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あけみ
2025-03-30 11:22:08
6377文字
Public
SPN(小説)
【SPN】マラクの箱【C/D】
「君を幸せにしたい僕と死にたがりな君へ」に収録しております、一部を公開中。
2024キャス×S14ディーンの話。
ミカエルを器に宿したまま、マラクの箱に入る決意をするディーンの元に2014キャスが現れて……
カスティエルは魔女の言葉を信じていなかった。
クローツに襲われている女性を助け、キャンプ・チタクワで保護した後、彼女が魔女だと知ったのはしばらく経ってからだ。もちろん、このような事実、リーダーでもあるディーンに知られたらキャンプから追い出されるだろう。だから今まで身を潜めていたわけだ。
カスティエルのキャビンに何度か顔を出し、薬をくすねていた。その時、彼女がふと口にしたまじないの話。魔女は一度だけ死から蘇る術を持つという。人にも施すことができるが、蘇りとは違う。意思を愛する者の傍に宿すことができるまじないがある。と、魔女がカスティエルに囁いた。
「貴方は死んだ後も愛する者の傍にいたいと想い人はいる?」
「んー
……
いるねぇ」
ディーンの面倒くさそうな表情を思い浮かべながら、クスリと笑んでからぼんやりと返答した。しかし幽霊のまま取り憑くのは勘弁だと言ってやれば魔女は笑う。
「そんな俗っぽいものじゃない」
精神的なものだ、と。
「今日は気分が良いから、特別に魔法をかけてあげる」
カスティエルの隣に寝転びながら人差し指で鼻先を弾いてから、魔女が言い放つ。冗談半分に聞いていたカスティエルは薄ら笑いをかわし「良いね」と返事した。
まさかその時、本当にまじないを施したなど思いもしない。
リーダーには一生言えないことだった。
× × ×
ディーンは何度目かになる溜息をついた。死神のビリーからマラクの箱の設計図を渡されてから、自身に閉じ込めたミカエルをどうするのか考えあぐねていた。
扉を叩く音は大きく強くなる。ディーンは常に緊張したまま重たい頭痛に耐える日々を過ごしていた。しかし、それも限界だった。無理やり押し込んだ綻びからダムが決壊する寸前だ。日に日に状況は悪くなる。死神から提示された死が二択しかないなら、選べるうちに準備するしかない。
だから今、ドナの田舎にある別荘と小屋を借りている。数日間サムから離れ、籠ってマラクの箱を作る計画だった。これは、つまりミカエルごと自身を閉じ込める棺桶だ。こんなことは、もちろん、サムやカスティエルには伝えていない。彼らがどんな反応をみせるか、決まっている。必死に別の手立てを模索しディーンを止める。そうなったら、自身は彼らを振り切れない。やっとの思いで自死を選んだのだ。
しかし、ディーンを悩ませているものは別にある。
マラクの箱の設計図を片手に運んできた鉄板を作業台に置くと、見計らったかのように男は姿を現した。
『一人きりで小屋に籠って何を作るかと思えば、棺桶かい? 笑えないね』
目の前に現れたのは、随分前にザカリアに見せられた黙示録が起こった世界のカスティエルだ。サムがルシファーの器になり、ディーンがミカエルを拒んだあの世界のカスティエルはジャンキーで全てを諦めたような態度を示し、リーダーであるディーンに従順であった。そのカスティエルが、どうして今のディーンの前に現れるのか。更に面倒なことに、カスティエルの姿が見えるのはディーンだけということ。
ミカエルを脳内に閉じ込めているところに、別世界のカスティエルが現れたのでミカエルが仕掛けたトリックだと思ったディーンは、数日間は相手にしなかった。
しかし、これは。
『その箱、僕も入って良い?』
眉を寄せてニヒルに笑うカスティエルを見て、こんな馬鹿らしいことを堂々と言ってのける彼は本物だと確信する。
「これは一人用だ」
