探偵が消えた。なれば未だに謎は謎のまま残される。
コロシアイを終わらせるためには謎を解き明かし、この場所から脱することが必要不可欠だ。
ひとつは動機。このコロシアイはどのような目的を持って行われているのか。
ひとつは犯人の正体。このコロシアイは誰の手に寄って起こされたのか。
他にも細かな疑問はあれど、大きな謎としてはやはりこのふたつだろう。
江戸川くんの最後の様子を思い出す。彼女はもしかせずとも真相まで辿り着いて居たのではないだろうか。
いや、真相そのものまでとは言わずともその一歩手前まで。
でなければヒントは残せない。探偵は謎を生み出す存在にはならぬはずだから、あれは彼女から私にあてたアドバイスで間違いがないはずなのだ。
……そう思いたいのだ。誰よりも私が。
頭が破裂してしまいそうな中でも、腹は減るし眠気は襲ってくる。
昼下がり、今にも鳴りそうな腹を抑え食堂に向かえば、そこには霞澤くんの姿があった。
彼はずるずるとカップ麺を啜っている。
数ある食糧の中でわざわざそれを選ぶのは、どこか自罰的にも思えた。
霞澤くんはこちらに気がつくと気まずそうに目を逸らした。やはり以前にもまして元気がない。
こんにちは、と挨拶をすれば小さくは返してくれるものの、私とは一向に目を合わせようとはしないのだ。そのことが少々残念に思える。
気を取り直して昼食の準備をし、席に着くともう霞澤くんはいなくなっていた。代わりに、王くんと白くんが顔を見せていたのだけれど。
彼らもこれからお昼なのだと言う。
「そういえば、君たちだったよね?ここについて調べてたの」
「ええ。そうですが
……」
「何か進展はあった?」
食事に添える程度の雑談は、自然ととある話題に行き着いた。
王くんは相変わらずの表情を浮かべている。彼の問いにかぶりを振ると、少しだけ残念そうな顔色を覗かせたのだけれど。
「彼とは話してみた?」
江戸川くんが親しかった相手。恐らくは特別な感情を抱いていて、それを隠そうとせずとも良い関係性だった。
森木林くんであれば、私が知らない「探偵の話」を知っているかもしれない。
……と、王くんは言いたいのだろう。
ここで自分たちも一緒に謎を解こうと言わないあたりがなんとも彼らしい。自らが疑われていることを知っていて、自らもまた周囲を薄らと信用していないだろうことが窺える。
「森木林であれば、恐らくは部屋にいるかと」
「ああ、随分と落ち込んでたみたいだもんね?本人は否定してたけど」
「ええ。
……運が悪ければ不在かもしれないが」
白くんは少しだけ私に目線を遣って、また伏せた。これ以上はしゃべるつもりがないらしい。
私は彼らにお礼を言った。食事が終われば森木林くんの部屋に向かってみようと考えながら。
昼食を終えて食堂にいた面々に別れを告げ、私は目的を果たすために歩を進めた。
森木林くんが私
……と言うより男性と話してくれるのかという一抹の不安を抱えつつ、ではあったが。
なんでもいい、ヒントがあるならそれが知りたい。私は探偵ではないし、立場で考えてしまえば謎を生み出す方だろうから。
けれど今だけでも、謎を解きうる立場にならなくてはいけない。
なんとしてでも、次の“コロシアイの動機”が与えられる前に行動しなければ。
皆が疑心暗鬼になりまともな協力が見込めないこともそうだが、前回提示された動機は「全滅」だったのだ。今度はそれを上回るような恐ろしい何かが来るかもしれない。
そうなれば終わりだ。やはり急ぐに越したことはない。
コツコツと階段をのぼっていくと、向かいから雨笠くんがやってきた。すっかり憂いを帯びた目に、私は軽く挨拶だけした。
「
……あの」
表情を見る限りあまり人とは話したくない気分だろう、と思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
雨笠くんは恐る恐ると言った調子でこちらを呼び止めた。
「何かあったの
……?」
「いえ、特には
……」
彼女は心配そうにこちらを見つめている。特に何もないと返したが、何かがあるように見えてしまったのだろうか。
