ゆうな
2025-03-23 01:38:12
3595文字
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【ドライブ】

初飲酒で酔っ払ってしまった轟を車で送ることになった爆豪の話
※爆豪と熱愛報道されたモブが少し出る
ふたりともまだ全然飲み慣れてなかったら可愛いなあ
#爆轟版深夜の真剣60分一本勝負

◆Pixiv:ログ2に格納済み
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=24418260

 空になったビール瓶とつまみの皿が卓上に散らばり、頭上にはタバコの煙が薄っすらと浮かんでいる。笑い声が反響する大広間の座敷では、大規模チームアップの打ち上げが行われていた。周囲が騒ぐ裏で、仕事終わりに合流した俺は空いていた一番端の席で焼き鳥を口に運んでいた。烏龍茶を傾けていると、どうやらあるグループが俺を呼んでいると伝言が回ってきて席を立つ。濡れたグラスを片手に人の合間を縫って到着すれば、見慣れた紅白頭と他の事務所のプロヒーロー数人。そのうちの一人があ、ダイナマイト、と眉を下げる。
「悪いね。さっきまで普通に飲んでたんだけどおまえの話してたら急に爆豪爆豪って」
「全然いーですけど、俺の話ってなんすか」
 すんません、と添えて隣に座る。俺に気付いた轟が、普段ポヤけている脳内をそのまま映した顔でへにゃりと笑った。ばくごうだ。呂律の回っていない呼びかけに喧騒が一瞬遠退く。眉尻がぴくりと動く。それを見た轟が今度はムッとした顔で俺の肩にグーパンをかましてきた。謎の行動は酔っ払いそのものだった。一先ずこのままでは醤油皿をひっくり返しそうなので熱い手は掘り炬燵の下に捨てておく。おまえの話ってのは、とどこか気まずそうにビールを舐めた先輩ヒーローが言葉を濁した。
「えーまあ、恋愛方面的な?」
「あぁ、あの記事絶対ェ女に売られたんで。爆破しときます」
 すぐに真顔で返せば、冗談に聞こえねえよと笑われる。それからほらショート嘘だってさ、と船を漕いでいた男の腕をバシバシと叩いていた。コイツあの女優のことが好きなのか。想像してしまってチクチクと胸に針が刺さったみたいな痛みが走る。グラスについた水滴を無意識に指でなぞった。
 記事というのはつい昨日アップされた俺の熱愛報道のことだ。『ダイナマイト、女優Aと夜のドライブデート!?』アクセス数稼ぎに使われた見出しに、俺が助手席へと女をエスコートする盗撮写真。ご丁寧に車内で二人きりの様子まで撮られている。しかしあれは任務で指示通り動いていただけだし、似ているがよく見れば俺の車では無いことくらいすぐにわかる。他人の車でデートする男がいるかっつうの。アホらしい。
 暴言を混ぜつつ説明してやるも、肝心の轟は俺の肩にもたれすでに夢の中。ふざけんなと押し返すが命綱に縋るみたいにガッチリと服を掴まれている。覗き込んできた先輩があらまあ、と笑った。
「ショート顔色変わんないから強いと思ったんだけど全然なんだな」
「いやコイツ酒飲んだの初めての筈です。どうしようもねえから送ってきます」
 そうなの!? と数人が声を上げ、驚嘆の眼差しが一斉に轟に集まる。やはり誰も知らなかったのか。自分の許容量もわからず酒を煽ったバカな男の頭を引っ叩きながら、後で事務所に飲み代請求してください、と言い残し俺は出口に足を向けた。
 
