ゑ/圓堂
2025-03-26 22:42:38
3255文字
Public 管理NO3250本丸
 

【刀剣乱舞】ホトシンセシス【創作男審神者×一文字則宗】

pixiv→ピクブラから移植
初めてちゃんと書いたさにごぜです。まだ色々知識が浅い頃のものなので所々詰めが甘いかもです。
『その愛を何と呼ぶ』前編の少し後くらいの話なのでまだ付き合ってないふたり。後の作品にもちょこちょこ出てくる光合成のお話です。

※菊一文字=一文字則宗要素あり注意

「あーあ、冬の朝ってのはどうしてこうも起きるのが苦痛かねぇ」



一月も半ばを過ぎた真冬の朝は、澄んだ空気が喉奥を貫く。
現実世界とは少しばかり次元の違うこの世界に点在する『本丸』にも、等しく平等に季節は移り変わるようだ。


男がこの世界で『審神者』という名の、刀剣男士と呼ばれる付喪神を使役し、歴史を乱そうとする存在を滅する為の有資格者として在任してから早数年経つ。しかし特に元の世界と変わったところは殆ど無く、当然のように夏は暑いし冬は寒い。雨も降れば雪も降る。
車は無いが乗って出るような用事もないので別段不都合はない。どういう仕組みかこの『本丸』と呼ばれる建物内においてはテレビも見れるし、誰が配達するのか新聞も毎朝届く。但しコンセントの類は一切無いためエアコンはなく、夏は元いた世界よりも酷暑ではない為比較的過ごしやすいが、冬はこちらの方が身体に堪えるほど冷え込む。辛うじて政府より支給された電池式の灯油ストーブと火鉢が冬の頼みの綱だ。


自ら志願して資格を取得しこの職に就いたがこの労働環境はあまりいいとは言えないな。


そんな事を頭の中で溜息交じりに呟きながら、この本丸の主たる男はもう着始めて何日目かというほどによれよれになった開襟シャツの上に、機能性以外を無視したような半纏を羽織り、これまたシャツと同じようにくたびれきったスラックスに足の体温を守るためだけのスリッパという出で立ちで、腕を固く組み背中を丸めてのろのろと冷えた廊下を歩いていく。



「主、おはようございます」
「おはようございまーす!」
「おはよー主!」
「おう、おはようさん」

少し進むと、廊下の前方から姿を現した一期一振とその兄弟刀の何人かが、すれ違いざまに思い思いの挨拶をする。どうやら内番の日らしい。
くたびれた姿の主とは違い、皆内番着とはいえ整った装いである。短刀達は今日も快活で華やいだ空気をそこら中に振りまいている。彼らの兄だと自らを位置づける一期一振は、そんな弟達を穏やかに、しかしある種の威厳も含めた眼差しで見守っている。

どいつもこいつも相変わらずだ、などと思いながら、主は彼らに背を向けそのまま廊下を進む。


「あ、主。一つだけ」
「ん?」

不意に背中に投げかけられた声に主が振り向くと、一期一振が少しだけ引き返してきた。
すらりと伸びた背筋が緩い冬の朝の陽射しの中にも眩しく、主は少しだけ目を細める。

「冬の朝は普段よりしっかりと太陽の光を浴びると良いそうですよ。三日ほど前の新聞にそう書いていました」
「へぇ、そうなのか。……はは、独り言聞こえてたか」
「申し訳ありません、つい耳に入ってしまいまして」
「や、ありがとさん。試してみるわ」

人の好さそうなにこやかな笑みを湛える一期一振にへらりと返答し、主は再び廊下を歩き出した。



今日は特別な仕事は特に無く、特命調査の間に溜まった書類の処理が主である。
とはいうものの、彼の仕事の殆どが書類とのにらめっこだ。日次と月次の収支や資材管理、月課消化スケジュールの確認など、刀達に任せていない本丸の維持管理に関わる勤めは全て主たる彼――『審神者』自身の仕事なのだ。だから別に本丸の通常の勤めの大半を近侍である蜂須賀虎徹に任せているからといって、決してサボっている訳ではない。

だが如何せん当の本人がこの調子であり、また作業の都合上殆ど執務室に籠りっきりになっているため、当初はなかなかこの影なる尽力を従えている刀剣男士達には汲み取ってもらえなかったものだ。主が着任したての頃の本丸内は、今よりもどこかよそよそしさを感じる空気に満たされていたし、主たる彼に対しての不満の声もずっと強かった。それが今の今となってやっと、皆言葉にせずともこの男の秘めたる真摯な姿勢に目を向け、適度な距離感をもって主をサポートしていく方向へと変わり始めていた。

