rkrn枝たち

ワンドロお題「桜」
雑、高、尊で高視点
雑療養期間三年のうち、一年半ほどが経って雑が動けるようになったあたりの話です
⚠︎尊の体調不良があります

枝たち

 若い枝は傷つきやすいのだ。そう誰かに言われて、
(あの諸泉が、そんなことあるものか)
 と高坂は疑った。
 しかし、手で触れた額は今にも発火しそうなほど熱く、上がる息はただひたすらに辛さを想像させ、高坂はこの自分より小さな体が、今までずっと、ずっと内側に溜め込んでいたものを見たような気がした。
 手に触れ、手折り、処置をしないで飾れば触れた箇所から腐食する。だから桜の枝は決して安易に触れてはいけない。伸び盛りであればなおさら。
 高坂は水桶の中へ突っ込んでいた手を取り出し、膝の上でぎゅっと拳を握った。中に入れてあった手拭いは先ほど取り替えられて額に乗り、諸泉の熱を冷やしたが、直接的には楽になることはなかった。薬が効くまで、しばらくの気休めである。
 ──今朝、雑渡の包帯を巻き終えた諸泉の体がぐらりと傾いた。青ざめた顔、ひどく熱い体。
「とうとう尊奈門が倒れた」
 と、山本や高坂の元に知らせが届いた。庭の桃色が咲き誇り、ちょうど鍛錬という名の、体を動かす練習中である雑渡に桜を見せたいと皆で言っていたばかりのときだった。
 諸泉と一番背丈の近い高坂が寝室まで諸泉を運び、布団に寝かせた。雑渡と山本は廊下へ出て、なにやら話をしていた。高坂にはわからない話であった。ただ己のまえにいる生命体が、か細い息でぜえぜえと苦しんでいるのを見ることしかできなかった。
 そのうち医師がやってきた。タソガレドキや城のお抱えである。腕はたしかで、外傷から内臓の状態まで、なんでも看ることができた。案の定医師は「過労です」のみならず、さまざまな薬や食事療法の徹底を告げた。この時期は季節の変わり目で、昼に桜吹雪だと湧いていれば、すぐに夜になって風の冷たさを知る。過労に加えて体調の不良を起こしやすい。他のタソガレドキの村の中にも、似たような症状の子どもたちが複数人いる。医師はそこを一軒ずつ、これから回るのだろう。忙しそうに長屋をあとにした。

 かくして部屋には高坂と諸泉が残された。高坂はじっと弟分を見て、このいつもは溌剌はつらつとした顔や声がいっさい失われた部屋が薄ら寂しく思えた。天井や壁が、じわじわと迫ってくるような。それでいて、じっとしていてもまた、畳から這い出してくるような。
 う、と声が聞こえ、「大丈夫か」と問うた。「ごめんなさい」ともう一度聞こえ、さらに諸泉は泣きそうな声を出す。
「高坂さん、鍛錬もあるのに」
「気にするな」
……今日せっかく、小頭に外を歩いてもらう日だったでしょう?」
「雑渡様もお気になさっていない」
 弱気な態度を微塵も隠そうとせず、布団の中から弱りきった双眸を見せる。高坂はわざと聞こえるように、強くはっきり言った。
「お前が休んだくらいで、予定は覆らないから大丈夫だ。安心して休め」
「ええ、でも私もお供したかったです」
「この熱の様子じゃ、その予定は来年まで持ち越しだ」
 諸泉は体を起こして抗議しようとしかけ、しかしすぐに背中を丸めて咳をし出す。高坂は横へいって諸泉の背中をさすった。
……高坂さん、は、行かないんですか」
「行かない」
「どうして」
……お前の傷が、癒えるまではいる」
「傷?」
 傷なんて、と諸泉が言葉をそのまま受け取り、不思議そうな表情で高坂を見ていた。諸泉は外傷を負ってはいない。どこかで炎症を起こしているというわけでもない。ただ、傷つきやすいのだ、という、誰かの残した言葉が頭に残ったまま離れない。
 諸泉は今の会話で体力を消耗し尽くしたらしい。横たわらせて寝かせ、汗を拭いてやった。
 ──ずっと、雑渡の看病ばかりの日々で、周りの子どもは先に育ち、教えを乞い、次々と力をつける中、諸泉はこの仕事を平らげてみせると決めた。
 心無いことを言われ、動揺したこともある。「雑渡様は助からない」と陰ながら聞き、悔しくて地団駄を踏んでいたこともある。先に鍛錬を終えた同い年の子どもが、時折雑渡の様子を見にきたこともあった。そうして自由に動ける体が、とにかく羨ましい。しかし自分には、使命がある。そう己を奮い立たせて今日も包帯を洗う。思えば思うほど諸泉の内側の傷は知らぬ間にひろがり、奥行きを生む。諸泉はおそらく無自覚だ、だからこそ体が先に熱で休むことを知らせたのだろう。
 高坂は、まだ幼い故の懸命さに、「無理をするな」と止めてやりたかったのだ。……きっと、「無理などしておりません!」と食ってかかられ、喧嘩になるが。

