「っ、よし。今日も完璧」
ルフレは脱衣場の鏡に映った自分の前髪を確認する。いつも通り、綺麗に切り揃えられた完璧なセット。外は月明かりが照らしており、あとは寝るだけだがどんな時でもルフレが自身の身だしなみに妥協することは無い。
部屋へ戻ろうとしたとき、ちょうどカラベラフィルムが脱衣場に入ってきた。
「おっ、奇遇ですね、カラベラフィルムさん。今日は池より浴場の気分ですか?」
ルフレの言葉に、カラベラフィルムはこくりと頷く。
「未だ治療を要する者が多いため、念のため館の外へ出ることは控えている。」
そう言うと、彼は帽子や服をそのままの状態で浴場へ向かった。
全身が水でできているため何一つ問題はないのだが、やはり違和感がある。その異様な光景に、ルフレは「何度見ても慣れないなぁ」と困ったような顔をして笑った。
しかし、カラベラフィルムの言葉を思い出し、その笑みは徐々に消える。
「
…治療中の人、ねぇ
…」
先日の時間跳躍で半数の械が重傷を負い、他の者も疲労困憊だった。
意気揚々とシアノを背負って行ったグラディエーターは、まだ体力が有り余っているように見えたが、シアノを治療室の前に下ろした途端、その場で横になり、気を失うように眠ってしまった。
それから二日が経ち、ルフレ、樊凌、ラートはすでに治療を終えたが、フィリップは治療中、シアノとグラディエーターは治療待ちの状態だ。
また、カラベラフィルムもどうにか綺麗な水に戻り元通りになっている。
ルフレが仲間たちのことを考えていると、次にグラディエーターが脱衣場へ入ってきた。その顔は絆創膏や包帯だらけでルフレは思わず顔を顰める。
「ははっ!そんな顔をするな!俺は平気だぞ!」
「いやぁ
…どう見ても痛そうですよ
…」
グラディエーターは鏡の前で古い包帯を外し、新しいものを取り出した。
ふと、ルフレの目に映ったのは、彼の首の後ろに貼られた絆創膏。それがひどく斜めになっているのを見て、思わずため息が漏れる。
「
…後ろ、やりづらいでしょ。手伝いますよ」
「おっ、そうか!よろしく頼む!」
ルフレはグラディエーターの手当をしながら、先日の出来事を思い返した。
治療室は一度に一人しか入れない。械はどれだけ致命傷を負っても死ぬことはないため、ナーデルは「シアノの治療は後にしよう」と提案した。数時間で終わる軽傷者を優先する方が効率的だからだ。
合理的な判断だったため、ルフレも反論できなかった。
そんな中、グラディエーターだけはシアノより先に治療を受けることを断固拒否し、今に至る。
「ほんと、お人好しですね」
「ん?何か言ったか?」
小さく呟いたルフレの言葉を聞き取れなかったのか、グラディエーターが首を傾げる。
ルフレは「いや、何も」と笑いながら、そっと絆創膏を貼った。
ダダダッ
…ガチャッ!!!
突然、大きな足音と共に、扉が勢いよく開く。次は誰だ?と視線を向けると、そこには苦虫を噛み潰したような顔のフィリップがいた。彼は慌てた様子で服を脱ぎはじめる。
すでに傷は完全に治っているはずなのに、その焦りようにルフレとグラディエーターは目を丸くした。
「なんだ、フィリップじゃないか。治療は終わったのか?」
「あぁ。
…って、グラさんたちもいたんですね。まぁ、傷は治ったけど
…全身が気持ち悪くて仕方がない
…」
フィリップはグラディエーターの問いかけに無愛想に答えながら、タオルを巻いて浴場へ向かう。
ルフレよりも軽傷だったフィリップは彼より先に治療を受けるはずだったのだが、断固として治療室に入ろうとしなかった。
結局、ルフレが先に治療を終え、「その状態じゃ魔女を逃してしまうかもしれませんよ?」とどうにか説得し、彼はようやく渋々治療を受けたのだ。
「ははは、相変わらずですねフィリップさんは」
「あぁ、全くだ。まぁ、あの無愛想さがフィリップらしいんだろうが」
「全身が気持ち悪い」とまで言うフィリップを見て、二人は顔を見合わせて笑った。
「あっ」
しかしルフレはとある大きな問題を思い出した。その瞬間、和やかな雰囲気が一瞬で崩れ落ちる。
「フィリップさん、今はカラベラフィルムさんが
…」
「有罪!」
ルフレがフィリップを止めるよりも先に、浴場で有罪判決の声が響いた。湯船に浮かんでいたのか、もしくはまだ服を着たままだったのか
