夢を見るよ。さっきの続きでいい。アヒルは救出して洗っておくから心配しないで」
……

 規則的な寝息が隣から聞こえてきて、つられて僕もゆるやかに睡魔に引きずられる。君が起床するまでの数時間で何かしらいい夢を見られるよう祈りながら、自分の夢のなかでくらい君にいいところを見せられるよう祈りながら。朝日が顔を出すまでもう少しだけ、夜は続いていく。