tonami
2025-03-28 21:16:35
4653文字
Public ホラー
 

視線

ホラーのようなもの。⚔️単体。🏴‍☠️狩り時代。🌊軍モブがけっこう出る。




 刃に付着した血を振って払い、刀を鞘に納める。三振り佩いているうち、結局使用したのは和道一文字のみだ。賞金が高かったのでそれなりに期待したのだけれど、額に合わず手応えはなかった。
 周りに積み上がった海賊の山から賞金首を抜き出して、地面に投げ捨てる。峰打ちにしているので死んではいないはずだ。手配書は生死を問わないと書いてあるが、実のところ生きているほうが賞金が高くなる。いろいろ取り引きができるからだろう。海軍も海賊を根絶しようと必死だ。
 賞金首を引きずりながら海軍に向かう。無駄に図体がでかいのでやたら目立つ。通り過ぎていく町人の好奇と怯えの混じった視線が鬱陶しい。引きずられているのはここいらを荒らしていた海賊なので、仕方ないといえば仕方ないが。それを倒したゾロは何者だと恐れられるのはいつものことだ。
 海軍で海賊を引き渡し、たんまり賞金の入った袋を貰う。これで久々に飯が食える。数日水で腹を膨らませていたのでぺこぺこを通り越して背中とくっつきそうだ。期待にぐう、と腹が鳴った。
「なんだ海賊狩り、腹減ってんのか」
 すっかり顔馴染みになった受付を担当している海兵が、ゾロの腹の音を聞いて笑う。初めて賞金首を連れてきた時はこんな子供がと顔をしかめられたものだが、たまたま見回りに出ている際に手を貸して以来、なにかと声をかけてくるようになった。
「ここ何日か水しか飲んでねェからな」
「あ? なんだそりゃ。断食でもしてんのか?」
「いや、金がなかった」
 素直に理由を告げると呆れたように海兵は溜め息をつく。
「お前、何度か賞金取りにきたじゃねェか」
「んなもん、酒ですぐなくなる」
「はー、その若さでうわばみたァな。末恐ろしいぜ。……ちょっと待ってろ」
 そう言って海兵は受付の奥の扉に引っ込む。かすかに話し声が聞こえるのは待機か交代の海兵がいるのだろう。待っている間、やたらにあちこちから感じる視線が煩わしい。値踏みするのはけっこうだが、ゾロはあくまで生活のためにやっているだけだ。強い相手と戦いたいのももちろんあるけれども。嫉妬される謂れはない。
少しして出てきた海兵は、つい、と親指で受付の横から伸びる通路を示した。
「良ければうちで食ってけよ。いまさら一人くらい増えたって変わらねェし」
「おれは部外者だぞ」
「勧誘も兼ねてる」
……あいにく、海軍に入る気はねェ」
 手っ取り早く金が欲しくて賞金稼ぎなんぞやっているせいか、海軍にも何度か勧誘されたことはある。海賊狩りなんて名前をつけたのはヨサクかジョニーだったか、はたまた海軍だったか忘れたが、異名のせいで位が高い海兵ほどゾロに好意的なことが多かった。
 しかしいくら言われようと、ゾロは海兵になる気はさらさらない。海賊になる気はそれ以上にない。ゾロの目的は鷹の目を倒し、世界一の大剣豪になること。ただそれだけだ。その野望のために、海軍や海賊という組織だったものは邪魔でしかない。
「上から海賊狩りをどうにか勧誘しろってお達しが出てんだよ。とりあえず一度でも声をかけときゃ言い訳は立つ。おれの面子のために、今日だけここで飯を食っちゃくれねェか」
 に、と笑う海兵にゾロは一度目を伏せる。海軍に入る気はないが、海兵のことは気の好い人間だとは思っている。なにかあったら一度くらいは気まぐれで助けてやってもいい。どうせ断るとわかっているのだ、貸しは作っておいて損はない。タダで飯も食えることだし。
「わかった。付き合ってやる」
「おう。ありがとな」


