河童の皿箱
2025-04-02 08:46:59
2113文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

初酒

ラゼンと蛟龍が初めての酒を飲むだけ。

 年明け。新たな始まり。三が日という癒しの時間が過ぎ去って、人々が徐々に、徐々に日常へと帰っていく頃。空に昇りなれたお天道様がさんさんと照らしても指先はかじかみ、手袋の中にふうと息を吹き込み歩く往来に、擦り切れた鞄を肩から下げる男と、手拭いで包まれた荷物を下げる男がふたり、駅へと向かっていた。
 鞄を持つ男、名をラゼンという。世界中を旅しながら格闘の道を歩む者であり、連れ立つ男、蛟龍とは同門であり、蛟龍が兄弟子、ラゼンが弟弟子という関係にある。師のもとを旅立って以降、互いに顔を合わせるために会うよりも、その体と体、技と技のぶつかり合いの場に立ち、結果として決勝や準決勝でばったり顔を合わせることが非常に多かった。とはいえ、今回こうして会ったのは、互いに同じ用事があったからだ。

 何かを話すわけでもなく、駅で寝台列車に乗り込んで、切符に書かれた個室に入り、適当な場所に荷物を置いて席に座れば、テーブルを挟んで互いに向き合った。揺れもなく、すうと車両が動き出すと、車窓の外の景色が走っていく。ひと眠りしても良いくらいに、乗り換えまではまだまだ遠い。
 ふと兄弟子が顔を車内に向けてみれば、列車に釣り下がるホログラムの広告は、今日がこの世界における成人の日であったことを彼らに知らせた。「お前、いくつになったんだ?」。兄弟子が尋ねれば、携帯端末で行先周辺を調べていた弟弟子が顔を上げた。「覚えてない」、と。それもそうだ。お互い、どこの生まれかも覚えていない。物心ついたときには、すでに格闘の道を歩んでいたのだし。
 それから、また静かになる。別の世界ではこういうとき、ガタンゴトンとでも言うのだろうが、この世界の技術は著しく進歩していて、車内の誰かが話すでもなく。とにかく静かであった。ぱっと景色が黒に塗りつぶされるも、聞こえてくるのはごうごうと風を切る音だけ。これでは景色を眺めて時間をつぶすこともできない。こんな場所で格闘をするなど論外であるし。さて、どうしたものか。

 それからしばらくして。「酒は飲んだのか?」。兄弟子がまた尋ねれば、弟弟子は首を横に振った。「まだだ」、と。「そうか」、と短い答えに頷けば、「なら」と、持っていた包みを開けた。浮世絵師に遊びに誘われ、その帰りに、土産にと持たされた神酒の御裾分け。他にも菓子類があったのだが、それは相棒に子供がいるスーパーヒーローと、機械のような竜と妖精のような竜に譲ってやった。……酒を飲める者があまりおらず、とかく余っていた一升瓶を6本、兄弟子は貰ってきたのだった。
 「まさかそれ、全部飲むのか?」。弟弟子は若干、顔をしかめた。「あぁ」と、なんでもない顔で応えた兄弟子に、「飲みすぎじゃないか?」と。「すぐに全部を飲むわけじゃないぞ。少しずつだ」。そう答えた兄弟子は栓を開け、一緒に包んでもらった盃にトクトクと注ぎ、唇を濡らすように一口。……あっさりとした味わいで、香りが豊かで。かなり飲みやすいか、と心得た兄弟子は、また別の盃にトクトクと注いでは、弟弟子に差し出した。
 「せっかくだ、付き合ってくれよ」。兄弟子が微笑んで差し出したそれを、弟弟子はひとまず受け取る。「いいけど、どうやって飲むんだよ」。そんな問いかけに、兄弟子は上機嫌にくすくすと笑った。「飲む以外にあるかよ。作法が気になるなら、俺を真似してみればいい」。そう言って、また一口。うむ、旨い。香りを楽しむのがいいだろうかと思うも、兄弟子はギョッとした。正面の弟弟子は、盃に注いだ酒を一気にあおってしまったのだ。
 ごくん、と喉が動いてすぐに、むわりと喉の奥から鼻を刺すように立ち込めた酒の強烈な匂いに、ゲホゲホとむせ込む弟弟子。「なにやってんだよバカ」なんて罵りに、「わかんねぇっつっただろ」、と文句を言う弟弟子。またゲホゲホとむせ込んでいる間に、弟弟子の顔はほんのりと赤く染まってきた。
 「水飲め」。個室備え付けの水道から盃を水で満たし、差し出せば、それをまた一気にあおった。「全く、お前は」。呆れた兄弟子の様子を、弟弟子は顔を上げるも、あっという間に酒が回ったとわかる真っ赤な顔は、何も言わずに見ていた。このままではまずいかと、兄弟子は水を何度も注いで飲ませ、力の入らない体を抱え上げては、ベッドで横にしてやった。そうするとすぐに、瞼が降りてきているのに抵抗できないようだった。
 「酒って、変な飲み物だな。なんでみんな、これを飲むんだか」。ふにゃふにゃの声。腕で顔を覆う弟弟子がぽつり呟くのを、兄弟子はため息をついて、けれど笑った。「お前の飲み方がバカなだけさ。今度飲みなおすぞ、今は寝ろ。降りる頃には起こしてやるから」。それを聞いて頷き、ぼうっとした目で「変なの」と呟いては、布団に包まる大きくなった背中を、嬉しいやら、まだまだ子供なのやら。

 ふと、窓の外がぱっと明るくなる。開けっ放しの酒が生まれた、あの世界から脱したようだ。兄弟子はひとり、ふたを閉め直し、盃を洗い、そして包みなおした。

 さて、どうやって暇をつぶそうか。乗り換えまでは、まだまだ遠い。