らい
2025-04-02 21:00:24
5818文字
Public レオいず
 

レオいず30days②「ハートキャッチャー」

学院編② お題「ゲーセン」 ※高1


「あ~っ、こんにゃろ~! おまえっ、ルカたんに会いたくないのか~っ!?」

 透明なショーケースに、蝶ネクタイの紳士なくまが微笑んでいる。『またあそんでネ!』と退散するアームを恨めしそうに眺めながら、レオはポケットの中から小銭を取り出した。
 積み上げた百円玉の束で挑んでいるのは、UFOキャッチャーである。未来の飼い主を待ち続けるぬいぐるみたちを眺めながら、泉はため息をついた。

「ぬいぐるみ相手に恐喝しないでよねえ、みっともない」

 呆れ顔の泉は、「もうちょっと右」と指示をする。しかし、やる気のないアームは柔らかな耳さえも掴むことなく、ふたたび定位置に帰っていった。
 俺、どうしてゲーセンで遊んでるんだろう。しかも、このアホと一緒に……
 連続でコインを投入するレオを見つめながら、泉はぼんやり考える。「おまえに任せたい役割がある」と深刻に告げるものだから、てっきり今後のユニット活動に関わる大事な話をされるのだと思っていたのに───実際に案内されたのは、夢ノ咲学院近隣のゲームセンター。華々しく任命されたのは、UFOキャッチャーの指示役だったのだ。
 本日の夢ノ咲学院は、電気点検が実施される。校内の施設が使えないので、ほとんどの生徒は自由な放課後を満喫できることになった。ユニットの練習も、事務所の仕事もない貴重なオフ。ゲームセンターに連れてこられた泉はさっさと帰ろうとしたけれど、レオが「なんでもしてくれるって約束したのに!」とかんしゃくを起こしたので、致し方なく従うことになった。
 三日前の放課後。上級生の不良に絡まれていたところをレオがとっさに助けてくれたとき、確かに「お礼といっちゃなんだけど……そうだねえ、月永の言うこと、一回だけなら聞いてあげてもいいよ」と微笑んだ記憶があるけれど。まさか早々に権利を使われることになるとは、微塵も想像していなかった。
 操作ボタンに触れながら、レオが振り向く。黄昏色のしっぽがブレザーに跳ねて、幼い文句が響き渡った。

「セナ~。仏頂面してるなよ。きれいな顔が台無しだぞ~」
「優秀な補佐がいながら、手こずってるからでしょ」
「なにかにつけて自信満々だよな、おまえは」
「はあ? クレームつけるつもりなら、俺は今すぐ帰ってもいいんだけど?」
「嘘! ごめんっ、まだ一緒にいて!」

 焦って百円玉を投入するレオに、泉はふんと鼻を鳴らす。とはいえ、ほんとうに帰るつもりはなかった。だってこれは『お礼』なのだ。泉は一応、レオに感謝している。生意気だの礼儀知らずだの、柄の悪い連中に因縁をつけられる人生を送ってきたけれども───「セナ!かけっこは得意か!?」と手首を握りしめ、「逃げるが勝ち!」と甲高い声で笑いながら逃亡してくれた男は、レオが初めてだったから。中学時代は、不良の上級生に絡まれていたとて、見てみぬふりをするクラスメイトが大半だったのに。
 路地裏を全力疾走するなんて、映画のワンシーンでしか見たことがなかった。心臓が激しくドラムを打ち鳴らしたのは、生まれて初めてのことだったかもしれない。はひぃ、はひぃ、と息を荒げる泉に「わはは!へばってやんの!」と笑ってのけるレオもまた肩で呼吸していた。とっさに「チョ~うざぁい」と突っぱねてしまったけれども、正直、ちょっぴり嬉しかった。四月になってからクラスが一緒になっただけの同級生を、懸命に守ってくれたことが。
 UFOキャッチャーの指示役なんて、くだらない。それでも役目を放棄しないのは、隣にいるのが存外悪くはないからだ。

「月永。ここまで来たら、絶対にゲットしてよねえ」
「当たり前だろ! 付き合ってくれたセナのためにも、確実に落とす!」

 ガラスケースに鎮座しているくまのぬいぐるみは、余裕たっぷりに微笑んでいる。妹のルカが欲しがっているらしいそれを手に入れるために、レオはもういちど百円玉を突っ込んだ。傍観しているだけの泉もいつしか真剣になって、UFOキャッチャーの側面に幾度も回り込む。
 ところが、ぬいぐるみは依然としてキャッチできない。役目を終えたアームが定位置に戻るたび、「ざんねん! またあそんでネ!」と煽るものだから、泉のこめかみは不機嫌に割れるばかりであった。

「ねえ、月永。どう考えても位置は合ってるよねえ。それなのに、一体どうしてこんなにアームが緩いわけ? ぼったくりにもほどがあるっての。っつうか、壊れてんじゃないの? 店員、呼ぼうよ」