…原因は分からないが、ルフレはやっぱり
…と頭を抱える。カラベラフィルムが浴場にいることを知らなかったグラディエーターも、状況を察して「あー」と声を漏らした。
数秒後、カラベラフィルムが逃げるように浴場から出て来る。彼はホカホカと湯気をまとっていた。
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
グラディエーターの手当ても終え、更衣室から出てきた三人。それぞれ部屋に戻ろうとしたとき、珍しく廊下の扉からナーデルが出てきた。この廊下は各自の部屋と大浴場、お手洗いにしか繋がっていないため、彼女がここに来るのは異例だった。
「ナーデル、一体どうしたんだ?」
「おや、ちょうどよかった。フィリップ様と交代でシアノ様を運ぼうとしていたのです。ただ、私も他の準備がありますので
…」
そう言うと、ナーデルは来た道を戻り、扉を開く。にこりと微笑みながら会釈をし、そのまま扉を閉めて行ってしまった。その彼女の仕草が「代わりに連れて来い」と言っているのは明らかだった。
「よし!任せて
…」
「はいはい、グラディエーターさん。あなたは少し安静にしていてください。カラベラフィルムさん、反対側の腕をお願いします。」
「うむ。」
「な!? 俺なら心配いらないぞ!!」
不満げに叫ぶグラディエーターをよそに、ルフレとカラベラフィルムはため息をつきながら、両側から彼の腕をしっかりと組んだ。二人にがっちりと拘束され、逃げる隙も与えられないまま、グラディエーターは渋々と自室へと連行される。
無事に彼を部屋に押し込んだ二人は、再び来た道を戻り、次の目的地へ向かう。そして、シアノの部屋の扉を開いた。
「シアノ、起こしに来ましたよ
…なんて、起きてたら驚きますけど。」
軽口を叩きながら、ルフレはそっとベッドの傍へ近づく。そこには、深く眠っているシアノの姿があった。血は止まったものの、傷が癒えたわけではない。右目の傷を覆うように、彼の顔には包帯が巻かれていた。その包帯とマスクのせいで、覗いているのは左目だけだった。
「ルフレ殿、私が背負おう。」
「あぁ、ありがとうございます。」
カラベラフィルムはベッドの傍で膝をつき、ゆっくりと背中を向ける。その背に、ルフレは慎重にシアノを背負わせた。
部屋を出ると、真正面には玄関へと続く扉が見える。だが、その視界の片隅に、妙な違和感があった。
「とりあえず治療室へ行けば、ナーデルさんがいるでしょうし、そこに寝かせましょうか。」
「
…ルフレ殿。あの扉が開いている。」
カラベラフィルムが指した先を見ると、本来なら常に鍵がかかっているはずの扉が、わずかに隙間を開けていた。誰かが開けたのか、それとも単なる閉め忘れなのか。しかし、理由の分からない不自然さが、じわじわと胸に不安を広げていく。
「
…少し見てみましょうか。」
ルフレは慎重に扉へと近づき、そっと中を覗いた。しかし、中は闇に包まれていた。
静寂の中で耳を澄ませるが、特に人の気配は感じられない。だが、それが逆に不気味だった。慎重に一歩足を踏み入れ、壁を伝って手探りで照明のスイッチを探す。
室内は妙に散らかっており、歩を進めるたびに何かが足に当たった。布か、紙か、もしくは倒れた家具か。微かな音が響くたびに、かすかな緊張が背筋を走る。ナーデルも案外、他人が見ない場所では大雑把なのかもしれない
…そんな考えが一瞬脳裏をよぎった。
次の瞬間、ルフレの指先が何かに触れた。
慎重に力を込め、スイッチを押す。
一瞬、電灯がチカチカと点滅し、不安定な光が部屋を断片的に照らす。影が揺れ、まるで何かが蠢いているかのように錯覚させた。そして、ついに安定した光が空間を満たし隠されていた光景が浮かび上がる。
突然の明るさに目を細めながら、ルフレとカラベラフィルムはゆっくりと視線を巡らせた。
「っ
…な、んですかこれ
…」
ルフレの声がかすれる。
「彼らは
…本当に人なのか
…?」
カラベラフィルムの低い声には、確かな動揺が滲んでいた。
二人の目の前には、見るも無惨な姿になった人間の死体が転がっていた。
ざっと見積もって十五体。
床のあちこちに散乱するその遺体は、どれも人の形をしているはずなのに、まるで別の何かに変えられてしまったかのようだった。