そう問うと、雨笠くんは「すごく険しい顔してたから」と呟いた。
自覚はまるでなかった。彼女に
……人に指摘されるほど酷い顔をしていたのか、と驚いたくらいだ。
けれど、心当たりがないわけではない。色々と考えて、勝手にプレッシャーを感じていたのは事実なのだから。
私は雨笠くんにかいつまんでわけを話す。すると彼女は納得したように頷いた。
「私も、一緒に話聞きにいっても大丈夫かな」
「いいのですか?こちらとしても助かりはしますが、もしかしたら嫌な話に発展する可能性もあるかもしれないので
……」
それでも平気だと、雨笠くんは意思のこもった瞳をこちらに向けている。
華雅弥くんが、自分たちがこんなことに巻き込まれるきっかけを少しでも知れるかもしれないから、と。
彼女は幾分か前を向けているようだ。そのことを少しだけ喜ばしく思う、苦境から立ち上がる人物というのはいつだって眩しいのだから。
気を取り直して、私は雨笠くんと共に宿舎の最上階を目指した。
目的の部屋の前まで着き、ドアを2回ノックする。
しばらくすると、随分と緩慢な動きでドアが開いた。
現れた森木林くんは以前よりも落ち着いた雰囲気を纏っているように見えた。
「何か用でもあるのかな?♪それとも俺とお喋りしにきた?女の子なら大歓迎だけど
……」
言葉は続けられなかったが、やはり鬱陶しがられている。そういう人物だということはわかり切っていたけれど。
けれど、彼は全てを拒絶しているわけではない。私が要点をかいつまんで説明している間も耳を傾けてくれている。
……雨笠くんがいてくれている、というのも大きいかもしれないが。
「イヴくんが俺に何か喋ってたんじゃないか、って話?」
「ええ。何か聞いていませんか?何でも良いんです、些細なことでも」
そんなこといきなり言われても、と森木林くんは戸惑っている。
それから何かを考えるようにうんうんと唸り始めた。
「あ、そうだ。どうして君たちがこのコロシアイに呼ばれたか、って話は多分聞いたよ♪」
確証はないし、多分ショックを受けるだろうから確定するまで話せないとか、何とか
……と言いながら、森木林くんは首を傾げている。
「心臓が動いてない
……つまり死んでて、でも最後の記憶の時期はバラバラ。それなら条件は同じ時間に死んだとかじゃない」
「であれば、同じ原因
……例えば病気とか、例えば事故とか。ああ、あとはこうも言ってたかな」
森木林くんは思い出をなぞるように話している。
江戸川くんの推理は、時を超えて私たちの元へとやってきた。
―――
《皆様、裁判場までお集まりください。繰り返します
―――――》
――――
「裁判するよーって聞いてきたんだけど、なんで?」
右舷くんは不思議そうに裁判場までやってきた。確かに、わけを知らぬ人物からすれば不信感を抱いてもおかしくはない。
「誰か死んじゃったわけじゃないでしょ?人数は
……うん、減ってないし増えてもないね」
「誰か死んだら“死体発見アナウンス”ってやつが先になるはずじゃん。てことはいつもと違う話するんでしょ」
右舷くんの疑問に答えたのは、七瀬くんだ。ぶっきらぼうにも思える彼女の答えに、右舷くんは「ふーん」と曖昧な返事を返していた。
「それで、何についての裁判なの?」
「このコロシアイそのものについての裁判だ」
「謎解きの答え合わせがしたいって言うから
……ね?」
モノゼルくんとモノデビルくんは、私の方を見つめている。それに応じるように頷くと、彼らは満足げな表情を浮かべた。
コロシアイについての仮説は立てた、それが合っているならば自分たちを解放してほしい。
そう頼んだら、彼らはならば裁判をしようと持ちかけてきた。
『どこまで解けたんだ。このコロシアイの全貌は掴めそうか?』
『黒幕の目星がついたのね?それじゃあ
……』
裁判のシステムを用いれば、コロシアイを終わらせることができるのだと彼らは話していた。
コロシアイそのものを一つの事件と捉え、それを起こした黒幕をクロであると指摘する。さすれば黒幕は処刑され、晴れて私たちは自由の身になるのだと。
「進行役の役目は果たそう。今回の裁判は“黒幕は誰か”を議論するといい」