作業台に両手をつきカスティエルを睨んだ。
『僕は質量加算されない』
ヘラっと笑いながら答えるカスティエルの言動はディーンを苛つかせる。眉を吊り上げる表情を見やったカスティエルは、再び笑みを浮かべた。
「なんだ?」
『別に。僕のディーンに似てきたね』
「おい、止めろ。俺はお前のディーンじゃない」
『
……
ごめん、これは言い過ぎた』
カスティエルは、緩めていた口元を引っ込めた。今度は真摯にディーンを見つめる。
『
……
君と僕の世界のディーンは違う』
そうして、ディーンを見つめながら眩しそうに目を細めたのは、ディーンではないディーン・ウィンチェスターを探しているようで居心地が悪かった。
『君は「イエス」と言ったんだな』
ミカエルに器を明け渡したディーンを意外なことのように言い当て、カスティエルは腕を組む。
「あの時は、器になる他なかった。結論は俺も意外と早かったよ」
そういえば、カスティエルは必死に止めたのだったと、思い出す。あの時はサムの命だけではなかった。サムとジャック。そして、その後はカスティエルも殺されていたかもしれない。ディーンは目を閉じ溜息をつく。
「サムだけじゃないんだよ
……
もう、俺には同じくらい大切な家族がいる」
守るために「イエス」と言った。サムだけが守る対象だったあの時とは違う。そう、付け加えると今度は目の前のカスティエルが笑った。
『そう
……
それは良かった』
そうやって気まぐれに彼は姿を消した。こうして、時々ディーンの前に現れては、幻のように消え去るので最初は対処に困っていたが、悪さをするような亡霊ではないので放置した。
「
……
変なやつ」
ディーンは手元にあるマラクの箱の設計図に視線をやると、作業を進める。
そして、その夜はまた悪夢で目が覚めた。
湖に沈んだマラクの箱の中で、ひとりきり。助けを求めても誰も来ない。中から叩いても音は届かない。ディーンは声を上げるも、言葉にできなかった。
机に突っ伏していた顔を上げる。動悸が全身を駆け巡り、両手で顔を覆う。作業中に意識を手放したことは何度もある。もう一人では睡眠も取れないのか。肩を揺らし、溜息をつく。誰かを監視につけて一時間でも睡眠を確保しなければ、身体の方が限界だと悲鳴をあげる。
『添い寝する?』
「しねぇよ!!」
背後に現れたカスティエルに瞬時に振り向いて怒鳴った。反射の速さにディーンも自身に唸る。
前言撤回。やはり、彼は悪さをする亡霊のようなので、狩った方が良いのだろうか。岩塩を用意するディーンは、カスティエルが次に発した言葉に眉根を顰めた。
『ああ、ゴメンね。僕、どうやら幽霊じゃないみたい』
「なら、お前は何だ?」
『君にとっては、幻に近い。僕にとっては、最後の灯火かな』
「亡霊になってもヒッピーか?」
『素面だよ。良い顔しないと思って黙っていようと思ったけど、魔女の呪いだ』
なお悪い。と、ディーンはカスティエルを睨んだ。
『それよりも、さっきの本気だよ』
カスティエルは室内にある椅子に腰かけてから、傍にあるベッドに視線を向ける。
『君が寝ている間は私が見守ろう』
先ほどの軽々しい冗談じみた言い方ではなく、馴染みがある低くしゃがれた声で言い改めた言葉。ディーンは思わず、歩みを止めた。
たったそれだけの言い回しが、自身をどれほど動揺させるか分かっているようで癪だった。
「寝顔を盗み見るな、と言ってもお前には無駄だな」
ディーンは積み重なる疲労で身体が休息を求めていた。ベッドに寝転び、目を閉じる。カスティエルが見守る中で眠るのは久しぶりで、妙な感覚だった。傍に佇むカスティエルの亡霊は黙ってディーンを見つめた。その視線にどんな感情が含まれているのか知らない。彼が何を想って、死んだ後もディーンの傍にいるのかも。
ディーンは睡魔に身を委ねた。カスティエルの傍で眠るのは悪くない。そんなことを思いながら。
× × ×
彼は料理が得意なのだと、初めて知った。
