0087aa
2024-03-24 05:26:05
4961文字
Public
 

花を手向ける



ハートレスメモリー4話未通過🙅‍♀️🙅‍♀️🙅‍♀️
バレがあるので少し下げます


















はとめも4話 自PC(PC4)のお別れシーンを整えたもの、葬式のシーンから始まるので注意
GMからとっっっても素敵な演出とRPをいただき、舞い上がり、気付いたら書いていた
なるべくRPしたときと差が出ないように整えたつもりなのですが、記憶の限界で一部変わっている箇所があるかも、土下座です
設定:PC4は幼馴染の汐華あやめが好き(LOVE)

 汐華あやめが死んだ、と連絡をもらったのは、高校二年生の夏、八月三十日の午後九時ごろだった。交通事故、とかいうくだらない理由だった。
 あやめとは夏休みの間もよく遊んでいたけれど、それでも毎日というわけにはいかない。学校が始まれば理由を考える必要もなく毎日会えるので、私は九月一日が待ち遠しくて仕方なかった。明後日には学校が始まる、そう胸を高鳴らせていた日の夜に、リビングの電話が鳴った。母親は洗濯物を畳んでいたので、手の空いている私が受話器を取る。相手はあやめの母親だった。
「あ、知明ちゃん? お母さんに代わって……いや、ちゃんと私から伝えなきゃね」
いつもと違い、元気のない声だなと思ったことをよく覚えている。今考えれば、当たり前だ。その理由を二秒後に理解する。
「あのね、あやめが……あやめが天国へ行ったの。よかったら、明日のお通夜に来てもらえる?」
 意味がよく分からなかった。話し相手の言葉が理解できないと思ったのは、初めてのことだった。
 そこから先、おそらくお通夜の時間や、母親とも話したいという旨のことを言われていたと思うのだが、まるで覚えていない。気が付いたら電話は終わっていて、私は泣いている母親に抱きしめられていた。それでも私はまだ、「あやめが天国へ行った」という言葉の意味を理解できずにいた。軽井沢へ行ったよ、と言われても、はあ、としか思えないのと同じだった。天国へ行ったのなら、帰ってくるのはいつなんだろうか。

 どうやら帰ってこないらしい、とようやく実感したのは、その二日後、出棺の時だった。待ち望んでいた九月一日。これからまた毎日あやめに会えるはずの、九月一日。それなのに私は学校ではなく火葬場にいて、彼女は棺桶に横たわっている。
 何かがおかしい。だって、明日から学校で毎日会えるはずなのに。今日は学校にいなければいけないのに。
 交通事故だったようだが、遺体は存外に綺麗だった。参列者がお別れの言葉を告げながら、棺桶の中を花で飾っていく。花に囲まれたあやめはやはり美しく、いつもより白いその顔をじっと見ていると、母親に花を入れるよう催促された。手元には、ピンク色の、彼女の髪の色に似た百合の花があった。どうやらこれを棺桶に入れなければいけないらしい。
 そう思った時、唐突に汐華あやめが死んだということを理解した。
 あれ、もしかして、これがお別れなのかも。もう帰ってこないのかも。
 気付いてしまったら、もうダメだった。止めどなく涙が溢れてくる。花を入れなければいけないのに、どうしても手が動かない。連絡をもらってから二日間のうちに溜まっていた悲しみが、滝のように降りかかってくる。隣に立っていた父親が私の体を支える。どうやら足の力が抜けているらしい。この時の私は、泣くという行為以外を忘れてしまったのだと思う。
 結局花を入れることはできず、私が火葬場から少し離れた場所のベンチに連れて行かれ泣き崩れている間に、全てが終わっていた。それで良かったのかもしれない。骨になった彼女など見たくはなかった。


