ゑ/圓堂
2025-03-27 00:20:44
3104文字
Public 月詠サーバー(十五夜本丸)
 

【刀剣乱舞】ポラリスの下で愛を謳え【山鳥毛×創作男審神者】

初めて書いたちょもじゅ。こっちに投稿していると思ってたんですが漏れてました。
審神者を亡くした本丸の先代より近侍を務める山鳥毛と、後任としてスカウトされてきた虐待やらいじめやらで自殺未遂経験のある19歳審神者坊やのじゅうごくんのちょもさに♂。ちょもが最初は先代のことを「主」と呼びじゅうごくんのことを「小鳥」と呼んでいたけど、先代のことが吹っ切れてからはじゅうごくんを「主」と呼んでますという独自設定あります。
本丸の母屋の屋根に上ってぼんやりしていたじゅうごくんを過剰に心配してしまうお頭の話。

いつもと変わらない、静かな夜だ。
カシオペアが零れ落ちそうな星空には、上弦を少し過ぎた月が浮かんでいる。その光を反射して、夜の闇に飲まれるのを免れた瓦屋根の連なりや、背の高い木々の葉が、青白い光を放っている。それ以外はどこまでも黒が続く。足元に広がるその光景は、きっと夜の海と似ている。
裸足の皮膚に、瓦の冷たさが心地いい。日中はそろそろ暑いと感じる日も増えてきたけれど、夜はまだ寒い。ずっとこれくらいの気候が続けばいいのに、と思う。

ここは俺が生まれた世界と違って、もっとずっと全てが管理された世界のはずだから、そういう気候の管理だって出来るんじゃないか。そんなに簡単な事じゃないのか。俺はそんなに頭もよくないし、色々な事を学ぶ前に生まれた世界を捨ててきたから、難しい事はちっとも解らない。
でも、そんな俺でも、この黒い海に沈む本丸の主として、存在理由を与えられている。生まれた世界では、ただの一つとして価値などなかった俺を、この世界は必要としてくれている。

この世界では刀剣男士という刀の神様が、歴史修正主義者率いる時間遡行軍という敵と戦っている。戦うためには人間と同じように、食事や睡眠で英気を養わないといけなくて、この本丸と呼ばれる場所で生活をしている。俺は刀剣男士を束ねる審神者として、彼らと生活を共にしている。
この本丸の審神者には、時の政府と呼ばれる機関から来た審神者統括官の三上さんという人の勧誘でなった。元々いた先代の審神者が亡くなったからだそうだけど、何故俺が抜擢されたのかは未だによく解らない。理由を聞いても「様々な適性や条件を総合して最適だったから」と三上さんは言う。どうにも俺は未だにそれを素直に受け入れられていない。三上さんは穏やかで優しい、丁寧な人だけれど、繊細なフレームの眼鏡の奥の笑顔に、どうしても少し疑心を抱いてしまうのだ。我ながら失礼だとは思っているけれど。

ここに来てもうどれくらいの月日が経ったのか、正直もう思い出せない。もしかしたら元いた世界の方が、悪い夢だったのかも知れない。そう思えるほど、長い時間をこの世界で過ごしているのか。それとも、費やした年月とは反比例するほどに多くの思い出をここで得たのか。考えてみてから、両方かも知れないと思った。

びゅう、と一陣の風が吹いて、そろそろ着慣れてきた和服の袴の裾がはためく。
遠い彼方の記憶の中で、唯一鮮明な光景を思い出す。
三月の初めだというのにいやに暖かくて、それでも俺が屋上のフェンスを越える頃には、まだ冬の名残を感じる冷たい風が吹いていた。ちょうどこんな風に。
目を閉じると、青褪めた夜の海から橙色の黄昏へと景色が変わる。俺が唯一はっきりと覚えている、現世の姿だ。べっとりと一面に夕焼けが張り付いた校庭。薄汚れたスニーカーの爪先。鉄の門から伸びる長い影。今になって思い返してみれば、案外悪くない景色だったようにも思えてくる。

親からは失望され、二年先に生まれた兄とクラスメイトからは嘲られ、ちっぽけな世界で居場所を失くした俺は、高校を卒業したその日に死んでしまうつもりだった。特にその日にしたのに意味はない。何となく区切りが良かったからだ。
十八で人生に区切りをつけるのは、今となっては早計だったように思わなくもないけれど、十八年生きてきて変える事の出来なかった環境を、その先も変えられるとはとても思えなかった。遺書も書かなかった。書いたところで、誰も読まないだろうと思った。
ただ居なくなればいいんだ、と、そう思っていた。

