meirai
2025-03-31 19:13:47
5657文字
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深幸のユメマクラ討伐報告

※②の重い過去(トラウマの再現)があります。

 ゾワッとする悪寒と同時に、足首を掴まれたことを認識した。

 目を開けると、そこは暗闇だった。
 ここが一体どこなのか、皆目検討もつかなかった。一つだけ分かるのは、隣にいる子が小さな声で「大丈夫、大丈夫だからね。みーちゃはねーねが守るからね」と、震えながらも抱きかかえて必死に守ろうとする存在がいることだった。
 誰?誰なの?この人は。と頭が混乱する。私の力ではこの小さな存在を傷付けてしまいそうで、パニックで暴れそうになるのを必死に抑えた。
 抑えた結果、分かったことがさらに増える。どうやら、私の身体はかなり小さくなっているのだ。それこそ、4歳児くらいの。そして、身体を動かそうとしても、今の私の意思では全く動かせなかった。その代わりと言わんばかりに、この身体が抱く恐怖心と謎の感情を強く感じる。

 そこでふと思い至る。
 私には、小学校に入学するまでの記憶がない。いつの間にか施設にいて、それ以前のことについては何年か病院に通っても一向に思い出すことがなかった。病院の先生にも無理に思い出す必要はないと言われたので、私も思い出すことはないだろうと思っていた。
 だから授業で家族のことを調べよう、という課題があったときに施設長に家族のことを聞いたのだが、施設長からは「親族は事故で亡くなったと聞いている」としか聞いていなかったので、長い間ひとりっ子だと思っていた。(その時の課題は結局施設長を親、同じ施設に住む子達は兄弟として大家族です、ということで提出した)
 だがあるとき突然連れて行かれた法事で、どうやら私には姉が1人いた……らしいということが分かったことがあった。
 目の前のこの子は、その遺影の子なのではないか?そして、この謎の感情は家族愛とやらではないか?と混乱する思考の中で結論を叩き出したところで、大きな怒鳴り声と、何かの破壊音が近くで聞こえ、再び身体が震え、恐怖心が大きくなった。

 私は、ずっと怒鳴り声が苦手だった。特に男性の怒った声が苦手だ。まさに、今のような。ドタドタと何かがぶつかるような音に続いて、ガシャン、と、何かの割れる音、女の人の悲鳴なのか怒声なのかわからない声も続く。辛うじて女の人は「出ていけこのバケモノ!!」と、「通してなるものですか!!」と言っているように聞こえる。男の人の声は、大きい声で怒鳴っていることしかわからない。
 なるべく意識を逸らそうとしてもどうしてもその2人分の怒鳴り声が耳をつんざく。耳を塞ごうにも、相変わらず身体の自由は利かなかった。
 暗闇の外からドッと強い衝撃が走る。どうやらクローゼットか何かの中に入っていたのだと、ようやくわかる。隣の姉だと思われる温かな存在から、小さな悲鳴が漏れる。同じく悲鳴を上げそうになった私の口が目の前の姉と思われる子の小さい手で塞がれる。
 2回、3回とまた更に衝撃が来る。衝撃が来るたびに、光が入り込む。いつの間にか怒声は止んでいた。そして、何度目かわからない衝撃が来る中で、目の前の子を黒い何かが貫いたように見えた瞬間、私は意識を失った。

 しらない。わからない。こんなのは、存在しない記憶でしかない。……そのはずなのに、身体の震えと涙が止まらない。この記憶らしきものが、過去の記憶なのではないか、という疑念が生じる。払拭出来る材料がなく、先程見た記憶を思い返そうとする度に頭の中で警鐘が鳴る。
「あ、や、やだ、何この記憶……?」

 声が出てやっと、今の私の声が出せることに気がついた。身体も元の大きさに戻っていた。感情と言動が乖離する。


 場面が変わる。私が入隊前にいた施設だった。身体の自由は利くはずなのに、上手く動かせない。感情が未だに先程の場面から離れられていないからだろう。
 忘れたはずの、嫌な記憶がよみがえる。
 ご飯をいっぱい食べると怒られた。タダ飯喰らいの穀潰しと言われた。だからいつもお腹が空いていた。
 背が伸びても怒られた。常に背中を丸めるようになった。それでも揶揄われた。のびのびと伸びていく自分の身長を呪った。自分のことがどんどん嫌いになっていった。
 目が悪くなった。黒板の文字が見えなくなったので眼鏡を欲しいと言ったら殴られた。結局眼鏡は買ってもらえなかった。先生の声と、黒板に文字を書く時の手の動きでどうにか授業についていった。
 力だけはあったから、重たい荷物を沢山運んだ。それでも、大声を出されると驚いて物を落としてしまい、そのせいで壊してしまうこともあり、また怒られた。
 挨拶は無視された。そのうち施設内で挨拶をする人は誰もいなくなった。
 挑戦しては失敗し、失敗を揶揄われ、あらゆることを否定され続け、自分自身でもその否定されたことを否定し覆すことが出来ず、一番信じられないのは自分自身になっていった。

