望月 鏡翠
2025-03-30 22:34:00
849文字
Public 日課
 

#1672 「着す 」「口入」「波蝕」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題話


 あれほどの武功を立てた人に与えられた領地が、僻地であるのは全く理不尽なことだった。海に面したその場所は、絶えず激しい荒波が打ちつけている。その波蝕により与えられた土地は、日々狭まっていくのである。
 褒章を賜ったはずなのに、彼は慣れない土地を納め、綻びを止めるところから着すことになったのだ。
 それは紛れもなく悪賢い大臣の口入があったに違いなかった。古狸は新参の将が己よりも重用されることをよしとしなかった。いずれ己の立場にとって変わるという予感を持っていたのかもしれない。
 主人の耳元でこう囁いたのだ。
 あの男は優秀過ぎる。いつか反旗を翻すかもしれない困難な土地を与えて忠誠心を試せばいいという甘言に唆されたのである。
 男は削られ続けていく岩肌を朝夕と見つめた。領民には、その背中は途方に暮れているように見えた。哀れに思うが上の人間が決めたことであり。
 しかし不平を言うことなく黙々と己の領を治めた。治世は厳しくも優しくない。戦さはともかく領主としては平々凡々な類だった。
 しかしその堅実な姿勢に評価はますます高まり、辺境伯として立場は揺るぎないものとなった。
 大臣の思惑は外れたのだ。
 内心を語らぬ男であるが故に、彼が何を思っているのか誰も知ることはなかった。大臣が失脚し、出世してもその岬に朝夕訪れる習慣を止めることはなかった。
 手付かずの岬は日々、削られていった。
 実際のところ男はその土地を愛していたのだ。
 削られてゆく崖の鋭利さ。打ち付ける波が白く砕け、波が立つ。吹き付ける影は痛いほどに強い。砕けて飛んでくる波に塩か砂粒でも混ざっているのではないかというくらいに、肌にぶつかると痛かった。
 それら荒々しい自然の造形を好ましく思っていた。
 それと比べれば、日々削られ続ける領地など大した問題ではなかった。どうせ寿命のある間に、住む場所がなくなるような速度で削られていってしまうわけではないのだ。
 男は今日もまた寂寥の景色に向かって、一人立っている。