ふっくら厚い唇が何かを伝えるように動いているのに気がついて、俺はスマホの電源を落として隣に眠る逢さんを見つめた。行為の後すぐ眠ってしまった逢さんの体を綺麗にして自分はサッとシャワーを浴びたら眠気が遠のいてしまったから、スマホでできる範囲のシフトの確認をしていただけで急ぎのものは何もなかった。逢さんのことだけを考えられる贅沢な時間なのに、つい仕事のことを考えてしまう。
薄暗い部屋の中でもじっと目を凝らせば逢さんの表情はなんとなく見えた。目を瞑っている穏やかな寝顔に、すうすうと寝息も聞こえるし、間違いなくぐっすり眠っている。
それじゃあもしかして、何か夢を見ているのかな。俺は体を逢さんの方に向けて、仰向けでまっすぐに眠る逢さんの綺麗な横顔を見つめた。ふにふにとかすかに動く唇を食べてしまいたい衝動が胸の奥で燻る。もう熱は落ち着いたと思ったのにな。
「ゆづる、もう」
「っ! ……あいさん?」
「だめ、ゆづる、それは、まだ」
思わず目を見開いて体を起こした。逢さん、一体なんの夢を。
「それは明日の朝ごはんだろ!」
「……」
「卵かけご飯……」
「……ふ、ふっ……くっ……」
必死に堪えるけれど、くつくつと湧き上がってくる笑い声が俺の体を揺らしてしまう。ベッドの揺れに気がついたのか逢さんがぴくっと体を震わせて薄く目を開いた。寝起きのぼんやりした目で数回瞬きをして、それから首を傾げるようにして顔をこちらへ向ける。まだ全く笑いが止まっていない俺を見るとだんだんとその目が醒めていった。
眉間に皺を寄せて「由鶴……?」と声をかけられて、俺は笑い声を抑えるのをやめた。あははっ!と思いっきり笑った俺に逢さんはなおさら不思議そうな顔をする。
「ふ、ふふふ、もう、あは」
「……おもしろい夢でも見たのか?」
「っ、ちが、んんっ、ああもう涙出てきた」
「……」
「すみません、夢を見ていたのは俺じゃなくて、ふふ」
「……」
「あう、あいさん、つねらないで」
「説明しろ」
「はい。……ふ。はい、話します。というか、逢さん、なんの夢を見ていましたか?」
「俺? 夢は……見てないと思う」
「まさか。逢さんは俺の夢を見ていましたよ」
「由鶴の? ……そういえば、そんな気も……寝言でも言っていたか?」
「ふ」
「おい」
「あは、だってあいさん、かわいくって」
笑いの止まらない俺の頬を優しくつまんで、逢さんはじっと俺を見つめる。ちゃんと説明しろと訴えるその目にうんうんと頷きを返すけれど思い出すと笑いが込み上げてくるのだからどうしようもなかった。
「あした、あしたせつめいします、いまはもう」
「……そんな調子で眠れるのか」
「むりかも」
「……由鶴」
俺の頬をつまんでいた手を開き、逢さんの温かい手のひらが俺の頬を撫でた。そのまま耳を塞いで、後頭部へ滑り、指先がうなじをなぞる。目の前で逢さんの唇が弧を描いたから、きっと俺は情けない顔をしているんだろう。
「もう笑うのは終わりか?」
「……もうしませんよ。逢さん、疲れているでしょう」
「おまえが寝かせてくれてもいいんだが」
「……だめ。途中で一人になるの、寂しいんですよ。夢の中じゃなくて今、俺と一緒にいてください」
「それならおまえもちゃんと一緒に寝ろ」
ぐっと体を近づけて、逢さんは俺の背中を抱きしめた。逢さんの少し高い体温に俺が混ざり合っていくのが心地よくて笑みを浮かべる。俺の様子を伺うようにじっと見ていた逢さんは満足げに口角を上げると柔らかい唇を俺に押し当てた。ただ抱き合って、重ねるだけのキスをするだけで、こんなに満たされる。
「今度は先におまえが寝ろ。寝言を言ったら笑ってやる」
「残念、俺は逢さんと一緒に眠るとあんまり夢を見ないんですよ。逢さんは夢の中でもまた俺といてくださいね」
「……どんな寝言を言っていたんだ」
「ふ、……だめ、思い出すと寝れなくなっちゃう。可愛かったから安心してください、明日ちゃんと話しますから」
「……寝てる俺じゃなく起きてる俺のことを覚えておけ」
「……全部覚えていますよ。寝てても起きてても、逢さんはかわいい」
俺が何を思い浮かべているのか予想がついたのか、逢さんは頬を淡く染めてムッと拗ねた顔をして見せた。ほら、起きてる逢さんもこんなに可愛い。
「一緒に寝ましょう。俺も逢さんの夢が見たいから」
音も立てずに触れるだけのキスをして、俺は目を瞑って見せた。暗闇の中でもう一度唇が重なり、おやすみ、と囁き声が空気を揺らす。逢さんの夢が見たいな。卵かけご飯の夢、俺も見られるかな? くすっと溢れた笑い声はすぐに逢さんに食べられちゃった。
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