ゑ/圓堂
2025-03-26 22:51:34
3544文字
Public 管理NO3250本丸
 

【刀剣乱舞】アンブレイカブル ジェダイト【創作男審神者×一文字則宗】

pixiv→ピクブラから移植
さにごぜ初期作品のひとつ、御前から遠征土産をもらった主くんのもんもん話です。
これも『その愛を何と呼ぶ』前編のすぐ後くらいでまだ付き合ってない頃の出来事です。

——おや、主。珍しいね」

午後二時を少しばかり回った昼下がりの本丸は静かである。
手合わせに励んでいる者達の声はこの広間までは届く事はなく、締め切った障子を冬の風が僅かに揺らす音と、火鉢の中で炭が爆ぜる音だけが空気を震わせる。

そんな広間の静寂を破ったのはにっかり青江であった。
青江の目の前には広間の座卓の一つの隅に胡坐をかき、先程自分が食べたのと同じ昼食をつついている主の姿がある。

「珍しかねぇさ、いつもこんな調子だ。今日は執務室の机の上で食うスペースがなかっただけでな」

ちら、と青江を一瞥した主は、食事の手を休めることなく少々投げやりな調子で答える。
基本的に彼は夕食以外は執務室で食事を済ます。無論理由は毎日のように山積みになる仕事に少しでも時間を割くためだ。
かつて着任当初は夕食時すら顔を出さずにいたが、それはさすがに他の刀剣男子達との交流が無さすぎると近侍の蜂須賀虎徹に指摘され、それ以降は皆と一緒に食べるようになったという経緯がある。別段会話を楽しむ訳ではないが、皆と一堂に会する事で各刀剣男士のフィジカルやメンタルに関わる僅かな差異を窺い知る事が出来ると気付き、今では毎日欠かさず食事の合間に皆の様子を確認するようになった。

「ふふ、なるほどねぇ。君らしいよ。——でも僕が言ってるのはそっちの方じゃない」
「え?」

にっかり青江が普段通りの含み笑いを絶やさぬまま、食卓の上に置かれた主の通信端末を指差した。
その小型携帯端末は現実世界でいうところの旧式の携帯電話によく似ているが、一般的な通話機能や通信機能は殆ど無い。政府からの招集命令や伝達のみを受信し、緊急時の政府への連絡のみ発信を許された支給品である。
無骨で無機質なその端末に、白と様々な緑が混じり合った美しい石の付いた浅黄色の組紐の根付が付けられている。

「それ、前から付いていたかな?初めて見る気がするんだけど」
「ああ、これか」

青江の指すその先のものに気付き、主は箸を置いて端末を手に取った。
艶々とした光沢を放つ石が揺れる。

「この間御前に貰ったんだ」
「へぇ、あの一文字の新顔の御仁が?」
「遠征の土産だとよ」

変わってる、と主が己の眼前に石をぶら下げて、薄く笑った。




それはつい二、三日前の事であった。
そろそろ夜の帳が下りようとし始めている時刻だった。いつもと変わらず執務室に籠りきっていた主は、いい加減部屋の中が暗くなってきたので電気を点け、誰かが夕食の時間を告げに来るまでもう少し粘って書類を片付けようとしていた。
毎日毎日、こうも書類の処理に追われているのは何も政府が嫌がらせのように提出書類を求めてきている訳では実はない。主自身がついつい報告書作成時にその時の戦況分析や編成の見直しなどを考え始めてしまうため、単純な報告書作成に膨大な時間を費やしてしまうのだ。効率的な仕事ぶりには程遠いが、結果的にこの本丸が政府からそれなりに評価される実績を生んでいるので、決して無駄という訳ではないのだが。

そうこうしている間にも、また昨日の演習結果を眺めながら手元のメモに布陣図を書き起こして思案を始めている主であったが、唐突に開け放たれた建付けの良い障子の軽やかな音に思わず顔を上げた。

「戻ったぞ主、——相も変わらずヒキコモリか」
「誰に聞いたか知らねぇがその通りだ。あとせめて声くらい掛けてくれ」
「何だ、見られてまずい事でもしていたか?ん?」

ずけずけと無遠慮に執務室へと一文字則宗が足を踏み入れ、伸びやかな声音と所作で机にかじりついていた主の傍らへとあっという間に距離を縮めた。
主は内心に動揺を無理矢理押し込めて、敢えて辟易した語気で一文字則宗の言葉に応える。