「間違えないように気をつけてちょうだいね。正解できなければ、死ぬよりも酷いことが起こるでしょうから」
天使と悪魔は笑っている。
困惑したり、怯えたり、しかし決意を固めて立ち上がることができる人類を。
これが最後の裁判だ。
―裁判開始
―
「とは言っても、いきなり呼ばれた側からしたら手がかりも何も
……まるで見当がつかないのだけれど」
答え合わせをしたい人が話すべきなのではないか、と王くんは言外に告げている。全くもってその通りである。正論そのものだ。
だが、手がかりは彼も多少は知っているはずなのだ。皆が知っている情報、それから探偵の推理。それを繋ぎ合わせれば黒幕の姿は見えてくる。
「ではまず本題に入る前に、ここが一体どこなのか、について話しましょう。それならば、少しはわかる話だと思いますから」
この場所は、不思議なことばかりが起こる。それは誰もが身を持って経験しているはずだ。
「
…………ここに来てずっと昔に亡くなった人に会えた、って考えるだけでも
……確かにかなり不思議、ですよね」
霞澤くんはポツポツと思考を吐き出している。
「じゃあ、えっと
……圭楓とか、生き返ったと思った人たちは実は
……僕たちの記憶を元に生み出されたAIだった、とか?」
それならば、彼らに死亡したという自覚があるのも頷ける。当事者でなくのこされた側の記憶を元にしているのだから。
「え、違うんじゃない?そうだとしたら、配信者さんと令嬢さんってもっと仲良しでもおかしくないよね」
「記憶を元にしてるなら、もっとその人にとって都合がいい姿になっててもいいと思うんだけど」
「ちょっと!なんか言い方に棘感じるんだけど
……」
右舷くんは七瀬くんの様子にからりと笑った。
記憶という主観を元にしたのであれば、彼女のいう通り多少は主観者の願望が詰め込まれていてもいいものだろう。
ならば記憶を元にしないAIであるのか、とも思うがそれもやはり違う気がする。生前の行動を学習元として故人を蘇らせるAI自体は存在するが、技術自体は最近のものだ。
10年以上前に亡くなった人のAIを作るならば、やはりどこかで主観が入り込む。
生き返った彼らは、彼ら本人であるのだろう。
それを確かめるには「彼らしか知りえない情報」と「残された自分たちにしか知りえない情報」が照合できればいいのだが。
“元々知り合いだった2人組“はありがたいことに今でも2組もいる。
これならばどちらかに黒幕が含まれていたとしても、黒幕が嘘をついたとしても
……どちらかは必ず本当のことを言っているのだ。
彼らに確認を頼むと、すんなりと首を縦に振ってくれた。
しばし待った後、出てきた結果は
……「本人としか思えない」というものだった。
「結局この場所ってなんなの?」
かつての死者が蘇り、自殺は出来ず、一定の地点からは離れることができない。
電脳世界や夢の可能性も考えたが、やはり答えとしてしっくり来たのは一つだった。
「私は、死後の世界なのではないかと考えています」
【推理】ここは死後の世界である
「君の言うそれも、ずいぶんと突飛なものに思えるんだけど」
王くんは珍しく、目に見えるほどに動揺している。
「死後の世界だって言うなら、じゃあ
……こっちだって死んでいないと成り立たないよね」
「覚えてないかな?♪確か
……ここにいるみんな、心臓の音がしないって聞いたんだけど」
「だとしても、ここにいる全員が既に死人だって断定するには早いんじゃないかな」
「そうかもしれないけど
……♪今はそう仮定しておいてもいいんじゃない?」
まだまだわからないこともあるんだし、気に食わなくても正解に近いものがあるならそれを信じてみるべきである。森木林くんはそのようなことを言っている。
王くんはそれ以上食い下がらず、口を噤んだ。
「
……まだ、本題には入らないのか?」
主人の代わりにとばかりに白くんが口を開く。
本筋からそれた話を最初にしたのには意味があったのか、とこちらを責めているようでもあった。
ならば、とは思ったが。雨笠くんは「まだ、他に話しておいた方がいいことがあるんじゃないかな」と提案した。
「