 海軍の食堂は思いの外広い。しかし広いだけで床のタイルはところどころ剥げているし、テーブルと椅子は古く、座るとぎしりと軋んだ。東の海の小さな島だ。設備に投じられるほど予算は潤沢ではない。
「壊れそうになったら自分達で直してんだ。本部からの予算は一向に増えねェからな」
「勧誘してんのにそんなこと言っていいのかよ」
「良いとこだけじゃフェアじゃねェだろ? 入ってから話が違うって暴れられても困っからな」
 飯持ってくるから待ってろ、と海兵が離れていく。その背をなんとなしに見送りながら、ゾロは食堂を見回した。まだ昼前のためか、他の海兵達の姿は少ない。制服を着ていない明らかに部外者のゾロは目立っていた。海賊狩りの異名も伴って不躾な視線が鬱陶しい。
「あれが海賊狩り? まだガキじゃねェか」
「刀三本も持ってごたいそうなこった」
「上はあんなガキ勧誘しようとしてんだろ? 正気かよ」
 離れたテーブルから、あからさまにゾロに向けての話し声はいっそ清々しかった。ひそひそ陰口を叩かれるよりは幾分かましだ。
 まとわりつく視線を振り払うように首を振る。しゃらしゃら、三連のピアスが触れ合って音を立てた。金色に窓から差し込む陽光が反射してきらりと光る。話し声はまだ聞こえていたが、とりあえず欲を孕んだ泥濘のような視線は消えた。
「お待たせ〜、日替わり定食でよかったよな?」
「食えりゃなんでもいい」
「もうちょっと食に欲を出せよ。酒しか興味ねェのか」
 苦笑しながら、海兵は自分とゾロの前にトレイを置く。メニューはありきたりだ。よくある定食屋でも食べられるような、普通のメニューである。
「あと二日先だったらカレーの日だったんだが」
「海軍カレーってやつか」
「そうそう。まァ、可もなく不可もなくって感じだから、そこまで盛り上がらねェんだ」
「ふうん」
 肩を竦める海兵に生返事を返しながら、ゾロは定食に手をつける。──確かに、可もなく不可もなく。どうだ、と感想を待つ海兵に、ゾロは表情を変えないまま「普通」と返した。



 昼食のあと、ついでとばかりに軍の中を軽く案内された。部外者であるゾロが見ても何ら問題ない場所ばかりだったのだろうが、ずいぶん不用心だ。海賊狩りなどとたいそうな呼び名をつけられているが、周りから見ればたかが年若い賞金稼ぎだ。海軍が相手ではゾロ一人では分が悪い。
 一人で喋りながら前を歩く海兵の話を聞くともなしに耳に入れながら、ゾロはタペストリーのかかった角を曲がる。
「──あ?」
 ぴたりと、足が止まった。角を曲がったはずなのになぜか見覚えのある廊下に戻っていた。海軍のタベストリーがかけられた曲がり角。ここを先程、ゾロは曲がったばかりだ。それとも違う場所なのだろうか。あえて同じ曲がり角を作って、侵入者を惑わせるように。もう一度、曲がり角を通ってみる。やはり同じタペストリーがかかった角に出た。おかしい、とさすがに脳が警鐘を鳴らす。もう一度曲がってみても、やはり結果は同じ。どうしてもタベストリーの前に戻ってきてしまう。こんな、四度も五度も同じ曲がり角を作る必要性はない。侵入者対策なら、もっと早い階層からこうなっていないとおかしい。この廊下だけ角がいくつもあるのは異常だ。そしてなにより、ゾロの前で一人で賑やかに喋っていた海兵が、いつの間にかいなくなっていた。
……どうすっかね」
 独り言ちてタペストリーを見上げる。描かれているのは男だろうか。こちらへ顔を向けた男のバストアップの図案だ。意思などないはずなのに、見開かれた両目があまりに黒々と渦巻いていて、まるで監視されているように錯覚してしまう。否、実際、見られている。
 再びゾロは無言で足を進めた。角を曲がる。白い壁のあらゆる場所から視線を感じた。まとわりついてくる視線の犯人はこいつだったか。強さへの嫉妬と下卑た欲、奪われたことへの憤怒、生への渇望。いろんな感情が混ざって淀み濁りきった澱のような視線。気持ちが悪い。
 タペストリーの前に帰ってくると、男の両目は明らかにゾロへ向けられていた。ひとつ睨めつけ、曲がり角へ。──ぺたり。背後から、裸足が床を叩く。振り向いてみるが後ろには誰もいない。それに片眉を上げ、前を向いて歩き続ける。ぺたり、ぺたり。着いてくる足音は子供のように軽い。ああ、そりゃ絵だもんな、と心中で納得した。質量を持つほどの力はないらしい。閉じ込める空間も短いし、さほど強力なものではなさそうだ。──それならば。
 ゾロは腰に帯びた刀を撫でる。三振りともゾロが子供の頃からの付き合いだ。なまくらだと村のジジイに寄越された二振りが一番古いが、銘は知らない。ジジイも名前を告げなかった。唯一、銘付きの和道一文字は、元はゾロの刀ではない。けれどそうあるだけの時間は過ごした。形見として受け取った時から、和道一文字はゾロのことを厳しく試すことはあるが、優しく見守っている。
 白鞘を指先で辿り、柄を握る。手のひらに伝わる温度は低い。いつ何時も冷静な刀。親友のように清廉な気配をまとった、ゾロが何よりも信頼する愛刀。
「和道一文字。少し、力を貸してくれ」
 すらりと白鞘から刀を抜く。明かりを受けてもいないのに刃がきらりと光り、刀身を輝かせる。鈍色のそれと同じ色をした瞳を眇めて、ゾロは振り返りざまに刀を振り下ろした。



