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2025-03-25 15:34:33
3554文字
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境界都市のがらがらどん

あららぎ様のこちらの投稿( https://x.com/Araragi2123/status/1881209679025729773 )があまりにステキだったので、つい書いてしまったもの カプなし健全です

 

 あるところに、一人のサイボーグが住んでおりました。そのサイボーグは、街にいくつもある深い深い虚にかかる、細い橋の一つを根城にしておりました。
 橋は、人が行き交うためのものでもあり、「あちら」と「こちら」をつなぐためのものでもあります。だから橋が細くとも、そこを通ろうとする者は後を絶たず、そこを通らないとたどり着けない場所もたくさんあるのでした。
 そういう事情があるものですから、サイボーグは橋の真ん中で待ち伏せをして、通行人を身ぐるみ剥がすだけで食べていくことができました。カタクラ製の外骨格は型落ちではありましたが、それでもポリスーツなどはぐしゃぐしゃに握りつぶしてしまえる巨大な爪を備えていたし、視神経とリンクした照準機能は、左手と一体化した思念銃で2キロ先の人間の黒目だって撃ち抜くことができるのでした。

 今日もサイボーグは橋の真ん中に陣取って、柔軟な炭素繊維をたっぷり使った黒塗りの外骨格と、虹色に光る鏡面加工の眼球をぎろぎろ光らせていました。するとそこにとぼとぼと、一匹のヒューマーが――彼も元は確かにヒューマーだったはずなのですが――やって来ました。
「身ぐるみ置いてきな、兄ちゃん」
 わざと恫喝的にひび割れさせた、いかめしい人工音声でサイボーグは唸りました。背中の排熱口が、ぶぉん、と同調するように音を立てます。
 くしゃくしゃの巻き毛をしたヒューマーは――それは年若い、少年のようなヒューマーでした――、怖じ気づいたように歩みを止めて、ちゃーす、だか何か、口の中でもごもごと言ったようでした。
「なんだてめぇ」
「えっと、レオナルド・がらがらどんです」
「ンなこと聞いてんじゃねえよ、金目のものを置いてきな」
 この橋の下には無限の虚が――無限などというものが本当に存在するはずもないのですが――広がっているので、逆らう者は蹴り落とせば済む話です。ただ、金やアクセサリーやめぼしい義肢を払えば通してもらえる、という噂が流れることも大切なので、サイボーグは、従順な者のことはいつも通してやるのでした。
「えっと、今、こんだけしかなくて……
 少年のがらがらどんはポケットをまさぐって、しけた財布を取り出しました。
「でも、もう少ししたら別のがらがらどんが来ますから。そっちは俺よりずっと羽振りが良くてもうイケイケのウハウハなんすよ」
「イケイケのウハウハか」
「イケイケのウハウハっす」
 大きなゴーグルをつけたがらがらどんは、姑息な、媚びるような目つきでサイボーグを見ました。
「でも俺との連絡が取れなくなったら、危険だと思ってここは通らない、かも……
「なるほどな」
 こんな矮小な、何の取り柄もなさげな未改造ヒューマーが――彼はきちんと全身をスキャンしました――、この街でまともに生きてこられたはずもありません。このがらがらどんはおそらく、こうして他のがらがらどんを売ることで生きながらえてきたのでしょう。
「通れ。財布は寄越せ」
 もう興味の欠片すらも失せて、サイボーグは接続端子の内蔵された、尖った顎を上げてみせました。ざやーす、とまた口の中でもごもご言って、がらがらどんはいかにも無防備に、サイボーグの傍らをすり抜けて通っていきました。


