玄関の扉を閉じて作った密室で二人きりになり、呑気に「お腹すいたぁ」とか言ってる神家の背中にぼすっと体当たり。まあまあな強さでぶつかったのに神家はブレることなくその体勢を維持し、言葉を止めて後ろを振り返った。肩越しに目が合い、丸く見開いた目がパチパチと瞬きをする。
「えっと、……おかえり?」
「おまえも一緒に帰って来てんだろうが」
「うん、そうなんだけど、……俺もぎゅってしたいから正面からくっついてほしいかも」
「やだ」
短く返して体を離し、神家がこちらに体を向けるより先に靴を脱ぎ散らかして部屋に上がった。もう、だか、わあ、だか、聞き慣れた言葉をテキトーに聞き流す。
部屋の中に荷物を置いて上着を脱ぎ、キッチンのシンクで手を洗って流れで冷蔵庫を覗いていると、ようやく玄関から上がった神家がさっきの仕返しのようにオレの背中にくっついた。「邪魔」と言い捨てたところで、コイツが簡単に離れるとは思ってない。
「夜ごはん何にする?」
「昨日の残りのカレー」
「え、昨日カレー作ったの? 教えてよ、食べに来たのに」
「なんでテメェに教えなきゃなんねえんだよ」
「一緒にごはん食べた方がおいしいじゃん」
「知るか。変わんねえよ」
「絶対変わるって。あっためるの俺やるよ。愛情も追加しといてあげる」
「……バカじゃねえの」
呆れた声で言うと神家は楽しそうにくすくすと笑ってオレの後頭部にキスをした。さっさと離れろとか、動きづらいからくっつくなとか、言うべき言葉は思い付くのにそれを声には出さなかった。二人きりの部屋の中でだけ、心臓の鼓動が正しくリズムを刻んでいる気がする。
「昨日一人で食べたカレーと、今日俺と食べるカレー、どっちが美味しいかジャッジしてね」
「……二日目のカレーはうまいって相場が決まってんだろ。一日目が不利だ」
「じゃあ別バージョン。仮の話な。今日カレーを作って俺と二人で食べるだろ? んで、明日、二日目のカレーを麗一人で食べるとしたら? 俺と一緒の方が美味しくない?」
「……」
神家と一緒に過ごした後は、いつもなんとも思わない一人の部屋が寂しく感じる。食事のおいしさなんて気にしたことはないけれど、神家と食べたカレーを一人で食べることはきっととても寂しいだろうと、そう思った。やっぱりこれも声には出さないけれど。
「俺は麗と一緒に食べた方が絶対に美味しいから、今日のカレーはめちゃくちゃ美味しいんだろうなって思うよ。しかも麗の手作りで、二日目! あ、今おなか鳴った」
「ふ」
「うそ、聞こえちゃった!?」
オレの背中にくっついたままの神家のおなかの音は耳をすませなくても体が拾っていた。オレが小さく溢した笑い声も、神家には聞こえてしまっているようだ。おなかに回った腕をぱしぱしと叩くと拘束が解かれ、でも狭いキッチンの中で神家はオレから離れようとしない。くるりと体を反転させれば神家の口元が目の前にあった。少し背伸びをしなければ届かないことがいつもムカつく。
「わ。……可愛いことしないでよ。ごはん食べるんでしょ?」
「腹減ってんのはテメェだろ」
「麗、まだお腹空いてない?」
「空いてる。さっさとカレーあっためろ」
「もう一回」
「カレーがうまかったらな」
「絶対美味しいから、先払いで」
腕で作られたオレ専用の檻の中、ちらりと視線を上げると神家のバカが頭ん中ダダ漏れの顔でオレのことを見つめていた。お腹空いたって言ってたのは神家なのに、腹に溜まらないもんが欲しくて仕方ないって顔。
「麗、お願い」
体格差もパワー差もあるのに、無理矢理どうこうしようとしないバカ犬が可愛くて可愛くない。よし、なんてわざわざオレに言わせんな。本当に嫌だったらこんな腕の中で大人しくしてるわけねえだろ。
「……やだ」
「絶対?」
「……」
「あと一回だけ、そしたらごはんにするから」
バカ犬、言わなくても分かれ。奥歯を噛んでキッと睨み上げると、神家はキョトンとしたあと、ようやくオレの言いたいことが分かったようでにこっと表情を緩めた。顔が近づいて来て目を瞑ると、こつんと、優しく額がぶつかる。
「キス、してもいい?」
「は」
分かったんじゃなかったのか、このバカ。驚いて目を開けた途端、はかったように唇が塞がれた。驚いてる間に舌が滑り込み反射的に「んっ」と甘い声が漏れる。ぼやけた視界で神家の瞳がゆるく細められたのを見て口の中を探る舌に歯を立てた。
「いっ……たぁ! ほんきでかんだ!?」
「ばかみや、しね」
「だって麗が言ってくれないから」
グーパンを神家の腹に打ち、腕の力が緩んだ隙にそこから抜け出してキッチンから離れる。良いところに入ったらしく神家はその場でしゃがみ込んでいた。いい気味だ。
「さっさとカレーあっためろ」
「はぁい……ちなみにほんとうに痛いからね……」
「自業自得」
「はい……」
放っておいて部屋に戻りビーズクッションに体を埋めてテレビをつける。興味のないニュース番組を流しているうちに空腹を刺激するいい匂いが漂ってきた。
きっと昨日のカレーより、今日のカレーの方がうまいだろう。理由はたぶんひとつじゃないけど。
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