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やまだ
2025-03-29 18:07:10
2178文字
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刀剣乱舞
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三日月さんを修行に出すのをビビっているという話
「知りたいことがある」
と、三日月宗近が審神者のもとへやって来たのは夕餉の片づけも済んだあとのことだった。いつものようにほんのり微笑んで、審神者がいいと言う前に敷居を跨ぎ部屋に上がりこみ勝手に横に座っている。
さすがに、このおそろしいほど面のいい男の視線を真横から受けてなお読書を続ける胆力は審神者にはない。老眼鏡は外さぬまま振り返り、座布団を使うよう言いつける。
「酒はねえぞ」
「構わんよ。はは、たまには俺とあなたが茶を交わす夜があってもいいだろう」
釘を刺すのに頷くついでで、しっかり茶を所望してくる。けっ、と笑って審神者は小さな火鉢にかけていた鉄瓶に手を伸ばした。木蓮の咲く季節だがまだ夜はしんと冷える。
「何が知りたいって?」
三日月宗近は静かに湯呑みを吸ってから一度目を伏せた。つ、と流れた視線は審神者が文机に広げたままの本を撫でている。
「
……
修行というものは、せぬではいられぬものなのだろうか」
「そんなわけがあるかよ。行きたいやつが行けばいい。俺に強制する気は一切ないぜ」
話がある、と刀剣たちから改まって声をかけられることが増えた。ある刀は神妙な面持ちで、ある刀はうきうきと、少し本丸を空けても構わないだろうかと言ってくる。成長したい、変わりたいという覚悟をもって旅に出る彼らは、確かに顔つきを変えてこの屋敷へ戻ってくる。
審神者は顎を揉み揉み三日月宗近を眺めた。
「こう言っちゃあ元も子もねえが、うちは最前線の担当でもないからな。おまえらがよくやってくれてるお陰で修行が喫緊ってわけでもない。当分は自由意志に任せてやれる」
自分には修行など必要ない、と顎を上げて言い切るものすらいるのだ。そのうち彼らも何かしらのきっかけがあって意見を変えるのかもしれないが、今のところ審神者から旅立ちを強制するつもりはなかった。
「行きたくねえのか、三日月」
三日月宗近はにこりと笑った。
「俺は行くべきではないのだろう、と考えている」
「なぜ」
「俺が三日月宗近であるからだ」
淡い湯気が審神者と三日月宗近のあいだを漂っている。
正面の瞳に隠れた月を覗きこもうとする審神者の前で、立ちのぼる細い白糸が笑みの形にふっと揺らいだ。
「三日月宗近は、まあ、もっとも美しい刀と言われているだろう」
返事をするのも阿呆らしく、審神者は黙って茶を飲んだ。それはもはや事実確認と言うのもおこがましいような話だ。鯉が池にあるような、春に桜が咲くような、それらと同等の当然さで三日月宗近は美しい。
三日月宗近も相槌を求めてはいなかったようで、僅かな沈黙ののちゆったりと口をひらいた。
「千年美しく、千年変わらず存在する。俺の価値といえばそれだ」
夢のように優麗な姿の男はそう言って再び黙る。
胸にある漠然とした答えに形を与えるにふさわしい言葉を探るような沈黙だった。
「人間に望まれてこう在る俺が、おのれの価値をおのれで損ねるのはいかがなものかと」
「損ねるのか?」
「
……
今の形を維持することこそが俺の最命題なのだろうよ。修行から戻ったものらの顔を見ていれば、答えもおのずと定まるというものさ」
なんとも生真面目な男だ。審神者も感心するより先に同情してしまうほどだった。
このままでいたくはない、という心持ちで旅立つ刀が増えてきている中、三日月宗近だけはこのままでいなければいけないと自身をきつく戒めているのだ。
つい、手を伸ばして膝など叩いてやってしまう。
「まあ、おまえの話だ。おまえがそうだと言うならそうなんだろう。ただな三日月」
笑顔と困惑の中間のような、ぼんやりとした顔で首を傾げている三日月宗近を見る。彼はこんな様子ですら絵になる。なってしまう。
「おまえが俺の三日月宗近だ。俺はこの屋敷で会ったおまえしか知らんのだから幻滅も糞もねえよ。ちったあやらかして、迷惑でもなんでもかけてみろってんだ」
瞬きで上下する睫毛は重たげで、音すら聞こえてきそうに長い。湯呑みから立ちのぼる湯気も三日月宗近の目元を避けて散っていくのだ。ぽかんと薄く開いた口の形まで意味深に見えるのはもはや業にすら感じられるほどだ。
人間が千年かけて守ってきた彼の美しさを、彼もまた次の千年の人間のために守ろうとしている。
次の千年があると、彼は信じてくれている。
「迷わなくていい。好きにやれ。少なくともここにいるうちはな」
ぴしゃりと膝を叩いて終わりにする。
「ぬるくなったろ。茶の替えは」
「
……
ああ」
くっ、と湯呑みを握る三日月宗近の指先に力が込もる。審神者がそれを眺めてから目線を上げると、もう三日月宗近はのんきににこにこしていた。
「
……
ああ、そうだな。新しいものをもらえようか、あるじ殿」
「おう」
「酒も欲しいような気分だが」
「馬鹿野郎、ねえっつったぞ」
「ははは。
……
あるじ殿」
「なんだよ」
三日月宗近は、鉄瓶からもうもうと上がる湯気の向こうで瞼を伏せて微笑んでいる。
「この三日月宗近は、近くきっとあなたの信頼に応えたいと考えるようになるだろう」
「そうかい」
審神者は熱い茶で満たした湯呑みを押しやりながらにやっとした。
「なら、もしかするとその四日後に、俺はとっておきの酒を出してやるかもしれねえな」
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