 そうしてサイボーグが橋の真ん中で待っていると、また一人のヒューマーが――これまた未改造の、鼻持ちならない未整形の、優男の顔を持ったヒューマーが、いかにも呑気に歩いて橋を通りかかりました。
「てめえ、がらがらどんか」
「ああ、僕はスティーブン・がらがらどんだ」
 顔の傷さえ消していないくせに、やたらいいスーツを着たがらがらどんは、少し大きく脚を開いた立ち姿で、サイボーグの前にたたずみました。
「ところでそれは、ウチのがらがらどんの財布かな」
 サイボーグが、巨大な爪の装備されていない左手でもてあそんでいたものを、がらがらどんは視線でちらりと指したようでした。
「しけてやがる」
「それには同意するよ。彼は実に倹約家でね。どうせカツアゲされるからと、財布の中には最低限の金銭しか入れてはいない」
 未改造のくせに、高慢に顎を上げて、その視線はサイボーグの全身を一撫でしました。
「がらがらどんのセオリーとしては、次のがらがらどんに出番を譲るべきなんだろうな。だがアイツの拳は、お前のような小物のためにあるものじゃない」
「はぁ? てめえなに」
「ランサ・デル・セロ――
 その言葉を最後まで聞くことはできませんでした。サイボーグの全身は巨大な質量に押しつぶされ、固まり――気づけばおそろしく透明な氷塊の中に、みっしりと閉じ込められていました。
「口はきけるようにしておいたぞ。レーザー射出口はふさいであるから、無理に起動しようとすると派手に自爆するはめになるが」
 そう言って、がらがらどんはフゥ、と白い息を吐きました。
……先にとどめを刺しておいてもいいが、我らのボスはまず対話を試みちまうんだろうからなぁ」
 それはいかにも落ち着き払った、のんきな溜息でした。


 そうしてサイボーグが橋の真ん中で凍っていると、また一人のヒューマーが――いや、果たしてこれはヒューマーでしょうか? とにかく一人の、恐ろしく恐ろしい顔をした大男のヒューマーが、のし、のし、とゆったり歩いて橋を通りかかりました。
「で、でめぇ――
「連絡は受けている。私がクラウス・がらがらどんだ」
 サイボーグの前に立って、赤毛の鬼のようなそのがらがらどんは、静かに一つ頷きました。
「この橋は、この先の病院に用のあるヒューマーたちにとっては、なくてはならない橋なのだ。君はそれを占拠して、通行人から金品を巻き上げていたそうだな」
「証拠がが、あぐ、あんのがよ」
「彼の氷は透明度が高いので、君の手に握られたレオナルドの財布がよく見える」
 氷、という言葉で彼は思い出しました。
「で、でめえの――もひとづ前のがらがらどんが! おれを! ごんな!」
「確かにそれは彼の氷だ」
「いぎなり! そいづが! おれの装備をごおらせやが、が」
 彼がそうやって人工音声の出力を上げたのは、いかめしい見かけに反して、このがらがらどんが紳士的で――どうやら多少、お人好しのように見受けられたからでした。そういった雰囲気というものは、彼のような追い剥ぎ家業の者にはよくわかるものです。
 だから機体の修理代金ぐらいは巻き上げられるのではないかと――何せこのがらがらどんはやたらとよい身なりをしていましたから――、彼はとりあえず、いつものように因縁をつけてみたのでした。
 果たして、特段怒るふうもなく、赤毛のがらがらどんは、やたらと太い首をごきりとかしげました。
「彼が穏やかな外見に反して、いささか喧嘩っぱやい一面があることは、私も認めるところだ。しかし」
 濃くなりつつある霧の中で、がらがらどんの口から覗いた牙は何かの光を反射したように見えました。
「理不尽な暴力を振るうことは、決してない。初の邂逅よりずっと、それは不変のものである」
 まるで審判か何かを下したかのようにそう言って、がらがらどんは懐から一枚のカードを取り出しました。
「とはいえ、彼の氷は私の拳でもある。何か異論があるようならば、そのときは私へ連絡して欲しい」
 そう言ってがらがらどんは両手で丁寧に、カードをサイボーグへと示しました。
 それは、クラウス・がらがらどんの名が中央に厳かに印字された、ビジネスカードでした。
 がらがらどんはそれを持ったまま、恐れげもなく近づき、氷に覆われていない、サイボーグの顔へと――口の装甲の継ぎ目へと、そのカードを差し込みました。
「では、失礼する」
 そう言って傍らをすり抜け、がらがらどんは重々しい靴音を響かせて、ゆっくりと去っていきました。

 彼は、生まれて初めて他人から、ビジネスカードを――それも正式な作法に則って――もらいました。


 電脳から保守サービスに連絡をして、サイボーグは氷に固められたまま、運搬されて橋から去っていきました。それを建物の陰から――大中小と縦に重なって――眺めながら、かなわないなあ、と真ん中のがらがらどんが言いました。
「君と来たら、他人の毒気を抜く天才だよ、まったく」
「そ、そうかね」
 ビジネスカードに記されたナンバーに、連絡はありませんでした。
「そうですね……
 声に出してはそう同意しながら、小さながらがらどんは、頭の上から聞こえてくる声音のことが、少し気になりました。そこには誇らしさに混じってほんの少しの、寂しさのようなものが混じっているようにも聞こえたのでした。