河童の皿箱
2025-04-02 08:45:31
2227文字
Public 遊戯王:短め(2024年度)
 

年末

降りてきたジュラと迎えたP.U.N.K.が年越しそばを食べるだけ

 年の暮れ。1年の終わりを告げる108の鐘が、ごぉん、ごぉんと、遠くの山々に響いている。家でのんびりと家族と過ごす者、未だ仕事が収まらぬ者、せっかくなら素敵な景色を見ようと外に出る者等々、人々がひとつの時代の終わりを思い思いの場所で過ごしていた。

 鐘の鳴り響く古ぼけた寺。山々の高きに位置するその寺の前では、上を見て、星々を眺める小さな子が、能楽師が、体が冷え込まないようにと、たっぷり着込んでは、湯気の立つ茶をちびちびと飲んでいた。
 能楽師、名をセアミンと云う。麓の街で活躍する者であり、その名はひとりのものではなく。片割れと、さらにもうひとりがてくてくと近くまでやってきては、また星々を見上げていた。
 「おーいセアミン。望遠鏡置けたぞ」。そう伝えるは、浮世絵師、娑楽斎の声であった。能楽師たちは嬉々としてその望遠鏡を占拠しては覗き込み、時折手元の星図と見比べては、古き人々が夜空に描いた絵を探し遊び、「あれかな」、「いや、こっちかも」。なんて言いながら、年が明ける瞬間を、今か今かと待っていた。

 さて、寺の入り口に座り込む、黒い肌の男。頭から生える2本の角は避雷針の如く長く、鋼鉄のように鈍く光る。その背ほどもある長い長い髪は寺の入口にするりと流れ落ちる。その神、名をジュラと言う。雷を操る金剛杵を持つ神はたった今、人の世に降りてきたばかりであったが、降り立った寺の座り込んでは、奇妙な客人たちをぼうっと眺めていた。とはいえ、追い出すつもりはない。あの子らは、単純にこの大晦日という区切りの日を、この寺の前で、星空を眺めながら迎えようとしているだけなのだから。
 ふと、車から降りてきたもう一人の男に、目を向けた。その男の名は、ワゴンと云う。この特段招いたわけではない客人のひとりであり、雅楽師であるそうな。さらに黒衣――スパイダーと云う人形師がひとり降りて来ては、ふたりで寺と神仏に頭を下げた。
 次に、車からみなでかこむのにちょうど良い大きさのテーブルを広げ、その上にガスコンロを置き、大きな鍋を置き。神は頷いた。あれは、年越しそばというものなのだろう、と。
 カチチチチ、という音と共に、ボウと点火する。鍋の中にたっぷり注がれた水が、徐々に、徐々に熱されていく。雅楽師が野菜を切る間に、黒衣はもうひとつのコンロでそばにかける汁の準備を始めた。彼ら人の子らは、何ゆえ年を越すのにそばを食べるのか。しかし、そばとは、どのような味がするのだろうか。神はなおもぼうっと、その景色を眺めていた。

 ごぉん、ごぉん。誰かがつく鐘の音に、星に夢中になっていた能楽師はふと、浮世絵師に尋ねた。「ねぇ、ここの鐘、ついちゃだめ?」。どうやら、気まぐれにつきたくなったらしい。「いやぁどうだろう。火の許可はもらってきたけど鐘か……うーん。聞いてみるか」、と。
 絵師が能楽師たちを連れてやってきたのは、寺の前を陣取る神の前であった。彼らが跪いたのをみて、神から声をかけた。「いや、かしこまらなくていい」、と。それを聞いてすぐに絵師は立ち上がり、けれど一度礼をして、神へと尋ねた。「ここの鐘はついても良いのでしょうか」、と。神は頷く。「構わない。だがその代わり、お前たちの食うそばを一杯くれないか」。その言葉に、絵師はにっこりと笑っては頷いた。「えぇ、もちろん。ほら、お礼を言えよ?」。促されれば、能楽師たちも頭を下げて礼を言い、我先にと鐘を突きに行った。

 「お前の連れは、元気だな」。神が絵師の前まで歩けば、絵師は笑う。「元気すぎて、俺に扱いきれない時もありますが、これ以上なく喜ばしいことです」、と。絵師が雅楽師と人形師の元まで神を連れてくれば、雅楽師もまた歓迎し、穏やかに微笑んだ。
 ぷくぷくと沸騰する湯から、もくもくと湯気が立つ。人形師が汁を作る横で、雅楽師は持ってきた麺をゆで始める。じゃわじゃわと一瞬、泡が強くたっては、吹きこぼれぬよう、くっつかぬようにかき混ぜる。それと共にそばの淡い香りがふわりと広がり、神は地に降り立って初めの日、今まで知らなかったはずの空腹というものを覚えた。

 ごーん。ごーん。きゃあきゃあと戯れながら鐘をつく子たち。どこもかしこも満員の神社仏閣だが、こんな贅沢合っていいのだろうかと、雅楽師はぼやきながら、ゆであがった麺を器へと移す。そこに、あたたかい汁がかけられ、ネギが乗せられる。
 「おーい、できたぞ。そろそろこっち来いよ」。絵師の一声に能楽師たちが走ってきては、神と共に席に着く。「今日は車なので、酒はないのです。もっともてなせたらよかったのですが」、と雅楽師は神の前にそばと箸をおくと、「いや、気にすることはない。私も、降りてきたばかりなのでな」、と笑った。

 どぉん、どぉん。時計が0時を指せば、1月1日。年の明けを知らせる大花火が空を彩り、そして彼らもまた、年を越して初めての言葉を口にした。「あけましておめでとう」、「おめでとう」、と。
 「それじゃあ、食うか。頂きます」。絵師の音頭に、皆が皆そして、神もまた、「頂きます」と声を合わせては、箸でそばをつまみ、ずるっとすする。冷え込んだ体に、じんわりとしみこんでいく汁が、たまらない。

 「……旨いな」。つい神の零した言葉に、人の子らは「おいしいね」、と。人と、神は、あたたかなそばひとつを分け合っては、初笑いを迎えた。