「ここにいたのか海賊狩り! どこ行ってたんだお前! いきなりいなくなるからすげェ探したんだぞ!?」
 海兵がゾロの姿を見るなり、慌てて駆け寄ってくる。それに鷹揚に返しながら、丸めて持っていた物を押し付けた。
「これ」
「うん? ……なんだこれ? タペストリー?」
 広げてみるが、絵の具をぶち撒けたように黒く染まっていて元の図案はわからない。端に向けて散った飛沫が血痕のように見えて、海兵は思わず眉を寄せる。見た限り、血液でなく絵の具であることは確かだ。
「どうしたんだこれ」
「ここにあった」
「ここに? ……ここにはタペストリーなんかかかってなかったはずだが」
 誰かの忘れ物か? と海兵は首を傾げる。なるほど、絵だと思って軽く見ていたが、本来在るはずのないものだったか。在ったものが意思を持つなり乗っ取られるなりするならまだしも、無から有を作り出すのなら話は変わってくる。
「飯食わせてもらったから言っておくが」
 タペストリーを示し、ゾロは海兵をまっすぐに見る。ただ破棄するだけではだめだ。跡形もなく消してしまわないと、これは還ってくる。
「それ、早々に燃やしたほうがいいぜ。被害を出したくなけりゃ」
 炎というものは善も悪も関係なくすべからく燃やし尽くすものだ。炎に浄化できぬものはない。そう言っていたのが村の僧侶だったのか祖母だったのかは忘れてしまったけれど。
 嵐を連れてくる雷雲のように重くなったグレーにたじろぎながらも海兵は肯く。理由はわからないが、そうしなければならない気がした。そもそも誰がかけたのかもわからない物だ。柄も不気味だし、勝手に私物を飾れば本部からの監査にも響く。支部長である大佐の物でなければいいが、なんとなくその可能性はない気がした。
「わかった。ちょうど芋でも焼こうかと思ってたんだ。使ってもいいよな?」
……まあ、いいんじゃないか?」
 一瞬だけ逡巡したが、大丈夫だろう。どうせ燃やすには同じことだ。せっかくだしお前も食っていくか? の問いには否と首を横に振る。入隊する気もないのに長居してしまった。いい加減ここから出て酒を飲みに行きたい。
 残念そうな海兵を振り切って、帰るべくゾロは歩き出す。それがまた玄関とは真逆の方向だったので、再度慌てた海兵によってゾロは無事、建物の外まで送り届けられた。