萌音
2025-03-29 21:00:00
3046文字
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一陽来復

webオンリー開催おめでとうございます!
リーマン現パロで同棲中の二人です。寒い日は早く大好きな人が待つお家に帰りたくなるよねというお話。
(全然どうでも良いですが設定としては昨年のクリスマスにあげたお話の二人のつもりでおります。クリスマス後に同棲をはじめました)

空の端に茜色がわずかに残る黄昏時の街中は、家路を急ぐ者達で溢れている。かく言う自分もそのうちの一人で、最寄駅からの道を足早に歩いていた。

「あーー寒っ」

同行者がいるわけでもないこの状況で、わざわざ口に出す必要もないというのに、ついつい口をついて出てしまう。それほどまでに、今日は冷える。寒いを通り越し、もはや痛さを感じるほどだ。
ここ数日の春の訪れを感じさせるような気候とは打って変わって、寒の戻りで今日は真冬並みの寒さになると数日前からニュース番組で言われていた。幸いにも降雪には見舞われなかったが、日中の最高気温は2桁にも満たなかったらしい。
身体を動かすことが好きで筋トレも日課にしているためか、基礎代謝は高い方だ。おかげで真冬でもダウンコートの登場は少ないことが多いのだが、今日は違う。ダウンコートを着込み、マフラーと手袋を着けていても、まだ寒かった。
特に帰宅ラッシュの満員電車を降りた後、蒸された身体で感じる風の冷たさは一段と堪える。自然と丸くなる背中。とにかく家に早く帰りたい、と足を進める。
この極寒とも言うべき環境から解放されたいのはもちろんだが、何も体感的な暖かさだけを求めているのではない。早く、恋人が待つ温かい家に帰りたい。これが正しいだろう。こういった寒さの日は、人肌が恋しくなるものだ。
寒さは生命的な危険を脅かす。寒い日に早く帰りたいと思うのは、単に暖を取り生命危機を脱したいという本能的なものだけでなく、寒さという危険に晒されて緊張しきった心を、かけがえのない大切な存在や安心できる場所で休ませたいという精神的な安寧を求めるところにもよるのだと思う。
あの人、今日は在宅にして正解だったな、と家で 待つ恋人を思う。普段は出社することの方が多い人だが、今日は会談の予定もなく在宅にする予定だと言っていた。俺もあの人に合わせて在宅にしても良かったが、何件か直接確認したい事案があり、出社を決めた。ここまで冷え込むならやはり在宅にしておけばよかった、と朝家を出た時に思ったのは内緒だ。
職場を出る際に帰宅予定時間を連絡しておいた。電車に乗る前にメッセージアプリを確認すると、「了解!」という愛らしいラッコのスタンプとともに「温かいものを用意して待っている。気をつけて」というメッセージ。極端に汁気の多いものを好む恋人が作る料理のレパートリーを思い出し、今日はどのスープだろうかと思わず笑ってしまう。けれど今日は、彼が作る温かなスープが一段と恋しかった。
あの角を曲がれば、恋人が待つ我が家まであと少し。自然と歩幅が狭くなり、踏み出す足が速くなる。むしろ駆け出した方がいくらか温まるだろうか。そう思いながら、家路を急いだ。

◆◆◆

「ただいま。ヌヴィレットさん」
「おかえり。リオセスリ殿」

マンションのエントランスを通り、エレベーターに乗り込み、自宅のあるフロアに辿り着いたときにはもうほぼダッシュしていた。事前に連絡していたのもあってか、自宅の扉を開けると、恋人のヌヴィレットさんは俺の帰宅を見越していたかのように玄関で待っていてくれた。
ゆったりとしたミルキーブルーのニットに、白のスラックス。いつも職場で見かける、かっちりと着こまれたスリーピーススーツ姿とは違う。自宅で過ごす際の、少しリラックスした装い。俺だけが知っている、彼の姿。ーーああ、ヌヴィレットさんだ。出迎えてくれた恋人の姿を見た途端、先程までの身も心も凍るような寒さはどこかへ吹き飛んで行ってしまった感覚がした。

