バラ肉
2025-03-23 16:04:21
6387文字
Public
 

シズカナヨル

ロビンとスグが添い寝する話。
ロビンの片思い度は強いですが、スグもまんざらではない。
王位の前くらいの時間軸(適当乙

くしゅんっ
夜の帳が下りた部屋の中、小さなくしゃみが聞こえた。

「ううっ〜〜、まだ夜は冷えるのう」
言いながら、スグルは体をブルッと震わすと、少しでも寒さから逃れようと布団から出ていた両肩を擦った。垂れた鼻水をズズッと吸うのも忘れない。

春とはいえ、まだまだ夜間は肌寒い。
ただでさえ建て付けの悪い家だ。隙間風が身に染みる。もう使わないだろうと先週片付けた半纏が早くも恋しくなる。

(こんなことならミートの言うことをきくんじゃった)

『来週はまた寒さがぶり返すそうですよ!』と押し入れに仕舞う背中へ向かって吐かれた注意に、今更ながら後悔する。とはいえ、いつものお小言だと思って『おいおいミート! こんなにあったかいんじゃから、寒くなるわけないじゃろ!全く、最近ますます所帯染みたことばっか言うんだからっ』と軽く一蹴したのは自分自身だ。
己の短慮と寒さを誤魔化すよう、スグルは布団から飛び出た部分を縮こませ、一生懸命体を丸くしていた。

(こうしていると少しはマシかのぅ? しかし、このまま寝るのは骨が折れるな)

そんなことを考えているとすると、突如ポンポンッと掛け布団の上から軽く叩かれる感覚がした。

「うん?」

もぞもぞと顔を出せば、月明かりに照らされたせいか。キラッと輝く銀色の兜と、その隙間から覗く穏やかな眼差しが見えた。

……寒いなら一緒に寝るか? 流石にその布団では寒いだろう」

ほら、と自分が寝ていた布団を指差すロビンマスクに、スグルは「おお確かに……」と言いかけて、いかんいかんと途中で言葉を飲み込んだ。

「それは、ちょっと」

言い淀む声と泳ぐ目線。
それは相手がロビンだから、ではなく、寝る前にあった一悶着が原因だった。



本来であれば、今夜のスグルはキン肉ハウス家にて一人で過ごす予定だった。
お付きのミートはどうしたかと言えば、義理の姉の結婚式に出席するとかなんとかで、一泊二日の間、どうしてもキン肉星に帰らないといけない用事ができたとの事。王命として、王子であるスグルの側仕えをしていても、やはり家族の祝い事には顔を出さないといけない。【キン肉マン】のサポート役として、黄金の脳を持つ身として、その辺りのマナーは一般人よりも熟知している。
しかし、ミート本人の意見としては、正直この突然の里帰りに乗り気では無かった。
もちろん、彼とて久方ぶりに故郷へ帰ること自体はやぶさかではない。
孤児院で育った彼だからこそ、向こうで親交のあった人間は貴重で、正直再会できるのは楽しみだ。積もる話も出るだろうし、個人的に話したいことも山ほどある。
——にも関わず、そんな本人の後ろ髪を引くのは、この寂しがり屋な王子を一人にさせることだ。

ようやくミートとの生活にも慣れ、人肌の温もりを知ったスグルを再びに一人にしてしまう。
それはなんだか無性に辛くて。
スグル自身はきっと「だいじょぶ、だいじょぶ!」と空元気を見せるのは目に見えている。その後、一人このボロ屋で悲しい気持ちに体を震わすことも合わせて。
素直に寂しさを認められないヒーローの慟哭は、想像すらしたくない。
しかし、だからと行って里帰りを拒むことはできない。さあ、どうしたものか……と悩んでいた際。
偶然、気まぐれに連絡を寄越してきたロビンマスクに、ミートは藁にも縋る思いだっただろう。

