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溶けかけ。
2025-03-29 21:05:20
996文字
Public
ほぼ日刊
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世界はきみで出来ている
気づいてしまったヌヴィレットのお話。
「フリーナ殿」
雨の中、傘をさして歩く青い背中にヌヴィレットは声をかけた。青に白いレースのついた傘がくるりと回る。
「やあ、ヌヴィレット。奇遇だね。いや、キミにとってはまたとないチャンス、と言ったところかな?」
フリーナの短い髪がふわりと舞う。そのまま顔の横に居を構えた青みがかった銀糸は雨の中でも輝いて見えた。
「
……
」
「ヌヴィレット?」
目を驚きに見開いたまま、動きを停止させたヌヴィレットの前で小さく手を振るフリーナ。彼はごほんっ、と一つ咳払いをすると何事もなかったかのように話し出す。
──気のせいか。
常と変わらないヌヴィレットの無愛想に見えて分かりやすい表情を横目で盗み見ながら、フリーナは安堵に胸を撫で下ろした。
「じゃあ、またね」
フリーナは手を小さく振ったあと、踵を返した。ちゃぷちゃぷと雨を踏みしめる音が遠ざかって行く。ヌヴィレットは小さくなっていく背中を見つめていた。
──危なかった。
自らの右手を左手で押さえたまま、ヌヴィレットは詰めていた息を吐き出した。
あと数分、いや、あと数秒別れるのが遅ければ、彼女を危険な目に合わせていたかもしれない。他ならぬ、自身の手によって。
ヌヴィレットは瞳を閉じるとゆっくりと深呼吸を繰り返す。軽い音を立てて、黒い手袋をした手から傘が落ちた。
今にも駆け出してしまいそうな激情は雨に流してしまえばいい。
「フリーナ
……
」
こぼれ落ちた名は悲愴感すら漂っていた。ああ、知りたくなかった、とヌヴィレットの声が体の奥底から響いてくる。
知りたくなかった。
──髪が伸びることなんて。
知りたくなかった。
──彼女が成長するなんて。
知りたくなかった。
──彼女が目の前からいなくなる日が来るなんて。
ヌヴィレットの身体が芯から冷えていく。それは、この冷雨のせいなのか、はたまた、垣間見た現実のせいなのか──ヌヴィレットには判らなかった。
離別は必ずやってくる──
死は誰にも訪れる
メメント・モリ
ということだけは混乱の渦中にいたヌヴィレットにも理解が出来た。
ヌヴィレットは顎に指をかけ、考えこむ。
やがて、うっとりと笑った。
ああ、そうだ。居なくなってしまうのなら、楔を打ち込んで何処にも行かないようにしてしまえばいい──。
フリーナはヌヴィレットにとって世界そのものなのだから。
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