 「絶対の真実」というものはこの世の中にそう多くはないが、そのうちの一つが「死者は黄泉還らない」ことだ。
 と、信じて生きてきたのだが、まさかこんな形で彼女と再会することになるとは思わなかった。天国へは片道切符だと聞いていたのに、六年後に面影島へと帰ってくるだなんて、誰が想像できただろうか?
「綺麗ね、この景色」
……そうだね、とっても綺麗」
扉を開けた先は、春の陽気で満ちていた。青空のもと、春陽を浴びた汐華あやめが花畑に佇むさまは、これまでに見たどんな景色よりも綺麗だった。彼女には、花がよく似合う。
「あなたとここでまた会えて、本当に嬉しかったわ」
「うん、私も」
「もう会えないと思ってたから」
あやめが柔らかく微笑む。彼女もおそらく分かっている。六年ぶりのこの奇跡の邂逅も、終わりの時が近いことを。
「あやめ、大人になるとそんなに綺麗になるんだね」
「あら、そう? 知明だって随分綺麗に、というか、可愛くなったと思うわ」
途端に頬が熱を帯びる。可愛い、だなんて、生前言われたことはあっただろうか? 咄嗟に顔を手で覆いそうになり、それらを誤魔化すために一旦しゃがみ込み俯く。あやめがそんなことを言うなんてずるい、と子供染みた思いが胸に去来する。
 と同時に、ずるいと言うなら私の方だ、と改めて思い直す。この島で彼女を見るたび、罪悪感が雪のように降り積もりこの胸を凍り付かせていた。私たち五人は、この島の異変を解決しようとしているのに、この島の奇跡の恩恵にあずかってしまっているのだ。
 一つ呼吸をして、扉の向こうで私を待っている四人には聞かせられない心の裡を話す決意をする。彼らのことを信頼しているからこそ、こんなことを話せるはずがなかった。これを彼らに打ち明けることは、これまでの彼ら、そして私自身の努力に対する裏切りだからだ。
 それでも、すくすくと育ってしまったこの矛盾した思いを、全ての片をつける前に清算しておきたかった。あやめならきっと、赦してくれる。
「なんかさ、この島に来て、本当にいろんなことがあってさ……あやめにまた会えて、でも、いろんな人たちがいろんな目にあって」
面影小春、面影冬日、時雨京一郎、そして七姫薫。ここまで会ってきた人々に想いを馳せる。
「だから、トータルで見ると、多分この仕組みはあんまり良くないものなんだよ。無くした方がいい。そのために、結構頑張ったりしてさ」
こうして言葉にすると、改めて思う。「死者は黄泉還らない」ことを、「絶対の真実」に引き戻さねばならない。理性では、確かにそう思うのに。
「でも、解決しちゃったらもうあやめには会えない。わがままだけど、それは……やっぱり寂しいなって、思って」
感情が、私の心が、二度も彼女を失うのは嫌だと泣いていた。この涙こそ、私はこの再会を好ましく思っているという証左に他ならない。
「なんだかずるいよね、みんなの祈りを否定してるくせに、私はやっぱり、あなたに会えて嬉しいと思ってる」
 私の告解を聞いたあやめは、少し間を置いてから話し出す。
「私も、目覚めたら知明がいて……本当はゆっくり話したかったのだけど、なんだかずっと忙しそうで。正直一緒にいる人たちにちょっと妬いたりしたの」
……あやめがいてびっくりして、何を話したらいいのか分からなくてさ。ちょっと目先のやることに逃げてた部分が、ないとは言わないかな」
本当のことを言えば、あやめのことはかなり避けていた。会いたい、話したい、触れたい。だが、胸の内の冷たく重い罪悪感が、彼女から私を遠ざける。時雨京一郎を、面影小春を否定した自分が、黄泉返った彼女に、あの日の続きのように接してしまうこと。そんなことが許されていいのだろうか、あるいは、私も「そう」なってしまわないだろうか、と。
「本当、そこはごめん」
「まあ、あなたは目の前にやることがあったら投げ出せない性分でしょう? 知ってるわよ、そんなことくらい。あなたのそういうところも、好ましく思っていたのだし」
「え、そんな風に見えてたのかな」
思わず顔を上げて、あやめの顔を見る。
「そうよ、私が言うのだからそうなの」
そう言って、彼女は悪戯めいた笑みを浮かべる。
……そっか」
それは、今の私には少し眩しすぎる言葉だった。だが、彼女が言うのであれば、きっと私はそういう性分なのだろう。やることがあったら投げ出せない。いくら彼女を失いたくないと願ったとしても、最後にはこの手で黄泉還りを終わらせるのだ。