『僕のいない間、王子と一緒に居てください!』

そう必死に訴える少年に、英国が誇る紳士は一、二もなく了承を返した。

普段は能天気を気取る友が、実は誰よりも寂しがり屋なのは情報通のロビンマスクも重々承知していたのか。
『任せておけ』
電話口で答えた声は確かに力強かった。



そうして遠路はるばる泊まりに来たロビンに、スグルは最初こそ困り顔をしつつも、やはり気心しれた友がそばに居てくれるのはいくらか心強かったに違いない。
「ミートったら、本当に心配症なんだから!」
ぼやきながらも、ロビンが手土産代わりに買ってきた牛丼をかき込む顔は嬉しそうだった。
そして、夕飯を食べ、行きつけのさびれた銭湯に並んで向かい、腰を抜かす客達に顔を見合わせて吹き出した二人は寝酒がわりに缶ビールを買って帰ると、日頃の仲間の話をネタに楽しく酒を飲み交わしたのである。

やがて、船を漕ぎ出したスグルが大欠伸をしたのを合図に、彼等の長い語らいは店仕舞い。
あとは布団を敷いて仲良く寝るだけ!となったところで、家主は客人用の布団がないことに気づいた。
キン肉ハウスには、収納スペースの関係で寝具がスグルとミートの分しかない。必要な時はキン肉王家から必要分レンタルするのが通例だ。しかし、その山はパッと見たところ見当たらない。忙しく出掛けて行ったミートからも聞いていない。
となると、部屋の隅に置いている万年床しか布団はないわけで……
折角来てくれた友(自分よりも体格の優れた超人)を、よりにもよって子供用の布団に寝かせるわけにはいかない!
変な所で気遣いをする男は、迷うことなく自らの大人用布団をロビンへも差し出した。
だが、相手は紳士の国の男だ、当然のようにその申し出は突っぱねられた。

「心配は不要だキン肉マン!それに、お前の涎だらけの布団ならミートくんの方がいい!」
「それなら大丈夫じゃ!この前パパが上等の布団と交換してくれたばっかりだから!」
「いやしかし、家主のお前の布団を借りるわけには」
「ダメダメ! むしろお客様のロビンに丈の足りない布団で寝させたなんてミートが知ったら怒られるのは私じゃ!」

ロビンが使ったらいい!
いいや、お前が使え!
二人が押し問答すること一時間。

「ほら! 良い子はもう寝る時間じゃ!」

結局、先にミートの布団に入り込んで占領したのはスグルだった。こうなったら、わざわざ引きずり出すわけにもいかない。やむえずロビンはスグルの布団へと身を預けたのだった。



「ほら、お前の布団だろう。遠慮するな」

最初は押しに負けたものの、寒さに震えているのならば話は別だ。さっさと布団を捲り、やや性急に腕を引く。
「うひゃっ」
遠慮する暇さえ与えず、まるで巧みに寝技をかけるように、技巧派超人は相手の体を後ろから抱き締める形で暖かい重なりの中へ迎え入れた。

「もう〜〜! ロビンってば本当に強引なんだからっ!」

一方で、気付けば横臥する形で一つの布団に寝ることになった状況に、スグルは不本意だとばかりに唇を尖らせた。お得意の濁声での文句は恥ずかしさの裏返しに他ならない。

「フッ……。よく分かっているじゃないか」

だからか、ロビンも敢えて軽口で答える。
「ぐぬぬ」とわざとらしく唸る相手に目を細めながら、その体を抱く腕に力を加える。

これは全てこちらの意思なのだと。
だから我儘な男の戯れに付き合ってくれと。

臆病な男が遠慮しないように、逃げ道を作ってやる。

「ほら。こうしていると、暖かいだろう?」

ポツリと耳元で囁けば、体の前に回っていた手におずおずと指が触れる。

……ああ」

気をつけないと聞き漏らしてしそうなか細い声が、素直に肯定を告げる。

「本当に、暖かいのう」

つい先程までのふざけた雰囲気は鳴りを潜め、噛み締めるように呟く台詞は酷く儚い。さながら孤独になれた子供が初めての暖かさに触れたような頼りなさを連想させる。何故なら、かつてこの男がそんな寂しい状況に身を置いていたことを知っているから。

