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つぶ
2025-03-30 04:49:17
2192文字
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調律のなされた傍らで
王獄 / ふしぎと似合いのメロディかも
赤松視点のふたり
これは絶対だ。間違いなく、けれど何が間違いないのか分からない。分からないけど、気のせいではない。絶対に、以前と何かが変わっている。
「
……
獄原君ってさ」
赤松はそっと呟いた。ひっそり向けた視線の先には、自分の席に座っている獄原の姿がある。その表情はやわらかい。口元を左手で覆いながらも、堪え切れなかったようにあはは、と、弾けるような声を上げている。
「変わったよね。どこが、とは、言えないんだけど」
呟きつつ確信を深めていく。うん、やっぱり。獄原君、前よりなんか、良いな、って思う。
「良い?」
「うん。良い、というか
……
音色が」
「音色? 獄原くんの
……
曲、ってこと?」
「そう。曲が、
……
そのアレンジが、好みなんだ」
自分の言葉で納得する。そう、彼の音色は前よりも、どこか柔らかく、伸びるようだと。
夏のきらめきのようだと思っていた。たん、たん、スタッカートを効かせた調べに、水のかがやきのような瑞々しさがある。爽やかで、首筋を抜ける風のような軽やかさ。テンポはヴィヴァーチェ。明るく、快活。
赤松の中で獄原ゴン太とはそういう印象だった。夏のきらめきを持つ彼は、だから、何だか放って置けない。明るい笑顔に裏表はなく、けれど、その影は誰よりも濃い気がする。彼が視線を伏せる時、胸によぎるこのざわついた気持ちは、夕暮れに伸びる自分の影がどこか不安なくらい長いと見付けた時のそれに、似ていた。
でも今の彼は。
「
……
。春の息吹、みたいだなぁ」
赤松は思わず呟く。彼の向けるまなざしが、花がほころぶようだったのだ。
あの優しさには、テヌートで表現したい柔らかさがある。ひとつひとつは小さいけれど確かに芽吹く蕾のようで、そこに甘やかさすら感じるのはどうしてだろう。テンポはゆったりと、アンダンテに。歩くような速度で、並び立つのは、
……
。
「あれ?」
隣に並び立てるテンポ。柔らかく伸びた彼の音色は、まるで連弾の為にしつらえたかのように思えた。
「赤松さん。
……
どうしたの?」
ふいに視界に現れたものにはっとする。ゆらゆらと揺れている、誰かの手のひらだ。いや、その人物が誰なのか、自分はちゃんと理解している。赤松はようやく獄原から視線を戻した。
「最原君
……
」
「大丈夫?」
呟いて数分、ぼんやりと見つめ続ける赤松を心配してか、最原が手をかざしたようだった。
そうだった、私は彼と話していたのだ。赤松は大丈夫と返しながら、意識を飛ばしていた自分を恥じて眉尻を下げる。
「ご、ごめんね。最原君と話してたのに」
「いや
……
いいんだよ。それより、ゴン太くんの曲がどうとか、呟いていたけど
……
」
「うん」
最原は、赤松が先ほどまで向けていた対象を一瞥すると、ほんの少しだけ目尻を下げた。
「たしかに、ゴン太くんは少し変わったなって
……
僕も思うよ」
赤松に同調した様子でそう続ける彼に、赤松はぱっと表情を明るくした。
「あ
……
最原君も、そう思う?」
「うん。いつ頃からと言われると、確かなことは言えないけれど
……
」
そこで彼は視線を伏せて、考え込むように左手を口元にあてる。思考を巡らせるときの癖なのだろう。この姿を見ていると赤松はいつもメトロノームを思い出す。かちこちと、等間隔に刻まれる拍が彼の中で止まり、手のひらが降ろされるまでを赤松はじっと見守った。
彼はゆっくりと口を開く。
「印象として覚えているのは
……
王馬くんと一緒に居ることが多くなった頃から、かな」
その頃から、ゴン太くんの笑う声を、よく聞くようになった気がするんだ。
その言葉を聞いた赤松の中で、パチリと音が響いた。パズルのピースが嵌るような、締めくくるフレーズが決まったときのような、それは軽快なリズムだった。
赤松はもう一度獄原のほうを振り返る。彼の座る席、見上げる視線の先には、何かを得意げに話している小柄な背中が、たしかにあった。
彼の曲は、本当に、連弾のために、
……
?
「
……
。そういえば、今度二人はフィールドワークに行くんだって」
「えっ?
……
ゴン太君と、王馬君
……
が?」
「うん」
最原の放った言葉に赤松は少なからず動揺した。フィールドワークということは、獄原の分野の話だろう。それに王馬がついて行くなんて
……
。
「ほ、本当
……
?」
「ふふ。僕も最初は、疑ったよ。しかもその理由が、
……
」
最原が苦笑気味に話した理由を聞いて、赤松はいっそう疑念を深めることになるのだけれど。
かえって納得できる理由でもあった。調律をしていたのは、なにも彼だけの話では無かった、ということだ。
「嘘を吐く昆虫を知っているから、ゴン太くんに会わせてあげるんだって、さ」
――
アップとローを繰り返す、ミスを誘うようなテンポ。なめらかで、隙が無く、他人の入り込む余地なんて作らないような曲を持つ彼が。
「それは
……
」
「嘘。
……
だと思う? 赤松さんは」
なんてゆるい速度で弾くのだろう。なんて分かりやすいリズムを刻むのか。だからこそ騙しているのでは、と、以前ならそれだけを疑っただろう。
けれど、今は。赤松は眉間にしわを寄せながらも、案外本当なのかもしれないね、そう最原に相槌を打った。
あまりにも他愛のない調べはまさに、春の息吹に並ぶ為にふさわしいとも思えたのだ。
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