全員の身体には深くえぐれた穴がいくつも空き、衣服は血に染まって元の色すら分からない。血溜まりは既に乾きかけ、鉄の匂いと腐敗の兆しが微かに鼻を刺した。
顔を見れば、どの死体も苦痛に歪みきっている。口は半開きのまま、何かを叫びかけたような形で固まり、目は虚ろなまま見開かれていた。皮膚は青白く、血の気が完全に失われ、まるで干からびた死蝋のようだ。
さらに奇妙なのは、その服装だった。
時代も国籍も統一性がなく、古びた東洋の服を着た者もいれば、現代的な衣服をまとった者もいる。どの時代から来たのかも分からない人間たちが、同じ部屋の中で、同じ無惨な結末を迎えていた。
息を呑み、言葉を失うルフレとカラベラフィルム。
ただ、凍りついた空間の中で、静寂だけが満ちていた。
「何をされているのですか?」
突如、冷ややかな声が静寂を破った。
ルフレとカラベラフィルムは反射的に肩を震わせ、咄嗟に振り返る。瞬間、警戒心が全身を駆け巡り、二人は無意識のうちに身構えた。
そこに立っていたのは、どこか感情の読めない表情を浮かべたナーデルだった。淡々とした眼差しの彼女の手は死体の襟を掴んでいる。その指先には、乾ききった血の痕がこびりついていた。
「ナーデルさんこそ、この人間たちは何です?
…なんともまあ、悪趣味だ。」
ルフレの声音には明らかな警戒が滲んでいた。
ナーデルはそんな彼を一瞥すると、わずかに眉をひそめ、深い溜息をつく。そして、掴んでいた死体を躊躇なく放り投げた。
ぐしゃっ。
湿った肉が潰れるような、嫌な音が響く。
死体は鈍い衝撃とともにルフレの足元転がった。
その瞬間、彼の視線は、濁った碧眼とぶつかる。
生気を失い、虚ろに開かれたその目は、まるでルフレを何か訴えるように見つめていた。血の気の引いた顔には、苦痛と絶望が張り付いたまま、時が止まっている。
ルフレは固唾を呑んだ。
「答えたところで、あなた方にはどうすることもできないでしょう。」
淡々とした口調が、ルフレを現実に引き戻す。
ナーデルは相変わらず表情を変えず、静かに続けた。
「それよりも、まずはシアノ様を治療すべきではありませんか? グラディエーター様の治療もありますし。」
その言葉は冷静で、理路整然としていた。まるで、ここで繰り広げられている惨状が取るに足らないことであるかのように。
ルフレはナーデルを睨みつけながら、唇を噛みしめる。問い詰めたところで、彼女が素直に答えるとは思えない。それに、どれほど彼女の思惑を探ったところで、ナーデルの協力を失えば、一番困るのは自分たちだ。
彼は僅かに息を吐き、カラベラフィルムと視線を交わした。お互いに微かに頷き合い、仕方なく踵を返す。
その部屋から2人が出てくれば、ナーデルは無言のまま扉を閉めた。
ルフレの耳には先程の不快な音が、まとわりついていた。
2日後。
鍛錬を終えたグラディエーターと樊凌、日課の車輪の手当を終えたラートの3人は、談笑しながら館へと帰っていた。
館の玄関を開け目に飛び込んできたのは、治療室の前に立ち、何かを考え込んでいるカラベラフィルムの姿だった。彼は難しい顔で目の前の扉をじっと見つめている。
「カーラ、何をしているんだ?」
グラディエーターに声をかけられたカラベラフィルムは3人の方を向いた。
「あぁ
…治療室とナーデル殿の能力について、いくつか気がかりな点があり、考察を巡らせていた。」
「デルちゃんの能力?」
樊凌は2度彼女の治療を受けたが特に違和感はなかったため、カラベラフィルムの言葉に首を傾げる。ラートもピンと来ていないようだ。
「具体的な治療の手順を教えてくれないか? ナーデル殿は“風呂に入るだけ”と言っていたが、その詳細までは聞いていない。」
「具体的な治療法
…言うてもずっと寝とったもんなぁ」
樊凌は腕を組みながら、過去の治療を思い出そうとする。
「
…部屋に入る寸前と、部屋から出た直後の記憶はある。しかし、部屋の中の記憶が無い。」
ラートがぽつりと呟いた。
「あぁ確かに! ラーちゃんの言う通り、ボクも前後の記憶だけはあるわ!」
樊凌が驚いたようにラートの言葉に頷く。
その瞬間、カラベラフィルムの中で一つの仮説が形を成した。
記憶の欠落──それは、偶然ではないのではないか?