カスティエルはぼんやりと、手際の良い動作でパイを焼くディーンを背後から見つめていた。
アポカリプスの世界では料理を楽しむなど心に余裕がなかったので当然だった。ディーンは、パイ生地にミートとオリーブ、ポテトと一緒につめて上からチーズをのせる。昨日とは違い、機嫌が良いのには理由がある。母親のメアリーと親子二人きりで食事会をするのだという。
『母親が生きているのか?』
カスティエルは驚きと感嘆とする息を吐く。しかし、ディーンは複雑な表情を見せた。
「いろいろ訳ありで、生き返ったんだ。最初はお互い難しい関係だったが、今ではやっと分かり合えてる」
テーブルに皿を並べ終えると、ディーンは布巾をキッチンに置いた。招かれたメアリーは眩しそうに微笑み、並べられた料理に喜んでいた。
「美味しい!」
パイを食べるメアリーを見つめながらディーンも笑う。そこには、遠い世界のディーンが望んでいた光景そのものに見えた。本来彼は、家庭的で穏やかな生活が似合っていたのではなかったか。カスティエルは夜中に銃の整備をするディーンの横顔を思い出す。終末の世界でクローツとの戦いに明け暮れているリーダーを。
(
……
彼も環境が違えば)
などと、思考を巡らせてしまう。今のディーンとカスティエルが知っているディーンは別人だというのに、重ねて見てしまうことを止められないのは、自身の奥深く潜む後悔があるからだ。
カスティエルは、遠目からディーンとメアリーの最後の晩餐の様子を見つめていた。今見ているディーンは穏やかに微笑んでいるが、瞳の奥には強い意思と、諦めが宿っている。あの瞳は、カスティエルもよく知っているものだ。
(彼はずっと前から死ぬつもりだ)
死に対して既に受け入れているのだ。ずっと前からそうだった。リーダーは最後まで足掻いて死を受け入れたが、結局は「諦め」が先だった。
ディーンの中にミカエルが閉じ込められていることに気付いたカスティエルが驚いたのは、その精神力の強さだ。
奇妙なバーの倉庫に閉じ込めている。結界といえないお粗末なものだったが、ディーンの精神がミカエルを閉じ込めていることには変わりない。だが、それも綻びが生じる。
このままでは長くはもたないと、この世界のディーンも同じように諦め死を受け入れている状況が許せなかった。
アポカリプスでは共に死ねることでディーンと寄り添えたが、ここでは人知れず死ぬディーンを黙って受け入れろという。こんなこと、許せるはずがない。
メアリーとの晩餐を終え、送り届けた後。ディーンはマラクの箱を完成させるために作業を進めた。日付が変わった頃、ディーンは睡魔から逃れるために自身の腿にナイフを刺す。
『こんなことを続けていると、死ぬぞ』
苦痛に漏れる声を遮るように、カスティエルが怒りを露わに言い放つ。
「
……
寝たら、ミカエルに支配される」
ディーンは歪めた表情のまま、カスティエルを睨んだ。目元の隈が濃い酷い顔だ。メアリーに見せていた穏やかな顔もただのやせ我慢だったわけだ。何でもない振りをして自分だけで解決しようとする。そういうところが、同じで腹が立つ。
カスティエルは大袈裟に肩を揺らした。
『つくづく、君はすごいよ。あ、これ、褒めてないから』
一日に二時間眠れたら良い方で身体は休息を必要としているのに、精神は削られていく一方ミカエルはその隙を突いてくる。
『ミカエルを受け入れた身体で、コントロールの主導権を可能にした人間はいない』
天使の器として規格外だと、カスティエルは言った。けれど、それも限界が近い。ミカエルを閉じ込めている扉の蝶番が緩んできている。
ここでも彼は自身を追い詰めるのか、とカスティエルは苦渋に表情を歪めるディーンを見つめながら思う。
そのための棺桶か。
『このこと、こっちの僕は知ってるのかな』
「誰にも言ってない」
まあ、そうだろうな。と、カスティエルは言いようのない怒りが沸いた。なんという身勝手な奴だと。それ以上にこの世界の自分に腹が立つ。
