Hizuki
2025-03-30 00:46:17
2775文字
Public あんスタ[零薫他]
 

Addict

【あんスタ】零薫。月下の王×スコルピオの衣装パロ。スコルピオの毒を求める零の話。設定ふわふわなので、細かいことを気にせず雰囲気で読める方向け。彼の毒で命を落とすのなら、それもまた一興。



長期遠征から帰還した軍を労うために開かれた宴は、飲んで食べての大騒ぎだった。まだしばらくホールではあの騒々しさが続くのだろうけれど、もう離れてしまった自身には関係がない。あとは羽目を外さない程度に、やりたいように好きにしてくれればいい。
静かに閉めた私室の扉を背に、ふぅと大きく息を吐く。ようやく賑やかな場から逃げ出せた。とはいえ、ここで落ち着いている場合でもなく、急いで部屋の奥に足を進めれば、窓際のソファで寛いでいる金色が目に入った。ファー付きの黒の外套とコートは、向かいのチェアの背に掛けられている。テーブルの上のボトルは、以前彼が持ち込んで置いていったものだ。グラスを手に窓の外に視線を向けている姿は優雅でとても様になる。このままもうしばらく眺めていたいと思ったものの、こちらに気付いた彼によって願いは絶たれてしまった。

「こんなに容易くご自身の城に魔族の侵入を許すなんて不用心じゃありませんか、月下の王?」

グラスを置いて立ち上がると、わざとらしい言い回しで両手を広げる。

「来ると分かっておるのに鍵をかけて外で待たせるわけにもいかんじゃろう、スコルピオや?」

毒の扱いに長けた魔族であるスコルピオは、表からは招けない客人。故に、宴のような人の目を逸らせる機会に乗じて彼を招いている。部屋の一番奥の窓の鍵が開いていることを知っているのは彼だけ。茶番のようなこのやりとりも毎度のことだった。

待っておったよ。この状況で言うのもおかしな話ではあるが」
「ふふっ。待ってたのは俺の方だもんね」

そう言って笑うと、彼はまたソファに腰を下ろす。頻繁に会える相手ではないからこそ、その時を心待ちにしていた。そういった機会が設けられることが決まった時点で、その日付を記しただけの手紙を持たせた使い魔を彼の元に送る。正直手紙とは呼べないそれに、書面での返事は返ってこない。代わりにこうして私室に姿を見せることが、彼からの答えだった。
今日に関しては彼の言葉通り。自身が待っていたのは事実ではあるけれど、この部屋で待っていたのは彼の方で。しばらく会えていなかったこともあり、軍の帰還予定が届いた時点で手紙を送った。遠征の帰還を労う宴が開かれることは、恒例のことだったからだ。

「すまぬの。抜け出すのに少々手間取ってしまったのじゃ」

今回の遠征は大規模なもので、全員に労いの言葉をかけ終えた頃にはもうそれなりの時間が経っていた。そろそろ部屋に引き上げようかと思ったタイミングで陽気になった皆に捕まり、側近の護衛にその場を任せてどうにか抜けてきた、というのが現状だった。堅苦しい正装のボタンを外しながら、謝罪の言葉と共に彼の方へ近付いていく。ソファの肘掛けに脱いだ上着とグローブを放り投げて、彼が座っている傍らに膝をついた。

「別に気にしなくていいよ。俺も勝手にゆっくりさせてもらってたしっ」

グラスがしまってあるキャビネットも彼は知っているし、もし自分がいなくとも部屋の中で自由に過ごしてほしいと伝えてある。だからこそ、こうして待たせてしまったとしても彼が時間を持て余すことはない。顔に手を添えてこちらを向かせると、そのまま唇を重ねる。一瞬驚いたように肩を跳ねさせたものの、すぐに大人しくなって腕を背に回してきた。開かれた隙間から舌を差し入れ、絡める。ぴちゃ、という水音と、くぐもった吐息だけが静寂の中で聞こえた。互いの唾液が混じり合い、じわじわと舌が甘味を拾い始めていく。

ああ、生き返るのう。疲れた身体に沁みるようじゃ

互いを繋いでいた透明な糸が途切れた。そのまま彼の隣に腰を下ろし、肩に頭を預ける。疲れた時には甘いもの、とはよく言ったものだ。

一応言っとくけど、普通の人間からすれば自分から毒を取り込んでるようなものだからね?」

呼吸を落ち着かせたスコルピオが呆れたようにそう言った。彼の身体の内側にある、あらゆるものが毒になる。普通の人間が直接触れようものなら、それだけで毒に冒すことができるほどの。

「生憎普通の人間ではないからのう?我輩に言わせれば特効薬のようなものじゃよ」

けれど、自分にとっては違った。
毒というよりは薬のようなもので。

「毒というものはもっと苦く、苦しいものじゃ。昔に嫌というほど飲まされたわい」

一族の長男、いずれその王位を継ぐ者として生まれた以上、幼い頃から度々命を狙われてきた。直接的なものから、間接的なものまで多岐に渡る。その対抗策の一つとして、様々な毒を飲まされていたことがある。おかげで余程特殊なものでもない限り、毒で命を落とすことはないだろうと言われている。

結構苦労してるよね」
「とはいえ、おかげでこうしておぬしに触れられるのじゃし、毒に慣らされたことが悪かったとは思わぬよ」

スコルピオの毒に対しても同じだった。自身を死に至らしめることはなく、それどころか、何故か彼の毒だけは甘く感じるという不思議な体験をした。他国のパーティに招かれた折、ドリンクに仕込まれていたのが彼の毒だった。そのドリンクからは有り得ない甘味を感じ取ったおかげで、毒入りであることを察することができた。そして暗殺未遂の犯人を割り出して捕らえ、毒の出所に辿り着いた。一体どんな魔物がこの毒を持っているのかと興味が湧き、居所に足を運んでみることにした。海の見えるの崖の上の館、そこの主が彼で。その美しさに一瞬で目を奪われた。一目惚れだったと言ってもいい。公務の合間を縫って彼の元に通い、また自分の元に招き、どうにか口説き落として今の関係に至る。
雰囲気に伴う比喩ではなく、彼との口づけは本当に『甘い』のだ。まるで熟れた食べ頃の果実を、極上の甘味を口にしているかのような。

しかしまぁ、毒と言えば毒になるのかもしれんのう」

害がないとはいえ、毒を摂取することは決して健全とは言えない。薬と言い張るにしても、度を過ぎれば毒と変わらなくなる。

「こんなにも甘くて、もっと欲しいと思ってしまうのじゃから」

望ましくないことと分かっていても繰り返し求めてしまうのならば、『中毒』になっているのと同じだろう。

「はいはい。どうぞお好きに?でも、どうなっても俺は知らないよ」

起こり得る最悪の結末を示唆している。呆れたように笑うと、スコルピオはこちらの左胸を指先でトンと指し示した。今は平気でも、体質が変わって彼の毒が自身の身体に正しく作用する時が来るのかもしれない。それでも、きっと後悔することはない。
頭を肩から離して立ち上がると、彼に向かって手を差し出した。応じるように彼もまた手を重ねてくれる。まだ夜は始まったばかり。今宵もまた、甘い毒に溺れていく。