移動の為にとファイノン達が手配していた大地獣に乗り込み、一行はオクヘイマまでの道のりを進んでいた。開拓の旅で様々な移動手段を体験してきた丹恒だが、生き物の背に乗る経験は少ない。特に大型の獣となると機会はぐっと減る。
大地獣の四肢にある固い場所を足場にして登ろうとした穹が吹き飛ばされたところを見ていたので、乗り込む時には若干緊張しながら背中に腰を降ろした。それから体感で十数分が経とうとしているが、一歩をゆったりと踏みしめる大地獣の乗り心地は思った程悪くない。生き物ならではの揺れも次第に慣れてくるというものだ。
吹き飛ばされた本人はといえばそんなことを忘れてしまったように景色を楽しむ余裕を見せていた。見慣れないものを見かければ丹恒に写真を撮ったほうがいいか尋ねたり、ファイノンやトリビーに見えるものの詳細を求めたり。好奇心のまま振る舞っていた。
しかし、更に十数分が経った頃。その口数が徐々に少なくなってきたことに気付いた。
「穹? 大丈夫か」
「……大丈夫。めっちゃ眠いだけ」
横へ視線を向けてみれば、穹はこくり、こくりと船を漕いでいるところだった。瞼を閉じないよう躍起になっているようだが、彼を襲う睡魔は中々に手強そうである。
「眠いだけか? 体調が優れないなどはないか」
脈を測ったり、額に触れて体温をみたりもしたが、これといった異常は見られない。新しい星に足を踏み入れたことで何か不調をきたしたのかとも考えたが、本人が言うようにただ眠いだけのようで安心した。
「大地獣の揺れ、が。ちょう、ど……良――」
安心したのも束の間。突如なんの予備動作もなく穹の身体が傾いた。しかも大地獣の背中から落ちるようにわざわざ外側に向かって倒れていく。不自然に言葉を切ったのは睡魔がピークだったからか。
反射的に穹の腕を掴み、傾いた身体をぐっと引き寄せる。するとなんの抵抗もなく体は胸の内側に収まった。大地獣は大型の獣だ。普段は温厚な生き物らしいが、落ちた拍子に驚かせでもしたら大惨事になりかねない。
瞼を閉じかけている穹の肩を揺さぶり、無理矢理に起こす。
「起きろ。寝たら死ぬぞ」
「ここ、雪山だっけ……。……ん、なんかドキドキしてる?」
「……冗談で返す元気があるなら問題なさそうだな」
この心臓が早鐘を打っているなんて気付かなくていいのだが、穹は時々妙に鋭い。原因はお前が落ちかけたからだと言えば少しは行動を改めてくれるだろうか。
丹恒にもたれ掛かった体勢から再び座り直した穹は、こめかみを抑えてどうにか眠気をやり過ごそうと努力している。しかし、その努力も空しくふらつく体は見ていて危なっかしい。
「眠いならいっそ横になるといい。俺が支えておく」
「でも……」
「また落ちかけられては困る。なんなら俺の膝を枕にしていい。その方が安定する」
「丹恒の、膝枕」
ぼやけた表情で膝枕とだけ復唱した穹の瞳に若干の活力が戻った。そして身を屈めると、早速丹恒の膝を枕にしだした。胎児のように体を少し丸め、座る丹恒の身体に腹をくっつける。可能な限り体を近付けたこの体制なら背中を支えてやる事も容易い。
提案してから行動に移すまでが流れるようで、何がそんなに穹を駆り立てたのか。だが、これで落ちる心配がなくなった。素直に提案を受け入れてくれた事を今は感謝しよう。
「あー……。いいね。落ち着く」
隣で座ったままうつらうつらされるより安定感が増し、丹恒の心にも余裕が生まれた。顔にかかった髪を梳いて整えてやればくすぐったそうに柔らかく微笑む。
「丹恒は眠くない?」
「ああ」
「そっか。……あ、なののカメラ」
「目ぼしい物があれば撮影しておく」
「頼んだ。……なんかあったら、起こして」
「分かった」
本当に限界だったのだろう。瞼を閉じ、数秒で穏やかな寝息を立て始めた。起きている間はころころ変わる表情が眠る時だけは無垢な子供のようにあどけない。そんな穹の顔を見ていると愛おしさが込み上げる。
穹にとって丹恒の側は安全地帯だと判断されている。そう受け取るのは、思い上がりだろうか。
そんな二人をもう一匹の大地獣に乗って眺める人影がある。
「すっごく仲良しなのね!」
「仲良し……で済ませていいなのかな。あれは」
トリビーの言う通り穹と丹恒は仲良しには違いない。だがあの丹恒の表情を見てしまっては、仲良し等という可愛らしい枠に収めてもいいのかは疑問だ。出会った当初は背中を預けられる相棒同士なのだろうなと思っていたファイノンも、今はだいぶ異なる印象を持っていた。
相棒の他に友人、親友。関係性を示す言葉は色々あれど、彼らの距離感を形容するのにふさわしい言葉は――恋人なのではなかろうか。
膝を枕に眠る穹の顔は背を向けているので見えないものの、横たわる彼の顔を見つめているらしい丹恒の眼差しは観察できる。戦闘中に見た雄々しい武人の彼とは違い、ただ安らかであれと願うような慈愛に満ちていた。
/
――後日、オクヘイマ某所にて。
「丹恒との関係? んー……。あっ、俺は丹恒の一部だ!」
「ん?」
「深く考えなくていい。言葉の通りだ」
「……んん?」
自信満々にそう言いのけた穹とそれを言葉通りと肯定した丹恒の二人に、尚更混乱するファイノンだった。
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