スズ
2025-03-30 19:10:33
7904文字
Public あつおさ
 

捨てるゴミ箱を探していた

高校3年の初冬、部活の帰り道で「ツムとの仲とりもってほしいて、3組の女子に言われたで」と侑に報告する治の話

◇リクエストいただいたお題からのお話その2




「なあ、ツム」
「なんや、サム」
「お前、3組の女子と上手くいきそうなん?」
「ハァッ⁉︎」
 素っ頓狂で、迷惑に張り上げられた声。
 真横で歩きながらそれを聞かされ、耳がキンとして、治は両手で耳を塞ぎたかったもののそれは不可能だった。手が塞がっていたからだ。
 片手に湯気を立てたカップ麺。それからもう片方に割り箸。
 学校の正門を出たところにあるコンビニで買ったカップ麺は、コンビニで湯を入れられ、三分も待たずに箸を割った治により、学校の最寄駅までの道すがら、ずずずと音を立てて啜られている。 この通学路は、いまのように東の空がもう夜空になっている遅い時間でもなければ、双子のふたり以外にも稲荷崎高校の運動部の生徒が立ち食いという名の健やかなエネルギー補給をする様をいくらでも目撃できることで有名だった。
 時間がかかる道のりではなく、極端な坂道でもないため運動部の生徒の足では十五分もかからない。長すぎず、短すぎず。育ち盛りの、特に男子高校生には丁度よく、やれパンだ握り飯だ肉まんだカップ麺だと胃の中に入れて、食べ終えるには程よい距離だった。
「いきなり大声だすなや」
「そんなん、いきなりサムがわけわからんこと言うからやろ!」
「いや、わけわからんくはないやろ。日本語で言うたし」
「こっちが日本語わからんやつみたいにすんなや!」
 高校生だ。付き合うとか付き合わないとか。そういう話題で会話することくらいはある。もし彼女がいたならとか、そういう仮定の話も含めて。侑の態度がやや誤解を生んでいるため自業自得だが、侑は特に女嫌いというわけでもない。実際に彼女がいた時期もあり、単に喧しくして自分のバレーの邪魔をしてくる存在は、男だろうと女だろうと自分の世界からの排除対象になるだけだ。好みの女優だとか、好みのグラビアアイドルだとか、通学電車で見かけて思わず「今の子、可愛いかったな」とぼやくこともある。
「その女子から、頼まれた。ツムとの仲、取り持ってくれん?て」
「ハァアアアッッ⁉︎」
 カップ麺のスープがつくといけないと、治のマフラーは侑が巻いている。
 自分の分を巻いた上でさらに重ねて巻く侑に、治は自分のほうが北風に晒されているのに、追い討ちみたいにこめかみに響く声を出され、一体これはなんの仕打ちなのか。
 二度目の張り上げ声に、治は嘆息して半分瞼をおろし、耳がキンとなるのをやり過ごす。さらにずずずっと麺を啜れば、麺はあっという間に姿を消して、割り箸ですくってもすくっても、ついに出てこなくなった。
「あつむくんも私のこと好きだと思うし、それとなくふたりにしてくれへん〜?とか、帰り一緒に帰れるようにしてほしいんやけどぉ、とか」
「そんなん、自分で正面からタイマンで挑んでこんかい!」
「お前がタイマン言うてる時点で、俺を利用したその子はいくらか賢いわな」
「そう、それやねん! サムを使おうとかいうその神経の図太さ!」
「図太いけど、かわいい子やったで。ほら、前までサッカー部の主将と付き合うとった」
「あー? わかるようなわからんような。つーか、かわいい子って。なんやサム、好みだったん」
 治は治で一応、自分が得た情報をすべて伝えないことには公平性に欠けると思ったため、その3組の女子について伝えられる情報はすべて伝えてみたものの、やはり侑の琴線にはかすりもしないようだった。終いには自分の好み云々より、治の好みだったかどうかを確認しだす始末。