 だとすれば、この手で終わらせる痛みと引き換えに、少しばかりこの奇跡を甘受しても良いだろうか。ずっとあやめに伝えたかった、そしてとうとう伝えられなかったことを、伝えても許されるだろうか。
 そして立ち上がり、ゆっくりと口を開く。
「あのね、この島に来て、仲間もたくさんできたんだ。年下の子も多いけど、みんな頼れる大切な仲間なの」
目を閉じて四人の顔を思い浮かべる。彼らとでなければ乗り越えられなかった場面がいくつもある。いつの間にか私たちは、どこに出しても恥ずかしくない立派なチームになっていた。
「でもね、やっぱり、私はあやめが一番大事」
目を開けて、彼女の顔を見る。
「こうやって会ったら、改めてそう思った」
もちろん彼らのことだって大事に思っている。戦闘で傷ついてほしくないし、ジャームなんかになった日にはきっと人目も憚らず泣いてしまうだろう。だけど彼らは、私と同じオーヴァードであり、日常の護り手だ。あやめは、そうではない。もしも彼女が生きていたなら、私が守るべき、そして帰るべき日常の象徴となっていたはずなのだ。
……そうなの?」
「うん、きっとずっと、あやめが一番なんだ」
もう彼女は「日常」の存在ではない。それでも、私はいつも彼女を思い浮かべて帰ってくる。
……私にだって、知明、あなたしかいなかったわ」
あやめが少しだけ寂しそうな顔をする。彼女が本来いるべき世界を指し示す過去形が、耳に残る。
 でもね、とあやめが言葉を続ける。
「でもね、知明。私はあなたが生きていてくれて、本当に良かったと思っているの。だって、私はこうしてあなたの話が聞けて楽しいんだもの」
 今度こそ本当に、ずるい、と思った。だって、私は。私の気持ちは。私はあやめが生きていてくれた方がずっと、ずっと良かったのに。
 だが、喉まで出かかったそれを飲み込む。これは生者である私が引き受けるべき後悔だと思ったからだ。彼女もきっと、それを分かった上で私に甘えているのだろう。ひと呼吸おいて、返答を紡ぐ。
……あやめがそう言うなら、私はこれからも頑張って生きていくよ。だから、きっとここから見ていて」
「ええ、もちろん」
そういってあやめは花のように笑う。
 ずっとこの顔が見たかったのだ、と、不意に気付く。この先どんな辛いことがあっても、この記憶を、この顔を思い出せば、きっと私は前を向けるだろう。
 そう思ったら、無意識に言葉が零れ落ちていた。
「私、あやめの笑った顔が、本当に好きだな」
「あら、顔だけ?」
「えっ、いやそれは」
「知ってるわよ」
今日は最初から最後まで彼女にペースを握られている。
「しっかり焼き付けて帰ってちょうだい」
……うん、そうする」
自然と笑みが溢れていた。言われなくたって、とっくの昔に焼き付いていることは秘密だ。
 後悔はひとつもない、と言えば嘘になるが、胸の内の整理はついた。あまり彼らを待たせすぎるのも良くないだろう。
「こうしてゆっくり話せて良かった、ここで待っていてくれてありがとう」
幕引きは生者の務めだ。そう思い、終わりの言葉を口にしたが、とうとう二度目の別れがくるのだと実感し目が熱くなる。
「こちらこそ、来てくれて嬉しかったわ、ありがとう」
あやめからも別れの言葉が返ってくる。それはこの優しいアディショナルタイムの終わりを告げる笛だった。
 目の前に広がる、楽園を思わせるような色彩の中から、あやめの髪の色に似た花を手折る。彼女に近付き、緩くカーブのかかった柔らかな髪にその花を挿す。
……ふふ、よく似合ってる」
これはきっと、手向けの花だ。ここに辿り着くまでに、六年も費やしてしまった。
「じゃあ、そろそろ行くね」
 背を向け、歩き出す。これ以上ここにいたら、きっと彼女の前で泣いてしまうだろう。笑顔で別れたかった。だって、好きな人には泣き顔より笑顔を覚えていてもらいたい。
 さようなら、私の愛しいあなた。
 行き場を失っていた私の初恋は、やっと美しく終わったのだ。

----------------------------------------------

 最後に彼女にもらった花飾りを手に取る。この髪と同じ色の小さな花飾り。じっとそれを見つめ、そして美しいその花びらに口付けをする。

「さようなら、私の愛しい人」

 風が吹く。花が揺れる。海が騒ぐ。この島も、私も、今この瞬間だけは生きていた。