ロビンは、自分の胸がギュッと締め付けられたのを感じた。

強くて逞しい奇跡の逆転ファイター。
稀代のエンターティナー。
キン肉星の代58代目王位継承者。
今のスグルの肩書きはどれもこれも栄誉と華々しさに満ちている。
しかし、ロビンは彼がかつて名もなき落ちこぼれだったことを知っている。
一人、誰も知らぬ星に捨てられ、孤独に生きてきたことを知っている。
愛を知らず、友もおらず、石や唾を投げられてきた可哀想な男。
かつての苦悩が今の彼の栄光を支える礎になっているのは、紛れもなく事実だ。影がなければ光は際立たない。スグルの生き様はまさにその体現と言っても過言ではない。

だからこそ、今どれだけ明るく笑って見せても、その寂しい心が本当に癒されたのか……第三者は知り得ることはできない。
切なく揺れる空色の瞳の意味を、正しく汲み取ることが出来るものはきっと居ない。下手をすれば本人ですらわかっていないかもしれないだろう。
それでも、この男を慕う者達はその奥底に隠した傷だらけの心を、皆までとは言わないものの、理解している。
ミートはもちろん、ロビンマスクもその一人だ。

故に、彼は今回の誘いに乗ったのだ。

(この男が一人で泣くなんて、あってたまるか)

暖かさを求めてためか、スリッと無意識に頭を寄せてくるスグルに、ロビンは相槌代わりに片手で器用に己のマスクを剥いだ。

「あっ」

ずるっと抜けたのが見ずとも伝わったのか。露出した耳に焦った声が届く。キン肉族ほどではないにしろ、ロビンの一族も素顔を晒すことはよしとはしない。

「ロビンッ……
いきなり、なんで?

このタイミングでどうしてマスクを脱いだのか。驚きに大きな目が揺れる。思わず、腕に添えるだけだった手に力が籠る。
だが、端正な顔と栗毛色の髪を晒した男はソッと微笑むだけ。

「何故? 分からないか?」

意地悪く尋ねると、これが答えだと言わんばかりとロビンはスグルの頭へとそっと唇を寄せた。ふに。布一枚隔てた頭部に柔らかな感触が押し付けられる。

「ッ……!」

予想外の展開に体が硬直する。また、そこから火が灯ったように体が熱を帯びる。あれほど寒かったのが嘘みたいに、火照り出す。
「ろ、ロビン! ちょっ! 一体何を!?」
耐えきれず問い掛ける間も、直にうなじに触れる吐息が心身を擽る。
「キン肉マン……お前にこうして触れることが、私の何よりの喜びなんだ」
甘い言葉にますます体が緊張する。
「マスクすら邪魔なぐらいにな」
なんて。どこの映画かと思うような気障なセリフにスグルはビクンッと体を震わせた。
本心はどうあれ、容易く脱ぐことを許されないマスクを脱いでまで自分と触れ合いたいと告白されて、動揺が隠せない。しかし、素直にそれを見せるのはプライドが許さないのか。

……随分と、安い喜びだのう」

頬を膨らませたスグルは、敢えてつれない返事を舌に乗せた。

「フフッ。お前が謙遜するなんて珍しい」

だが、相手は言葉遊びが巧みな国の男だ。巧みに打ち返される内容にスグルはついつい調子を崩されてしまう。

……あのなぁっ! ロビンマスク。そんなことを言うのは」
「私だけとは言わさないぞ」
「うぐっ」

強い口調に、今度こそ言葉を失う。沈黙は図星だ。

「キン肉マンを……キン肉スグルを慕っているのは、私だけではない。ミートも、テリーマンも、ウォーズマンも、もちろん他の超人達も皆、お前を憎からず思っている。それは知っているはずだろ?」
……まあ、皆、私の大切なトモダチだからのぅ」
「そうだ。中でも私が、トモダチ以上に思っているのは知っているな?」

言葉の意味を思い知らすべく、グッと一際強く抱きしめる。

「うっ………。それ、いま言うか?」

それに対し、居心地悪そうに顔を背けるスグルの態度は肯定を言っているも同然だ。
ロビンは満足げに口角を上げると、更にチュッ、チュッとスグルの後頭部から頸にかけてキスを送った。