「寒かっただろう?」
「ああ。凍え死ぬかと思ったよ」

案じてくれる言葉にそう冗談を返せば、素直で真面目な恋人はムッとした顔をする。美しく可愛らしい顔は、怒りで歪んでも変わらずに美しく愛らしい。

「滅多なことを言うものではない」
「悪い悪い。でもそれくらい寒かったんだ」
「そうだろう。日中少し買い出しに出たが、霙のようなものが降っていた」
「そうなのかい?今日は降らないもんだと思ってたよ」
「ああ。ほんの短時間だったようだ」

そんな話をしながら、鞄を置き、防寒具を外していく。

「あんたに貰った手袋を着けて行ったのに……ほら。指先が真っ赤だ」
「ああ……本当だな。ふむ。次のリオセスリ殿の誕生日には、更に防寒性に優れたものを贈るべきだろうか」

昨年の俺の誕生日にヌヴィレットさんから贈られた手袋は、デザインも防寒性も優れていたが、それでも指先が赤く悴む程の今日の寒さだった。
〝次の〟というヌヴィレットさんに、彼の中で俺と過ごす未来が当たり前のようにあるのだと実感する。俺が望むように、この人も同じ想いで、俺と共にあることを望んでいてくれるのであれば、嬉しい。
また一つ寒さが吹き飛んで、ぽかぽかと温まってきたように感じた。

「ははっ。これ以上だとウィンタースポーツ用の手袋になっちまうな。仕事に行くには合わなさそうだ」
「それもそうだな」

というか次の誕生日プレゼントも手袋なのかい、というツッコミを入れようとしたところで、不意に両頬に柔らかな温もりを感じる。

「ヌ、ヌヴィレットさん?」

思わず素っ頓狂な声が出てしまう。

「ふむ……頬も耳も赤くなっていた故、少々気になってな。いつも君の方がずっと体温が高いのに、今日は私の方が温かいようだ」

いつもと逆だな、と言って笑うヌヴィレットさんは、両手で俺の頬を包み込んでいた。痛いとすら感じる程に冷え切っていた頬や耳に、彼の体温が移り、じんわりと温まっていく。
いや。単に彼の体温が移ってきたというより、不意に愛おしい人に触れられ、急速に顔に熱が集まってきているからだろう。これで彼自身は何も意図するところがないのだから、この愛おしい恋人は実に厄介なのである。

……ヌヴィレットさん」
「ああ、すまない。いつまでも玄関で話し込んでいてはいけないな。荷物を置いて来ると良い。夕飯の準備もできている」

俺の呼びかけを諌めるものと捉えたらしいヌヴィレットさんは、そう言うと俺の頬からパッと手を離した。そうしてひらりと身を翻し、今日は寒いのでポトフにしてみたと言いながら、ダイニングキッチンの方へと歩みを進めていく。
頬に残る、ヌヴィレットさんのあたたかな体温が実に名残惜しい。
いや、これで良いのだ。あのまま触れられていたら、頬だけではなく、全身で、余すところなく、彼の温もりを感じたくなってしまう。もちろんそれはそれで吝かではないのだが、せっかくヌヴィレットさんが用意してくれた食事を台無しにしてしまう。
俺はダイニングキッチンへ向かうヌヴィレットさんの後ろ姿を見つめながら、ふぅ、とため息を吐く。観念して、まずはうがいと手洗いをしようと洗面所に足を向ける。
すると。

「ああ、そうだ」

と言って、ヌヴィレットさんがくるりとまわってこちらへ振り返った。

「夕飯の前に、まずは何か温かい飲み物を淹れようか。白湯を用意しよう。白湯は身体に良い」

そう微笑むヌヴィレットさんに、さらにぽかぽかとしてくるような感覚になる。
三寒四温を繰り返し、季節は移ろいで行く。外の寒さも、ヌヴィレットさんと過ごすこの家に帰れば、途端にやわらかな温もりに包まれる。
こんな寒さと、麗らかな温もりを繰り返して、俺とヌヴィレットさんはまた新しい季節を迎える。これまでも、これからも、ずっと。



end.