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溶けかけ。
2025-03-26 21:52:48
2217文字
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ほぼ日刊
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花曇り
妖怪フリーナ×見える人間ヌヴィレットのお話。
悲恋。
────私には後悔していることがある。
「また、虐められたのかい?」
青い浴衣を着た少女が木の上から浴衣と同じ色の花弁を振らせる。
「フリーナ殿
……
」
花弁は幼いヌヴィレットの頭に降り注ぎ、小さな山を築く。呆れたような顔をする彼にフリーナはくすくすと笑うと小さな手を取った。
「踊り、歌おう。悲しいことは歌って踊って、涙と共に忘れてしまえばいい」
フリーナの口が歌を紡ぐ。彼女は歌いながら、器用にヌヴィレットの手を引いてくるくると舞う。ダンスなど全く踊ったことがないにも関わらず、彼女と一緒ならどんなステップでも踏めるのだから不思議なものだ。
きっと、あの頃の私は彼女に恋心を抱いていたのだろう。今となっては愚かとしか言いようがないが。
「フリーナ殿
……
? 何処にいるのだ
……
?」
まず、姿が見えなくなった。それでも声は聞こえていた。
次に声すら聞こえなくなった。それでもそばにいる気配は感じていた。
最後には何も感じなくなった。それでも彼女は私が名を呼ぶ毎に花を降らせてくれていた。見えなくなった私のために妖力で作った花ではなく、どこにでも咲いている野花であった。
見えなくなったヌヴィレットは、人と関わることが増えた。そして、彼女との関わりを失っていった。毎日が二日に一回になり、週に一回になり
……
最後に会ったのは高校を卒業し、この街を離れる前日だった。それからもう十年以上、彼女とは会っていない。
「どうしたの?」
「いや
……
何でもない」
懐かしい気配がして、振り返り、そんなはずはない、と内心で首を左右に振る。あれだけ愛を語っていながら、今まで存在すら忘れていたのだ。彼女はきっと愛想をつかせていることだろう。それに、今更見えたところであの頃には戻れない。
──私は今日、結婚するのだ。そのために、この田舎町に戻ってきた。
家同士の婚姻ではあったものの、好ましく思える相手と出会えたことは僥倖と言えた。フリーナと一緒にいたときのように燃え上がるような恋ではなかったが、妻になる女性との間に愛と呼べるものを育むことが出来たのだから。
「綺麗な花ね。でも何処から降ってきているのかしら?」
傍らにいる妻と私の純白のウェディングドレスや燕尾服を彩るように舞う花びら。
「フリーナ
……
」
私にも、妻にも
……
招待客全員に見えているということはこれは実物の花なのだろうか。
いや、違う──、ヌヴィレットは目を見開く。花びらはヌヴィレットの手の上で雪が解けるように消えていく。
みんなに見える花を作るのは疲れるんだ──そう語っていたフリーナの姿を思い出す。あれは、確か、小学校の運動会の時だっただろうか。フリーナにも来て欲しい、と我儘を言った私のために会場中に今日のような花の雨を降らせたのだ。そして、力を持たない人にも見えるような術を使って会いに来てくれたのだ。
──あと何回、こうしていられるだろう?
フリーナの言葉が蘇る。彼女の声も姿も認識出来なくなったヌヴィレットだったが、力の残滓なのか、それとも天気の悪戯なのかは分からないが、力を失ってから一度だけ彼女の声を聞き、姿を見られたのだ。その日は数カ月ぶりに彼女の住処を訪れていた。久々に来たのだから、少し驚かせてやろうという悪戯心が働いたヌヴィレットはフリーナが不在なのを良いことに物陰に身を隠して待っていた。
少しして、帰ってきたフリーナは青い顔をして寝床に倒れ込んだ。それから、ヌヴィレットが与えた時計を一瞥して余裕があることを確認すると眠りについたのだった。
フリーナは力の強い妖怪ではないのだと言っていた。人や同胞を食らうことで力を得る妖怪のやり方を好まず、ほそぼそと果物や人の食べるようなものを食べていたせいか、ここ数年は弱まるばかりだとも。
「フリーナ
……
!」
ヌヴィレットは式を抜け出して、彼女を探す。「ヌヴィレット」と呼ぶ声がした。
「何処にいるのだ
……
! 居るのなら顔を
……
」
「駄目だよ。そんなことをしたら、せっかくの決意が鈍ってしまうかもしれないからね」
「決意
……
?」
ヌヴィレットが尋ねる。
「ううん、こっちの話。それより、結婚おめでとう。綺麗な奥さんじゃないか。大事にするんだよ。キミは
……
わかりにくいからね。大切なこと、伝えたいことは言葉にするんだ。きっと、そうすれば彼女も
……
」
「──まるで、遺言のようではないか
……
」
ヌヴィレットがフリーナの言葉を遮って虚空を睨みつける。日光が目に入り、ちかちかとした。
「
……
遺言だからね」
フリーナが笑う気配がする。
「何を
……
言って
……
」
「キミ、僕が居なくなるんじゃないかって薄々感じていたんじゃないのかい? だから、こうして会いに来た。──違うかい?」
否定は──出来なかった。何故か彼女の言うことが真実だと理解出来てしまったということもだが──何よりも、胸を締めつける焦燥感。その正体にヌヴィレット自身も気がついていた。
「ありがとう
……
会いに来てくれて。──さよなら、ヌヴィレット」
「フリーナ
……
! 待っ
……
!」
ヌヴィレットが手を伸ばす。途端に強い風が吹き、フリーナが花びらを巻き上げながら消えていく。
次に目を開けたとき、彼女の姿はそこにはなかった。ただ、伸ばした手のひらに、存在しない花の青い花びらが一枚あるだけで。
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