 自分の片割れがあまりに潔く興味のありなしで切り捨てる様子に、治は熱々のカップ麺を食べ終えて熱くなってる口から出す息を、ほんのりと白くした。
 実際、客観的に見てかなり可愛い子だったと治は思う。
 目が大きくて、ぱちぱちとしていて、目力が強いから真っ直ぐ見つめられると、ついこちらも反射で見つめ返してしまう。小顔で、小柄で、化粧は治の目から見ればしてるのかしていないのかわからない程度で、どちらかといえば自然体で健康的な可愛さだった。ボブの短めの髪は明るめで、癖っ毛なのかパーマをかけているのか巻いているのか、ゆるくふんわりとした。まるで。
「あれや、あの子に似てたわ。烏野の、翔陽クン?」
 言い終えた一秒後には、治はまるで試すみたいな物言いになったことを後悔する。
 あからさまで、何かしらの意図を含ませたような変な言い方になった。
 それが失礼だとかで侑がキレて喧嘩になるからだとかの理由ではなく、本当にそこに自身の意図があることを、侑に悟られたくなかった。
 ただし当の侑はいえば、治の心中にたどり着くことはなく「翔陽くんみたいってなんやねん。あれか。ちっこくてちょこまか動いて元気で愛想たっぷり!みたいな子が、サムはお好みなん」と実に的外れな返球をしてきたおかげで、治は外からはわからないように安堵した。
「ちっこい子がええとかはないけど。でも俺ら追い回してくるキャッキャ喧しいのよりは、さっぱりしてそうやったで。化粧してもせんでもカワイイく見えるんやろなとか。サッカー部の奴と付き合うてたし運動部にも理解あるかもしれんし、ハキハキしてて、そんな悪くない子やったんとちゃうん」
「ふーーーん……
「なんやねん。その目」
「ほんまに気に入ったんとちゃうやろな」
「せやから俺の趣味やなくて、お前の趣味なんちゃうんて話してんねん。人の話聞けや」
 会話になっているようで、なっていない。よくあることだ。
 歩きながら、治は名残惜しいが仕方ないとカップ麺の汁をぐいと飲み干した。片手で収まる縦長のカップ麺は、腹をすかせた男子高校生には味噌汁と同じくらいあっけなく胃に消える。
 ふぅ、と息をまた吐けば、うっすらとまた白くなった。冬が始まっている。この前、宮家はカーディガンやセーターを解禁し、昨日からマフラーを解禁した。
「烏野、インハイで出てこんかったの、ツムめっちゃ悔しがってたし。特に一年、……やなかったな。二年のあのふたりのこと、お気に入りやろ」
「はぁ? なんやねんお気に入りって。あのなぁ、烏野にイチ負けしてんのは俺だけちゃうぞ! なに他人事みたいに言うとんねん。サムかて、アイツらぶっ潰したらなくらいの気概でおらんでどうすんねん!」
「別に他人事ちゃうわ。こっちは最後やねん。負けっぱなしになんぞしてやるか」
 割り箸を空のカップ麺の器に突っ込み、キャメル色のブレザーのポケットからティッシュを取り出して口元を拭う。
 ティッシュを丸めて、割り箸と一緒にそれもカップ麺の器に押し込み終えたところで、侑はいつのまにか解いた二重のマフラーのうちのひとつを、治の首にくるんと雑に巻きつけた。
 言いながら治の目つきが少し締まったことを察して、侑はなんとも言えない表情をして、治はその輪郭を朧げに捉えた。
 烏野にはもう負けられないという闘争心が、治の中にあること。
 その温度は、侑と変わらないどころかもしかするとそれより僅かに高いかもしれないこと。
 それでいて治の口から「最後」という単語が出てくると、どうしても思うところはあること。
 その辺りが侑の中で混ざっているな、と漠然と察したが、治は言葉を付け足さなかった。まるでフォローするみたいにさらに言葉を付け加えたり訂正することは、どこか言い訳を付け加えるように思えて、違和感があった。