……どうしてそう思った?」
「ええっと
……上手く言えないんだけど、このままだとこの人が黒幕だって言ってもみんな納得できないんじゃないかなあって思って
……」
分かっていることは全部話しておいた方がいい、と雨笠くんは告げている。
ついこの間私と一緒に森木林くんの話を聞き、その後も会話を交わした彼女だからこその意見なのだろう。
ならば次の議題は、と問われた雨笠くんは一つ息をついた。
「どうして君たちがコロシアイの参加者に選ばれたか、かな」
それは、こんな現実離れしている物騒な事態に巻き込まれた人間であれば誰もが抱くだろう疑問だ。
どうして自分はこんなことをさせられなくてはいけないのか。その疑問についての答えは、探偵が件の彼に話していたようだった。
「私たちは
……死んだ記憶がある人たちは、生き返りを願われたからここにいるって言われてたけど
……」
「生き残りを願った人はどんな基準で選ばれてるか、だよね?♪」
雨笠くんの言葉を引き継いだのは森木林くんだった。
彼は前と同じく江戸川くんの残したという推測を話している。
最後の記憶がバラバラであることから、同じ時間、同じ場所では死んでいないだろうこと。それが条件ではないこと。
才能を持っていて、生き返らせたい人がいて、かつ自らも死んでいると言う共通項の他にもう一つ。
「多分だけど、君たち一回“コロシアイ”で殺されたりオシオキされた人なんじゃないかなあって♪」
【推理】参加者の選出基準は「コロシアイによる犠牲者」である
これもまた、飛躍した推理であるようには思える。
……思えるのだが、否定はできないのだ。
何故、生き返る権利を掴む人物を決める手段にコロシアイが選ばれているのか。もう少し平和的な
……例えばくじ引きだっていいのだ。
しかし黒幕はコロシアイを選んだ。その選択が降って湧いた突飛なものではなく、参加者の何かしらに関係するものだと考えたって悪くはない。
それに、選出基準がコロシアイによる犠牲者なのだとしたら
……私たちの最後の記憶にばらつきが出ていることにも、無理やり理由がつけられる。
きっと、コロシアイに参加していたという記憶が消されているのだろう。2度目のコロシアイを円滑に進めるために。トラウマを掘り起こさぬように。
「嘘だ」と誰かが呟いた。妙に震えていて、動揺していることがありありと伝わってくる。
それが誰かわからぬまま、次に口を開いたのは七瀬くんだった。
「じゃあ、このコロシアイのシステムって
……やっぱり、黒幕が最初に考えたものじゃないんだ?」
ちょっと変だと思ってたの、と言いながら七瀬くんが取り出したのは一枚の紙だった。
「これ、最初配られたじゃん。共同生活におけるルール。みんな持ってない?」
捨ててはいないが、四六時中持ち歩いているわけでもなかった。もちろん今も手元にはない。
それは大半
……というよりも七瀬くん以外は同じだったようで、皆一様に困ったような表情を浮かべている。
それを見かねたのか、モノゼルくんがため息をついた。同時にかつてのように皆の前それぞれに一枚の紙が現れる。
“共同生活におけるルール”
・地図に記された範囲内で共同生活を送りましょう。共同生活の期限はありません。
・共同生活では、宿舎に設けられた個室を是非ご利用ください。個室間の行き来は自由です。
・この場所について調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。
・モノデビル、モノゼルへの暴力を禁じます。設備の破壊を禁じます。
・共同生活期間中は、自死することが出来ません。人の手でのみ死を迎えることが出来ます。
・仲間の誰かを殺したクロは"卒業"となりますが、自分がクロだと他の生徒に知られてはいけません。
以前見た時と同じ内容が記されているはずだ。七瀬くんはこれの何を見て変だと思ったのだろうか。
「ところどころおかしいけど
……特に最後の一文」
なんで卒業って呼び方なの?“犯行がバレなかった人は生き返りの権利を手に入れられる”とかの方が分かりやすいのに。
あと、他の生徒って何?他の人、で良くない?
