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溶けかけ。
2025-03-23 21:02:17
1695文字
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ほぼ日刊
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世界が君を忘れても
フォンテーヌがフリーナに対する一切の記録や記憶を失い、ヌヴィレットだけが覚えているというお話。
「すまない、セドナ。フリーナ殿のことなのだが
……
」
「フリーナ様
……
ですか? すいません。どなたのことでしょう?」
セドナの返答にヌヴィレットは弾かれた様に顔を上げ、その顔を凝視するも嘘をついている様子は見られなかった。
「ヌヴィレット様?」
「
……
すまない。
……
少し休憩に行ってくる」
「はい! 畏まりました! では、書類の整理をしておきますね!」
セドナに雑用を任せ、ヌヴィレットは外へ出る。周囲を見回し、人目がないことを確認するとパレ・メルモニアの前の手摺を越えて飛び降りた。
速く──一刻も速く、彼女の元へ。
結果的に言えば、フリーナはいなかった。いや、追い出された、という方が正しい。大家が朝早く、不法滞在として追い出したらしい。契約書も忽然と消えていて、フリーナが自身を証明することも出来ず、ならば新規契約を結ぼうと言うも断ったそうだ。
その話を大家から聞いたヌヴィレットはフリーナを探してフォンテーヌ廷を探し回った。探して、捜して、さがして──
……
。
「フリーナ!」
ようやく、フリーナを見つけた頃にはすっかり日が暮れていた。ヌヴィレットが仕事を放り出すなど初めてのことだった。
「ヌヴィレット
……
」
色違いの双眸が暗闇の中で風に吹かれる炎のように不安そうに揺れていた。フリーナはフォンテーヌ廷郊外の朽ち欠けたガゼボの椅子の上で膝を抱えて夜空を眺めていた。ヌヴィレットの方を向いたフリーナの瞳からぽろりと雫が落ちて頬を伝った。
「ヌヴィレット
……
僕
……
」
ほとほとと大粒の雫がフリーナの瞳からこぼれては色褪せたガゼボのテーブルを濡らす。ヌヴィレットは着ていた重く分厚いコートを脱ぐと、フリーナに被せた。大きなコートは胎児のように蹲るフリーナをすっぽりと覆い隠す。
「皆まで言わずとも分かっている
……
」
ヌヴィレットが不器用にコートの上からフリーナの頭を撫でた。分厚いコートの向こうから小さな嗚咽が聞こえてくる。
「僕
……
僕
……
みんなに
……
」
「ああ
……
知っている
……
」
ヌヴィレットがフリーナを探し回っているときでさえ、誰一人としてその名を口にする者はいなかった。前日まで部屋を水浸しにしたフリーナを叱っていた大家、映影の撮影に臨んでいた仲間、壁炉の家、マレショーセ・ファントムの構成員、エスタブレ、千織、ナヴィア、クロリンデ
……
誰に尋ねてもフリーナのことを知る者はいなかった。ヌヴィレットでさえ、この事態にある程度の衝撃を受けたのだ。普段通りに仕事を、待ち合わせを
……
平凡な日常を謳歌しようと家を出た矢先、忘却という、異世界に等しい世界に放り込まれてしまったフリーナの柔い心にどれほどの傷を付けたのか──ヌヴィレットには想像すら出来ない。今、目の前にいるのは、どんな困難であろうとも演者としての振る舞いを忘れない仮面が剥がれ、気丈に振る舞う「フリーナ」ではなく、幼子のように泣きじゃくる無力な少女であった。
「フリーナ。一先ず、私の家へ行こう
……
」
「きみのいえ
……
?」
目の周りと鼻頭を赤く染めたフリーナが舌足らずな声で問い返す。どこか鼻にかかる声は、自身を繕う余裕がないほど精神が疲労しているのだろう。
「ああ。春先とはいえ、夜はまだ冷える。一時的にでも雨風が凌げる場所がある方が良いとは思わないかね?」
これは一種の賭けだった。ここでフリーナの信用が得られなければ、彼女はきっと、自身の前からいなくなってしまう──そんな焦燥感がヌヴィレットの胸を占めた。
「
………………
うん。わかった」
少し躊躇う様子を見せるもフリーナは従順に頷いた。それから、とろん、と瞳を蕩けさせた。
「眠いのか?」
「うん
……
少し
……
」
腫れぼったい瞳を擦りながらフリーナが答える。
「
……
そうか。すまないが少しの間、我慢していて欲しい
……
」
ヌヴィレットはフリーナをコートごと抱き上げる。
「ヌヴィレット
……
僕、自分で
……
」
歩ける、という前にフリーナの意識は夜へと溶けていく。ヌヴィレットはその様子を静かに見届けると腕の中のフリーナと共に姿を消した。
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