 結局のところ、言葉はいくらつけたり貼ったりしても、上から重ね塗ってもあまり意味を成さない。

 そんなことで納得できるくらいなら、侑は最初から憤るように自分の進路に横槍など入れないのだと、治は他の誰よりも理解しているという自負があった。
 説明してどうにかなるような自分たちなら、むしろここまで一蓮托生と一緒にバレーなんてしていない。バレー部は全国に無数とあるわけで、家から通える範疇に強いバレー部は稲荷崎以外にもいくつか候補はあったのに、こうして同じ高校にわざわざ入り、同じチームでプレイすることを選んだ。それほど、自分たちはバレーとひとつで、バレーには互いに片割れがいた。
 それでも冬に春高を初戦敗退し、春が来る前には治から侑に進路の話を打ち明けた。
 春と夏が来て、秋はあっという間に過ぎて、そしてこれから冬が来る。
 その間にも大なり小なり様々な出来事が二人の身に起こり、二人の周りにも起こり、そうして時間が経つにつれて侑は、少しずつ少しずつ、治とは進み道が別れることを噛み砕き、咀嚼し、飲み込んでいった。
 一切を呑み込まず否定することしかしないままでは、二人がバレーをする時間だけが一刻一刻と少なくなる。そのデメリットを取りたくない一心で、侑は一部を順調に消化したように見せているけれど、それでもまだ飲み込めない部分の方が多い様子だった。

 その侑の様子に、治はどこかで救われているところがあった。

 ずっとそうして呑み込めないでいてほしいと。
どこかでそんな人でなしなことを思っているのかもしれない。
 そう思うと、自分も侑のことは言えず。またどこまでいっても侑の片割れであることからは逃れられないのだなと思う。
「そんでお前はなんて答えたん」
「ほえ?」
「サム曰く、可愛かったとかいう女子に、なんて言うたん」
「〝ツムのやつとええ感じなんやったら、もちろんアイツがいま誰かと付き合うとか付き合わんとか言うタイミングやないっちゅーことも勿論わかっとるよな?〟て言うたら、なんや黙ってどっか行ったわ」
「おい。結局、俺に断らんでも適当にあしらっとるやないかい」
「仮にお前とええ感じになっとるんやったら、それくらいわかって当然の、至極当たり前のこと言うただけのつもりやねんけど。でも万が一、お前がお前のことはなんもわからん子の方がええわ〜とか言ってホンマにええ感じなんやったら悪いことしたなぁってなるし。念の為の確認や」
 カップ麺の器を持ったまま、器用にマフラーを巻き直しながら、治が淡々と言葉を返す。すると侑は「ほんま、サムの言う通りいま俺がそんなんにかまかけとる場合ちゃうてわからんオンナと、俺がどうにかなるとかないわ。アホくさ」と唇を尖らせる。
 そのまったくの興味のなさを確認したことで、治はいま自分が、かなり意図的に淡々と言葉を紡ごうとしていたと気づく。
 気づいて、なんとなく座りが悪く、肩に斜め掛けたエナメルバッグを掛け直す。
「ちっこくてちょこまか動いて元気で、あとなんやっけ、愛想がええとかそういう子? 嫌いとちゃうやろ?」
「まあ、へんに媚びたりしてくる豚よりかは?」
「せやから、もしかしたらツムもまんざらでもないかもしれんと思うて」
「だからなんでやねん。どういう子とか以前に、サムを使おうとしてくる時点でいっちゃん無理やねんて。お前もそう思うやろ?」
「せやなぁ」
「それに俺は、好きなった奴がタイプ、のパターンやねん」
「まるで人を好きになったことがある奴のセリフやな」
 治が言うと、侑は「そらな」などと溢すから、いまいちどこの部分への相槌だったのか掴みかねた治は、視線を真横に振る。
 隣を歩く侑は、夕焼けの余韻が残る夜の空に浮かぶ歩行者用信号機が赤になったばかりであることを確認し、緩やかに歩調を落としていった。
「なんやツム、中学んときの一週間で別れてた彼女のこと、タイプやったんか」
「はぁ⁉ ちゃうわ、だれがあんなん! あれはしつこく食い下がってきたから仕方なく付き合うって言っただけで」
「ほんなら、あの子か。稲荷崎入ってすぐに付き合うた一ヶ月続いた子」
「ないない。あんなん好みでもなんでもないわ! あんな化粧ケバいだけの派手なオンナ」
「最初は〝かわいいわ〟とかなんとか言うてたくせして」
「はん! 部活優先って断って付き合うたのに、部活のこと持ち出されて文句言うてくるとか、話が違うし初志貫徹くらいせえって」
「あとは、一年の秋のときの? あの子は二ヶ月くらいもったか?」
「あれ、二ヶ月もったっていうか? 最初だけ試合観に来てたけど、すぐ飽きて寄り付かんようになって昼休みも一緒に飯食って話してもなんもオモロイことなかったし、ってやっとったら自然消滅したで」
「ならツムの言う〝好きになった子がタイプ〟はどこから来とんねん」
「そ、そら色々あんねんて、俺にも」
「お前、見栄張ってそれっぽく言うとるだけで、自分から好きになったことないんとちゃうん」
「いや誰のための何の見栄やねんッ! ちゃんとあるし!」
 やがて赤信号の横断歩道の先頭に着くと、ふたりは揃って足を止めた。この交差点の信号はやや長い。それでもふたり以外に稲荷崎高校の生徒の姿がないのは、ふたりが最終下校時刻まで体育館に居座っていたからだった。今日は同級生が何人か一緒に残ってはいたが、寮住まいであったり電車でなく自転車やバス利用者で帰り道がふたりと同じく駅まで行く人間はいなかった。
 北風が吹いて、まだタオルドライしきれない湿気を含む金色と銀色を撫でる。
 治はマフラーに首を竦めて、侑はやはり視線を前方の、やや遠くに置いたまま。