何故、ディーンの傍にいないのか。別行動など、ありえないだろ。
『こっちの僕に頼めないのか? 恩寵はまだあるんだろ?』
ディーンは苦笑する。
「キャスはもう飛べないんだ。本人は何も言わないが、たぶん、あいつの恩寵は残り少ないんだと思う」
だから、俺なんかに使って欲しくない。と、ディーンは言う。それを聞いたこの世界のカスティエルは、きっと今のカスティエルと同じように怒るだろう。
ディーンの為に使えない力など必要ない。カスティエルが今のディーンの状況を知れば、躊躇なく全ての恩寵を注ぎ込むだろう。
ディーンの意思の中にいる己なら。と、カスティエルはその時全てに合点がいった。
『ディーン、僕が防ぐよ』
「
……
なに?」
『あの扉の門番をする』
「おい、」
『ミカエルが出ないようにすれば良いんだろ?』
「待て」
『こんな僕でも少しは役に立つはずだ』
「だから、なんで、お前がそこまでするんだ!」
『君の意思に入り込める僕が最適だ』
「これは、お前に関わりのないことだ! 勝手に決めるな!」
『関りのないことだって?』
カスティエルはディーンの顔を両手で包み込むと、目線を合わせるようにディーンを見やった。
『アポカリプスの世界で、君を想いながら囮として無茶な作戦にのって僕は君に従い死んだ』
死んだら君の傍にいられると、狂気的な愛を抱えているカスティエルは、今、目の前のディーンが黙ってひとりで消えようとしている現状を見過ごせるはずもない。そう言ったところで、彼は理解できないだろう。
「
……
死んだ後まで俺の尻拭いかよ」
瞳を緩ませたディーンは表情を歪ませる。今にも泣きそうな顔は、つい最近見た覚えがあった。襲撃前の最後の夜に。カスティエルは目を細めて笑ってから、そっとディーンに口付ける。あの日もこうやって彼に寄り添った。
『約束してくれ。僕が時間稼ぎをしている間に、こっちのカスティエルと会って話をしろ』
君が死んで助かる世界なんて、カスティエルは承知しない。死を受け入れるにはまだ早い。
「キャスに会ったら、決心が鈍る」
『だから会うんだ』
ディーンの決心を鈍らせるものがこの世界のカスティエルにあることを心底羨ましく思った。それと同時に安堵もした。死に急ぐディーンの姿を何度も見てきたカスティエルにとって、生きる道筋に少しでも希望を見出せたとしたら今度こそ、ディーンを救えるかもしれない。脳裏には哀愁に濡れた瞳でカスティエルを見つめるリーダーの顔が見える。
もう、そんな顔はさせない。
カスティエルは目の前のディーンを抱きしめると彼の意識へ消えていった。
× × ×
その日から、ディーンの前にカスティエルの幻が現れることはなかった。同時に頭痛が消え、よく眠れるようになった。
ベッドに仰向けに寝転んだディーンは、そっと目を閉じる。意識の奥底に集中すれば、カスティエルが扉の前で鎮座している光景が見えた。外れそうになった蝶番は新しいものに付け替えられている。
起き上がったディーンはサイドテーブルに置いてある携帯端末を取り出し、着信履歴からカスティエルの番号をタップする。
一度目のコールでカスティエルの低い声が聞こえ、ディーンは苦笑した。サムから事情を聞かされたのか、「今、どこにいる?」「一人か?」「私が必要か?」と、ディーンが答える前にまくし立てる余裕の無さは心底心配した、という訴えだった。
そんなカスティエルの声を聞いているうちに、ディーンはずっと張りつめていた糸が切れたように涙が溢れ出た。自身が思うよりもずっと無理だった。自死するために棺桶を作るなんて、ひとりきりでなんて、ずっと、ずっと限界だったのだ。
ディーンはゆっくり呼吸を整える。
「キャス
……
頼む、助けてくれ」
先ほどまで傍にいてくれたカスティエルを思い浮かべながら震える言葉を囁いた。
終
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