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2024-11-22 02:07:24
3698文字
Public
 

Goodbye, you digital ashes.



ノックアウトマウスの遺言 めちゃめちゃネタバレがあるので下げ
PC4のED前の小話、クライマックスの一週間後くらいを想定しています
自陣たちの口調とか違ったらまじごめん、五体投地します
















寂しさと後片付けの話

 あれから一週間が経った。諸々の後始末はあったものの、ほとんどは遊木支部にお任せ(押し付けたとも言うかもしれない)したので、蘭がやるべきことはもうない。積年の依頼も片付いたことだし、これでようやく自分のためだけに管理者権限を使い、本業を充実させられる! そう思っていた。
 いや、正確には今だってそう思っている。にもかかわらず、なんと驚くべきことに、全くやる気が出ないのだ。
 蘭はこの一週間、部屋のソファから全く動けずにいた。

 蘭は毎日がウルトラミラクル楽しい。天職を辞書で引いたらきっと「蘭にとっての情報屋のこと」と書かれているだろう、そのくらい情報屋の仕事は楽しかった。蘭にしてみれば依頼はパズルや謎解きと同じで、過程すらも満喫できるものだった。
 クラブもDJイベントも野球も(なんか一回だけ草野球に誘われてキャッチャー?とかいう球の指示ができるポジションをやった、なかなか楽しかったけどなぜかあれ以来誘われてない)、何であってもそれなりに楽しむことはできるが、全ては人脈作り、仕事の幅を広げるための手札たちだ。脳が最も喜ぶ栄養は、依頼という謎を紐解いていくときにしか得られない。
 依頼を達成するためのルートは多ければ多いほどいい。今回の一件でUGN遊木支部という太いパイプを持つことができて、ますます好調だ。
 なのに、覚醒してから初めて、こんなにも気力が湧いてこない。スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャスな日々だったはずが、これじゃただのスーパーニート生活だ。これは蘭にとって由々しき事態だった。人間と違ってヒューマンズネイバーを解いてしまえば生活費もさしてかからないので、わざわざ働く必要も特にはないのだが、日々が楽しくないのは困る。人間が生きるために酸素を必要とするように、蘭には生きるために刺激が必要だった。
 とはいえ、さすがに代わりに後始末をやってもらっている渦中の支部長や獲土に「なーんもやる気せんよ〜 こういう時ってどうしてる?」と聞いたらバッドエンドが待っていることくらいはレネゲイドビーイングであっても分かる。想像しただけで怒号が聞こえるようだった。いろいろとあって最終的に手伝わされるのだろうし、この二人に連絡を取るのはやめておこう。
 とすると、次に頭に思い浮かぶのはあの二人、アリと織枝だが、織枝は泣く子も黙る本部エージェントだ。今回の一件の対応で、今は忙しくしているかもしれない。その邪魔をしては悪い、本音を言えば早く返信が欲しい、というか今すぐ構って欲しい、という理由で、アリの連絡先を端末から探す。
 挨拶代わりに、気の抜けたクマのスタンプを送信すると、すぐに既読が付いた。『久しぶりね』と返ってきたので、なんかあれ以来やる気起きないんだよね〜、とダラダラと打ち込んでいたところ、その最中に矢継ぎ早にメッセージが飛んでくる。
『少し聞いてほしい話があって』
『おりえがろんど』
『んに』
『行ってしまうことになって』
『私一体どうしたら』
『着いて行っても良いと思う?』
『UGNが許可をくれるかしら』
『密航の方法は知ってる?』
 止めどなく流れていくメッセージに、つい打ち込んでいた手も止まる。どうやら向こうは向こうで一大事のようだ。密航?
 アリが織枝を大切に思っていることは、彼女も公言しており、また側から見ていても十二分に伝わってくる。アリにとって、そんな大切な彼女と離れてしまうことは大問題だろう。だが、蘭は織枝のことを思い浮かべる。あの織枝が、アリを連れていかないことがあるだろうか? いかなる手段を使ってでも同行を許可させるよう、本部に迫る織枝の姿を、蘭はこの目で見たかのごとく鮮明に想像することができる。
 だって、彼女たちは、互いに想いあっているのだから。
『や、、まあ密航の手助けもできなくはないけど』
『本当に?』
『でも大丈夫じゃない? 織枝ちゃんを信じて待っときなよ』
『やっぱりそうかしら、織枝ならきっと…… ごめんなさい、もう居ても立っても居られなくて』
『こっちこそ変なタイミングで連絡しちゃってごめんね〜』
『話を聞いてもらって、少し落ち着いたかも ありがとう』
