moto
2025-04-01 22:03:56
1522文字
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Spring has come

さまささワンドロワンライお題「引越し」「桜」


 腹に重い衝撃をくらい、ぐえっと呻き声を上げて目が覚める。部屋は暗く、カーテンの隙間から漏れる光もまだない。ととと、と軽い足音がし、ベッドの傍に置いてあるキャットタワーのてっぺんから白い塊が簓を覗き込んでいる。身体をユラユラと動かし再び簓の腹に狙いをつけているのは明らかである。「わあ〜!左馬刻!たんまたんま!」慌てて簓が飛び起きると、左馬刻は姿勢を正して座り直し、フンと鼻息を吐いた。ととと、とキャットタワーから降りて、寝室のドアの前で簓を振り返り、にゃあと鳴く。簓は大きくあくびをして、ふさふさの尻尾をピンと立ててずんずん歩く左馬刻のあとをついて行く。キッチンに立つ簓の周りをぐるぐる回る左馬刻の鳴き声はしだいに大きくなっていく。カリカリを器に盛る音でそれはクライマックスを迎え、左馬刻の前に器を置くとすぐにやんだ。左馬刻が目の前のご飯に夢中になっている間に水を変え、猫トイレの掃除をする。新しい砂を追加してキッチンに戻ると、左馬刻がシンクに上がり再び催促の鳴き声を上げる。新鮮な水に変えたというのに、器からではなく水道の水を飲みたがる。「はいよ〜」言われるがままに細く水を出してやると、舌を伸ばし器用に水を飲んでいる。簓は目覚めのコーヒーを入れるためにコーヒー豆をマシンにセットした。スイッチを押すと豆を挽く大きな音が響くが、左馬刻は我関せず、水を飲み続けている。いつもの朝の光景である。引越しをして環境が変わることで、左馬刻が不安がるのではないかと心配していたが、実際、左馬刻は引越したばかりの部屋を身を低くして気が済むまで確認すると、簓の膝でゴロゴロとくつろいでいた。翌朝からはいつものルーティーンをこなしているので、簓はほっとしている。コーヒーの良い匂いがただよってくる頃、満足した左馬刻は窓際のお気に入りの場所へと向かう。簓もコーヒーを入れたマグカップを持ち、左馬刻のいるキャットタワーの隣に立つ。カーテンを開けて少し窓も開けると、明け方の気持ちの良い風が左馬刻と簓を撫でていく。「春やねえ」近くの公園の桜の匂いも風に混じっているようだ。「一緒に桜見たいなぁ」来週、健康診断のために左馬刻を病院に連れていく予定だ。タクシーではなく徒歩で行くことにしよう。左馬刻は桜に興味があるだろうか。簓と同じ高さにいる左馬刻の身体に顔を埋めると、ゴロゴロと喉を鳴らす振動が伝わってくる。ふふふと笑って顔を上げると毛がわさりと張り付いた。
「ほんま春やわ!左馬刻、風呂入らな!」
 換毛期を迎えた左馬刻は、察し良くすばやくキャットタワーから飛び降りた。

 はっと目が覚める。まだ毛が張り付いている感覚がして頬をこすりながら身体を起こす。「ええ夢見たな」へらへらと笑いながら寝室を出る。見慣れない廊下、見慣れない部屋。ダンボールがそこかしこにあり、雑然としている。
「よお、起きたか」
 キッチンでは、左馬刻がコーヒーを入れている。まだコーヒーメーカーも何もかもダンボールから出ていないが、コーヒーを入れる道具だけはなんとか取り出したようだ。近所で見つけたパン屋で買った山盛りのパンが本日の朝食である。どれも美味しそうで選べなかったので買えるだけ買った。左馬刻と半分こすればいろんな種類が食べられる。左馬刻と迎える朝は何度もあったが、一緒に暮らすことになったこの部屋では初めてだった。
「今日は買い出しに行かねえとな。食料と、他にも」
 後ろから抱きしめると、ゴロゴロと喉を鳴らす代わりに「なんだよ」と笑う。もうすこし屈んでもらって、その髪に顔を埋めたい。
「桜も見よな」
「近くの公園にあったから、いつでも花見ができるな」
「最高や!」