 怒鳴られる。手が、身体が、心が震える。元からない自信はどんどんなくなって、声が小さくなり、私の声は誰にも届かなくなる。

 先程の惨劇での怒声は間違いなく私を、私達を守るためだった。
 でも、幼かった私は親が殺された衝撃とその恐怖を混同し、それから心を守るために記憶の底に封じ込めたことによって『理由はわからないが、男性に怒鳴られると震えて動けなくなる』PTSDを発症した。受け入れ当初は施設に余裕があったので、何度か通院させてもらい、症状が落ち着きはした。落ち着きはしたが、トラウマとして症状までは行かずとも、苦手意識は残り続けた。
 そして、施設が何らかの理由で経営難に陥り、大人達の心に余裕がなくなってくると、そのストレスの捌け口は自ずと弱い者に向かう。その悪循環の渦中にいたのが私だった。
 怒られれば怒られるほど動けなくなるのには理由があった。今思えば私は悪くなかった。

 今になって理解はした。理解はしても、納得は出来なかった。そこに愛はなかった。


 結局、私は誰からも愛されていないし、愛してくれた人ももういないのだと見せつけられたようで、死にたいと思った。消えたい。ここから逃げたい。楽になりたい。
 そう思えば思うほど足元からドロリとした何かが這い寄って来るような感覚に襲われる。


 いつの間にか右手に戦斧が握られていた。

 ああ、そうだ。これで楽に─────

 そう思い、喉に刃を当てようとした瞬間、左頬がパシリと叩かれたような衝撃を受けた気がした。
「あぐり、さん」
 そう。そうだ、何故今までひとりぼっちだと思っていたのだろうか。こんな私なんかを好いてくれた、私なんか、いや、私がいいと言ってくれた。受け入れてくれて、認めてくれて、自信を持てって言ってくれて、あぐりさん自身が傷付いてまで周りの人の評価も上げてくれようとしてくれていたではないか。
 私にはあぐりさんがいる。
 死ねない。死にたくない。負けたくない。生きていたい。……期待に応えたい。
 もっとあぐりさんと2人で美味しいものを『美味しいね』って言い合いながらいっぱい食べたいし、もっと色々綺麗な景色を見ていたい。
 あぐりさんには既に相棒さんが居るけど、隣で戦って『背中を預ける』って言われたいし、『ありがとう』って言われたい。自信を持ってあぐりさんの隣に立てるように、もっともっと強くなりたい。
 他の人は怒ってるみたいだって言ってたけど、照れた顔とか、笑った顔とか、穏やかな顔とか、隣で安心したように寝てる姿とか、他にももっといろんな表情を見ていたい。
 それに、あぐりさんの怒ってる顔は……実はちょっと怖いと思うけど、それだって誰かのためを思っていたり、敵に対して怒っているのであって、私に対して理不尽に怒っているわけじゃないから安心出来る。
 だからもっと楽しいね、面白いねって、いろんなことを沢山共有して笑い合いたい。
 私は、あぐりさんに出会ってからどうしようもない我儘で欲張りな人間になってしまったのかもしれない。
 凛々しくて、逞しくて、頼もしくて、麗しくて、素敵で、可愛い憧れのあぐりさんの姿を、もっと、ずっと、いっぱい見ていたい。
 辛いこともあるかもしれない。でも、辛くても良いから向き合いたい。きっと、きっとあぐりさんと一緒なら、どんなことでも乗り越えられるから。
 
 だから──────

 そう決意すると足元から這い寄っていたドロリとした何かが霧散して、ぐん、と意識が浮上する。

 目が覚めると足元に黒い手があって、それが私の足首を掴んでいた。
 ベッド横に置いていた戦斧をなんとか手繰り寄せ、その黒い手を押し切る。

 その黒い手の敵が霧散するのを確認してから、つい手癖で眼鏡を触ろうとすると、眼鏡を掛けていないことと、ぼたぼたと涙が溢れていることに気付く。夢で感じた感情が、現実でも反映されているようだった。
 ただ、そんな涙とは裏腹に、心はとても晴れやかだった。
 大声を苦手に感じることは変わらないものの、トラウマを克服した気分だった。
 今すぐにでもあぐりに会いに行きたい気持ちでいっぱいだったが、時計を見ると真夜中で、さすがに迷惑な時間だったので今は諦める。
 朝になったら討伐報告をしてから、あぐりさんのところに行こうと決め、再び眠りに付いた。