 泉は、レオの腕をそっと掴んで、反対側の筐体を観察する。景品の調整をしている店員を指差しながら、「ねえ」とブレザーの裾を揺すった。ところがレオは淡々と百円玉を入れるだけで、抗議の意志を示そうとしない。てっきり「そうだ、そうだ!」と拳を掲げる姿を想像していたから、泉は訝しげにレオを見やる。
 レオは真剣にボタンを操作しながら、ぼそっと返事した。

「つっても、設定金額まであとちょっとだと思うんだよな~」
「セッテイキンガク……?」

 聞き慣れない言葉に思考回路が働かず、ちっとも理解が及ばない。泉が「え?」と困惑していると、レオはわはは、と八重歯をのぞかせた。

「アームってさ、弱いのが基本なんだよ。だって簡単に取られちゃ商売にならんから。……で、一定の額まで課金すると、アームの力が強くなる仕組みになってる」
……へ」
「確率機っていうんだけど。三本のアームが付いてるやつは、大体そうだな~。実力だけで勝負できる台も、もちろんあるけど!」

 完全なるテクニックで勝負するものだと思っていたので、泉は唖然とした。とはいえ、よくよく考えれば誰にでもわかることだ。百円玉を課金するだけで取り放題ならば、店舗は得をしないだろうに。
 UFOキャッチャーで遊んだ経験がろくにない泉は、『よくよく考えれば誰にでもわかること』のスタート地点にさえ立てていない。世間の常識を知らないようで恥ずかしく、放課後のゲームセンターで時間を潰せるような友人がひとりもいなかったことが浮き彫りになる。普段はまったく気にしていないのに、妙な気恥ずかしさに襲われた。
 生まれてはじめての、対等な───たぶん、世間一般的には『友達』になりうるかもしれない存在に知られるのが、怖かったのだ。

「そ……それくらい俺も知ってるし!」
「え?」
「馬鹿にしないでよねえ」

 泉は赤いネクタイを揺らしながら、「ふん!」と鼻を鳴らして強がった。ところが、レオは淡々と移動ボタンを押しはじめる。「ば~かば~か!」と指を差される覚悟をしていたのに、意外な反応だった。

「別に馬鹿になんかしないよ。そういう遊びの基本とかはさ、これから知っていけばいいだろ~」
「う……
「楽しいこと、おれがいっぱい教えてやるからさ。……セナが、この世界の常識をおれに教えてくれるみたいに!」

 教室の壁に楽譜を綴ったり、寝ぼけ眼のパジャマで学院に登校したり。授業ちゅうに窓から飛び降りて、グラウンドの土で作曲をしていたこともある。とにかく常識知らずの変人であるレオだけれど、完璧で美しくなければ許せない泉のほつれを、やさしく縫い直してくれる。向日葵のようにわははと笑って、隣にちょこんと寄り添ってくれるのだ。
 泉にはそれが心地よくて、こんな時間も悪くはないのだと思えてくる。

……あっそ」

 ぽっと熱くなる頬を手の甲で押さえながら、泉はもういちどUFOキャッチャーの背後に回りこんだ。

「月永。俺だって暇じゃないんだから、とっとと決着つけなよねえ」
「わかってる! ルカたんの期待を裏切るわけにもいかんし! お兄ちゃんは絶対におまえの夢を叶えるぞ!……月永、いきま~す!」

 囲碁の一手を彷彿とさせる勢いで、百円玉を投入する。軽快なBGMが流れはじめると同時に、泉はケースの側面に広がる景色をじっくりと凝視した。
 成功の確率が高まるとはいえ、狙った獲物は確実に仕留める必要がある。アームがぬいぐるみに差し掛かったところで、泉は声を上げた。

「そのまま、進んで。……はい、ストップ!」

 横に進んでいたアームが、ぴたっと止まる。レオが続けて、中腰の姿勢で縦のボタンに手を掛けた。
 ぬいぐるみの頭上に銀色の取っ手が現れる。泉とレオの叫び声が、重なった。

「ここだっ」
「ここだっ」

 ボタンから手を離すと、宇宙人の襲来をイメージさせる効果音がピロリと鳴り響く。緩慢な動作でアームが下りて、ぬいぐるみの頭部をつかんだ。確実に捕らえた爪の先端が浮いて、ゴールを目掛けて動きはじめる。
 固唾を飲んで見守るふたりの前で、くまのぬいぐるみが景品取り出し口に落っこちた。

「やった~っ!」
「やったじゃん、月永!」

 つぶらな瞳のくまを意気揚々と取り出して、泉は柄にもなく喜び───レオが不思議そうに見つめていることに気が付いて、はっと我に返る。小学生みたいにはしゃいでしまって、恥ずかしい。
 紳士に微笑んでいるぬいぐるみをレオに押しつけて、あくまで平静を装った。

「あんたのために喜んでるんじゃないから。暇人のあんたにさんざん付き合わされて、やっと解放されたことが嬉しいってだけ。勘違いしないでよねえ」

 身振り手振り早口でまくしたてると、レオは目尻をしわくちゃにして笑った。

「別にいいよ、どっちだって。怒りんぼのセナが、嬉しくなってくれるなら!」
「だからぁ、別にあんたのために喜んでるわけじゃないって言ってるの。そんなことより、せっかく取れたんだから、家に帰るまで落としちゃダメだからねえ」
「もちろん! 愛するルカたんへの大切なプレゼントだから!」

