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溶けかけ。
2025-03-30 13:18:02
2079文字
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ほぼ日刊
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かごめ、かごめ
終幕後、恋人設定の二人のお話。
記憶の書き換え要素があります。
「お嬢様。婚約者の✕✕様がいらっしゃっております」
「うん。今行くよ」
春風に髪を遊ばせていた少女はステンドグラスの豪奢な窓を閉めると椅子から降り立った。窓を閉めた際に取り残された風が空の色彩の髪を揺らす。
ああ、なんて綺麗なのだろう
……
。
少女を呼びに来た侍女は、ほぅ
……
と感嘆の溜息をついた。薔薇色に染まった頬に、透き通った鼻梁。どこまでも華奢な身体は見ている者の庇護欲を誘う。神が精霊の依り代として作り出した最高傑作。そして何よりもそれを裏付けるのは空と深海の色をしたオッドアイ。ここ、水の国フォンテーヌにおいても唯一無二の色彩は侍女が幼い頃、恋焦がれた色彩であった。
それが、今、ここに在る。
その事実に侍女は酔いしれる。美しい、フォンテーヌの大スター。訳あって、その名を呼ぶことは憚られるものの、仮の名を呼び、世話を焼けるだけでこの胸は喜びに満ちている。
──例え、それが犯罪の片棒を担いでいる行為だと知っていても。
だが、もう、止まることは出来ない。
──岩は転がりだしてしまったのだから。
「アデル!」
フリーナ──アデルの顔を見た青年が感激のあまり立ち上がる。興奮で頬をそめた青年はアデルに近付くとその手を取った。ぞわり、と肌が粟立つ感覚がした。
「やあ、久しぶり。元気にしていたかい?」
「ああ! これを君に早く渡したくて!」
そう言って、青年が取り出したのは銀の指輪。青年の瞳と同じ黄緑色の石が嵌め込まれ、草花の彫刻が施されたそれは婚約者としての証であった。
「これを
……
君に嵌めてもいいかな?」
緊張した面持ちで、青年はアデルを見つめる。アデルも頬を染めて頷いた。
「じゃ、じゃあ
……
嵌めるね
……
」
ごくりと唾を飲み込んだ青年はアデルの薬指に指輪を通す。きらり、と緑色の石が陽光を受けて瞬いた。
「これで、僕らは婚約者だね。よろしく、アデル」
そう言って、青年は照れくさそうに笑った。石と同じ黃緑色の瞳には自身の姿が映りこんでいた。
────
……
違う。僕が映りたい瞳はこれではない。
ふと、そんなことを思った。
僕が欲しいのは、大好きなのは──
……
。
「アデル?」
名前を呼ばれて我に返る。どうやら考えこみすぎて周りが見えなくなっていたらしい。早鐘を打つ心臓を悟られないように笑みを浮かべる。冷たい汗が背中を流れ落ちた。
「ごめん
……
。あまりにも突然のサプライズで言葉を失ってしまったんだ。無作法を許して欲しい」
「ああ、いいとも。惚けてしまうほど君が喜んでくれたのならサプライズのかいもあったというものだ」
婚約者の青年がアデルの頬を撫でる。アデルの両親、そして、使用人や兄たちもその光景を微笑ましげに見守っていた。
──ああ、悟られてはならない。
警鐘が耳元で鳴り響く。指輪を貰ったときに一瞬だけ脳裏に映った銀と薄紫。
ずきり、と頭が痛む。ザザッ
……
と砂嵐の向こうに垣間見える知らない景色。
──僕は、いったい、何を、忘れているのだろう
……
?
「今日も、か
……
」
ヌヴィレットはとある貴族の屋敷の前で立ち止まると二階の一番豪奢なステンドグラスの窓を睨みつけた。そこにはネグリジェを着て、歌を口遊む少女の姿があった。
「お嬢様!」
侍女がやって来て、少女の手を引いて窓から引き離す。そして、屋敷の外で立ち尽くしているヌヴィレットを認めると目に力を込めてじろりと睨めつけた。
その瞳に浮かぶのは敵意と恐怖。侍女が窓を閉めるのと同時に、槍や剣を携えた屈強な男たちがやって来た。皆、揃いの制服に身を包んでいることから、この家の私兵なのであろう。彼らはヌヴィレットをぐるりと取り囲むと各々、武器を向けた。
「お帰りください。いくら最高審判官であろうと、ここから先には通せません」
房飾りのついたマントを着けた年配の男性が前に進み出る。恐らく、彼が彼ら私兵たちの隊長なのだろう。
「
……
いいだろう。君の勇気に免じて、今回は目をつぶることとしよう。──だが、貴殿らの行いが犯罪であることを
……
努々忘れるな」
ヌヴィレットの瞳孔が丸く、大きくなる。その瞳に睨まれた何人かは武器を取り落とし、その場で尻もちをついて震えがった。
ヌヴィレットは兵士たちを一瞥すると月光を銀糸に反射させながら、踵を返した。カツカツと石畳を踏みしめる音が無機質で冷え冷えとした色を含んでいた。
ヌヴィレットが立ち去り、兵士たちが膝から崩れ落ちてその場に座り込む。ある者は涙を流し、ある者は歯をカチカチと鳴らし、また、ある者は尻もちをついた石畳の下に水溜りを作りながら震えていた。
「私たちは間違えたのだ
……
。あのお方、から
……
フリーナ様、を、取り
……
上げて、は、なら、なかった、のだ
……
」
訥々と隊長は小さく言葉を紡いだ。
龍が五百年間、慈しみ、尊重し、寵愛してきた、どんな宝を積もうと手にすることなど叶わない、たった一つの宝珠である少女。
破滅の足音はすぐそばまで迫ってきていた。
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