「誰にいくら告られたって、なんも意味ないわ。自分から好きになった奴に限って、ちっともこっち向かんし、なんならこっちの気も知らんで離れていこうとすんねん」

 ままならんなぁ、と独り言のようにごちたのを聞き拾った治は、淡々と、という意識を吹っ飛ばしかけて、それでもなんとか顔に出すことだけは堪えた。マフラーで口元を隠せていてよかった。そうでなければ危なかったかもしれない。
 これまで侑が、自分に一言もそんな話をしてこなかったことに対する気持ちと。
 一方で、そんな話題を男兄弟で話をするのかという一般論が渦巻く脳内と。
 ああ、でもこういう話をする日が来たのだという安堵と。
 内側で吹き荒れるものは、カップ麺で満たしたはずの満足感をものの見事にかき消してしまった。
 薄目でしか見ていない、見てこなかったものが、ここに来て一気に火を吹くのかもしれない。そう思うと、治も視線の置き場をまた赤信号に放る他なく。
 代わりとばかりに侑が、視線の照準を治の横顔に合わせた。
 治はそれを気配で察してしまい、余計に隣を見ることはできなくなった。少なくとも信号が変わるまでの間は。
「あんま驚かんやん」
「いや。普通に驚いとる」
「この話、したことなかったもんな」
……聞く必要も、なかったしな」
「サムはどうなん」
「どうなんって?」
「サムも彼女おったことあったよな」
「ツムと大して変わらんけど。どっちも三ヶ月くらいで別れとるし」
 確かに高校生になってから、二人。
 告白されて、たまたま自分の気持ちも「ものは試しやな」などと前向きで、付き合おうかと答えた人数だ。
 けれど高校生2年生の夏が終わる辺りで付き合った二人目の彼女と別れてからは、治は誰とも彼氏彼女という間柄にはなっていない。
 相変わらず告白はされる。メッセージアプリもどこから連絡先が漏れてるのかは知らないが、誘いのメッセージやら直球の告白やらが送られてくるものの、治は一律ですべてをばさりと断っていた。
「サムはよく、他に好きな子いるから〜って断っとるよな」
「手っ取り早いねん。すぐ諦めてくれるし」
「断り文句なだけちゃうくて、ほんまにおるってことはないん」
「ないな」
「嘘こけ。あんな言い寄られてつまみ食いもせんやんか」
「好きな子おってもおらんくても、つまみ食いなんかせんわ。大体、つまみ食いでええよとか言ったって、どうせ根に持たれたり、勝手に彼女ヅラとかされんねんで。メンドクサすぎる」
……人のこと、人でなし呼ばわりする割に、お前もお前で相当やんか」
「テメェと同じ遺伝子のせいやろがい。謝れ」
「どんな理屈やねん……!」
「ツムも同じやろ。最近は全部、コンマ一秒で断っるって、うちのクラスの女子たち言うてたで」
「女はなんでもピーチクパーチク喋って広めよって」
「〝侑くんはきっと本命がおる〟〝同学年のいちばんスタイルいい子らしい〟〝もう大学生の先輩のことがらしい〟〝社会人の女の人って聞いた〟なんて、また勝手に言われとったで」