そんな風に七瀬くんはおかしな点を挙げていった。
細かな表現に意味がついていく。確かに違和感を覚えるべきだった。
「これ、どっかからコピペしてきたんでしょ。それで少し書き換えたり一文付け足したりしただけ」
違う?と問いかけられたモノデビルくんは「雑な仕事をしちゃったみたいね」とこともなげにニコリと笑った。モノゼルくんは頭を抱えている。
「やっぱり、私にとってはこのコロシアイは2回目ってことで合ってる
…………」
ふざけるな、と怒号が飛ぶ。七瀬くんの言葉はぶつりとちぎられる様に止められた。
ルールの書かれた紙から顔を上げる。一体何が起きたのかを知るために。
―――――
ふざけるな、と叫んだ。自分が死んでいるということ自体受け入れがたいのに、ましてや死因がコロシアイに関係しているものだなんて!
全くもって認められそうにない。いい気になってべらべらと喋る七瀬紫音の声が耳障りだった。
それ以上何も聞きたくなくて、怒りで震える手を伸ばした。誰も自分の凶行を止める気配はない。それもそのはず、皆頭を必死で働かせることに精一杯なのだから!
首根っこを掴み床に引き倒す。簡単なことだった。ぐえ、と彼女の口から空気が溢れる。なんと情けないのだろう。
言葉を紡げぬように、気道をギュッと締め上げる。
七瀬は抵抗している。殺されかけているのだ、至極当然のことだった。
「な、んなの
……!離して、ふっ
……ざけんな
……!」
「訂正してよ、僕は認めない。2回目だなんて、そんなこと」
「は
……?いみ、わかんな
……っ」
力の限り抵抗するも、抜け出せはしなかった。
七瀬は決して非力ではない。人を傷つけることを避けているわけでもない。人の腹を刺してしまえる胆力と力があるというのに、それでも敵わない。
しょうがないことなのだろう。七瀬の首を絞めるのは大の男
……それもマフィアとして名を轟かせる王汐静その人だったのだから。
七瀬の腕から次第に力が抜けていく。凶行が起こってからしばらくはたったが、どうしてか王を止める人物はいない。
否。彼の弾丸が邪魔が入らぬように動いてでもいるのだろう。
そのことがただただ恨めしい。
王の持つナイフを胸に突き立てられ、七瀬は死の恐怖を感じた。生まれてこの方、一度も感じたことのないそれを。
どくどくと血が流れ出ていく。刃を抜かれたものだから、出血は尚更ひどくなった。
手足が冷たい。急激に感覚がなくなっていく。思考も、まとまらない。
死ぬってこんな感じなのか、と。漠然と考えただけだった。
王は七瀬が物言わぬゴミへと成り果てていく過程を数瞬だけ見つめた。しかし、すぐに興味をなくした。
黙らせねばならない対象はもう一人いるのだ。コロシアイによって死んだやつが参加者として選ばれたのだと宣った張本人。揺れる瞳でこちらを見つめる彼のことだ。
ずるり、と1歩近づいた。
王は、グルグルと混ざって溶けてしまいそうな程に思考した。
死んだだけならまだしも、自分がコロシアイ
……誰かの手にかけられたのかもしれないと思うだけで腹立たしい。
到底許されるべきではなかった。ここから生きて帰るだとか、そんなことよりも。もっともっと大切なことが王にはあった。