──────────────
〜 蛇 足 〜

 今晩の悪夢で久しぶりに施設について思い出したからか、休憩時間に施設のことを改めて考えていた。

 あらゆることを否定され続け、生きている意味がわからなかったが「稼げるようになったら必ずお金を施設に入れろ」と言われていたので、そのために生きなければいけないと思っていた。
 無駄に背ばかり高くなったものの、不細工で愚図でノロマで不器用で、怒りと嘲りの感情以外を機微に読み取ることが苦手で冗談もよくわからない空気の読めない私には、華やかで煌びやかで、もの凄くキラキラした夜の仕事とか、広くメディアに出る仕事は絶対に出来ないと思っていた。なので、容姿に関係なく、馬鹿力を活かせ、なおかつ滅多なことではクビにならない職業を探した結果、軍の学校にたどり着いて今に至った。
 一人でも出来、馬鹿にされない勉強は好きだったし、少し施設から物理的に離れたかったので、悪い言い方をすれば私にとって好都合だったのだ。
 身体を鍛えるのも、誰かの役に立てると思えば苦じゃなかった。
 細かい指先の作業は苦手でも、戦斧を振るうだけならそんなことは関係なかった。
 初めて敵を倒した時は吐いたけど、その後、私にも出来ることがあるのだと分かって嬉しくなった。
 私にはこれしかなかったけど、逆に言えばこれだけはあった。

 それに、良くも悪くも入隊してからずっと仕送りをしていた施設はいつの間にか潰れていた。
 何年目かの夏頃に仕送りをしようとしたら送金が出来ず、施設の電話番号に電話しても繋がらず、銀行の人に確認をしてもらったら送金先がなくなっていたのだった。
 連絡先は、入隊してしばらくした冬に誤ってケータイを落として壊してデータがほとんど消えてから、聞くに聞けないままだったので、辛うじてその時はあったHPに載っていた電話番号を登録していたので残っていた。
 登録しただけで連絡はしたことがなかったが、問題が起きて初めて連絡を取ろうにもその番号と繋がらなくなり、他の連絡先も知らないままだったのでどうすることも出来なかった。
 その年の休暇は長めの休暇を丸々施設に帰る時間にあてて良いと許可をもらったため、帰省した。施設は未確認生命体によって破壊されていた。そういえばその年、攻撃的な未確認生命体が発生していると言っていた。
 近所の人に施設について詳しく聞こうとしたが、近所も瓦礫撤去等で大変なことになっていて、それどころではないようだった。
 それでもどうにか聞いた話だと、未確認生命体の襲撃があったあと、施設の金銭に関する不正が発覚し、そのまま閉鎖したらしい。そこに住んでいた子供達の半数がその襲撃前に脱走、残る半数は襲撃でもなんとか生き残り、別の施設に行ったり就職したりして、奇跡的に未確認生命体による被害者はいなかったらしい。
 それに安心した反面、近所の人すら詳しく知らない現実に少し悲しくなった。
 通っていた学校に行っても、施設の人に関する連絡先を知っている人はいなかった。
 同じ施設出身の子達とはあまり会いたくなかったから会わなかった。

 戸籍上は、鬼籍に入った両親のところにそのままだったので、完全にひとりになった夏だった。
 薄情なもので、施設がなくなって私は安心してしまった。
 もうお金を要求されることもないし、怒られることもない。色々と否定されることも無くなると思うと、むしろ気が楽になった。

 軍に入ることが出来た時点で、食も金銭も……そして身分も困らないというのが約束されていたのも大きかったのだと思う。

 そして、その軍に入ったことであぐりさんに会うことが出来たのだから、軍に入って本当に良かったと心から思った。
 怪我をするのは心配だけど、それだって信念に基づいて戦った結果の勲章のようなものだからカッコいいと思うし、その心配を差し引いても有り余るくらい今が凄く幸せだから、この幸せな時がずっと続けば良いのにな、と思う。
 今朝、朝イチで会いに行ったとき、(いきなり抱きついてしまったので)あぐりさんは驚いていたけど、そこまで嫌そうじゃなかったのも嬉しかった。
 毎朝の習慣にしたいくらいだと思う。
 ……さすがに怒られるだろうか。
 いや、今考えるとちょっと周りの人の目が恥ずかしいからやめたほうが良いかもしれない。
 そんな普通の学生のようなことを考えられていることにも多幸感を覚えつつ、仕事中なのだから気を引き締めなければと己を律し、業務に戻っていった。