まるで何かが意図的に抜き取られているような違和感。記憶の欠落が治療のたびに発生しているとすれば、ナーデルの“回復”には、何らかの代償があるのではないか
…。
「
…ナーデル殿は、我々の記憶と引き換えに治療を行っているのでは
…?」
カラベラフィルムは低く呟いた。
「うん? 一体何の話しだ?」
そのつぶやきを聞いたグラディエーターが怪訝そうに首を傾げる。
どう説明をすればいいのか
…。
カラベラフィルムは視線を宙に泳がせながら、慎重に言葉を選ぼうとする。
本当に記憶が奪われているのか、それともただの思い違いなのか──
答えの出ない疑問だけが、静かに胸の内に広がっていく。
「実際に見せたほうが話が早いだろう。
…とはいえ、ナーデル殿に叱られるかもしれないな
…」
彼がちらりと視線を向けたのは鍵のかけられた秘密の部屋。グラディエーターはどこか不敵な笑みを浮かべた。
「その扉を開ければ良いんだな?」
「?いやそういう訳ではなく
…いやそうかもしれないがただ私は中を
…」
カラベラフィルムが全てを言い切る前にグラディエーターは助走をつけ、扉に向かって走り出す。そして完璧な程の飛び蹴りをお見舞いした。
けたたましい音と共に扉が蹴破られる。
「!!??」
突然の騒音に、館全体が揺れたような錯覚すら覚える。
グラディエーターは満足げに腕を組み、破壊された扉の前に仁王立ちした。
「よし!これで中が見えるぞ!!」
「あはは、グラちゃん大胆やな〜」
カラベラフィルムは表情こそ変わらないものの、内心では酷く動揺していた。その証拠に、冷や汗がじわりと滲み、文字通り顔が溶けるように滴り落ちる。
(
……まずいことになった
……)
そんなカラベラフィルムの葛藤をよそに、グラディエーターと樊凌は迷うことなく部屋の中へと踏み込んでいく。
秒後──。
「おっ、これやな!」
樊凌がスイッチを見つけたらしく、カチッ という音が響く。
瞬間、部屋の中に白々とした光が灯る。
そして、それと同時に、二人の困惑した声が響き渡った。
「あの人間達はなんだ!?」
部屋から飛び出して来たグラディエーターはカラベラフィルムにずいっと顔を近付けて問いかけた。
「私にも分からない。ただルフレ殿が見覚えのある者が数名がいるそうだ。」
「だから俺達にも確認しろ、という話か?」
ラートの言葉にカラベラフィルムは頷く。そういうことなら
…とグラディエーターはいやいやながらも部屋の中に戻った。それにラートとカラベラフィルムも続く。
先程まで焦っていたカラベラフィルムも「こうなってしまったらどうしようもない」と開き直ったようだった。
グラディエーターとラートは一人一人の顔を覗き込む。樊凌は既に人間達の顔を一通り確認したのか、何やら考え事をしていた。
「うーん、見覚えのある人間はいないな。」
グラディエーターは足元の人間の顔を覗き込むがやはり見覚えがない。ぼんやり思い出すような顔立ちもこの中にはいなかった。
「
…2人。他人の空似かもしれないがどこか見覚えがあるような人間がいる。」
「ボクは5体
…白っぽい東洋の服着とる人間は何となく知っとる気が
…あ、けど一人僕と似た顔立ちなのに洋服を着とる人間もおったわ。」
ラートと樊凌の言葉にカラベラフィルムは目を丸くする。先程の仮説に加え嫌な予感がしたのだ。
ナーデル
…もといアイアン・メイデンの存在は後の時代には創作物のモチーフとして扱われることも多々あり、その時代の記憶を持つカラベラフィルムも知っていた。
アイアン・メイデンを作ったエリザベート・バートリーの血のバスタブ。そして彼女の能力の入浴するだけで回復する風呂。
械の能力が本来の姿に由来することから推測するに”風呂”というのは”血の風呂”である可能性が高い。
「
…みなが入った風呂は本来自分達が殺すはずだった人間達
…?」
本来自分達が殺すはずだった人間がナーデルによって殺され、その血で満たされた風呂に入る。自分達が殺したという歴史が変わってしまうため記憶が抜け落ちた。
完全に記憶が消えなかったのは回復の際に彼らの血液を使い肉体を修復したから、と予想もつく。
そう考えれば話の辻褄が合うのだ。
「カラベラフィルム、何かわかったのか?」