「生憎真面目にお仕事中だ、こう見えてもな。……で?御前殿がこんな所に何用で?」
「僕も生憎真面目に遠征結果のご報告だ、主殿」

主のシニカルな台詞におどけた様子で一文字則宗が書類を差し出す。

「あ?蜂須賀に渡さなかったのか?」

刀剣男士達がその日の日課の結果を主へ報告する類の書類は、基本的に近侍である蜂須賀虎徹の元を経由して主の元へと届けられる流れになっている。そういう決まりになっている訳ではなく、この本丸が機能し始めてから自然と培われた慣習のようなものだから本来誰が持ってこようと問題はないのだが、わざわざこの執務室まで書類を持ってくる刀剣男士は殆どいなかったため、主は些か面食らいながら書類を受け取り、一文字則宗の顔を見上げた。

「僕が持っていくと言ったんだ。ついでの用事もあったんでな。ほら」

飄々とした口調と釣り合わぬ西洋人形のような顔立ちに悠然とした笑みを浮かべながら、一文字則宗は主の眼前に何かを差し出した。
主の目の前にぶら下げられたそれは、丁寧に編み込まれた浅黄色の組紐で出来た根付であった。丁度中心の辺りに見た事のない色の石が通され、その下は複雑な結い目の装飾が施されている。

「、何だこれ」
「知らないか?根付だ。遠征帰りにたまたま通った大通りの店で買った」
「いや、見りゃわかるよ……何でまたこんなもん」
「いつもヒキコモリで町にも出ない主への土産だ、うはは」

慣れない展開に少しばかり顔を引きつらせながら、根付と一人楽しそうにしている一文字則宗の顔を主は交互に見た。

「唐突だな……
「まあまあ、悪くはないだろう。何だ、あの、さぷらいず?とかいうやつだ」

どこの誰に教わったのか、慣れぬ言葉をたどたどしく軽快な口調に織り交ぜながら、一文字則宗は強引に主の手を取り根付を握らせた。
一文字則宗の手指から伝わる人間と違わぬ感触と根付の石のひやりとした質感に、主の胸の内が妙なざわめきを覚える。

「まあ、サプライズには違いねぇな……
「ならば大成功という訳だ。……その石は糸魚川翡翠というそうだ。この日出国で最も古くから魔除けの石として重宝されていて、持つ者に成功と繁栄をもたらすと言われているらしいぞ。店の親父の受け売りだがな」
「へぇ……

一文字則宗の講釈に、気のあるのか無いのか判断しかねる返事を返し、主は手の中にあった根付の石を再び自身の手で眼前にぶら下げた。少し歪な球体の中に、乳白と、濃淡様々な緑が不完全に混ざり合っている。透き通っているようで、透かしても奥は見えない。不思議な風合いである。

「お前さんが僕らにお守りを持たせるように、僕がお前さんにお守りを持たせたっていいだろう?」
……俺が“壊される”日が来るとでも?」
「お前さんだって誰一人壊させないと言いながら持たせているじゃないか?お守りとはそういうものだと僕は思う」

一文字則宗が無作法に机の隅に腰を下ろすのを横目に眺めながら、主は如何ともしがたい思いが沸き上がるのを無視出来ずにいた。


——何を)

(この刀は、何を思っている?)


……それもそうだな」
「だろう?……護りたい、と思う気持ちだ」

穏やかな声に誘われるように再び一文字則宗の顔を見上げた主の瞳を、彼の装飾品のような透き通る瞳が捉える。パワーストーンには少しも詳しくないが、きっとこの瞳はそれに似ている。この世の理では説明出来ない何かがこの瞳の奥に秘められている。それはまるで引力に似た何かのように、主の心を引き付けてやまない。

「、なら、護ってもらうとするかな」
「うはは、そうだそうだ。それでいい。もしそいつが護ってくれなくとも僕らが護るさ。主の成功と繁栄のためにな」
「そいつは頼もしい、長生き出来そうだ」
「勿論だ、状況が終結するその日までどんと構えていればいい」






——フフ、主、何だか随分とご機嫌だねぇ」

青江の笑みを含んだ声に、主は記憶の中から急速に今へと連れ戻された。

「、まぁ、物を貰って嬉しくないってこたぁないさ」
「ふぅん……まぁ、良い事じゃないか。うん。良い事だ」

青江は一人勝手にうんうんと頷きながら立ち上がりそう言うと、僅かに浮かれたような足取りで広間を出て行った。


青江の背中を見送って、主は再び手に握ったままの通信端末に繋いだ根付に目を遣る。今日も変わらず翡翠は不思議な色に光沢を纏っている。
不意に、あの吸い込まれるような薄玻璃の瞳が翡翠に重なる。色も質感も全く違うのに、何故かあの引力のような何かを感じずにはいられない。


(全く、調子が狂うな……


あの瞳が次第に、あの日の一文字則宗の穏やかで強かな微笑を浮かび上がらせるのを、主はどうにか振り払い、すっかりと冷めきってしまった昼食の続きを再開した。