「あほか。今は春高のことしか考えられへんだけや。ちょーっと考えたら小学生でもわかるっちゅーねん」
「せやな。いまのツムの本命は春高さんや」
 いや、バレーか?
 と自分で言っておいて妙に腑に落ちてしまい、治はうっかり隣にいる片割れと視線を合わせてしまう。
 治は、喉で息を呑み込んだ。
 そこにいた侑は笑っているようで、驚いてもいるようで、それから少しだけ、苦しそうにも見える。
 かと思えば、いつもの片割れと変わらないようにも見えて、治は目を擦り何度か瞬きをした。
「確かに。ど本命やんな」
 ぼやくように言う侑は、ひとり何か噛み締めるみたいにして納得する様子で、一方で治は、一体何がこんなにも侑に複雑な表情をさせているのか、何が、自分の知らないどこかにいる片割れみたいな顔をさせているのか、掴みきれないまま。「バレーが恋人、みたいな話なん?」
 収まりの悪さに、腹の辺りをそわりとさせたまま尋ねると、侑は「それもあるけど、今年の春高はそれだけちゃうから」と軽く左右に首を振ったが、それ以上の言葉を付け加えてくることはなかった。
 バレーだけでもない、と侑が言う。
 あの侑が。
 春高は、バレーボールをするすべての高校生たちのためにある大会だ。青春のすべてをバレーに捧げた人間たちの、宴。バレー以外の何がそこにあると言うつもりだったのか。
 考えているうちに、信号が青に変わる。
 一歩目をふたりは同時に出した。それから。

「いまの本命とお別れしたら、そんときは一回、当たって砕けてみるか」

 横断歩道を渡りながら、侑が言う。息を多く含めていたのか、薄く白さを吐き出しながら。
 その意味を治は言葉通り受け取るものの、やはりすべてを捉えきれていない気持ち悪さを感じる。
 それで言えることといえば「一回ってなんやねん」くらいのものだったが、信号を渡り切った辺りで侑はからりと「一度だけしかあかんとか誰も言うてへんし。何度当たって何度砕けたってええやんな?」と返した。
「まあ、……ほんなら、骨くらいは拾ってやらんこともない」
 やっとそれだけ返して「なんで上からやねん……!」と噛み付いてくる侑は無視し、近づいてきた駅前のコンビニで、治は手に持っていたカップ麺の器をゴミ箱に捨てようとしていたが、やめる。ゴミ箱が溢れかえっていたからだった。
 仕方なく、カップ麺を買った時にもらったビニール袋をエナメルバッグから取り出し、そこにゴミを突っ込んでまたエナメルバッグにしまう。

 捨てなければならないことがわかっているのに今すぐは捨てられない心地悪さは、胸の辺りでざわつく名前をつけてはならないそれを、少なくとも侑が当たって砕けるときまでは捨てることが難しい現状と、よく似ていた。

 捨てたい。捨てたかった。
 けれど治がそれを捨てることができそうなゴミ箱に辿り着くまでには、まだ少しだけ時間がかかった。










リクエスト期間にいただいたリクから書かせていただいたものです。
リクエスト内容はこちらでした!ありがとうございました😊
ひとつめ

ふたつめ