 夕暮れ。一つ気配を感じ、高坂は振り返った。この足取りはすぐにわかる。
「陣左、代わるよ」
 襖が開いて、雑渡がそこに立っていた。足取りも問題なく、長らく伏せっていたと思えない。ようやく諸泉が苦しげではない寝息に変わり、安堵していたところだった。
「私が尊奈門に無理をさせてしまったからね」
 高坂は激しく首を振った。絶対にそんなこと、諸泉は考えていまい。苦笑いを浮かべる雑渡の肩には、桜の花びらが乗っていた。
「これは私が」
「うん」
「私に、やらせてください。尊奈門には借りがあります」
……奇遇だね、お前も?」
 そう言った雑渡の声音は、少し面白がっているようだった。高坂は小さく頷く。
「私がこの一年以上、なんの支障もなく鍛錬と忍務をこなせたのは、こいつがあなたの世話をきちんとしてくれていたからです」
 雑渡に話しているようにも、眠る諸泉の横顔に話しかけているようにも思えた。面と向かって言えはしない。照れ臭さが勝ってしまう。そういうところは、まだ十代の、いたいけさがあるのかもしれないが、少し生意気なお互いであるからこそ、こういうときにしか本音を出せない。
「小頭の怪我の具合はどうか、火傷の広がりはいかほどか。尊奈門は私に、うるさいぐらい説明をしてきました」
「想像がつくね」
「つきますか」
「お前たちが言い合いながらも、仲が良いところがだよ」
 雑渡がそう歌うように言うと、高坂は目を見開き、次いで曖昧に視線を泳がせた。その様子は、きっと雑渡には笑われているかもしれない。案の定、喉奥を揺らす音が聞こえる。
……じゃあ一緒に、世話を遂行しようか。私は今から尊奈門の様子を見る。お前は水を取り替えてくる」
「ですが」
「陣左、これは共同忍務だ。抜かるなよ」
 雑渡は笑い、言葉で背を押してくれた。それがたとえ雑渡の子ども騙しなのだとしても、高坂は背に痺れを感じて立ち上がることができる。
 ──高坂が水を替え、諸泉の服の着替えを用意する。雑渡が諸泉の体に異変がないかを観察しながら、ときどき声をかけて眠りを促す。諸泉が、少し笑みを浮かべている。
「回復したら、お前にも鍛錬と、陣左と二人での忍務が待ってる。だからじっくり治すんだよ」
 そう話しかける雑渡のやわらかな口調に、諸泉は「やった」と顔を綻ばせ、高坂は引き攣らせる。来年の今ごろは、花見をしながら互いの忍務での様子を言い合っているに違いない。しかし若い枝が折れることはもうない。しなやかに伸び、生き、太い幹となる。高坂は心の片隅ではそれを、わかっていた。