「キン肉マン……忘れるな。お前には、私がいる」

ちょうど左胸の上に置いた掌が、動揺で激しくなる男の心臓の高鳴りを受けて、熱くなる。

「寒ければ私の胸に縋れ。寂しければ私の名前を呼べ」

それに合わせて、スグルの背中に押し当てたロビンの胸も、同様の速さで鼓動を刻む。
栗色の前髪を相手の片口に埋めた男は、彼の滑らかな首筋に唇を寄せた。チュゥッと一際強く吸って、皮膚に赤い印を残して。

「だから、安心してゆっくり眠れ」

ずっと、そばに居てやる。
キスマークはその証だ。

熱い体を持て余すように捩る体に苦笑しながら、ロビンは笑った。



「にしても、寒い夜というのも良いな。こうしてお前と触れ合える理由が作りやすい」

「なっ! ちょ、ロビン!?」

また、今までのしっとりとした空気をぶち壊す本音に、スグルから文句が飛んだのは……言うまでもなく。
悪い悪いと改めて抱きしめた男に、彼は口をへの字にしつつも、徐々に暖かさにつられて瞼が重くなっていた。

……ロビン、おまえ、明日……この、悪ふざけは、……反省して……グゥ

訪れた眠気は一気に彼の全身に回ったのか。なんとか文句を言い募ろうしながらも、その睡魔に勝てなかったらしい。言葉の途中で寝落ちしたスグルは、きっともう起きることはない。
こんなに暖かさと愛に満ちた空間で、安堵しないほうがおかしいのだ。

「Good night」

小さく囁いたロビンは、彼を包んでいた腕を解くと、その身を仰向けへと寝かせた。そして、そっと顔に顔を近づける。

チュッ

相手のマスクを挟んだキスは、彼と自分との、決して埋まらない心の距離のようで正直もどかしい。
だが、ロビンはそれでよかった。
全てを奪えない。だからこそ、欲しくて、欲しくて、どこまでも追いかけたくなる。
「そんなこと、知らないだろう?」

八つ当たりのようにその唇に指を這わせ、ロビンは改めて彼の隣に体を寄せた。一人分の布団に二人はキツい。だから仕方ない。
密着する言い訳は、いくらでも並べられる。



………I need you」

だって、私はキミが好きなんだ。
どんな時も、どんなことがあっても。
キミがいれば、それでいい。




窓から差し込む月明かりに照らされた顔は、恋人であるアルテミスを見つめたオリオンのように美しかった。


【いつか、キミのため死んだとしても本望さ】





























王位争奪戦、マンモスマン戦にて。


「キン肉マン……お別れの時が来たようだ

「そんなっ! いやじゃ、いやじゃっ、いやじゃあああ!!!」

強敵マンモスマンをロープワーク・タワーブリッジで沈めたロビンマスクは、薄れゆく意識の中。泣きじゃくる友の声へと必死に耳を傾けた。

「お前はこれからもずっと、私たちと一緒じゃあ!!!」

消滅する自分を見つめるスグルの悲壮な姿に、己の最後を感じる。涙を流しながら、自分を求める姿はいじらしく、愛おしく、嬉しい。
もしも腕があれば、あの時、布団の中で抱きしめたように慰めてやるのに。それはもう叶わない話だ。
なのでロビンは素直な言葉を吐く。

「相変わらずだな……キン肉マン。私は、おまえのそういうところが、だいすきだっ!」

「ロビン……ッ」

悔いがないわけではない。
心残りは山ほどある。
それでも、愛する男が漸く幸せになれるなら、ロビンはそれでよかった。

「キン肉マン。見えるぞ……お前が王位を継承する姿が」

この戦いに勝ち抜けば、やっと、彼に安寧が訪れる。

「ロビン……

ならば、自分は布石になっても構わない。

ただ、願うことだけでも許されるならば



『お前と、もう一度、心ゆくまで闘いたかった……



そう呟いたのを最後に、ロビンマスクはこの世から消滅した。



愛しい男のために、死すら恐れず。
キン肉マンという男のために生きた時間を、噛み締めながら。