ラートから声をかけられたカラベラフィルムはハッとする。
グラディエーターと樊凌も彼の言葉を待つかのようにじっと見つめていた。
不確定な情報を伝えるのはどうかとも思ったが、もし本当なのであれば無茶はいつしか自分の首を絞めることになる。ならば仮説だとしても早めに伝えておくべきだろう。
「まず前提として、これはあくまで私が立てた仮説に過ぎない。その点を踏まえたうえで聞いてほしい。ナーデル殿の回復能力は、我々の記憶、とりわけ私達が殺めるはずだった者たちに関する記憶を代償としている可能性がある。もしこの推論が正しければ、彼女の回復能力は
…」
「回復能力は有限。ですから無茶は禁物なのです。」
カラベラフィルムの言葉を遮り、自分の言葉を被せる。またもや突然背後に現れたナーデルにカラベラフィルムは急いで振り返った。
グラディエーター、樊凌、ラートは今の話と目の前の異様な景色から彼女に警戒する。
はぁ、とナーデルは大きなため息を吐いた。
「カラベラフィルム様。あなたの仮説は正解です。彼らは本来皆様方の歴史を紡ぐはずであった人間達。そんな彼らの血液を満たした風呂に入ることで私の能力が発動するのです。」
彼女は何かを隠している様子もなく呆気なく真実を告げる。ヒソヒソと考察していた疑問の回答をあまりにもあっさりと答えられ、械達は唖然とした。
「どうしてそんなにあっさり教えてくれるんだ?ここは隠していたんだろう?」
「教えたところで私に損はありません。ただ、これを知ってしまえば治療に抵抗感を持つ方もいるでしょう?」
その言葉にグラディエーターは先日のフィリップの様子を思い出した。彼の記憶に関わる人間といえば魔女の疑いをかけられた人々だろう。となればフィリップからしてみれば魔女の血で治療をされるようなもの。
いとも容易く、治療を断固拒否するフィリップが想像出来た。
「
…確かに、それもそうだな
…」
警戒を解いたグラディエーターの様子に樊凌とラートも警戒を緩める。カラベラフィルムは先日のやり取りの影響でナーデルを敵だと思い込んでいた部分があったかもしれない、と心のどこかで反省をしていた。
「
……それより、この扉。どうしてくれるのですか?」
ナーデルはにこりと笑みを浮かべたまま械達の足元を指さす。
「
…」「
…」「
…」「
…」
「おや、だんまりですか?
…本当に手がかかる方達だこと
…彼らのように穴が空いてしまうほど、全力で抱きしめてしまいたいほどです。」
「すまない
…」
「対不起
…」
グラディエーターと樊凌は彼女から目を逸らしながら小さく謝った。ナーデルの1番近くにいるカラベラフィルムはキュッといつも以上に眉間に皺を寄せている。
「足元の彼らのように全力で抱きしめられたくないのなら、今すぐ直してください。」
そう言ってナーデルは治療室へと戻り、4人はふぅ、と安堵の息を吐いた。
「
…修理するか。」
「
…是的」
「
…えっ
…なにこれ
…」
またナーデルが帰ってたのかとカラベラフィルムはビクリと肩を震わせる。振り返ったそこにいたのは治療を終えたシアノだった。
「
……っはぁ
……シアノ殿か
……」
「も〜、驚かせんでや〜」
「いや、驚きたいのはこっちなんですけど
……何ですか、この扉と人間たち
……? 俺、ただグラと交代しに来ただけなんですけど
……」
シアノは心底うんざりしたように顔を歪める。
そんな彼に、グラディエーターはどこからか取り出したトンカチを笑顔で差し出した。
「
……は?」
「俺の代わりによろしく頼む! 交代だ!」
グラディエーターは肩をポンッと叩くと、そのまま隣の治療室へと消えていった。
トンカチを握ったまま、シアノは呆然とする。
「はぁ
……しょうもない。俺は太陽を
……」
日光の一切入らないこの部屋が嫌になったのか、外に出ようとしたラートの肩を、シアノが素早く掴む。
その目は明らかに 「ラートだけ逃げるなんて許さない」 と訴えかけていた。
「俺は何もしていないんだが
……」
そう言いたげなラートの手に、樊凌がどこからか持ってきた釘の入った箱をそっと乗せる。
「一蓮托生やで」
「
……」
こうして、四人はグラディエーターが蹴り破った扉の修理を始めたのだった。
*3.5話 「破壊」✧ 終*