何故自分が白雨欣の生き返りを願ったか。それは
…………。
ここまで近づいたと言うのに、目の前の相手には逃げ出す素振りが全くない。
彼の、森木林の視線は王の手に握られたものに向いている。
「君は抵抗しないの?」
そんなことを聞かれても、と森木林はたじろいだ。
王の持つ、血の着いたそれが恐ろしかったのだ。
それに、この狭い裁判場の中では逃げ場などない。七瀬のように抵抗したところで、苦しむ時間が伸びるだけ。
確かに彼女の抵抗は王に傷を与えた。しかし、それだってせいぜい引っ掻き傷止まりだ。
王は明らかに怒っている。自分たちの何がそんなに気に食わなかったのか、ここまで来たというのに生き返りの権利すら放棄するほどの理由が森木林には分からなかった。
だって、誰だって死にたくないはずなのだ。自分が一番可愛くてそれ以外はどうだっていいはずなのに!
自分だってそうだった。そのはずだった。けど、江戸川のせいでそれでいいのか少し分からなくなった。
その迷いが、疑問が、恐れが。
森木林から気力を奪った。
刺されて死ぬのはこれで2回目だ。こんなに恐ろしいことはない。2度とは経験したくなかった。
森木林は静かに目を閉じる。次生きるとしたら、こんな痛みに縁がなければいいなと思いながら。
倒れ伏し息のなくなった森木林を見て、王は息をついた。これで目的は達成できた、あとの懸念は自分の行く末についてだ。
人を殺し、犯行がバレたクロはオシオキされる。それがここのルールであった。
こんな衆人環視の中凶行に及べば、末路は先のクロたちと同じ“オシオキによる処刑”になる。
それでは意味がない。わざわざ彼らをねじ伏せ倒した意味が。
白い弾丸がこちらを見ている。それに王は縋った。
「早く、早く殺して!」
「
…………」
「誰かに殺されてしまう前に、君の手で!」
白は今まで、主人の言うことをずっと聞いてきた。何も聞かずに、淡々と。それがさだめだったから。
目の前の王はわがままを言う子供のようだった。かつて白を拾い上げた時よりも酷く幼なげな様子で。
「それは、命令ですか?」
揺らいでいる。それが自分でもわかった。
その揺らぎを王は満足げに見つめた。
「そうだ。これが最後だ」
弾丸を銃身に込める。
それを握らせて、自らを撃ち抜くように。
死んでも帰ってくるようにと言ったのだ。
その命令はただ、この時のためだけにある。
「
……それは、残念だな」
――――――
パン、と乾いた銃声が響く。
王くんに握らされた銃で、白くんは彼を撃ち抜いたのだ。
私たちはそれを見ることしか許されなかった。凶行を止めに入ることはできなかった。
何故、とばかりに私と霞澤くんの腕を掴むモノゼルくんを見遣る。彼は答えてくれないだろうけれど。
「気は済んだかしら?悪い子ね、話し合いに力で割って入るだなんて!」
モノデビルくんの嘲りに白くんは反応しない。
やるべきことは終わったとばかりに、返り血を拭った。
「じゃあ、ひとまず区切りをつけましょうか。目の前にいつまでも殺人犯がいたら、気になって仕方ないでしょうから」
↺七瀬紫音、森木林木木木木木木を殺したクロは?
→王汐静
↺王汐静を殺したクロは?
