望月 鏡翠
2025-03-28 22:43:03
925文字
Public 日課
 

#1671 「前年」「ロングビーチ」「鉢の実」

#毎日最低800文字のSSを書く/三題話


 この街には新たな住人が加わって、別の顔を見せるようになった。
 元々、異なる二つの顔を見せてくれる街だった。保養地のような白い砂浜と、ヤシの木と広々とした道路が並走している。その道に沿って遠く遠くに行くと、眼前にもくもくと立ち上る白い煙が見えてくる。
 隣り合って工業地帯があるのだ。川を広げ、港を掘り込み、ガントリークレーンが並んでいる。遠景で見るから小さく見えるが実際はビルほどの高さがある。それが曇る空を背景に佇み、時折ゆっくりと動く様などは、太古から首長竜がゆっくりと歩いてきたようにみえるのだ。
 一年中観光客がやってくる保養地と、安定した気候の中で一年中生産を続ける工業地帯が一体となっている。
 ご当地版のロングビーチといったところだ。実際そういう謳い文句で、喧伝し集客をしている。賑わっている観光地の一番いい場所に店を構えたのは、魔女である。
 前年からその店は営業を始めた。最初は誰も店だと思わなかった。薬草で店を埋め尽くし、外には鉢植えを並べ季節の花が咲く。自然派に傾倒している個人宅だと思ったのだ。しかしドアにオープンの札がかかっていることに、街の住人や観光客は気がついた。そして恐る恐る店の中を覗き込み、中からテイクアウトのカップを持って出てくることに気がついた。
 何やら素敵なものがあるらしいと人々に知れ渡ってからは早かった。
 魔女の家は、長くない営業時間いっぱいに人々をもてなす。仕事で店を訪ねるから、閉店後の姿しかしらないのだが、昼間の集客を知っているとクラスの人気者とこっそりと仲良くなったような、特別感がある。
 この店は昔見た映画を思い出す。あれも魔女の話だった。この店は、昔憧れた映画の世界そのものなのだ。
 カウンターの上には明日の仕込みで、さまざまなものが並んでいた。しかし店主はいない。
 使いかけの乳鉢に、蜂の実を立てかけたまま放置してある。その中ですり潰されているものがなんなのかわからないが、きっと素敵なものなのだろう。
「ああ、すまん。待たせたな」
 奥から店主が出てくる。
 その佇まいから魔女と呼んでいるが、しゃべれば当たり前のように成人男性だ。耳で聞く音とのギャップに混乱する。