でも、今俺はこうして生きている。生きて、感情のある日々を過ごしている。
あの時、屋上から足を離そうとしたあの時、三上さんに声を掛けられていなかったら、俺は予定通りにきっとただ死んでいた。それはそれで、後悔のしようもないから、別にそれでも良かったんだと思う。それでも。



——主!」



急に呼ばれて、反射的に閉じていた瞼が開いた。
記憶の中の夕暮れの校庭から、一気に夜の闇に視界が切り替わって、眼球の奥がちかちかするような感覚に襲われる。
同時に足元が覚束なくなってふらついた。

けれど、俺の身体は屋根の上から落ちることはなかった。
上半身をがっしりとした腕に抱き留められて、大きく広い胸の中に閉じ込められる。

「山鳥毛……?」

顔を見なくても、誰か判っていた。
嗅ぎ慣れた彼の匂いを間違えることなんて、きっとない。

「何故、こんな所に……?」
……別に、なんとなく。高い所から景色を眺めたかっただけだよ」

切羽詰まった山鳥毛の声に、大丈夫、とその逞しい背中に手を差し伸べる。
山鳥毛は俺がこの本丸で初めて出会った刀剣男士で、揺らめく炎のような刃紋を持つ太刀の神様だ。先代の審神者の時から近侍という役目を務めていて、頼りない俺の事を蔑むことなく真摯に支えてくれている。物静かで、大人で、強くて、ユーモアもあって、それでいて少し恥ずかしがり屋な彼に、俺はいつしか恋してしまい、更には山鳥毛の方も俺を好きになってくれて、今では恋人――彼は人ではないから恋刀だろうか、そういう関係になった。ただの人間である俺が神様と、なんて言うと少し大げさだ。俺の知っている限り刀剣男士という神様たちは、皆人間とそう変わらないから。

「そうか……、そうだな。しかし……
「大丈夫だって。もう飛び降りようなんて思ってないから」

俺の言葉を聞いて、山鳥毛の腕にまた力が籠る。
刀剣男士である彼の力は人間のそれよりもはるかに強くて、少しだけ二の腕が痛くて苦しかったけれど、そこに込められた想いが嬉しい方が勝って、俺は黙ってされるがままになる。

「山鳥毛、出陣帰りだろ。お疲れ様」
「ああ。予定ではもう少し早く帰還出来る筈だったが、少々寄り道をする羽目になってしまってな。その報告にと主の部屋を訪ねようとしたら姿が見えて——正直なところ、嫌な想像をしてしまった。すまない。そんな事をする理由は主にはもう無いというのに」
「ううん。……ごめん、紛らわしい事して」

主が謝る事ではない、と言って、山鳥毛の大きな掌が俺の癖の強い髪を撫でる。それだけの仕草があまりにも心地よくて、俺は目を閉じる。
山鳥毛は俺が本丸に就任する時に、あらかじめ三上さんから俺の出自を聞かされていたので、当然俺が過去に飛び降り自殺しようとした事を知っている。だから、俺の一挙手一投足や顔色、声のトーンなんかにとても敏感だ。逐一気遣わせてしまうのは申し訳ないと思って、普段は俺も極力心配させないような振る舞いを心掛けてはいるけれど、こんな風に手放しで慈しんでくれる彼の優しさや愛情に触れると、たまにはいいのかも知れない、なんて甘えが湧き上がってしまう。

「しかし、やはり何か思う事があったのではないか?急にこのような所に上がるなど……
「全然、本当にそういうのじゃなくて。今日の昼間、本丸に居た皆で屋根掃除をした時に上って、楽しかったからもう一度上ってみようかなって」
……はは、そういう事だったか。これはとんだ早とちりだったな」

そう言って笑う山鳥毛が腕の力を緩めると、俺達は自然とお互いに顔を合わせた。
サングラス越しの燃えるような赤い瞳は、今は優しい色をしている。
山鳥毛の背に回していた腕を解いて、端正な顔へと手を伸べてサングラスをそっと外してみると、まるでそれが合図かのように彼は俺に口付けた。

キスの愉悦に目を閉じる刹那、俺達を見下ろす夜空に一筋、ほうき星が流れるのを見た。