 夜の高速は空いていた。後ろに流れていくオレンジの街灯が車内に細い光の線を刻む。エンジン音と轟の寝息をBGMに車を走らせていると、んん、と低いうめき声が隣から漏れた。半開きの目を擦り、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。
……たくしー?」
「俺をタクシー代わりたァいい根性してんじゃねえか」
「お、あ、ばくごー。なんだ、なんで」
「てめーが俺の服掴んで離さなかったんだろ」
「あー……ああ、そうだったかもしれねえ、わりい」
 記憶を手繰り寄せているのか、轟は前髪を雑にかき上げて、それからシートに深く沈む。やっちまった、とか呟きながら窓から吹き込む冷たい風に目を細めていた。
「これ、どこまで行くんだ」
「帰りてえならこのまま送るけど」
「ん……じゃあまだ、もうちょっとだけ」
 はあ、と気怠そうな溜息は送ってもらっている人間の態度とは思えない。相変わらず図々しい。図々しいのに、この男は変なところで気を遣う。おまえが行けと言えばどこまででも連れて行ってやるというのに、もうちょっとだけ、とか意味の無い遠慮を見せるところに腹が立つのだ。アクセルを踏む足に力が入った。
「おまえさぁ、なんでそんなに飲んだよ。初めてだろ。様子見くらいしろや」
「最初は、ゆっくり飲んでたんだ。酒が美味いこともわかったしこのくらいにしとくかって思ってた矢先に爆豪の名前が出て。そういやこんな記事がって見せられて……うん、それで……
「クソ報道にまんまと騙された結果、俺に嫉妬してヤケ酒ってか?」
 とろとろと話す轟に被せた語尾が強くなる。自分から言ったところで傷が浅くなるわけでもないのに余計なことを口走った。あの女優を気に入っていたのなら悪いがやめておけと忠告してやろう。そして俺を選べば良い、なんて喉まで出かかった言葉をぐっと飲み込む。そんなことを考える自分にイラついて、でも轟の眠たげなツラを見るとそれが余計に頭から離れない。こっちだってヤケ酒したい気分だっつーの。ハンドルを握り直すと革の軋む音が嫌に大きく鳴った。
「ん? いや爆豪にじゃねえ、向こうの女性に……
 ぁ、とそこまでこぼして口を閉ざした男の言葉を反芻して、一瞬で胸の辺りが熱くなる。轟が口元を覆ったのが見えて焦りがじわりと首筋を這う。まだ脳みそがアルコールにやられているのかと揶揄ってやりたかった。それなのに、夜に反射したオッドアイがそれを否定する。さっきまで蕩けていた瞳はもういなかった。
……なに、おまえ、向こうに嫉妬したの」
 バクバクと鼓動が速まる。全身が心臓になったみたいだった。もし間違った、とか言われても、今それを純粋に受け入れられる自信はどこにも無い。
「それ、どういう意味かわかってンのかよ」
 速度につられて気持ちまで急いでしまいそうで静かに下道へと降りる。遠くでぼんやりと光るコンビニの看板に目をやりながら、宙に浮いたままの轟の次の言葉を待った。少しでも動く気配がするたびに胸が一拍強く跳ねる。頭の中がざらついた期待で埋まっていく。
 ──おれは。ようやく轟が口を開いた瞬間。車内に大きく着信音が響いた。仕事用のスマホだ。なんつータイミングだよ。舌打ちをしてフロントガラスを睨みつけると轟が伺うように覗き込んでくる。呼び出しなんてのは日常茶飯事だが、今この瞬間に限っては本当に腹が立つ。緊急要請だとしたらすぐにでも向かわなくてはいけないけれどこの音はただの着信だ。苛立ちを抑えるもつい低い声がでた。
「左に入ってる。取って。誰から?」
「ああ」
 俺のポケットから抜いた画面を見た轟が息を詰めるのが気配でわかった。ああクソ、本当になんつータイミングだよ。ハンドルを軽く叩き、深い溜息をつく。
「出て。スピーカーで」
「でも」
「いーから」
 スマホの明かりが轟の顔を淡く照らす。画面をタップするとザーザーとスピーカーから漏れる雑音が二人の空気を切り裂いた。
『ダイナ……勝己? ねえ今飲んでるの。迎え来て』
 車内に響いた甘ったるい声に轟の肩が僅かに強張る。空気がピリリと張り詰めるのを感じた。みんな貴方が来るのを待ってる、今誰々と居てね、と有名人の名前を並べているが、何一つ耳に入ってこない。テメェのあの行動は契約違反だとか色々と詰めてやりたいところだがそれは後々事務所を通せば良い。俺が今言いたいのはこれだけだ。
「好きな子落としてる最中だから無理。邪魔すんじゃねえよ」
『何言っ……
 切って。俺の声に轟は戸惑った様子で画面をタップする。まだ何か叫ぶ金切り声が途切れ、暗闇の画面に吸い込まれるように消えていった。車内に静寂が戻り、走行音だけが低く鳴っている。助手席から小さく息を吐く音が聞こえるとこちらまで胸が軽くなった気がして、鼓動がゆっくりと落ち着いてくる。
「安心したかよ」
 轟がバッと顔を上げる。夜風が窓から吹き込み、紅白の髪を軽く撫でた。
「あのさ」
 自惚れだったら恥ずかしいんだが、と前置きをして、乱れた横髪を耳に掛ける。碧とグレーが仄かに揺れた。
「おまえ、俺のこと好きなのか」
……ここまで言っといて出てくんのがそれかよ」
 ふ、と笑った後に微かな沈黙が落ちた。スマホを戻した轟が手の中でささくれを弄る。どうなんだ、と確信を得たい柔らかな二色が俺の顔を覗き見ていた。
 交差点の信号機が黄色に光った。塗装の剥げた停止線。その手前には最近引き直したのか「止マレ」の文字が白々しく浮き上がっている。それを轢いて、車を止める。赤信号が車内を染めて、轟の横顔も静かに照らしている。膝の上に置かれた熱い手を今度は捨てずにぎゅっと握った。
「好きだよ、轟のこと」
 車内の空気が甘く弾ける。おまえは、と訊けばそっと握り返してくる温もりと落ち着いた轟の声色が、心を静かに溶かしていく。信号が青に変わっても、轟の頬に残る色は変わることはなかった。