→ 白雨欣
打ち出された弾丸はもう元には戻れない。
先ほどの動揺は既にどこにもなく、彼はただ佇んでいる。
役目は終わったとばかりに、彼は何にも応じない。
自らが裁かれることも大したことではないと言うように、凪いだままそこにいる。
それが少し、私には悲しく見えた。
「
……さて」
それじゃあ、そろそろ本題に入りましょうか?とモノデビルくんは笑っている。
オシオキの間に、裁判場にあった彼ら3人の遺体はどこかへと運ばれていってしまった。彼らなどまるでいなかったかのように、血も綺麗さっぱり消え失せている。
このまま、「黒幕の特定」に戻れと言うのか。
どうにも納得し難いし、心の整理がつきそうにない。
「
……どうして、止めなかったんですか?」
霞澤くんは苦しげにそう絞り出している。
止められたはずなのに、と少し恨みがましく、モノゼルくんを見つめている。
「都合が良かったからだ。あの人数を生き返らせるのは少々骨が折れると思っていたからな」
「それに、殺人を止める理由もないじゃない?」
命が潰えることなどなんとも思っていない二人の態度に、私は背筋が寒くなった。
根本から違う思想の生き物を前にした時に生じる恐怖だった。
「満足したか。裁判はまだ終わっていない」
「それじゃあいよいよ、黒幕は誰か、について話してちょうだい」
動揺は拭いされない。しかし、立ち止まったままでいることは許されない。
私たちは、前に進むことを強要されている。
「それでは
…………ここがどこか、という話をしたのは覚えていますよね」
「うん、確か死後の世界って結論だったよね?」
右舷くんはそれがどうかしたのか、とばかりに首を傾げている。
そういえば彼女も、人の死にあまり頓着をしない類の人間だったなと私は息をついた。
死後の世界。不思議なことがいくつも起こり、恐らくは想像できうる範囲のことはなんでも実現することができる。
けれど、そんな場所でも一つ許されていないことがある。
それはなんだったか、と振り返る。雨笠くんはすぐに思い当たったらしい。
「自分で死ぬこと、だよね。自殺はできない
……」
“この場所で絶対に出来ないことを覚えていますか?“
江戸川くんが私に残したヒントだ。答えは自殺、それが意味することを私は必死で考えた。
ここに来てから今まで起こったことを思い出す。
一つ一つ丁寧に、自殺に関わるものは尚更丁寧に。
ここで自死を図ったのはただ一人、反律くんだけだと思っていた。
しかし、その認識が間違っていたとしたら?
いるのだ。人に直接手を掛けられずに、自殺を選んだ者が。
あれは自殺ではなく殺人なのだと思っていた。けれど。
██くんの目が見開かれる。あからさまに動揺している。
やはり、知っていたのだろう。というより、彼らは共犯関係ですらあったのだと私は考えた。
二人で一つ、いつでも一緒に過ごしていた彼らのことだ。
片方だけがその罪を背負っているだなんてことは、きっとあり得ない。
「逆叉左舷くん。
……まだ、生きていらっしゃるんですよね?」
「答えてください、右舷くん。君なら知っていたはずなんだ」
獰猛な、絶対的な捕食者はニヤリと笑った。
その牙を隠そうともせず。
「それが、お前たちが出した答えでいいんだな?」
↺このコロシアイの黒幕は?
「あは、せいかーい!」
裁判場に垂れ下がっている幕の一つ。それが持ち上げられて、そこから死者だったはずの人物が現れる。
双子だという彼らは。瓜二つのそっくりさをもつ彼らは、今。
正反対の表情を浮かべている。
どうして、と問いかけられても右舷くんはケラケラと笑うだけだ。
反対に左舷くんは罪悪感に塗れた表情を浮かべている。
「だって
……これが、正しいことだって
…………」
今にも泣き出してしまいそうな、そんな顔でポツポツと呟いている。
彼は霞澤くんの方を見て、ごめんなさいと呟いた。霞澤くんは何も返さない。返す言葉が見つからないのだろう。
「ああ、そうだ。答え合わせしたくて裁判開いたんだよね?それなら今までの推理が合ってたのか教えてあげないと」
そうだよね、カフェ店員さん?や、ミステリー作家さんって呼んだ方がいいのかも!だなんて、右舷くんは笑っている。
「ここがどこなのかと参加者の選出方法については合ってるよ!けど、なんでこのコロシアイを開催したのかは
…………ちょっと違う!まあでもこんなのわかんないよね」
「見られてるんだよ、これ。言っちゃえばそうだな
……テレビ感覚?」
右舷くんはそう言って天井を指差した。それを辿ると、そこには。
大きな瞳がある。人外じみた大きさの。
ぞわりと肌が粟立つのが分かった。これはなんだ、なんなんだ?