全ては先の特命調査によるものだ。あの一件とそれに大きく関わった男がこの本丸を、主を変えたのだ。



取り敢えず何か食って、日光浴びて、気乗りのしない仕事を始末してしまおうか。

そんな事を考えながら主が長く伸びる廊下をのらりくらりと進んでいくと。




「やぁおはよう、主殿」



艶然とした笑みに伸びやかな声。
特命調査以来、この本丸の一員となった男――一文字則宗が縁側にゆったりと腰かけているのが、主の視界に入った。
内番姿のくだけた服装と、目映いまでの金の髪の対比が主の瞳を射抜く。

「、おはようさん」

予想していなかった登場の仕方に些か面食らいながら、主は言葉を返す。
一期一振に向けたそれより更に細めた目で、それでも彼の姿を視界に収める。

……寒くねぇのか、その格好」
「こう見えて冬仕様だぞ。裏地が付いてる。それに主とてそう変わりないじゃないか」

見た目こそ色素の薄いまるで西洋人形のような容姿だが、口を開けば飄々と掴みどころのない老獪さがある。一級の刀工の名を冠して顕現したその付喪神は、ある意味では全てを兼ね備えた刀剣男士の姿をしている、と主は考えるが、些か贔屓目な感情が付加されている事も一応の自覚はある。

何んとなしに、主は彼の傍らに腰を下ろし肩を並べた。立ち話もという気持ち半分、瞳を射す彼の姿に目が耐えられなくなったというのが本音である。

「厚着が苦手でね。……で、何でここに?」
「ここが一番日当たりがいいのさ。文明の利器で温もるのも嫌いじゃないが、陽の光が一番いい」

悠然と語る一文字則宗の言葉に、主は思わず彼のきらきらとした髪に目を遣る。

まるで咲き誇る一輪の花のようにふわりとしたシルエットのその髪は、朝陽よりも、その金糸の一筋一筋が、あまりにも眩しい。


……光合成か」


浮足立ったイメージを振り払ってから頭に浮かんだ言葉を主がそのままに口に出すと、一拍置いて一文字則宗は手を打ち鳴らし快活に笑った。

「うははは、それは面白いな。持ちネタにしてやろう」
「ほんとあんたは自由だな……

自分で振っておきながら、主は一文字則宗の反応に呆れを隠せなかった。
そしてまた、一種の未練がましさのようなものを抱える自分自身にも。

……結構気に入ってたりするのか、菊一文字の話」
「前も言っただろう、愛された証だと。それに貰えるものは貰っておく性分なんだ」

少しばかり遠慮を含みながら主が隣に視線を向けると、一文字則宗の硝子玉のような瞳が主に向けて慈愛の色を帯びる。
主の胸の奥に、ざわ、と強い風が吹き抜ける。

この手の話をすると一文字則宗の表情はいつもそうなるし、また主もいつだってその瞳にまるで何者かに心臓を鷲掴みにでもされたかのような動揺を感じる。


元より他の刀達よりも歪な憧れを持ち続けていた刀だったからなのか、それとも。
まだ、主の中にそれ以上の答えは見付かっていない。



……今も愛し続けていいのか」

零れ出たかのような主の呟きに、一文字則宗は僅かに硝子玉の瞳を見開いた。

澄み切った純水のような瞳。
その奥に秘めたる本心は、しかし今の主にはまだ推し量る事は叶わない。


……勿論だとも。愛は力、だ」

少し間を空けて、彼はまるで内なる何かを飲み込むように、いつも通りの強かな笑みを浮かべた。


審神者を志すきっかけとなった、一度は邂逅出来よう筈もないと諦めた彼の、理想と憧れを遥かに超えるその姿に、主の心は揺れ続ける。
この気持ちを何と呼べばいいのか、それはまだ解らなくとも、少なくとも今の心の乱れは不快ではなく、寧ろどこか心地よい。


どうしようもねぇな、と心の内で自分へ苦笑を向けながら、主はそうだな、と一文字則宗に薄く笑ってみせた。



人としての温度を取り戻し始めた人間と。
人としての温度を識り始めた刀と。
二人の上に、柔らかな陽射しが包み込むように広がってゆく。