『そりゃ良かった ロンドンの写真送ってね』
『念のため、今度密航について聞くかもしれない』
『もち』
 UGNを騙せば良いだけなので、密航する必要はないのでは? と思いつつも、了承のスタンプを添えて返す。事が全て上手く行ったときには、このやりとりを織枝に見せようと思い、スクリーンショットを取っておく。
 さて、今のアリに相談するのはどう考えても迷惑だ。それくらいはレネゲイドビーイングであっても分かる。となると。蘭は友達が少ない。最後にヒットしたのは、我が弟、冀実だ。
『いぇーい、今暇? あ、支部長とのあくんにはこのこと内緒ね』
 暇を持て余していることが金輪と獲土にバレるとまずいので、まずはしっかりと口止めをしておく。ほどなくして既読が付き、次いで返信が届く。
『蘭ちゃんだ、久しぶり! 今は大丈夫だよ、二人にはひみつね』
さすが、話の分かる弟だ。それでこそ、と心の裡で賞賛を送りつつ、本題に入る。側から見ればささやかな、しかし蘭にとっては重大な困り事を、文字に起こしていく。
『あれからな〜んか何もやる気出ないんだよね』
『そうなんだ、いろいろあったもんね』
『こんなこと初めてで、なんでか分かんなくてさ〜 やっぱ日光とか浴びた方が良いのかな』
『レネゲイドビーイングもそういうのあるの?』
『ないかも』
 相談、とは言っても、こうしてだらだらと雑談をするだけでも少しは気が紛れた。無気力の原因が突き止められなくとも、気分転換だけでも今の蘭にはありがたい。
 適当な話題を考えていると、『もしかして』と冀実から返信が来る。もしかして。続く言葉を待とうと、手を止める。少しだけ間をおいて、小気味良い通知音が響く。
『もしかして』
『蘭ちゃん、さみしい?』
 さみしい。さみしい?
 その言葉は、認識はしているものの馴染みはないものだった。クラブ通いも野球も、楽しいことだ。依頼をこなすのはそれ以上に楽しい。ガセネタを摑まされた時は腹立たしい、多分これは怒りだ。遊木支部でご飯を振る舞ってもらった時は、嬉しかった。だったら、寂しさって一体なんだろう?
……さみしい」
 拙い響きを、口に登らせる。その音は、空白の多い殺風景な部屋に少しだけ広がって、そして溶けていく。脆く、柔らかく、そして三月の日差しのように温かな音だった。
 そうか、私はさみしかったのか。
 蘭は、自分にとっての人生は刺激的なもので、自分の日々には楽しさばかりが在るのだと思っていた。新しい出来事を体験し、知り得ていく素晴らしい日々! だが、どうやらそう思えない日もあるということを、今日初めてこの身を持って学んだ。友達がいなくなると寂しくて、今の自分には、その寂しさを優しく抱き止めるための時間が必要なのだ。
『そうっぽい』
 驚いた表情のクマのスタンプを添えて返す。なんと冀実に、こんな簡単なことを教わるとは。これでは姉を騙ってなどいられないな、と一人苦笑する。
 あんな依頼を持ちかけてきた上で、さらに一年も連絡がない時点で、あまり望ましい結末が得られないであろうことは分かりきっていた。だが、どうやら分かっていたとて寂しさというものは避けられないらしい。全てが解決して心に余裕ができた今、改めてその感情が穏やかな午後の浜辺の波のようにゆっくりと押し寄せてくる。
 この世にレネゲイドビーイングとして生を受けてまだ日が浅い。人間たちと隣り合って生きていくことには少しだけ慣れてきたけど、まだまだ分からないことはたくさんある。特に、人に託したくせに勝手にどこかで死んでいたようなやつのことなんかは、全くもって理解ができない。この寂しさが馴染む頃には、1gだけでも理解できているだろうか。そんなことを考えながら、ひとまずは今日を生きていくしかないのだ。
 開け放っていた窓から風が吹き込む。その涼しさと爽やかさは、どこか今の気持ちに似ているようだった。

 ところで、金輪に「楽しそうだな、誰とラインをしているんだ?」と問われ、嬉しそうに「蘭ちゃん!」と答えてしまった冀実のおかげで、今からスパムメールのごとく連絡が来ることを、蘭はまだ知らない。

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 今はもう使われていない、そして未来永劫返事が来ることはないチャットルームを、久しぶりに開く。
『やっほー』
『何勝手に死んじゃってんのさ』
『シルエットとかいうのもジョークセンスなさすぎ』
『クソゲーばっかやってっからそんなことになるんだよ』
『依頼、ようやく終わったからさ』
『おやすみ』
数件のメッセージを送り付けチャットルームを退出し、そして管理人権限で削除した。これで全て終わり。誰も見ることのないメッセージが、それでもきっと空へと届くと、柄にもなく信じる日だってある。