神様だよー、なんて。私の心の中を覗いたかのように、右舷くんは笑っている。
「スターボードも、ボクたちも
……本質は、アレと一緒なんだ」
「そー、一緒!」
奇跡を起こせるのは神だけだ。かつて天使と悪魔が言っていた「主」とは、彼らのことだったのか。
事実は小説よりも奇なり、とはよく言ったものだ。まるで実感が感じられない事象を目の前にすれば、フィクションは途端に厚みをなくす。
「あと答え合わせしておかなきゃいけないことってない?ないよね?」
「
…………ないんじゃないかな。右舷、もう、あんまり時間が
……」
そうだった、と右舷くんは笑っている。
超常的な存在を果たしてオシオキで処刑できるものなのか、とは疑問には思っていたが。それも杞憂であったらしい。
神であれど、ルールは絶対である。
残された時間は多くないらしい。ならば最後にこれだけは、と右舷くんはこちらを向いた。
「ここまで残ったお兄さんとお姉さんのこと、ちゃんと生き返らせてあげなきゃなあって思うんだけどさ!やっぱりこういうのってちゃーんと意思確認しとかなくっちゃいけないよね?」
ね、本当に生き返りたい?
神は、決断をこちらに委ねている。
……。
「僕は
……生き返りたい、って思います」
霞澤くんは震える声でそう告げた。
彼はまっすぐと前を見つめている。
「圭楓と、それに
……皆さんの分まで、ちゃんとこの先も歩いていかなくちゃなって
……思ったんです」
ここで生き返りを諦めては、今までの皆の時間はなかったことになってしまう。
それはとても寂しいことだと思うし、それなら苦しくても自分は生きていかねばならないのだと。
霞澤くんの返事を聞いて、右舷くんは頷いた。隣の左舷くんは、未だ俯いたままだ。
「私も、同じ意見かな
……」
雨笠くんは彼らをしかと見つめている。
「正直君たちのこと許せそうにないし、華雅弥くんじゃなくって
……私が生き返っていいか、だなんてわからない」
彼女は迷っているようだった。しかし、迷っていながらも自分が進むべき道が見えているかのようでもあった。
「私が死んじゃったのだって、仕方ないことだったって思ってるの。けど、蓮綺くんの言葉を聞いて
……また華雅弥くんと過ごせた時間をなかったことにはしたくないなあって」
だからこれは、自らにかける呪いなのだと雨笠くんは笑った。
生きて、筒泉くんのことを覚え続ける温かな呪い。それと共に生きていくのだと。
「それで
…………君は?どうするの」
双子も、2人もこちらを見つめている。
私は、
…………。
―――――――
「じゃあ、これでお別れだね」
右舷は、自らの片割れの手を握った。
一度失って、けれど自分の手で再び形作った大切な片割れだった。
この“逆叉左舷”は、自分にとっての都合が良い姿を取っているのだと思う。
裁判の中での自らの発言は、自嘲にも近しいものだった。
進んで、進んで、進み続けて。行き着く先がこれだなんて笑ってしまいそうになるけれど。
けど、隣に片割れがいてくれるから怖くない。
もう一人じゃない。
おやすみなさい!もう二度と目覚めませんように!
復活も再生も、いいことばかりじゃないことを。
この身を持って知っていた。