 中身の入っていないスクールバッグ。くまのぬいぐるみを詰め込んで、レオが天真爛漫に笑う。
 せめて、教科書の一冊ぐらいは入れておきなよねえ……
 失笑する泉の助言をものともせず、レオは急に駆けだした。

「その前に、トイレ!」
「馬鹿! 百円玉、忘れてる!」

 UFOキャッチャーに積み重ねた百円玉をかき集めて、泉はゲーセンを駆け抜けるレオの背中を追う。体育の授業でもなければ日課のマラソンでもないのに、なんだって走らされてるんだろう。疑問に思うことこそあれど、不思議と嫌じゃなかった。なんなら、ちょっぴり楽しかったりする。こんな放課後は、初めてのことだった。



 ゲームセンターの帰り道。自販機で買ったアイスを食べながら、最寄り駅までのんびり歩いた。レオの自宅は歩いて帰れる距離らしいのに、レオは「せっかくだから、見送る!」とくっついてきた。まるで飼い主に忠実な犬のようである。しかし、やっぱり不思議と嫌じゃなかった。
 レオにはルカというそれはもう愛らしい妹がいて、泉にはキッズモデル時代のゆうくんという弟がいる話。
 隣のクラスの佐藤がアイドル科をやめて、ひとめぼれした田中さんの演劇科に編入した話。
 中学校の修学旅行は京都だったのに、高校の行き先もまた同じらしいので今からがっかりしている話。
 ガスト派とサイゼリヤ派で争っていたら、学院の近くに第三勢力のファミレスが誕生するらしい話。
 他愛のない会話を繰り広げているうちに、すっかり日が暮れていた。時の流れがこんなにも早いと感じるのは、泉にとっても久しぶりの経験だった。
 やがて、帰りの駅の看板が見えてくる。レオは電車には乗らないので、いよいよ分かれ道だ。

「それじゃあね」

 泉は、ちいさく手を振る。
 ところが、レオに行く手を阻まれた。ブレザーの裾を掴まれたのだ。

「ちょっとぉ。俺、帰りたいんだけど」
「今日は、すぅ~~~っごくっ、楽しかった!」

 眩しい夕陽を背景に、屈託のない笑みが弾けた。芸能界に入ってから、おべっかで機嫌をうかがう連中は星の数ほど見てきたけれども───少なくとも、レオは嘘はついていないように思う。泉と過ごした放課後を、心の底から満喫しているようだった。
 こいつ、俺といっしょに遊んだら、『楽しい』って思うんだ。
 口元が緩みかけて、泉はハッとする。素直になるのが恥ずかしい年頃の泉は、ぷいっと地面にうつむいた。

……ふん。この俺が付き合ってあげたこと、恩に着てよねえ」
「うんうんっ、ありがとうっ! ルカたんへのプレゼントも無事に手に入ったし! おまえが居なかったら、ゲットできなかった!」
「そうそう、感謝してよね。俺が───」

 いなかったら。くまのぬいぐるみ、ゲットできなかったでしょ。
 泉は得意げに返そうとして、続きをひっこめた。
 UFOキャッチャーは回数を重ねると、アームが強くなる設定が施されているらしい。レオはそこまで下手くそではなさそうだし、そのうち取れていただろうに。指示役は『居れば助かる程度』で、基本的には誰でも構わないのだ。
 たまたま俺が近くに居たから、声を掛けただけなのかも。うす暗い影が、夕焼けに染まった眉間の裏にしのび寄る。

……俺が、いなくても。余裕で取れたんじゃない?」

 泉がぼそっと呟けば、レオは無邪気な八重歯をのぞかせた。

「セナだから、誘ったんだよ」
「なんで俺?」
「ん~。……なんでだと思う?」
「聞いてるのは、こっちなんだけど」
「ブッブー。明日までのしゅっくだ~い!」
「何それ」
「ヒントはね~…………これ言ったら正解になっちゃうから、やっぱり内緒!」
「はあ?」

 くまのぬいぐるみをスクールバッグから取り出すと、レオはふわふわの腕を「ばいばぁい」と左右に動かした。駅を照らす夕陽の彼方に、小柄なシルエットが溶けていく。

「せっかくのプレゼント、落としちゃ駄目だからねえ!」

 泉が警告すると、レオは「合点承知~!」と叫びながら駆けた。すれ違ったサラリーマンが、わんぱくなブレザーに驚いている。
 通りすがりの会社員をびっくりさせるんじゃないよ、まったく。遠目にちょこまか動きまわる影に呆れながらも、胸の鼓動は上機嫌に高鳴った。
 なんでだと思う?
 宿題を出されたところで、すぐに解答を提出できないだろう。ただ一つわかるのは、夕焼けの明度がいつもより確かで、温かな彩りにきらめいていることだった。